同じ世代、若い世代の才能を目の当たりにして落ち込んだ

小禄:次のテーマは「ちばてつやと才能」ですね、漫画家としてずっと活動されてきて、いろんな才能とご一緒してきた方でもあるのかなと思っています。ちばさんの中で、ライバルがいらっしゃったのか。

ちば:そうですね。私がデビューした頃、単行本では17歳だったけど、大きな雑誌社では『少女クラブ』とか『なかよし』とか。最初は少女漫画だったんですけど。

小禄:そうですね。少女漫画家としてデビューされていますから。

ちば:その頃は18、19歳、20歳ぐらいだったかな。私は一番若かったんですよね、漫画家として。私より若い漫画家はいなかった。

そのうちに水野英子さんという人なんかが徐々に出てきて、里中満智子さんなんて16歳でデビューして。私より少し年下の漫画家さんも出てきたけど、その当時はみんな先輩でしたね。

同じ世代の年代の仲間たちもたくさんいましたけど、少しずつ年上なんですよ。松本零士にしても、石ノ森章太郎にしても、赤塚不二夫にしても、みんな私よりちょっと年上なの。だからみんなお兄ちゃん。上田トシコさんみたいな、10歳ぐらい年上のお母さんみたいな人もいました。だからいつも私は後輩でいたんです。

そのうちに、だんだんだんだん自分と同い年、あるいは自分より若い人たちがどんどん出てきたので、すごく頼もしくてうれしかった。反面、みんな絵が上手だったりおもしろい話を作ったりするから、ドキドキハラハラして、同じ雑誌に載っていたりすると、自分の作品はあんまり見ないで、すぐに仲間、友だちの作品を読んで。

おもしろいと、もうハラハラしてね。「ああ、これは負けた。こいつはいい才能を持っているな。この人にも負けた。こいつにも負けた。あいつにも負けた」と言って、すごく落ち込んだりすることもありました。だから同業者が出てきたら心強くてうれしかったんだけど……。

小禄:うれしい反面。

ちば:また、ライバルでもあったわけね。

ちばてつや氏から見た、レジェンド漫画家たちの才能

小禄:そんなちばさんの中で、忘れられない才能というか、「この人にはかなわないな」という方はいらっしゃいましたか?

ちば:いやいや、みんなそうですよ。松本零士さんにしても、私が持っていない、いいファンタジーな絵を描くんですよね。草の葉っぱに露がきらっと光っていて、その向こう側に、たぶん丸ペンか何かで描いたんでしょう。霧を描くんですよね。

霧がふわーっと流れていて、霧の向こうに女の人が現れたりするような、そういうお話をよく描いてました。非常にファンタジーでドラマチックで、「うわ、うまいなあ。こういう演出もうまいし、絵もうまいし」と思った。

石ノ森章太郎さんも、彼はいろんな漫画の描き方で実験をしましたよね。『ガロ』という実験的なコミック誌でいろんな本を描いてね。『ジュン』は今でも名作ですよね。

「こういうコマの割り方もあるよ」「こんなコマを使って、見開きを使ってこんな表現もできるよ」と、いろんな実験を描くような、もう才能があふれているような人だった。

小禄:なるほど。

ちば:赤塚不二夫のギャグなんて本当に、私には思いもつかないようなことを考えるし。誰の作品を見ても「すごいな、負けたな」と、よく落ち込んでいましたよ。

新人漫画賞でびっくりすること

小林:最近の若い漫画家さんで、ちばさん的に「この人はすごく才能があるな」と思った方とかっていますか?

ちば:たくさんいますね。私はもう何十年、30年か40年近く新人漫画賞の審査をやっていますが。

小林:「ちばてつや賞」ですよね。

ちば:はい。だから若い人たちの作品をたくさん見るんですけども、その中で本当に今までにない表現の仕方、タッチの使い方。それから最近はパソコンで描くでしょう。

小林:はい、そうですね。

ちば:私はいまだにガリガリとペンで描いてますけども、「人間の線では表現できないような、いろんなことができるんだろうな」と、びっくりすることがありますね。いろんな才能がありますね。

小林:そうですね。(「ちばてつや賞」では、)今も一つひとつの作品をちばさんご自身が読まれているとおうかがいしています。

ちば:まあ、全部読めるわけじゃないです。最近、目があんまりなので。

小禄:そうですよね、めちゃくちゃ大変ですよね。

いい才能を見つけた時の喜び

小禄:「それでも読み続けたい」という意志を感じますし、そのあたりは「若い才能に触れていたい」なのか、発掘として「世に出る手助けをしたい」とか、そういうお気持ちがあってのことなんでしょうか。

