レジェンド漫画家・ちばてつや氏が登壇

吉川きっちょむ(以下、吉川):それでは清家さん、ご紹介をお願いします。

清家彩(以下、清家):はい、みなさんお待たせいたしました。オープニングを飾るのは、ナンバーナイン代表取締役社長 小林琢磨さんと漫画家 ちばてつやさんによる「ちばてつや氏が、いま漫画家に伝えたいこと」というセッションです。司会は株式会社ナンバーナイン取締役 CXOの小禄卓也がお送りいたします。小禄さん、よろしくお願いします。

小禄卓也氏(以下、小禄):はい、よろしくお願いします。ナンバーナイン取締役の小禄と申します。長らくお待たせしていますので、さっそく登壇者をご紹介していきたいと思います。まず最初に自己紹介ですね。小林さんから自己紹介をお願いします。

小林琢磨氏(以下、小林):みなさんこんにちは。今回の「漫画家ミライ会議」を主催しています、デジタルコミックエージェンシーであるナンバーナインの代表の小林と申します。みなさん、よろしくお願いします。

(会場拍手)

小禄:よろしくお願いします。はい、そして小林さん、(ついにこの時が)来ちゃいましたね。

小林:そうですね(笑)。ちょっとびっくりして緊張しています。

小禄:(笑)。お待たせしていますので、さっそく漫画家のちばてつやさんをご紹介させていただきます。ちばさん、よろしくお願いします。

ちばてつや氏(以下、ちば):こんにちは。よろしくお願いします。

小禄:こんにちは。よろしくお願いします。

(会場拍手)

小禄:今、ちばさんは我々の画面も見えていますか?

ちば:見えていますよ。

小禄:ありがとうございます。今日はトークセッションをやらせていただくんですけども、我々は非常に緊張しています。

小林:(笑)。

小禄:まず、なんでこのセッションをやるのか簡単にご説明させていただいて、そこからセッションに入っていきたいと思います。

ちばてつや氏が、いま漫画家に伝えたいこと

小禄:セッションのテーマは「ちばてつや氏が、いま漫画家に伝えたいこと」です。昨年の漫画家ミライ会議で、漫画家の森川ジョージさんにご出演いただいたご縁で、2022年、弊社ナンバーナインが日本漫画家協会さんに賛助会員として参加させていただいて、そこで会長をされているのがちばてつやさんで。

今回の漫画家ミライ会議は「漫画が、拡張する」という、けっこう大きめの、未来を語るようなテーマでお話をするんですけど、やはり未来を語るためにも漫画家さんのディフェンシブな部分について、「ちゃんと活動し続けるための環境を整えていくのも大事だよね」というところがあって。

その活動をやられているのが日本漫画家協会さんじゃないかという気持ちがありまして、ダメ元で打診させていただいたところ、本当に快くお受けいただきました。ちばさん、本当にありがとうございます。

ちば:いや、こちらこそありがとうございます。

小禄:最初、このお話があった時、どんな感想でしたか?

ちば:(笑)。私ね、今でもどうして私が呼ばれたのか、どういう内容をこれからお話しすればいいのか何もわからないので、みなさんがいろいろ私の話をうまく引き出してくれれば、うまくできるかなと思うんですけど。

小禄:かしこまりました......。

ちば:私は今、本当に路頭に迷っている感じですよ。「私は今どこにいるの? 何をすればいいの?」という感じでおります。

小禄:いやいや(笑)、わかりました。では目次のほうに進めさせていただきます。SNSでたくさんコメントを頂いています。「ちばてつや先生、本物だ」と(笑)。

5つのテーマで、次世代の漫画家に思いを伝える

今日、ちば先生に何をお話ししていただくかというところなんですけど、大きく5つ用意させていただいています。「ちばてつやと漫画家人生」「ちばてつやと才能」「ちばてつやとマンガ業界」「ちばてつやと日本漫画家協会」、そして最後は「ちばてつやと漫画家のミライ」。

ナンバーナインは創業からまだ6〜7年目くらいの会社ですけども、ちばさんは長く漫画家として活動を続けられていらっしゃいますので、長くやられている中での、ちばさんが大切にしてきたことや、漫画家として持っている思いを、我々はフレッシュな新人として勉強させていただきたいなと思っています。

このイベント自体も、視聴いただいている方々には20代、30代、40代の若い漫画家さんがたくさんいらっしゃるので、そういう方々にちばさんから伝えたいメッセージがあれば、ぜひお話ししていただければなと思っていますので、よろしくお願いします。

ちば:こちらこそよろしくお願いします。

小禄:これで少しは道しるべになりましたかね?

