戦略PRの時代、「認知」だけでは限界が来ている

司会者:それではここから田中さんと工藤さんにご参加いただければと思います。後半、ディスカッションお願いします。

本田哲也氏(以下、本田):田中さん、工藤さん、お待たせしました。ちょっと熱がこもって予定よりも話しちゃいましたけども、ここから時間は十分にあると思いますので、ぜひ3人でお話していきたいと思います。

まずはいかがでしょう。このパーセプションのお話を今あらためて聞いていただいたと思うんですけれども、パーセプションの重要性について、お二人の感想から始めましょうか。いかがですか? 田中さんからいきましょうか。

田中安人氏(以下、田中):ありがとうございます。感想という意味で、書籍も拝読してますけど、直接本田さんから聞いたほうがわかりやすかったですね。

『パーセプション 市場をつくる新発想』

本田:ありがとうございます。

田中:僕自身今の時代、戦略PRの時代だと思っています。本当に認知は限界にきてるなっていうのがあって。吉野家は123年の歴史があるので、認知は99パーセントあるんですけど、そこのパーセプションの勝負かなってすごく思ってるんです。すごくわかりやすかったです。

本田:ありがとうございます。

行動を変えてもらいたかったら認識から変えよ

本田:工藤さん、いかがですか?

工藤萌氏(以下、工藤):大変勉強になりました。ありがとうございました(笑)。

本田:いやいや(笑)。

工藤:資生堂時代、先ほど申し上げたように当時は音部さんがCMOで、パーセプションの重要性をとても説いておられました。ですので、何年も前から実践してきたかなというところなんですけど、「パーセプションの重要性を認識するまでどうしてたかな?」って思うと、PRの役割、広告の役割を「認知」と「興味喚起」と置いてたような気もするんですよね。

その発想って、振り返ると非常に短期的思考で、ブランドを作るというよりも販促に近かったかなと思います。そもそも人は知らないと物を買わないので、認知が高いほうが、いわゆるなじみがある状態のほうが、ブランド選好性が高まるというデータもあります。なので、認知は認知で必要なんだけど、認識を伴う認知が重要であると理解をしているので、大変共感をして聞いておりました。

あと、パーセプションを重要と捉えた実践の中で、音部さんからの学びで非常に印象深く、今でもすごく心に刻まれているのは、まさに本田さんの話の最後のピラミッドのまとめのところで、そもそもなぜ認識が大事か、最終的に行動が変わらないと売上にいかないという話でした。認識が変わるから行動が変わる、逆はほぼない。

そう思うと「行動を変えてもらいたかったら認識から変えよ」と。そこは肝に銘じてるところなので、非常に重要なポイントかなと思って聞いておりました。

本田:さすが音部道場の出身者ですね(笑)。

工藤:(笑)。

「認知VS認識」ではなく、認知は必要という前提がある

本田:今の工藤さんの非常にいいポイントを挙げていただいたと思うんですけど、私もこの書籍でずっとお話する中で、認知VS認識ではないことが非常に大事だと思って。べつに認知なんかいらないから認識が大事なんだということは、これもまたミスリードなんですよね。そもそも知らなければ始まらない……っていうことはあるから。

書籍でも帯の裏に「みんなが知っているの先にある、みんなにどう思われてるかが重要な時代」とか書いてあるんです。だから認知はもちろん必要だという前提があった上です。

でもまさに今の行動変容の話ですけども、知ってもらってるだけで行動につながるかというと、つながらない場合もあると。そうするとやっぱり認識の役割が出てくるよという発想なので、認知か認識かという議論はあまり意味がない。認知があるんだったら、認識に問題があるのかどうか。それからスタートアップとか、これから世に出てくものは(認知と認識を)同時にやっていくことが必要。

認知させながら認識も作ってくことは難しいけど(笑)。非常にやりがいがある仕事だと思うんです。最近スタートアップの方とお仕事してるとそう感じるとこだったりしますが、田中さんはいかがでしょう?

田中:そうです。僕なんかちょっと吉野家に置き換えて話すると。

本田:ぜひぜひ。

「何を捨てるか」は間違ってはいけない

田中:吉野家のパーセプションは、本田さんの書籍に書いてもらってますけど、「うまい、やすい、はやい」だと思ってます。これって今は我々の商品開発とかいろんな行動パターンの基準になってるんですよね。これはすごいことで、どんなにいい商品でもおいしくなければ市場に出さないとか。

例えば安さは相対価値なので、安さを求めるというより、「これぐらいの価格だと思ってる味がこれぐらい」っていう基準にしてたりするんです。私が着任して、吉野家のパーセプションはなんだろうってずっと追求した時に、「ルイ・ヴィトン」が言ってますように、「伝統とは革新の連続」だと。

本田:はいはい。

田中:なので、何を取捨選択していくか、いろいろ考えたんですよね。例えばどのグループにカテゴライズするかとかけっこう考えました。一時は「うまい、やすい、はやい」を捨てようかとも考えた時もあったんですけど。

本田:(笑)。

田中:何を捨てるかって、間違ってはいけないんですよね。そのぶれない軸は本当に役員たちとけっこう議論してまとめていって。結局、パーセプションの管理にもつながると思うんですけど、難しいこと言っても社内でわからないので、ゴルフで言うと白杭を立てようと。OBがどこで、フェアウェイがどこっていう議論をけっこうしたんですよね。