ちば:もちろん、そういうこともありますね。やはりいい新人を発掘したい。発掘だけじゃなくて、いい才能を持った人がすくすくと育ってほしいという気持ちはあります。それは私だけじゃなくて、編集の人もみんながそう思っているんです。

だから、いい才能を見つけるとすごくうれしいんですよね。「今回はいい人が出てきたね」なんて言って、喜び合うことがありますよ。

小禄:ありがとうございます。我々もシンプルにイチ読者として、本当にすごい漫画が毎年、毎月出てくるなと、すごくうれしい気持ちでいっぱいです。そこは同じような感覚を持っていますね。おこがましいですけど。

小林:(笑)。

小禄:今、SNSでも「ちばてつや先生みたいなレジェンドが、若い世代の番組にフランクに出てくださったり、単純にお元気そうにお話ししているのを見ると、特に理由もないのにうれしいな」という感想を頂いています。

ちば:どうもありがとうございます。

小禄:ありがとうございます。じゃあ次のテーマへ行きましょうか。

漫画界の節目は「週刊誌の時代」になった時

小禄:続いては、「ちばてつやと漫画業界」です。本当に66年間、漫画業界の黎明期からずっと一線で活躍されつつ、遠目からも見守っていただいていると思うんですけど。ちばさんの中で「漫画業界が大きく変わったな」と思う瞬間や、何か印象的な出来事があったらおうかがいできたらうれしいんですけども。

ちば:そうですね、節目がありますね。一番最初はやはり、週刊誌の時代になった時ですね、今までは月刊誌だったので、売れっ子は何本か連載を持っても、どこかで大きく休める時があったんです。でも週刊誌になってからは本当にもう......。

小林:休めない(笑)。

ちば:私にとっては地獄の時代でしたね。

小林:(笑)。

ちば:『少年サンデー』『少年マガジン』が創刊された時、私はもともと描くのが遅かった。

小禄:それはインタビューとか、いろいろな箇所でうかがっています。

ちば:本当に遅いんですよ。なかなか決断ができないで、グズグズするタイプなので。週刊誌は絶対に向かないし、週刊誌をやったらすぐ命が尽きてしまう。そういう危機感から、「絶対週刊誌はやらない」って逃げ回っていたんです。

でも「それじゃあ、ちばさんは座って絵を描くだけでいいよ。お話からキャラクターから何から、全部考える人を付けるから」と言ってきたのね。

小禄:いわゆる原作家ですね。

原作家がついたら楽になるだろうと思っていた

ちば:言ってきてくれたのはすごくありがたいんだけど、私もうっかり、「資料も何も集めないで、取材もしないで、座って描けばいいの? それだったらやれるかもしれない」と思って(笑)。

小禄:めちゃくちゃ単純な考えで(笑)。

ちば:そこでそう思っちゃったんだよ。「原作が付けば楽だろうな」と思ったんだけど、どんなにおもしろい原作が来ても、それを一回漫画にするためには、一回バラバラにしなくちゃならないんですよ。

読み込んで、お話を作る人が何を言おうとしているのか、そのテーマをしっかりつかまなくちゃいけないし。

小禄:一回咀嚼しないといけないですね。

ちば:「この人はこういうところを強調したいんだろうな」「ここが売りなんだろうな」とか、そういうところもよく気がつかないといけないと思う。だから、何度も何度もシナリオを読まなくちゃいけない。

読んでもう一回、「あ、シナリオだとこのままでもおもしろいけど、漫画にするんだったらちょっと順序を変えたほうがいい」とか、ちょっと思ってしまうわけね。演出を変えてしまうんです。それじゃあ、自分でお話を考えなくても、同じぐらい大変で……。

