障害者の強みを活かしたユニバーサルレストラン「ル・クロ」

畠中直美氏(以下、畠中):次は黒岩功さんの講演です。テーマは「障害を価値に変える 『強み』『得意』を組み合わせた組織作りで“一流”を実現」。それをどうやって実現しているのか、おそらく村中(直人)先生のお話とすごく親和性が高い実例がたくさん聞けるのではないかと思っています。楽しみにしていてください。

では、私からご紹介させていただきます。黒岩さんはユニバーサルレストラン ル・クロのオーナーシェフでいらっしゃいます。鹿児島県のご出身で、辻調理師専門学校卒業後、スイス、フランスで修行を重ねてこられました。

帰国後は大阪や京都の有名料理店でスー・シェフ、そして料理長を務めたのち、2000年に独立されていらっしゃいます。現在はレストラン5店舗、(スライドの)こちらの写真なんですが、すっごくすてきなグランピング施設、そして福祉事業所などを経営されていらっしゃいます。

障害のあるスタッフとプロのシェフたちが一緒に働く環境で、それぞれが持つ違いや個性を生かして、働く人たちを大事にする経営を実践されています。

放課後デイサービスといいまして、黒岩さんのところには療育が受けられる場所があり、うちの息子はそこに通ってるんです。(放課後デイサービスが)あるのは大阪なんですが、私が住んでるのは滋賀県なので近くはありません。でも、車に子どもを乗せて滋賀から大阪まで高速道路で通いたくなるぐらい、すごくすてきな場所なんです。

おそらく、このあとそのあたりもご紹介いただけると思いますので、ぜひ楽しみにしていてください。ではお願いします。

フランス料理人が、なぜ福祉の世界に?

黒岩功氏(以下、黒岩):みなさん、こんにちは。ご紹介にあずかりました、レストラン ル・クログループのオーナーシェフの黒岩と申します。先ほど村中先生のお話を聞いて、もううなずくばかりです。すごいなぁ。本当に僕も勉強になりました。

私の場合はどっちかというと実践のほうなので、どういうことをうちのお店でやってるのか、まずは見ていただけたらいいかなと思っています。

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オープンしたのが2022年の4月ですので、今現在でまだ1年は経ってませんが、かなりお客さまが集まっている状態ですね。貝塚のほう(かいづか いぶきヴィレッジ)はグランピングの宿泊施設で、温泉、農業、福祉が集合体になっています。

2023年ぐらいからまた増えるんですが、今現在も障害者雇用は5名近くいて、福祉事業所もあります。僕たちは「キャスト」と呼んでいますが、キャストのメンバーたちも徐々に増えています。

そもそもよく聞かれるんですよ。高校を卒業して18歳からフランス料理の世界に入ったんですが、「黒岩さんってフランス料理人なのになんで福祉をやるの?」「子どもに障害があるんじゃないの?」ってよく言われます。

うちは子どもが3人いますが、認定はされていませんけどそんなに頭がいいわけでもなく、手帳は持っていません。「じゃあなんでやるんですか?」って言われるんですね。

もともとフランス料理人の世界は「アンチユニバーサル」

黒岩:いろんなことが考えられるかと思うんですが、大きく2つあります。1つは、横浜のある福祉事業所さんの商品が売れないからということで、そこに招かれたことがきっかけだったんですね。

それまでは僕はまったく福祉を知らないですし、興味もなかったし、どちらかというと僕らフランス料理人の世界はアンチユニバーサルなんです。多様性なんか認めることはできないんですね。

だっておいしいものを作らないといけないし、決まったものを作らないといけない。そこに多様性を入れてしまうと、まずいものができたり形が崩れたものができたりとか、そういうことになりかねない。だから画一したメンバーたちを入社させて、画一したメンバーたちを育て上げていく。

ついてこられなかったら辞める。それで良いっていう世界です。だからアンチユニバーサルなんですよ。そういう世界にいた人間だったので、福祉とか障害に関しては、正直背を向けているような状態でした。

福祉事業所さんのところに行くまで、「できないんじゃないかな」というバイアスは正直すごく強かったですね。でも、行ってみたらすごかったんですよ。みんな几帳面で一生懸命やるし、働く姿勢がすごいんですよね。