ちば:うん、少しわかってきた(笑)。

小禄:ありがとうございます(笑)。

ちば:若い漫画家さんたち、あるいは漫画家を志望する人たちが聞いてくれているんですね。

小禄:そうです。ですので対談というよりも、うちの代表の小林もいろいろ質問させていただきますので、よろしくお願いいたします。あと、森川ジョージさんもTwitterでコメントしてくださっています。

ちば:そう。彼は今日一緒に出なかったの?

小禄:そうなんですよ。森川さんはご紹介いただいただけで、(漫画家ミライ会議には)2021年に出ていただきました。今日は我々2人から、いろいろご質問させていただきます。よろしくお願いいたします。

17歳で漫画家デビューし、66年間筆を持ち続ける

小禄:では1つ目のテーマ、「ちばてつやと漫画家人生」ということで。ちばさんは今83歳でいらっしゃるんですよね。17歳から漫画家として活動をされているということで、66年。

小林:本当にすごいですね。

小禄:ナンバーナインが今6年とかなので……。

小林:そうですね(笑)。

小禄:僕らはあと11倍やらないといけない(笑)。その66年の人生をできるだけ、非常に短い時間ですけど、いろいろおうかがいできたらなと思います。

ちば:まあ、私にとってはあっという間でしたね。

小禄:本当ですか。

ちば:うん。だから本当にまだ17歳(の時のことを鮮明に覚えています)。初めて原稿料をもらったのが17歳ですね。

小禄:「原稿料の金額も覚えていますよ」みたいなインタビューも見たんですが。

ちば:昔、貸本屋さんがよくあってね、貸本屋さんに卸す専門の小さな出版社があったんですよ。そこで児童漫画家の募集があったので、原稿を申し込んで、いろいろ描いたり消したり、あるいは直されたりしているうちに、いつの間にか1冊にまとめてくれて。

それで原稿料を1万2,351円もらったんです。1円玉が乗っかっていたのを覚えています。

小禄:それがデビューになると。

ちば:それが私にとってデビューになるんですね。まあ、漫画は小学生ぐらいの時から、漫画を描いたりお話を作ったりする友だちが同級生にいたものだから、その子と一緒に同人誌みたいなものを作ったり。

同人誌と言っても、本当にわら半紙に鉛筆で、あるいは色鉛筆でちょっと色を塗るくらいの稚拙なものでしたけども、そういうものを作って遊んでいたんです。仕事としてお金をもらったのが17歳の時です。

漫画家たちがみんな体を壊した、週刊誌の時代

小禄:そこから今、66年続けていらっしゃるじゃないですか。ここまで描き続けられていると思いましたか?

ちば:いや(笑)、やはり漫画家の仕事は締切に追われて、しょっちゅうプレッシャーがありますよね。それから思ったように描けるものは、本当に年に何作もないですよ。

ほとんどが「もっとこう直したほうがいいのかな」「ここはもうちょっと、こういうふうにしたほうがもっとわかりやすいのかな。おもしろくなるのかな」っていろいろ悩みながら。「だけどもう時間がないから、これで描くしかない」ということで、ぎりぎりのところをずっとやっていたので、最初はペースがよくわからなかった。

それから、特に週刊誌の時代になって、私だけじゃなくて編集の人も大変だったんですけども、漫画家たちはみんな体を壊しましたよね。

小禄:そうですね。

ちば:要するに、締切が毎週毎週来るわけだから。当時はあまりアシスタントとの合同作業じゃなくて、ほとんど1人でやるのが基本でしたからね。

ふらふらになるジョーと自分の姿を重ねながら書いていた

ちば:そういう意味では本当にしょっちゅう寝不足で、ずっと悩んでいた。病気もした。体も壊した。私は30歳ぐらいの時に、「もうそろそろ自分のエネルギーが尽きるな」と思ったんです。

