ポジティブなカルチャーを作るリーダーの『チェンジマネジメント』スキルとは

荻原直紀氏(以下、荻原):本日は「ポジティブなカルチャーを作るリーダーの『チェンジマネジメント』スキルとは?」というテーマで、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

流れとしましては、最初に「なぜこのテーマなのか」ということ、それから日本ではそんなに一般的ではないチェンジマネジメントという概念とスキルについてのお話、そして、なぜ今、チェンジマネジメントが求められているのかということ。

それから、チェンジマネジメントにはどんな原則と手順があるのか。本来は3時間×8回の授業で解説し、取得していただくものです。今日は触りだけになりますけれども、チェンジマネジメントの大切さと実践的なヒントを少しでも感じとっていただければと思います。

それから、時間も夜の7時半から8時半ですので、フランクに進めていきたいと思います。何かご質問があったら、途中で止めていただいても、チャットのほうに投げ込んでいただいてもけっこうです。それではこんなかたちで進めていきたいと思います。

約20年にわたり組織変革に関する仕事に従事

簡単に自己紹介だけさせていただきますと、私はもともとは富士ゼロックスでキャリアをスタートしてですね。組織変革やナレッジマネジメント、イノベーションなどの企業経営の変革をお手伝いするようなお仕事に、20年あまり従事しております。

組織変革とイノベーションを実行する立場にも、一時身を置いておりました。2011年から2014年には、ワシントンDCにある国際機関の世界銀行で、機構改革とナレッジマネジメントの推進役として、活動していたこともございます。

その後、別の国際機関にも移りまして。現在はイギリスのケンブリッジにございます、ナレッジ・アソシエイツ・ジャパンというコンサルティング会社の日本法人の代表を務めております。業務としては、日本の企業のご支援を8〜9割、残りの1~2割をグローバルな企業のプロジェクトに充てています。

それから、イノベーションマネジメントシステムの旗振り役をされているJapan Innovation NetworkのIMSAPスタジオのエクゼクティブ・ディレクターや、2021年に立ち上げました知識創造プリンシプルコンソーシアムというグローバルな連携団体の共同代表なども務めております。

社会人になってから学ぶことの意義

今日のテーマであります「チェンジマネジメント」は2023年から多摩大学で教えていくわけですが、まず「なぜチェンジマネジメントが大事なのか」ということをお話ししていきたいと思います。

その話に入る前に、今日は多摩大学大学院の講座でもありますので、社会人になって学ぶとことの意義を少しお話しします。

私自身もアメリカのMBA、Babson Collegeを出ているのですが、そこで学んだのが36歳から38歳です。ですので、13~14年働いてから学んだことになります。

自分自身の経験から言っても、働く前の学生時代に何もわからずに学ぶことと、実際働いてある程度経営とか業務、いろいろな業界のことを理解してから学ぶとのは、意味合いや学びの深さがだいぶ変わってきます。

特に、MBAのようなところで働いてから、ビジネスを体系的に学ぶことの価値は、私自身が非常に体感しているところです。人生100年時代、キャリアを60年から70年積む時代においては、学ばないリスクは、非常に大きくなっていると思います。

もう1つの良いことは、違う業界、役職や視点を持っている方と議論をすることで、自分の常識は実は自社や自業界の常識に過ぎず、他業界から見るとぜんぜん違う、非常識であることに気づけます。このギャップや違い、あるいは逆に業界を越えた共通の課題を知ることは、非常に貴重ではないかなと思います。ご縁があれば、ぜひご入学を検討いただければと思います。

「チェンジマネジメント」の定義

本日の狙いに戻りますけれども。チェンジマネジメントという概念はとても大事なのに、日本のビジネスの文脈では、必ずしも一般的に語られていないとはお話しました。今日は「チェンジマネジメントという概念を知りましょう」というのが、まず第一の目的です。

みなさんがビジネスパーソンであれば、おそらく日常的に使っておられるのではないかと思いますが、「オペレーション」と「イノベーション」という言葉。

この違いが、実は非常に大事です。結論から言うと、日本のほとんどの企業はオペレーションに偏重しすぎであるという課題と、それが今チェンジマネジメントの要請につながってるというお話をさせていただきます。

最後、チェンジマネジメントの中身について、「ダイナモ(発電機型人材)」を活かしていくことの大事さも含めてお話ししていきたいと思います。

中身に入る前に、「チェンジマネジメント」という言葉自体も、たぶんそんなに使っておられないと思いますので、一応定義をお話しするとですね。

主に組織や経営の文脈で使われるわけですけども、複雑で長期間にわたる変革。その目的とプロセスをデザインして、上手に実行を推進、マネジメントしていくノウハウことになります。