みんなが働く喜びを持って取り組んでいるので、雰囲気が良いんですよ。「あ、この子たちってすごいな」と思いました。うちのレストランや会社には、こういう働く環境の雰囲気がまったくなかったな、というところがまずはあって。

そこからいろいろ話を聞いてみると、なかなか(作った商品が)売れないと。それは売れないですよね。なぜかというと、障害者の方たちが作れるものしか作っていないので。

障害者の方たちに作ってもらっても、売り先を決めてないしはけ口がないから在庫が溜まっていく。在庫が溜まっていくと、安くして売りにいく。悪循環が始まってたんですよ。

技術力を活かし、マーケットのニーズに応える商品作り

黒岩:今だとマーケットインという言葉もありますが、「マーケットは何を求めているのか、というところから考えたらどうですか?」と。もっと言うと、どんなところで売りたいのか。

そしたらメンバーの人たちが「デパートで売りたい」「バレンタインデーの催事で売りたい」と言うわけですよ。しまいには「飛行機に乗せたい」とか、どんどんみんなが言ってくれるんですよね。じゃあそれをやろう、そこで売れるようにしていこうやないかと。

「だったら、そのマーケットではどういう商品だったら扱ってくれるんだろう?」から始まって、インスタ映えするものであったり、味などをいろいろ探していきました。

例えば、アドベンチャーワールドにはうちのパンダチョコが置いてあるんですね。だけど最初はだめだったんですよ。「すでにパンダチョコはたくさんあるので、黒岩さんのところはちょっと無理です」って言われたんです。

依頼があった時に「夏場でも溶けないチョコレートだったら仕入れてもいいよ」と言われました。アドベンチャーワールドは和歌山ですから、夏場は暑いんですよね。(お土産として家に)持って帰る時に、チョコレートが溶けるという現象が起きていたんです。

それで現場から「溶けないチョコレートがあったら仕入れるのにな」という声があって、僕らはそこに入ったんですね。「溶けないパンダチョコを作る」というテーマがあったんですが、僕らはそれを作れちゃうんですよ。なぜかというと、技術やスキル、ノウハウがあるので。今はめちゃくちゃ売れてます。

日本と海外の「多様性を認める文化」の違い

黒岩:最初の話に出た福祉事業所さんも、みんなが夢に持っていた百貨店や全国の催事に呼ばれるようになりました。それこそ梅田の阪急の9階に大きい広場があって、西日本で一番大きいバレンタインデーの会場ですが、僕らはそこにも行くことになりました。

横を見るとピエール・エルメ、前を見るとゴディバ。「やったぁ!」という感じだったんですよ。彼らが作った商品が地産品というものではなくて、ちゃんと正規の値段で、世界ブランドと同じステージで売られている。

「これを使うと、こういうことになるんだ」という可能性を感じた時に、僕は自分の会社でも絶対に取り組もうと思いました。そこからどんどんどん価値を上げていって、最終的にはJALのビジネスクラスの機内食に入るようになりました。

やっぱり僕らの業界はアンチユニバーサルなので、今後もアンチユニバーサルのままいて良いのかな? という思いがあったんです。

それはなぜかというと、海外のお店を行き来していると、向こうの土台には多様性を認める文化がめちゃくちゃある。だから経済が回っているというか、それがあるからワールドカップも盛り上がった。

みなさま、フランス人はもともと白人のイメージがありますが、たぶんサッカーのチーム見た時には白人が多いというわけではなかったと思うんですね。うちのシェフの知り合いの子どもたちはフランスの幼稚園や小学校に行っていますが、「半分は肌の色が違います」と言っていました。

海外を行き来しながら、それぐらい教育の中でも多様性を受け入れているということをわかった時に、日本にはなかなかそれがないなと思いました。ましてや僕らの業界は特にないなと思って、「じゃあ自分のところでやってみよう」ということでやったのが福祉事業所だったんですね。