本田:わかりやすい。

田中:これがけっこう大事で、「これって吉野家っぽくないよね」ってことにつながるんです。それをちゃんと言語化した活動はけっこうしたんです。

さっき本田さんが言った「メタ認知」。一番良くないのは、最初に商品開発をやる時は、けっこうエゴなんですよね。

本田:そうですね。

田中:これだけおいしいもので、これだけの食材で作ったら受け入れられるだろうと思うんすけど、これはもうほとんどエゴで、一方的な我々の物語だから。本田さん流で言うナラティブにする。要は伝わるようにどうするかみたいなことを、けっこう一個一個やるようにしましたね。

時代が変わっても「うまい、やすい、はやい」の商売の本質は変わらない

本田:なるほど。吉野家さんの話をもう少し続けると、「うまい、やすい、はやい」を捨てるかの議論までしたっていうのは非常に興味深いです。相当な歴史があるから、どういう顧客を取り込んでいく、認識をしていただくのかっていうところは、難しさが相当あるでしょうね。

田中:相当議論しました。極端な話をすると、本当に年間2億人の方が来ていただいてるので、1人1回は食べていただいてるんだけど、久しぶりに食べてない方とかがけっこういらっしゃる。なので、古臭くならないようにどうするか?

さっき申し上げたように、「伝統とは革新の連続である」っていう言葉が本質だと思うので。なので今は、本にも書いていただきましたが、いろんな施策をやってます。

その中でぶれない軸をどこに置いて、たいがいのことやってもブランドはつぶれないという覚悟を持って。一個一個の企画は、それなりのパーセプションのコンセプトを考えていろいろやっているんですけど、基本的には企画基準でいくと、「うまい、やすい、はやい」は時代が変わっても商売の本質は変わりませんと。

あと本物と組むであるとか、コ・クリエーションの共創みたいなことをけっこう中心に置いてます。事象的には、吉野家は日本橋の河岸の生まれ、市場の生まれなんで。築地育ちなんですよね。そこをポイントに置いて。

コラボレーションは「発想の良さ」と「守るべきパーセプション」の最適化

田中:あと我々のグループは「ひと・健康・テクノロジー」っていうことで、牛丼を食べれば食べるほど健康になるということをずっと開発し続けてたりするんです。その1個が「ライザップ牛サラダ」だったりするんです。

本田:RIZAPの。なるほどね。

田中:一個一個のパーセプションを、まだ道半ばですけど、吉野家の本物感をなくさずに、でも古臭くならないように、1個ずつ細かく丁寧にやってるつもりです。

本田:書籍にもライザップ牛サラダとか、あとポケ盛(『ポケットモンスター』とのコラボ)の話も出てきて。これって特にマーケティング、広告、PR業界にいるとそういうニュースを見た時に、表面的には「いい企画だな、おもしろい企画だな」とか、「吉野家さんけっこう今回攻めてんな」とか。そういう感想を持つわけです。

企画も大事なんだけども、今のお話だと「ベビースター」と一緒で、守るべきパーセプションの外に出ないよね、大丈夫だよね? みたいことは都度、社内で議論されてるってことですかね?

田中:そうですね。ポケ盛は正直本物と組むことにけっこうこだわりました。

本田:なるほど。なるほど。

田中:もうちょっと具体的な戦術的なことを言うと、ファミリーと子どもさんを取り込みたいんです。なので全部、僕がすべてのコンテンツホルダーと交渉してるんですね。なので人任せにしないで、ぶらさないところを全部やってます。

本田:そこは代理店さんとかのお力もあるのかもしれませんけど、直接お話されるってことですね?

田中:向こうの社長さんと直接交渉しましたね。

本田:ああ。それは大事ですね。

田中:代理店さんを入れて企画が良くなるんですけど、その本質が、また聞きだったりとかすると微妙にぶれるんで。そこは丁寧に設計してます。

本田:けっこうあるあるですよね。一方で身内というかインハウスでは思い付かないような突拍子もないようなアイデアとか、「なるほど、おもしろい」っていうのは、けっこう広告代理店とかPR会社とかからきたりすると思うんです。コラボレーションは発想の良さと守るべきパーセプションとのせめぎ合いで、最適化して着地させてくみたいなことが大事なんだろうなと。

田中:そう。そう。ハイブリッドだと思うんですよね。

本田:ハイブリッドですよね。

メタ認知ができたからこそ生まれた「ライザップ“牛”サラダ」

田中:RIZAPでいくと、健康の代名詞のRIZAPさんと組んで、食べたら食べるほど健康になる牛丼を開発してっていうのは、社長からのオーダーだったわけですね。

本田:グルーピングですよね、今日の話だとね。

田中:そうです。本当にグルーピングなんです。グルーピングした時に、オリジナリティで唯一無二のものになれる。おもしろい話があって、ローンチするぎりぎりまで「ライザップサラダ」ってネーミングだったんですよね。開発の人間って、目線が狭くなっちゃうじゃないですか。

本田:なりますね。

田中:そこで「ちょっと待てよ」と。それこそメタ認知なんですよ。「吉野家にお客さまなにを求めてるんだろう?」ってはたと考えた時に、牛肉を腹いっぱい食べたいんだよねと。RIZAPさん基準で健康になれて、吉野家で腹いっぱいって最高じゃね? それがワンコインで、というコンセプトをもう一回洗いだしたら、ネーミングがダメでしょうとなり、「ライザップ牛サラダ」にした。

本田:(笑)。

田中:すごいシンプルなんだけど、こういう「メタ認知」がめちゃくちゃ大事だなと思います。だから売れたと思います。

本田:今のわかりやすい話ですね。「ライザップサラダ」になってたら……。

田中:「吉野家じゃなくていいんじゃね?」ってなるんで。

本田:結果論かもしれませんけど、非常に重要な決断だった気がしますね。ありがとうございます。