ちばてつや氏が考える「日本漫画家協会」の存在

小禄:では続いて、「ちばてつやと日本漫画家協会」ということで、こちらのトークテーマに移りたいと思うんですけども。日本漫画家協会さんは、本当にたくさんの漫画家さんが参加されている協会で、例えば「文芸美術国民健康保険組合」、保険ですね。

小林:保険は大事ですよね。

小禄:はい。(収入にばらつきがある)漫画家さんは保険に入れないことが多く、難易度が高いんですけど、それが入りやすくするような環境を作ったり。最近で言うと、チャリティの活動もやられていたり。

いろんな漫画家さんを支援したり、漫画家さんが社会的に何か支援できるような取り組みを考えて活動されているような協会だと、僕は認識しています。ちばさんがその会長でいらっしゃるということでよろしいですか?

ちば:はい。会長はね、理事長が終わった人の置き場がないので会長になるんです。

小林:いやいや(笑)。

ちば:私はただいるだけなんです。今の理事長は里中満智子さんです。理事には森川ジョージさんや、赤松健さん、萩尾望都さんなど、たくさんいますよ。

小禄:ちばさんにとって日本漫画家協会はどういう存在なのか、どういう思いでずっとやられていたのか、おうかがいしたいんですけども。

ちば:最初はただの漫画家の親睦団体みたいな。漫画家はみんな孤独で。孤独な作業で寂しいから、「たまには集まってお酒を飲んだり、お茶を飲んだり、何か世間話でもしようよ」というような親睦団体で、「みんなで井戸端会議でもしようかな」みたいな感じだったんです。

だんだん会員が増えてくると、漫画家としてのいろんな表現の自由の問題だとか、著作権の問題だとか、いろんなことがたくさん出てきたんですね。

それで「ただの親睦団体じゃダメだ」「もっとしっかりしよう」ということで、みんなで弁護士さんにお願いしたり、それからいろいろ法律関係の詳しい人に来てもらったり、いろんな人に力を借りました。

漫画家と健康は切っても切り離せない問題

ちば:それから「若い人たちがせっかく入ってきたんだったら、この人たちに『入ってきてよかったね』と思われるような会にしなくちゃいけないね」ということで、理事さんたちとがんばって。

それで保険のこととか、著作権のこととか。例えば出版した時に、どうしても契約の問題でうまくいかなかったり、変なところに判を押して権利がみんななくなっちゃったとか、そういう話も聞いたりして。「それだったら、そういう勉強会もしましょう」ということで(取り組んだりしています)。

だけど、一番みんな喜んでくれているのは保険。おっしゃってくださったように、協会に入ったら保険に入れる。病気になった時に、とても喜ばれているみたいです。

小林:知らない方に知ってほしいんですけど、昨日の「漫画家とお金」のセッションで話にもありましたけど、漫画家さんと健康という話は、本当に切っても切り離せないので。若いうちはなかなか考えないかもしれないですけど、保険に入るのはすごく大切で、特に個人事業主だからこそ、すごく大切だなとは思いますね。

小禄:安心して活動(できるようになりますよね)。週刊連載が大変なのは今も昔も変わらないと思うんですが、そこで体調を崩されると続かないですから。

小林:体が資本ですからね。

小禄:そういうところに対して保険に入るのは、本当にすばらしい活動かなと思います。

漫画家協会に入るための条件は?

小林:漫画家協会に入るためには、何か条件があるんでしたっけ?

ちば:条件は一応「漫画家であること」なんですが、別にシナリオを書いている、原作を書いている人もいますよね。それから評論家みたいに、漫画の評論をあちこちで書いている人も漫画家協会に入っています。

小禄:なるほど。

小林:昔は落語家だったり、お相撲さんも入られていたみたいで。

ちば:林家木久蔵さんも入っています。あの人は、実際にテレビや何かで漫画を描いたりしていますしね。すごく才能もあるから、漫画家で間違いないんですけども、あの人も入っているし。

それから、あの人はなんて言ったかな。私ね、年を取ったからね、いろいろ名前が……。タケカワユキヒデさん。

小禄:ミュージシャンのタケカワユキヒデさん。

ちば:あの人は漫画が大好きだからね。それだけでも協会に入ってもらっているの。

小林:(笑)。

小禄:極論、描いてなくてもいいんですね。

ちば:条件ってないんですよ。ただ「私はこういう仕事をしています」ということがわかれば。それを一応、見ることは見るんです。理事会でやるんですけども、垣根はぜんぜん低いです。

