「アイデンティティ」と「アダプタビリティ」のバランス

栗原和也氏(以下、栗原):プロティアン・キャリアの理論のポイントは、「アイデンティティ」と「アダプタビリティ」です。自分が何者なのか、どういったことをしたいのか、どんなことが強みなのかを知る。そして、変化に適応する。

これからの世の中はどう変わっていくのか、組織はどう変わっていくのか、周囲の人間関係はどう変わるのか。そういった関係性を構築しながら形成していくものになります。

これはアイデンティティとアダプタビリティが高い・低い状態を4象限で表しています。アイデンティティが高くてアダプタビリティが低いと、自分のやりたいことは明確なんだけれども、何が外に求められているかがわからなくて「どうしたらいいかわからない」と苛立っちゃいます。

アダプタビリティだけが高いと、「世の中に求められているのはこうだ」とは思っているけど、自分の強みや本当にやりたいことを考えていないので、モチベーションが上がらなかったり、うまく進まなかったりします。アダプタビリティとアイデンティティのどちらも考えていくことで、進化・発展できると考えられています。

「選ばれる組織」になれるかどうかの分かれ道

栗原:この後の退職広報にも関わってくる部分だと思っていますが、実はプロティアン・キャリアというのは、関係性理論を重視しているんですね。ダニエル・キム博士が「組織の成功循環モデル」というものを提唱されていますが、まずは関係性を築くところから良い循環が始まります。

キャリアにおいても、個人だけが考えて「周りの人に言ったら昇給させられなくなっちゃう」とか「仕事を与えられなくなっちゃう」というのが今までのキャリアだったんですが、これからは個人はキャリアをオープンにして、組織は個人のキャリアを応援する。

この循環ができると、「私はこうなりたいから、こういうことがしたいです」「なるほど、わかりました。じゃあ、それをするためにはこういう業務ができるよ」「今の業務でも、あなたはこういう経験が伸ばせるよ」というふうに、上司が言語化して個人にアドバイスをしながら作業指示を提供することで、個人も意味を持って仕事ができる。

そして、成長する個人が組織を発展させ、組織は成長する個人をまた応援するという循環を生み出す。この関係性を築けるかどうかが、これからの選ばれる組織になるかどうか、そして個人が自らオープンに会話をして先輩から応援される自分になれるかどうかの分かれ目だと思っております。

退職とは、単なる「お別れ」ではない

栗原:プロティアン・キャリア開発というのは、リーダーシップ開発であり、人間力開発であるということも説かれています。自分が何をしたいのかを明確にする、そして行動を開始する。すなわち、自分を変化させていくんですね。

そうすると「個人でできることは限られている」と気づきますので、周囲に働き掛けるようになる。プロティアンは関係性の概念なので、いい関係を築きながら他者に働き掛けていきますので、結果としてチームを動かす人間になっていける。個人がこうなっていくことで、リーダー的な立場じゃなくてもリーダーシップを持てます。

同時にリーダー的な立場の人は、自らがメンバーに働き掛けて関係性を良くしていく。それこそ退職という観点で言うと、「辞めたからおしまい。じゃあね」ではなく、「これからも一緒に世の中を良くしていく同志だよね」と、引き続き関係性を持って応援し合える仲間になれると思っています。

そうすると退職とは単なるお別れではなく、「行った先で学んだことをまた教えてよ」とか、リーダー自身にとっても、組織にとっても、自分にとっても、退職する人が引き続きメリットのある存在になるんですね。

関係を断絶するのではなくて活かすことができるかどうかが、プロティアン・キャリアの理論に基づいて考えられるポイントかなと思います。

キャリア戦略の肝は、伸ばすべき「資本」を見極めること

栗原:プロティアン・キャリアでは、キャリア資本論が提唱されております。リンダ・グラットン博士の『LIFE SHIFT-100年時代の人生戦略-』からも、着想を得ています。ビジネスのスキルや能力とか、いわゆる転職やキャリアのトランジションもビジネス資本です。

今までのキャリアというのは「ビジネス資本」だけでしたが、これからのキャリアは「社会関係資本」と「経済資本」も大事だと言われています。すなわち、人脈と周囲との関係性とお金です。