小禄:30歳でその状態だったんですか。

ちば:30歳の末ぐらい。ちょうど『あしたのジョー』を描いていた頃なんですけどもね。ジョーが減量で苦しんで、パンチドランカー(相手からパンチをもらいすぎるとなる症状、慢性外傷性脳症)になって、ふらふらになって戦っている姿を、自分と重ねながら描いていたので。あれは26歳ぐらいから描き始めたのかな。

小禄:『あしたのジョー』が26歳から。

ちば:5年間描きましたけども、最後のほうは途中で力石が死んだり、お葬式を出してもらったり。そのあたりで、自分もお葬式を出すんじゃないかと思うぐらい。

小禄:いやいや。

ちば:それぐらいね、「自分もそろそろかな」と思うぐらい体が疲れ始めていましたね。

小禄:でも、そこからあれよあれよと。

ちば:こんな80いくつまで生きられると思いませんでした。途中で気がついたことですけども、漫画家はみんな、運動不足で体を壊す。私もそうだったんだけど。だからそういう意味で、「運動しなくちゃダメだ。寝不足でも運動したほうがいい」っていうことで。

小禄:野球とかもされてたりしましたよね。

小林:「熱い汗をかいたほうがいい」というのをおっしゃっていますよね。

体を壊さないための運動で、絵にも変化が

ちば:そうそう。若い漫画家志望や漫画家のみなさんには授業でいつもお話ししていることですけども、1日1回、ちょっとでいいから熱い汗をかくこと。漫画家はしょっちゅう冷や汗はかくんですよ。

小禄:(笑)。デスクの上で。

ちば:なかなかうまく描けないとか、アイデアが出ないとか、どうもセリフがうまく出ないとか、そういうことで冷や汗はかくんだけど。どこかで階段を上がったり下りたりするだけでもいいから、ちょっと運動して熱い汗をかくと、体中の血の巡りが良くなるので。アイデアもまた出てくるし。

それから、私は運動をしたら絵が変わったんですよ。

小禄:絵が変わったんですか。

ちば:一番最初に気がついたのが、下描きをなぞるような線だったのに、ちょっと運動した後に絵を描いたらね、ほっぺたの線とか体の線が活き活きと描けてね。しかも一番わかったのは目ですね。キャラクターの目に力が入るようになった。活き活きと描けるようになったなということで、「これは私は今まで運動不足だったんだな」ということに気がついた。

小禄:何が違うんでしょう。やはり力の入りが違うとかなんですかね。

ちば:血の巡りが良くなって、血液の流れとかリンパの流れとか脳の中の血の流れが良くなって、目もくっきり見えるようになった、その時に。みなさんに本当にお勧め。

小禄:なるほど、ありがとうございます。

漫画家としての大きなターニングポイント

小禄:次のテーマに行こうと思うんですが、その前にここのところで、小林さんはお話がありますか?

小林:そうですね。小学館から出ている『ひねもすのたり日記』を拝見しました。

小禄:今も連載中の漫画ですね。

小林:ちばさんの昔からの歴史と今が描かれていてすごくおもしろいマンガなんですけれども、確か4巻のエピソードだったかな。ちょうど20年ぐらい前、60歳の時に入院してしまって戻ってきたら、奥さまがアシスタントさんを解散していたり、机も捨てられていたみたいなお話があったと思うんですよ。それってすごく1つの大きなターニングポイントなのかなと思っていまして。

漫画家人生が長い中で、そういう経験をされている方のほうが少ないと思うんですけれども、そこでたぶん制作活動が変わったと思うんですよね。執筆活動か。

そこのところについて、詳しくおうかがいできたらなと思ったんですが。その時の気持ちは「解放された」という気持ちだったのか、「え? なんのこったや?」みたいな感じだったのか。

小禄:「やめてくれよ!」みたいな。

小林:そうです、そのへんっていかがですか?