集まるのは「漫画が好きな人」

ちば:漫画が好きな人が集まって、みんなで情報交換したり。それから「こういう筆記具が出てきたよ」とか「こういう道具を使うと、すごくいい色が出るよ」とか、「こういう機材があるよ」とか、そういう情報交換もできるし。漫画家はね、みんな時々会ってお互いに話をしたりするとうれしいんですよ。それだけで入ってくる人もいるし。

小林:なので、商業誌でデビューしていない方でも、同人活動だったりインディペンデントで活躍されている漫画家さんも、日本漫画家協会には入れると思うので、ぜひ。

ちば:よく新聞に折込の広告があるでしょう。それにカットを描いている人がいましたね。そういう人も「漫画を描いているので漫画家協会に入りたい」と言って、入ってきた人もいますよ。

小禄:今は総数2,700名ぐらいが会員さんとして参加されているみたいです。

小林:すごいですよね。

小禄:本当にまだ入っていない方がいらっしゃったら、ぜひ。入って損はないと思います。

ちば:どうぞ。漫画家協会はみんなで歓迎しますから。

小林:会長がそう言ってくださっていますからね。

小禄:ちばさんのお墨付きを頂きました。

ちば:みなさんいらっしゃい。

小林:(笑)。優しい。

小禄:(笑)。ありがとうございます。

日本には“漫画を育てるDNA”がある

小禄:では、次は最後のテーマです。「漫画家ミライ会議」ですので、「ちばてつやと漫画家のミライ」というところで。まだまだお若いとちばさんもおっしゃられていますので、今の漫画家さんに託したいことや、ちばさんが「こういう漫画業界であってほしいな」というこれからの思いをぜひおうかがいしたいです。

ちば:今は本当に時代が大きく変わる、変わり目ですね。デジタルになって、表現、描く方法、それから発表する媒体もどんどん変わってきていますよね。だからそういう意味で、漫画が今大きく変わっているところです。

私も今、本当にびっくりしながら、勉強しながら、「こういうふうになってきたんだ。これからこうなるかもしれない」って、ドキドキしています。漫画界がずいぶん大きく変わってきているし。

それから今日も、ついさっきフランスの出版社から、「ちばさんが少女漫画時代に描いた作品をぜひ単行本にしたい」なんて言われているから。海外で、日本の漫画はすごく認められているんですよ。

小林:今すごいみたいですね。フランスは単行本が人気で。

小禄:そうですね。今は特に海外で。

ちば:そういう意味では世界中の、特に子どもたちが、日本の漫画家が描いてくれるのをすごく楽しみにしている。韓国でも台湾でも、いろいろ新しい漫画家がたくさん育っていますけども、日本は葛飾北斎の時から、独特の“漫画を育てるDNA”がたくさんあるんですよ。そういう意味でみんなすごくいい才能を持っているので、これからどういう時代になるか、私も本当に楽しみに生きていますよ。

小禄:ありがとうございます。どういう未来になるかというところを、若いみなさんに見せてほしいということですね。

ちば:そう。私もがんばりますけど、みんなもがんばって。若い人たちがどんどん新しいものを作っていってくれると、我々も後を追い掛けていけるので(笑)。一緒に作っていきましょう、漫画の世界を。

83歳のレジェンドが持つ、常に新しいことに挑戦する姿勢

小林:ありがとうございます。ちばさんが常に新しいことに挑戦する姿勢を持たれていることがすばらしいなと。レジェンドだけど前のめりという。

小禄:そうですね。こう言うのもすごくおこがましいですけど、謙虚な姿勢、新しいものも吸収する気持ちを、はたして僕らが83歳で持てるのか。

小林:いや、どうなんだろうな。

ちば:(83歳なんて)あっという間だよ。

小林:あっという間(笑)。

小禄:いや、本当に僕らも身が締まる思いで、いろいろお話をうかがわせていただいて本当に良かったなと思っております。ありがとうございます、ちばさん。

ちば:いえ、こちらこそ。

小禄:続いて、質疑応答の時間を取らせていただこうと思っています。実はけっこう質問を頂いていて、かつ、事前に漫画家さんから「ちばさんに聞きたいことはあります?」というので質問を募っていまして、そこからもいろいろ抜粋しながら、できる限りお答えいただけたらなと思っています。