ここが理解できると、「お金がもらえないから辞めよう」「お金がもらえないから学習しない」という考えがなくなるはずなんですね。なぜかと言うと、キャリアはお金だけじゃないからです。

お金がもらえなくても、伸ばすべき資本があるんです。人脈だったり、スキル・能力とかパフォーマンスですね。時間は限られていますので、いつまでに・何を・どのくらい貯めるのかを決めるのがキャリア戦略です。

自分自身が5年後の時点でどうなっていたいか。その時点で必要なビジネス資本の社会関係資本と経済資本は、それぞれどのくらいか。現在はそれぞれどれぐらい持っているか。じゃあそのギャップはどういうふうに埋めていくかという、落とし込みですね。

そうすると、「今はお金はすぐにもらえないかもしれないけれども、先にビジネス資本と社会関係資本を伸ばさなきゃ」という考えになったりするので、安易にお金だけで転職を考えなくなるんですね。

キャリア開発を習慣化させる「7つのアクション」

栗原:さらに会社側からすると、従来は「会社を辞めるからこれでお別れだね。裏切り者。じゃあね」みたいな感じになっちゃうんですけれども(笑)、そうではなくて。「この子には社会関係資本がある」と思われることで、上司や先輩や同僚としても「これからも意見交換しようぜ」「一緒にがんばろうぜ」というふうになります。

なんなら「今まで経験してきたことを、ぜひ会社に残して広報させてくれよ」というふうに、一方的な閉じた関係性ではなく開けた関係性にすることで、キャリア資本を活かすことができるようになると考えています。

キャリア資本の貯め方もいくつかありまして、転職で貯める人もいれば、副業で貯める人もいたり、そもそも転職をせずに1個の専門性を深めていく人もいたり、あとは起業とか、いろいろなかたちがあると思っています。

私は創業に近いことをやっているので「セルフエンプロイ型」なんですが、それぞれに特徴があって、どういった資本を貯めやすいかがこの資料には整理されておりますので、ご参考にしてみてください。

また、キャリア開発の習慣化ということで、いろいろなアクションプランのおすすめを掲げております。まずはみなさんがキャリアの概念を変革して捉え直していただいた上で、自分自身が変化に適応するにはどうしたらいいか、この7つのアクションからやってみていただけたらなと思っております。

こうして動けるようになった人間が、組織に新しい風を吹かせて新しい概念を導入することで、退職や転職、キャリアの捉え方が変わり、関係性が変わり、組織が変わっていくと考えております。

ちょっと長くなってしまったんですが、私からは以上でございます。ありがとうございました。

栗原氏の話を踏まえて、佐野氏のパートにバトンタッチ

鈴ヶ嶺友浩(以下、鈴ヶ嶺):栗原さん、すばらしいお話をありがとうございました。こういったお話を踏まえた上で、この後の佐野さんの「退職学®」がすごく活きてくるんじゃないかなと思います。

お二人を今日呼ばせていただいて良かったと、すでに勝手に思い始めていますが、栗原さんのお話も受けていただいた上で、ぜひ佐野さんの自己紹介からお願いします。

佐野創太氏(以下、佐野)栗原さん、あと30分ぐらいしゃべったほうがいいんじゃないですか? 大丈夫ですか?

鈴ヶ嶺:(笑)。

栗原:大丈夫です。ありがとうございます。

佐野:一緒にイベントをやって栗原さんの話を聞くのはたぶん2回目なんですが、ちゃんと考えて最先端を見せてくれるのが一番影響としてでかいかな。

僕はキャリアのお仕事をしていますが、これまではけっこう行き当たりばったりでやってきてしまって、毎回「ちゃんとしなきゃな」と思うので、半年に1回くらいは栗原さんの話は聞きたいなと思います(笑)。

栗原:光栄です。ありがとうございます。

鈴ヶ嶺:もうちょいスパン短くいきましょう。

佐野:もうちょいいきますか。四半期に1回ぐらいかな。

栗原:ランチでもなんでも、呼んでください。

佐野:ありがたいです。完全にパスしていただいて、ちょっとシュートを決めなきゃなという感じになっているので、画面の共有をしますね。

「栗原さんの話はどうせいい話だろうな」と思っていたし、このままだと栗原さんの話しか頭に入らなくなってしまうと思うので、一回かき消そうかなと思って準備運動をして進めていきたいと思います。

セッションに入る前の“準備運動”

佐野:今回は(イベント参加者に)新卒採用の方や学生対応の方が多いと思うので、お仕事が忙しい時期ですが、本当に来てくださってありがとうございます。この時間はガツっと効果が出るものにしたいなと思うので、ワークショップを一緒にやります。みなさん、告知ページはありますか?

