「その街に根ざしたお店」を目指す

杉山信弘氏(以下、杉山):井川さん、ありがとうございます。かなりコメントや質問をいただいています。「行ったことがあります」「買ったことがあります」という声もたくさん寄せられています。

井川沙紀氏(以下、井川):ありがとうございます(笑)。

杉山:ちょうど昨日、日本橋三越のポップアップ(※現在は終了しています)で買われた方もいらして、すばらしいですね。

パネルディスカッションに入らせていただく前に、少し前提をおうかがいしたいと思いますが、今国内では25店舗展開されてらっしゃるんですよね?

井川:はい。

杉山:私は3店舗ぐらいしか行ったことがないんですが、やはり店舗によってぜんぜん違う感じでしょうか。

井川:そもそもの建物もぜんぜん違っています。例えば先ほどお話しした南禅寺の建物は、100年を超える歴史がある京都の古い町屋をリノベーションしたもので、古い建物の中にカフェを入れたかたちになります。

逆に、新宿にあるニュウマン(NEWoMan)のお店は新規で、ショッピングセンターができるタイミングで入れていただいています。そういう意味では、入る建物によってもアプローチがかなり変わると思います。それも踏まえて、誰の、どういうデザインでお店を作っていくかを毎回話し合っています。

あとは、例えば品川にもお店がありますが、品川はけっこうお急ぎの方が多いんですね。新幹線に乗る前に立ち寄られたり、ミーティングの合間に立ち寄られたり、ビジネス層のお客さまが多かったりします。

一方で例えば青山や三軒茶屋のお店ですと、住宅街やショッピング街にあるので、ゆっくり座っておしゃべりしながらコーヒーを飲むといった使われ方をする。そうなると先ほどのホスピタリティという観点で、何がお客さまに求められているかがぜんぜん変わってくると思うんです。

その街に根ざしたお店のあり方、作り方、サービスのあり方を毎回考えて、店舗ごとにテーマを掲げています。

店舗となる物件と出会うまでのプロセス

杉山:すごく率直な疑問ですが、新しい店舗をオープンされる時に、街から選ぶのか。それとも建物から選ぶのか。場合によるかもしれませんが、そのあたりのプロセスも、何か典型的なものがあればおうかがいしたいです。

「このテナントを狙っていたんだよね」みたいな感じなのか、「この場所に絶対建てる」とエリアで決めているのかなどをおうかがいできますか。

井川:お答えになっていないかもしれませんが、本当にいろいろなパターンがあります(笑)。具体的な事例で言いますと、例えば中目黒のお店は工場の跡地をリノベーションして作らせていただいたお店です。

そこは清澄白河の1号店のオープン時に、お店に来てくださった方のお父さまがお持ちの建物で、「工場をこんなふうにリノベーションできて、新しい価値を作れるんだったら、自分の建物もそういうことができませんか?」と、直接お声がけをいただいたケースですね。もともと「中目黒でやりたいね」と社内で話をしていたので、それがギュッと合った感じです(笑)。

一方で例えば京都は、関西1号店ということもあって、どこにするかをすごく悩みました。関西1号店を京都にするところまでは戦略上決まっていましたが、物件との出会いは本当にご縁でした。

いくつも物件を見て、それこそ担当が自転車で走り回って写メを撮って、不動産屋さんに「ここ空いていそうですけど、どうですか?」みたいな地道なコミュニケーションがありました。ですので、本当にものによります。

最近は、おかげさまでテイストを理解いただいているデベロッパーさんや不動産屋さんが増えてきたのもあり、向こうから声をかけていただくケースも増えています。初期の頃は本当に地道に、こっちから当たって砕けてという感じでした(笑)。

杉山:なるほど、ありがとうございます。質問いただいた「新店舗を始める際の決め手」について、場所や建物や人と、本当にさまざまな縁があったというご回答をいただけたかと思います。

「場所が変わっても同じ雰囲気で運営するためには?」というご質問をいただいていますが、ブルーボトルの名を冠しているけれども、同じ雰囲気で運営はしてないということですね?