小林:ここぞとばかりに有名漫画家さんが「ちばさんに質問したい」と言っていましたからね。

これからの漫画家が歩む「3つの道」

ちば:ちょっとすみません、トイレへ行きたいんですけど。

小林:(笑)。

小禄:わかりました。じゃあ、ちばさんはトイレへ行っていただいて。

ちば:ごめんね。

小林:いえいえ、大丈夫です。じゃあ小禄さん、ちょっと2〜3分、小話を。

小禄:僕が?(笑)。ではトイレ休憩にちばさんが入られましたので、2~3分ほど、先ほどちばさんに漫画家の未来をお話ししていただいたので、ナンバーナインの代表の小林さんに、我々がやっているところの延長線上の未来を軽くお話ししていただきたいなと思います。

小林:そうですね。あくまでも個人的に思っていることですが、ナンバーナインとして考えていることとして、今後漫画家さんは大きく3つの道に分かれていくのかなと思っています。

1つは従来通りの、既存の出版社さんに自分の作品を持ち込んで、商業誌でデビューしていく道。『チェンソーマン』『鬼滅の刃』『呪術廻戦』のような、世界に通用するような大ヒットIPは、やはりここがメインストリームになるのかな。

昔はこの道しかなかったんですけど、最近だとインディペンデント系と言って、この後の双龍さんとかは……双龍さんは商業誌でもデビューされているからちょっと違うんですけれども。商業誌でデビューしなくても、クリエイター・エコノミー・サービスがすごくはやってきている。

例えばnoteだったりとかpixivFANBOXだったりとかで連載をして、ナンバーナインのサービスを使って配信するようなかたちで、実際にもうこれで食べている作家さんがものすごく増えてきているんですよね。

商業誌と違って打ち切りがないので、本当に自分の好きなものを描いて、ファンがいるならそれでずっと続けることができる。そういう道も今はあるんだよと、僕らとしてよく言っています。

漫画家が「自分に合う道」を選べる未来を

小林:さらにここから最近出てきているのが、第3の道としてWEBTOONですよね。このWEBTOONがおもしろいのは、ふつうの漫画と違って、分業で作っていくというところ。

ナンバーナインの「Studio No.9」だけでも原作、ネーム、線画、着色、背景と5工程に分かれていますし、着色もだいたい2〜3人ぐらいでやります。下塗りの人と本塗りの担当とか。なので、自分の得意な領域で携わったりすることができるんですよね。

そういった中で、もちろんメインストリームは既存の商業誌だとは思うんですけれども、自分の描きたいものを描いて生きていくという道も、昔に比べてものすごくスタンダードになってきている。さらにはWEBTOONとかも出てきて、もしかすると5年後、10年後にはWEBTOONに替わるVR漫画とかも出てくるのかなとか、可能性は広くなってきているので。

ナンバーナインとしても、選択肢の幅を広げたいなと思っています。「これをやったほうがいいよ」って僕らが言うんではなくて、「こういう道もあるんだよ」っていうのをご提案させていただいて。

その中で漫画家さんが自分に合う道を、商業誌側なら商業誌を、自分の好きなものを描きたいならインディペンデント、新しいことをやりたくてWEBTOONに行きたいならWEBTOONと選べるような未来が来るといいのかなと。それこそが漫画家さんの未来なのかなと個人的には思っています。

小禄:めっちゃしゃべりますね(笑)。

小林:そうですね。今日はちょっと控えめでいたので(笑)。

小禄:「ようやく出番が来たか」みたいな感じはありました。せっかく時間があるので、軽くコメントに触れていきたいと思うんですけど。「(ちばさんの)常に『新しい』を追求されている姿勢。カッコいい」と。

小林:いや、本当にカッコいいと思いますね。

66年間漫画業界にいて感じる「変化」

小禄:裏話ですけど、事前にサインを描いていただくんです。サインをもらいに行った時も、ちばさんのアトリエにお邪魔して描いていただいている時も、すごくふわふわした気持ちになって。親戚の家に来たみたいな空間でした。