鈴ヶ嶺:貼りますね。

佐野:ありがとうございます。下のほうに文章があるじゃないですか。ひらがなの「の」を探してほしいんですよ。理由を考えずに、ひらがなの「の」を探してください。「の」探しタイム、1分やります。目的は一回考えなくていいです。いきますよ。せーの、ドン。

鈴ヶ嶺:「Ctrl+F」なしでいきましょうか(笑)。

佐野:はい。1分間「の」を数えるだけです。

ふだんみなさんは仕事で頭がいっぱいになっているので、目的とかを考えすぎなんです。「あの学生、内定受諾するかな」「そう言えば研修の資料を作ってない気がする」とか、そういうのは考えないでください。(今は)ひらがなの「の」が大事なんですよ。

鈴ヶ嶺:そうなんですね。ひらがなの「の」が大事なんですね。

佐野:「の」ってめっちゃ多いんですよ(笑)。ひたすら「の」を探させられる経験ってあんまりないと思いますが。3、2、1、はいオッケー。もう探さなくていいです。いくつ見つかったか、チャット欄に打ってみていただいていいですか。

鈴ヶ嶺:けっこう来てますね。

佐野:来てますよね、ありがとうございます。誰が一番多いですか?

鈴ヶ嶺:一番多いので「24」。

佐野:めっちゃあるな。そんなにあるんですね。付き合っていただいてありがとうございます。

「目的格差」が「行動格差」を生む

佐野:質問なんですが、「に」は何個見つかりましたか? これ、探さないでもう1回打ってみてください。覚えてなかったら「覚えてない」とか「うん?」「あ?」「知らんがな」でも、ぜんぜんいいです。

鈴ヶ嶺:「?」がやはり多いですね。(視聴者コメントで)「7」って出てきました。

佐野:なぜか見ている(笑)。時々いるよね、すごい人って。

鈴ヶ嶺:ほとんどの方は「?」「わかりません」ですね。

佐野:良かったな。「7」みたいな人ばっかりだと、僕の話が終わるので。

鈴ヶ嶺:(笑)。

佐野:「に」も絶対に見ていたはずなんですが、「『の』を見ろ」とフォーカスした瞬間に、他が一切目に入らなくなるんですよね。こういう現象が僕らには起きるんです。

最初の栗原さんの「概念シフト」と一緒で、僕らは見たいものを見ちゃうんですよ。こういうイベントでも、参加目的が明確にある人とない人だと、ここからの行動や学びにめちゃくちゃ差が出るんです。

たぶんみなさんも、研修や採用説明会で前へ出て話す時に「なんで同じことを話しているのに、こんなに感想が違うんだろう」「動きが違うんだろう」と思った経験があるかと思うんですが、あれは参加動機の格差ですね。目的格差が行動格差を生みます。

業務上で感じる些細な疑問を「言語化」する

佐野:何でもいいので、見たいものをちょっとでいいから言語化する時間を取ってみてほしいんです。本当に何でもいいんです。今日のテーマに即していないものでも、実は良かったりします。

「もっといい学生の口説き方がないかな」「内定者が普通に自分の友だちを連れてきてくれたら、マーケティング費用が減って楽なんだが」とか、そういうのでもぜんぜんいいんですよ。自分が業務上思っていることを書いていただきたい。

わりと僕はしゃべる系なんですが、僕がしゃべった内容よりも、みなさんが考えてメモった内容のほうがはるかに価値が高いんです。なので僕はよく「メモる時に『自分が考えたこと』と『聞いたこと』を半分のページに分けて書いてくれ。自分が考えたことが8割で、聞いたことは2割でいい」と言っています。