欧米と日本で異なる「チェンジマネジメント」という言葉の使われ方

実は、この「チェンジマネジメント」という言葉の使われ方の頻度、位置付けが欧米と日本ではだいぶ異なっております。

欧米企業では、上級管理職に求められる能力として、比較的広く認知されていますが、日本では話題に上ることも少ない。

例えば私はナレッジマネジメントを推進したり、推進する支援をずっとしていますが、海外ではナレッジマネジメントを展開しようとすると、「チェンジマネジメントはどうなってる?」っていう話が必ず出てきます。ところが日本企業では、なかなかそういうふうに使われることはない。こういう違いがございます。

また、チェンジマネジメントは組織の変革を導くための必須のスキルなんですが、習得するのは難しいというのは、欧米でも定説になっています。なぜかというと、1つには戦略、組織、人事、成果測定や財務、マーケティング、外部連携など、言ってみればMBAで学ぶあらゆる視点を総合的に幅広く持っていないと、この複雑な組織の変化をリードしていくのは難しい。

したがって、一夜にして身につけるのが難しいスキルだと言われているわけです。

とはいえ、変化が常態になっている今の世の中においては、このチェンジマネジメントのノウハウやスキルを身に付けないで、組織をリードするのは難しくなってきてます。今、チェンジマネジメントが求められている。そんな話を、次の課題設定のところで、お話ししていきたいと思います。

組織はスタートアップとして始まり、官僚化する

今日はどんな方がお集まりか、私も正確に理解していませんが。大企業、大手企業、歴史のある企業からお越しになられている方もいらっしゃれば、スタートアップや中央官庁、地方自治体の公共機関からという方もいらっしゃるかもしれません。

組織が官僚化するのは、言ってみれば組織の宿命で、避けられないことです。1番から4番までは基本的に、組織がどう年を取っていくかというお話です。通常多くの組織はスタートアップとして始まりますよね。

もちろん例外はあります。例えば大企業の子会社のように、もともと安定した基盤の中で、大勢の人が集まって作られるとか。複数企業の共同出資によってそれぞれの企業から人が集まってくるとか。

あるいは新しく立ち上げられるんだけれども、公的機関として立ち上げられる。こういった組織の場合は、純粋なスタートアップではないわけです。

しかし、それ以外は、今の日本企業も、世界的に見て大企業と言われている企業も、歴史をたどれば必ずスタートアップ時代があることになります。これはみなさんもおわかりかと思いますが、組織的に言うと、スタートアップ時は必ず活力と自由度が高い状態にあります。

なぜなら、スタートアップですから当然まだ事業の基盤がありませんので、明確に共有された目的に向けて、存続をかけて皆が動くわけです。

確立した製品、プロセスやルールがないため、基本的に日々の仕事は、試行錯誤の連続になります。したがって、仕事の環境は、カオス度も高いけれども、活力と自由度も高い。こういう状態で通常、組織ははじまるわけです。

スタートアップ物語で「昔と会社が変わってしまった」となる理由

めでたく事業が軌道に乗りはじめると、ここで規律統制が強まるメカニズムが働き出します。これは先ほど不可避と申し上げましたが、事業を拡大するためには、整然としたオペレーションが必要になります。

製造業であれば、安定した品質で量産する。サービスであれば、大規模オペレーションを担保するための仕組みを作る。あるいは大規模なマーケティングをかける。こういったことが必要になりますので、整然としたオペレーションが求められるようになるわけです。

そうすると、これまでになかったルール、業務のプロセス、あるいは手順というものが定められていって、指揮命令系統が整備されていきます。ここで初めてミドルマネージャーという中間管理職の役割が出現するわけです。もちろん、これ自体は悪いことではありません。

しかし、ルール、プロセス、手順が定められ、指揮命令系統がしっかりしていくことで、事業が拡大する一方、これまでの活力、自由度が失われはじめます。ですので、スタートアップ時からいて、その自由度、活力が高い状態を好んでいる方からすると、ここで窮屈に感じはじめるわけですね。