ちば:小林さんが今みんな言ってくれたじゃない。

小林:(笑)。

ちば:「なんのこった?」ですよ。「これはどういうことなの?」という千葉の方言ですけども。

大病を患い入院、帰ってくると机が粗大ゴミに出されていた

ちば:入院して帰ってきたら、玄関のところの脇に、見覚えのある木の机が山と積まれていて。

小林:なかなかない光景ですよね。

ちば:それで「なんだこれは」って言ったら、「これはアシスタントのみんながもういなくなっちゃったから、粗大ごみとして出しちゃったのよ」って言うから。「どういう意味?」って聞いて、そこで初めてみんなに退職金を渡していたのを知って。

私の病気が、網膜剥離と心臓の両方をやっちゃったんですよね。今もそうなんですけど、目の片っぽがちょっと、見えてはいるんだけど、すりガラスを通して見るような。

小禄:ちょっと見えづらい状況で。

ちば:ぼうっと見づらいんですよね。片っぽの左目はちゃんと見えるんだけど、網膜がちょっとはがれかけていて、両方とも手術してもらって、赤外線だかで眼底をやけどさせて、つけてもらったりするような手術をしたことがあって。

小禄:大病を患われて。

ちば:うんうん。それと同時に心臓とか十二指腸潰瘍だとか、いくつかいっぺんに病気をしたので、「この人はもう週刊誌の仕事をすることはできない。だからもうみんながいても、お願いすることもなくなっちゃう。ちばてつやはもう仕事はできない。引退」という感じで。

自分が不在の間に、アシスタントに退職金が支払われていた

ちば:それで「みんな、うちへは漫画家になりたくて来たんでしょ」って。「それだったらね、いつまでもアシスタントしてないで、がんばって自分で独立しなさい」と。

その時ちょうどお金がなくて大変だったみたいですけども、銀行からお金を借りて、出版社からもお金を借りて、退職金をみんなに少しずつ工面して。それで独立しないと送り出したんです。

小林:退職金を払うということ自体が本当にすごい。なかなか聞かないです。

ちば:うちは一応小さい会社ですからね。みんなが社員だったのでね。

小禄:ちばさんご自身としては、もう退院して「さあ、漫画を描こうかな」と思っていて。

ちば:いや、「漫画はちょっとしばらく描けないだろうな」とは思っていたの。

小禄:そうだったんですね。

ちば:描けないけども、前のやつを単行本に直すとかね。

小禄:作業的なところ。

ちば:いろんなちょっとした仕事もあるので、そっちのほうを手伝ってもらいながら、体が回復するまでと考えていたんだけど、そこですばっと線を引かれちゃったんですよね。奥ちゃんに(笑)。

燃え尽き症候群になりながらも考えたこと

小林:漫画を読む限りだと、相談なくというので、正直僕だったらびっくりすると思うんです。でも、たぶん体のことを気にされてやられていると思うので、愛を感じたのか。それともびっくりのほうが大きかったのかは知りたくなります。

ちば:いやいや、もうちょっと何か相談してくれれば……。

小林:そうですよね(笑)。

小禄:「一言ぐらい言ってくれよ」みたいな。

ちば:ええ。「なんでそんなことを勝手に決めるの?」と思いましたよ。その時は私も怒ったんですよ。

小林:でも、それがあったから、今もまだ描き続けられているのかもしれない。

ちば:そうですね。だけど机も何もなくなっちゃった。私の机はあったんですけどね。そこに座ってちょっとしばらくぼうっとしてましたよ。燃え尽き症候群で、本当に誰もいなくなっちゃって、がらんとした仕事場でね。

「これからどうしたものかな」と思ったんだけど。考えてみたら、こういう状況で私が連載を続けたりすることはできないし、そういうことでグズグズみんなを私のところで手伝わせていたら、大事な人生を終わらせてしまったかもしれない。それはいけないと思ったので、「これはかえって本当に良かった」とは思いましたね。

小禄:なるほど。ありがとうございます。そしてすでに始まってから25分ぐらい経ってしまっていまして。

小林:しっかりお時間が(笑)。

小禄:5つテーマを用意したのをちょっと後悔してきているんですけど、次のテーマに行きたいと思っております。