井川:そうですね。ただ先ほどの大事にしていることとして挙げた、味とホスピタリティとデザインの3つは、土地土地で多少定義が変わるとは思いますが、ポイントとしてはカバーしている。そこがブルーボトルらしさにつながっているといいなと思います。

上陸時の日本の消費者の反応を受け、社内で重ねた議論

杉山:いくつか質問を回収できたところで、パネルディスカッションに移らせていただきます。トピックを4つご用意しています。

今、国内に25店舗あり、アジアでもブランドとして広がっていると思いますが、ブランドが拡大していく中でブルーボトルらしさを失わないために、ブルーボトルらしさを濃く維持し続けるために、何か行っている具体的なアクションや考え方を教えていただけると、とても参考になるかなと思いますが、いかがでしょうか。

井川:先ほどの回答とかぶってしまうかもしれませんが、端的に言うと「変えることと変えないことを明確にする」ことかなと思います。例えば今でこそスペシャルティコーヒーやサードウェーブのような言葉に馴染みがある方も増えてきたかと思いますが、日本上陸当時はまったく浸透していなかったんですよね。

もっと言うと、上陸して最初に飲んでいただいた方たちの感想は「酸っぱいね」とか「自分の知ってるコーヒーじゃない」というような、ネガティブな反応も正直あったと思います。それは本当に正しいと言いますか、無理のない反応だと考えていました。

そういう時に、我々が味を変えるのか。例えば焙煎の度合いをもっと強くして、日本のほかのコーヒーに合わせにいくかについて、社内でけっこう議論を重ねました。ただブルーボトルがやってきたこと、やりたいことは、そういうことではないよねと。

新しいマーケットを作ると決めて、味は絶対変えない。アメリカでやっていた焙煎方法、アメリカでサーブしているレシピを変えずにやっていこう、と決めて運営しました。それが「変えなかったこと」です。変えないことを決めたのはすごく大事だったと思います。

それは香港、中国、韓国に展開した時も同じです。韓国は甘いコーヒーを飲まれる方がすごく多いので、ものすごく現場からプッシュバックがあったんですね。だけど同じように説明をして、しっかり「このカルチャーを作っていくんだ」とみんなでコミットしたのが大事だったと思います。

日本にはなかった「コーヒー豆はフルーツ」という考え方

井川:一方で「変えたこと」は、伝えないといけないことがあるわけです。例えばコーヒー豆はフルーツで、フルーツだからこういう焙煎方法をするということや、産地が違うからこういう味の違いがあるとか。そういうニュアンスをしっかり伝え、それがエデュケーションにつながって、しっかり浸透していったと思います。

アメリカはその部分についてすでに理解があるので、クリアにコミュニケーションをしなくてもいい。例えばマーケティングの手法も「うちではもうちょっとやらないと伝わらないんだよね」ということは、ちゃんとコミュニケーションする。

私たちがやりたい世界を共通にするために、各国でコミュニケーションを変えて、しっかりコントロールして進めてきました。

杉山:アメリカでのマーケティングと、日本でのマーケティングが異なることってあるんですかという具体的なご質問をいただいています。特にブランドの入り方は、アメリカで最初に立ち上げられた時は、当然創業者から始められたと思います。ニュアンスでも結構ですが、入り方の違いなどがあれば、教えていただけるとありがたいです。

井川:アメリカも6都市ぐらい出ていて、都市によっても違うんですが。創業地のカリフォルニアでは、その土地で採れた農作物を料理に使って提供する「Farm to table」のレストランがとても流行った時期がありました。

その考えをそのままコーヒーに持ってきて、「コーヒー豆はフルーツで、それをフレッシュな状態で飲むのが大事だよね」と、(「Farm to table」に)ナチュラルにつながった部分があったと思います。

ただ日本やアジアには、そういったベースになる考え方がなかったので、それをどう作り上げるかを考える必要があり、「メッセージの順番が違うかもしれないね」という話を何度かした記憶がありますね。

逆に日本や韓国では、流行り廃りの流れの中で、お客さまが1回来てインスタに上げたら終わりみたいなお店になってはいけないという考えがすごくあり、どうやって流行り廃りではないブランドにしていくかについて、最初からみんなで意識して話しました。