スタートアップ物語の中には、ここで「昔と会社が変わってしまった」と言って、お辞めになられる方もよくいらっしゃいます。これが規律統制が強まっていくメカニズムです。

仕事の原則は「試行錯誤」から「計画と実行と改善」に変わる

それがさらに進んで、大企業になり、歴史を重ねて何十年という企業になると、いい会社、安定した知名度のある会社という認知と裏腹に不活性であることが常態となります。

基本的に計画、ルールにないものは認められなくなる。エビデンスがないと何もできない。「イノベーションって何でしたっけ?」「仕事はオペレーションだけ。決められたことをやるだけですよね」という状態に知らず知らずのうちになり、組織のステージが変わっていくわけです。

この官僚化のプロセスで何が起きたのかというと、仕事と組織運営のメカニズムが変わっているんです。スタートアップ時は、売る製品も、ルールもプロセスも確立されてませんから、どういうメカニズムで仕事してるかというと、試行錯誤ですね。

1番、構想して仮説を立てる。2番、仮説に基づいて仮説を試す。3番、仮説を試すとだいたい失敗するわけですね。そこで失敗して学ぶ。4番、学んだことに基づいて、方向転換する。うまくいくまで、このサイクルをぐるぐる回す。

これが試行錯誤です。試行錯誤って、日本語で言うとちょっと言葉が難しいんですけど、英語の方が本質が現れてますね。英語にすると、トライアンドエラーです。試して、失敗して、学んで、いつか成功するまで続けるという。こういう仕事の原則です。

それに対して、事業が拡大して安定したオペレーションが求められるようになると、どなたも知っている「PDCA」が中心になります。計画(Plan)して、実行(Do)して、差を確認(Check)して、改善する(Act)ですね。仕事の原則は、「試行錯誤」から「計画と実行と改善」に変わるわけです。

いつの間にか変わっている、ゲームとルール

何かを試している時っていうのは、成功率は低くて当然という前提があります。それに対して、オペレーションに入りますと、成功率は高くないと困るわけです。

ものによっては100パーセントが求められますね。電車の定時運行、人の命や社会インフラに関わるもの成功率というのは、基本的に100パーセントでないと困るわけです。

その時にマネージャー、あるいは一人ひとりの社員の方々が、何を基準に意思決定や判断をされているかというと、左側(スタートアップ時)は基本的に試行錯誤なので、完全なエビデンスは持ちようがないわけです。

したがいまして、志と仮説に基づいて意思決定をすることになります。不確実な部分をつね残しながら、意思決定を連続するのが、左側(スタートアップ時)の状態です。

それに対してPDCAを回しながら、オペレーションをしっかりやるという文化が中心になってきますと、基本的にエビデンスに基づく意思決定になります。たぶん、部下がいらっしゃる多くの方は、日々部下におっしゃっているでしょうし。上司とお仕事されている方は、上司にいつも「エビデンスはあるのか」って言われていると思います。

もちろん、オペレーションにおいてエビデンスを求めることは、合理性の高い正しいことです。なんですが、ここで言いたいのは、「左側(スタートアップ時)と右側(拡大後)では、実はもう仕事の目的が変わってるよ」ということです。

左(スタートアップ時)のゴールは、基本的にイノベーション、新しい価値の創出にあります。ですので、試行錯誤しながら、成功の道筋を探すわけです。それに対して、右側(拡大後)はオペレーションですので、計画を達成する。計画に基づいてQCD、クオリティ、コスト、デリバリー。これを達成することが、目的になっているわけです。

「いつの間にか行ってるゲームとそのルールが変わってるよ」というのが、スタートアップから安定した組織、拡大された組織への変化になります。

大企業だけのキャリアでは「イノベーションの進め方がわからない経営者」に

大企業にお勤めになると、もうすでに完全に右側のみになった組織に新入社員として入り、そこで経験を積んでマネージャー、あるいは人によっては経営者になっていきます。

したがって、オペレーション一辺倒の経営になった後に入社すると、この右側のオペレーションとPDCAの仕事にしか出会わない、習わないことになります。

仕事の基礎はPDCAと叩き込まれた方、おそらく非常に多いのではないかと思います。それ自体はまったく悪いことではないんですけれども。

オペレーションしか知らない、PDCAしか知らないままマネージャーになり、あるいは最後は経営者になると、どうなるか。ちょっと強い言葉ですけども、「イノベーションの進め方がわからない経営者」になるのです。

こういうことが実際に今、たくさんの企業で起きています。今日のみなさんの問題意識である、不活性な組織や活力のない組織、あるいは官僚化の進んだ、新しい価値を生めない組織になってしまうわけです。