小林:ちばさんが「漫画家ミライ会議」のTシャツを着ていただいているところも、胸熱ですよね。

ちば:お待たせしました。

小禄:......あ、ちばさんが戻ってこられました。ちばさん、おかえりなさい。

ちば:はい、ただいま。

小禄:もう万全でしょうか。ちょっとだけ延長してもらえることになりました。質問で「これは聞きたいな」というところがありまして。

本当にシンプルな質問なんですけど、66年間漫画業界にいらっしゃって、めちゃくちゃ変わったところはあると思うんですけど、その中で漫画家として「でも、ここは変わらないな」と思うポイントってございますか? あればお聞きしたいんですけど。

ちば:少しずつ少しずつ変わっているんでしょうけど、私はそんなに変化していると思わないんですよ。

表現の幅は広がりつつも、基本的には変わっていない

ちば:昔はね、私が若い頃は、せいぜい4ページとか8ページぐらいでね。それが月刊誌の連載だったんだけど、だんだんページ数が増えてきたり。

それから、昔は4コマとか8コマぐらいで1つのオチのある話が多かったんだけど、長い長いドラマが出てきて、それで大きなコマを使って、見開きで顔が1つアップでばーんと出ていたりするような演出をするようになった。

こういう変化はありますけど、表現することってそんなに変わらない。まあ広くはなっているね。

小禄:表現の幅が広くなっている。

ちば:それはありますね。昔は漫画は子どものもの。だから少年漫画と少女漫画と幼児漫画というぐらいしかなかった。

小禄:確かに。

ちば:大人の漫画が、成人漫画が出てきた。それから女性誌の漫画が出てきた。それから、漫画で哲学を語る人も出てきたり、私小説とか語ったり。漫画で詩を書く人も出てきたり、いろんな表現が出てきているというのはありますね。

小禄:確かに表現の幅は。でも、基本的にそんなに変わってないという認識なんですかね。

ちば:うん。

漫画家は「読む人に伝わるかどうか」に汗をかく

小禄:ちばさんが大切にしてきた考えとかお気持ちを最後に頂いて、このセッションのエンディングにしたいと思うんですけども。

ちば:私は漫画というのは、最初は「自分が何を描いたら楽しいかな」というものがすごく大事だと思うんですね。若いうちはね。自分が描いていて楽しいものを、自分が「何を読みたいかな」と思うものを描けばいいと思ったんだけど。

そのうちにだんだん、自分が楽しいだけじゃなくて、読者がいかに「自分がおもしろいと思ってくれることをわかってくれるか」ということで、すごく時間を使うようになりましたね。いくら自分がおもしろいと思っても、それがうまく読む人に伝わらないと意味がない。自分がおもしろいと思ったことをどうしたら伝えられるのか。

例えば10人に全部わかってくれとは言わないけど、10人のうち6人はわかってほしい。「なるほど。いい話だったね」と思ってくれてもいいし、「おもしろい」と思ってくれてもいいし、「こわーい」と思ってくれてもいいんだけど、いかに読者に伝わるかということがすごく大事だなということを感じます。そのために漫画家というのは汗をかくんですね。

小林:いい話ですね。

小禄:ありがとうございます。

小禄:もう、いつまででもお話をうかがっていたいんですけど、「そろそろ終われ」というコメントを頂いていますので。

小林:(笑)。

小禄:本当に非常に貴重な機会を頂けまして、僕らとしても聞いてくださっている方々としても、すごくうれしい気持ちでいっぱいだと思います。

ちば:私もとても楽しかったです。ありがとう。

小林:ああ、本当ですか! 良かったです。ありがとうございます。

小禄:ありがとうございます。またぜひ。

(会場拍手)

小禄:会場からも拍手が。いやあ、うれしい。僕らもがんばっていきます。ちばさん、本当に今日はありがとうございました。

ちば:漫画家のみなさん、みんなでがんばろうね。またお話ししましょう。

小禄:ありがとうございます。

ちば:はい、さようなら。

(会場拍手)

小禄:では、2日目1つ目のセッション「ちばてつや氏が、いま漫画家に伝えたいこと」、以上となります。みなさん、ありがとうございました。

(会場拍手)