僕が今日しゃべることで覚えておくのは、「『退職広報』とかって言っていた人がいたな」ということだけでいいんです。退職広報の話を聞いていた中で、使えるものは何かを考えていただくのが今日の勉強会のゴールになるので、メモ的にチャットに書いていただいても大丈夫です。たぶん、他の参加者の方が被せてくれたりもするので。

もしよければ、今日の目的を書き込んでいただいてもいいですか? なんで来たかとか、「今、こういうのを知りたくて」とか。

鈴ヶ嶺:続々とみなさん書かれていますね。

佐野:ありがとうございます。(視聴者コメントで)「そもそも『退職広報』が何なのか」。あ、新卒紹介の方もいるんだ。僕も新卒紹介をやっていました。あれ、大変な仕事ですよね。

人材の流出は、企業の良いブランディングになる

鈴ヶ嶺:じゃあ、がっつり書いている方がいるので、声に出して言ってもらってもいいですか? 急にごめんなさい。

視聴者1:インターネット企業で、主に人材開発と組織開発をやっております。参加目的は2つありまして、1つが人材流動性が高まる潮流の中で、人材が流入する施策のヒントを得たいということ。弊社は流出ばっかりで、人材流動性が高まるとはいえぜんぜん流入ができてないので、その施策のヒントを得たいというのがあります。

(もう1つの参加理由は)同じくそういう潮流の中で、「人材開発がどうあるべきか」というヒントを得たいなと思っています。

佐野:なるほど。

視聴者1:ポータブルスキルを高めすぎると流出ばかりになってしまうけど、逆にそういうスタンスを取ることで、流入ができるブランディングになるのか? という温度感がよくわかっていないので、そのヒントを得たいなと。素人の意見で恐縮なんですが、そんな感じです。

佐野:いや、むしろそのテーマで話したいくらい(笑)。

鈴ヶ嶺:(笑)。

佐野:流出するのはブランディングになります。「人材輩出企業」と言って、某リクルートや某アクセンチュアはずっとやっているわけなので、実はそれはめちゃくちゃ良くて。

「なんとかマフィア」という名前でブランディングしちゃえばいいんですよ。外資系でよくやってるやつですね。有名なのは「マッキンゼーマフィア」「PayPalマフィア」とか。自分たちの卒業生がどこへ行ったかを公表していたりするので。

これ、ガンガンしゃべり出しちゃうけど大丈夫かな?(笑)。

鈴ヶ嶺:大丈夫だと思います(笑)。

優秀な人材を輩出することはマイナスではない

鈴ヶ嶺:佐野さん、もう1つぜひ取り上げたいなと思ったものがあります。この方は今日が誕生日ということで、おめでとうございます。

佐野:誕生日? おめでとうございます。

視聴者2:ありがとうございます。

鈴ヶ嶺:ぜひご意見を出していただければなと思うんですが、いいですか?

視聴者2:当社のキャリア形成は、プロティアン・キャリアもポータブルスキルを前提に育成をしています。当社の場合はIT企業で(対象が)エンジニアの社員なんですが、その話をすると「成長したらしたで辞めていかれるんじゃないですか?」とか、すごく言われます。

「会社がなくなっても、エンジニアとして活躍し続けられるようなキャリアを作らないと会社としても損失だよ」という話をするんですが、それでも「そんなキャリアを作ったら辞めていかれませんか?」と言われるので、もう少し勉強することでうまい説明の仕方を得られたらいいなと思って、本日は参加をさせていただきました。

佐野:その悩みはありますよね、「中途採用で入ってきたらいいんじゃないですか?」と学生に言われた時は、僕も泣きそうでしたよね。

鈴ヶ嶺:(笑)。

佐野:「今、入れ」みたいな感じで(笑)。ありがとうございます。

鈴ヶ嶺:ありがとうございます。

佐野:すごいな。そうか、RAの人もけっこういるんだな。

鈴ヶ嶺:そうですね。今日は私の会社のメンバーにも一部伝えていまして、何人か来てくれました。僕も今から自己紹介をするんですが、採用の仕事をやっていたところもあるのですごく思い出しました。