障害者が“普通に働く姿”こそが世の中の価値

黒岩:最初からうまくいったわけじゃないんですが、京都のお菓子の工房から始まって、結果的に今は京都の世界遺産(醍醐寺)にも店舗を入れさせていただいてます。なので結果的にはすごくよかったんですが、いろいろなことがありました。

僕自身は「障害のあるメンバーたちが一生懸命作る商品のステージを上げられる」と実感したんですが、もう1つは、その子たちが働いてる姿こそがこの世の中の価値だと思っています。

先ほど村中先生が言われたメッセージもそうですが、どっかに囲うとか、どっかに押しやるのではなくて、普通にあることが絶対に必要なんじゃないかなと思いました。

SDGsで言うと、うちは3(保健)と8(成長・雇用)を目指していますが、3の中にも「医療」や「福祉」が入るようになってます。僕は「福祉」という言葉よりも「多様性」という言葉のほうがよかったんじゃないかなと思います。

なぜかというと、当事者や当事者の親御さん、もしくは自分がおじいちゃん・おばあちゃんにならない限りは「福祉」には出会わないんですよ。その時に初めて福祉の価値をわかったり、「そうなんだな」という知識になる。

そうじゃなくて、もっともっと早い段階で多様性の価値に触れ合っていくような機会が町中であればいいのにな。それを自分のお店でやろう、と思ってやりました。

「お客さまが神さまである」という言葉の呪縛

黒岩:めちゃくちゃ怖かったですよ。何がかというと、偏見です。うちのお店では「誰々が障害を持ってます」とは言いませんが、車椅子の女性のサービススタッフがいたり、車椅子の調理場の子がいたり、発達・知的障害、ダウン症の子もいます。今度もし機会があれば来てください。

そういう子たちが一緒に働いている状況なので、僕はやっぱり世の中の障害者に対する偏見がすごく怖かったです。先ほど「海外の土台には多様性を受け入れる文化がある」と言いましたが、日本が多様性を認めていくことに遅れているもう1つの理由があります。

サービス業の中で一番ネックなんですが、みなさんの前で言えない言葉があるんですよ。それは「お客さまが神さまである」。僕たちがそう思い続けてきている以上、お客さまが正しいんです。だから、お客さまのバイアスが正しさになっちゃうんですよ。

知的・発達(障害)の子もいますが、車椅子で働いていたり、いろんな障害者の人が普通にレストランでサービスをしています。

そういう子たちが働いていることに対して、お客さんの偏見があると、飲食しに来て「なんでフランス料理店で障害者の人が働いてるの?」って言われたら、僕らは「申し訳ございません」と言わないといけなくなっちゃうんですよ。

「おもてなし」という言葉を使うので、それが日本のすばらしいとこでもありますよ。だけど、すごく偏った考え方だというのも一理あるんじゃないかなと思います。お客さまだけが神さまなのは、ちょっとどうなんだろう。

「空気を読まない子」がいるから、雰囲気が明るくなる

黒岩:例えばヨーロッパや海外に行かれた方はわかると思うんですが、日本みたいに懇切丁寧に対応するレジの人はいますか? いないと思います。たぶん、お金を出す側もレジをする側も人として同じなんですよ。だから「お金を払うほうが偉い」っていうものが、向こうにはないです。だからこそ、こっちの主張もできるんです。

私たちは、こういうことがやりたいからやっています。最初は本当に恐怖はありましたけど、僕自身が(国内外を)行き来して感じながらやってきた結果で、このコロナを乗り越えられました。

僕らの飲食業で言うと、この3~4年はとてつもなく最悪です。その最悪の時期を乗り越えられたのは、障害があるメンバーやうちの支援員も含めて、いろんなメンバーが努力してくれたり考えたりしてくれたからです。

一番おもしろい話をすると、(コロナ禍で)お客さんが来なくなっちゃうのでレストランがめちゃくちゃ暇なんですよ。いつも明るくて空気を読まない発達障害の子がいるんですが、その時に「おお~。ムッシュ、元気?」「元気じゃないよ」って。

でも、そういう空気を読まない子たちがたくさんいるんですよ。だからめちゃくちゃ雰囲気が明るくなるんです。僕はそれも仕事の1つかなと思います。雰囲気作りって、本当に独特の人にしかできないんですよ。