小林:(笑)。

ちば:それに気がついた時は、もう遅かった。まあでも、いいお話を作ってくれるので、その分楽ではあったと思います。

原作がいい話でも、それをそのまま漫画にはできない

ちば:お話を作ってもらいながら、担当さんがいろいろアドバイスしてくれて、そういう協力をしてもらいながら、だんだんペースがわかってきた。

小禄:週刊連載の。

ちば:それでなんとか週刊誌の時代も生き残れたんです。

小林:今も週刊連載は「人のする作業じゃない」って言われてますからね。

小禄:原作のところで有名な話ですけど、『あしたのジョー』の1話目は、梶原一騎さんが書かれた原作を大幅に変えたというお話がありますよね。

小林:取材も行かれたと聞いています。『ひねもすのたり日記』で、実際にドヤ街に行って、宿に泊まろうとしたら追い出されるという......。

ちば:そうそう。

小禄:森川ジョージさんから事前に「これを聞きたい」というお話をしてくださっていまして。今おっしゃっていただいたように、ちばさんは原作にけっこう手を加えるというお話をうかがいました。より良くするためにちばさんが書き換えられる。

なので森川さんが「どこまで手を入れていいと考えられているのか、そのへんをうかがってみたいです」と、おっしゃっていまして。

小林:聞きたいですね。

ちば:今もちょっとお話ししましたけど、おもしろい話でテーマもいいし、「あ、これはいい話だな」と思うんだけど、それをそのまま漫画にすることはできないんですよね。

漫画にする時は、読者である子どもたちがスッとその世界に入りやすくなるように、導入部がすごく大事です。それで、「何を言いたいのか」が一番わかりやすいように、エピソードにしたりすることがあるので。そういうところでいろいろコマの割り方を考えたり、お話の順番を変えたりする。私にはそういう癖があるというのかな。

お互いの「いいものを作りたい」という気持ち

ちば:最初は梶原一騎さんも、すでにあの時『巨人の星』を描いていた人なので。小池一夫さんもそうだったかな。「俺のセリフの一言一句を変えることは許さん」と。

小禄:そうですよね。『巨人の星』もそうでしたし、『愛と誠』とかも。

ちば:はい。そういうことを言う人だったので、「私はそういう人と一緒に組めないから。ごめんね」ということで、私がオリジナルでやろうとがんばっていたんです。でも、「ちばさんだったら許す」と言ってくれてたみたいで(笑)。

小禄:そうですよね。「ちばてつやなら許す」。

ちば:ちょっといざこざがありましたけど、やっぱりお互いにいいものを作りたいんです。読者が喜んでくれる、いいものを作りたい。そのためにはちょっともめたり、けんかもしました。

小禄:そうですよね。文字情報じゃなくて、漫画に落とした時に順番を変えるとか、いいものにするためにというところを考えられていたんですよね。

ちば:そうですね。「この人はこう言いたいんだろう」「これを表現したいんだろうな」というところが、漫画にした時にいかに活き活きと表現できるかということで、導入部を変えたり、コマ割りを変えたり、順番を変えたりしました。

小禄:ありがとうございます。

縦読みフルカラーの“スマホ漫画”に挑戦も

小林:ちばさん、今の漫画業界で言うと、最近「WEBTOON」という、スマホに最適化された縦読みのフルカラー漫画が流行っています。これから漫画業界として注目されている、新しい表現の1つとして出てきているんですけど、こういったWEBTOONとかに対しては、どう思われていますか?

小禄:ナンバーナイン代表として。

小林:はい。「ちょっとこれだけは聞かないとな」と。

ちば:私もね、ちょっと挑戦したことはあるんですよ。

小林:え? 挑戦したことがあるんですか?

ちば:おもしろいなと思ったの。縦にずーっとスクロールして画面が流れることによって、紙の媒体で描いたのと、ちょっと違う表現ができるなと。ちょっとこれはおもしろいなと思って、大学で教えている時に挑戦してみたんです。

小林:すごいですね。WEBTOONにも挑戦されている。

ちば:ちょっとやってみたことはあるんです。確かにおもしろいと思う。ただ、物にはなりませんでした。いまだにこの時代が続いていることだし、いい作品もたくさん出ているみたいなので、私もまだ若いですから、ちょっと研究して、挑戦してみたいなと思っています。

小禄:ちばさんに若いと言われると、我々は本当に赤ん坊のような気持ちになってしまいます。言葉を聞くだけで勇気を頂けますね。

小林:そうですね。「もっとがんばっていかないといけないな」っていう気持ちになりますね。レジェンド・オブ・レジェンドの方でも、新しいWEBTOONにちゃんと。

小禄:まさに変化ですね。業界の変化としても。

小林:興味を持って、実際に自分でも作っていることが、やはり第一線で活躍される方として本当にすばらしいなと思います。ありがとうございます。