3.1万年前に行われた下肢切断手術と術後の介護の形跡

2022年9月、ボルネオの考古学者たちは、下肢の切断手術を受けた人骨を発見したと発表しました。

この人が切断手術を受けたのは、おそらくは子どもの頃だろうと考えられており、切断跡が完全に治癒している点から、施術後数年は生きていたようです。

さて、ここで驚くべきなのは、この人骨が約3万1,000年前のものだったということです。この発見は、これまで考えられていた以上に昔から、人類が病気やけがを負った人をケアしてきたことを物語っています。

また、いつ頃から他者のケアが行われてきたかを知ることで、人類の祖先がどれほど人を思いやる力を持っていたかを知ることができます。

ボルネオの研究チームは、骨折跡や治癒の状態から見て、足の切断は意図的な手術であることは確かだとしています。これまで記録に残る最古の手術は7,000年前とされていたため、数万年前にこのようなことが行われていたのは驚きです。

また、これは3万1,000年前に生きたこの一団の人々について、重大なことを物語っています。

第一に、手術を必要とする人体についての十分な知識と手術のノウハウがあったこと。第二に、適切な道具と緻密な手術を執刀する技術を持ち合わせていたこと。第三に、術後から回復するまで寄り添い、障害者となった仲間を生涯にわたり世話をしていたことです。つまり、古代には医療が存在していたのです。

歯を失った人に柔らかい特別食を与えた旧人類

では、そもそも医療とは何でしょうか。白衣の人が患者に注射することだけが医療ではありませんよ。狭義でいえば、急性の怪我や病気を治療して治す組織化されたシステムです。また、慢性的・恒久的障害の患者に生存に必要な治療を施して延命させるのも医療の大切な役割です。

最古の医療はこれまで考えられてきたよりもはるかに古いようです。医療を行ってきたのは私たち現生人類だけではありません。他の人類も、他者に医療ケアを施していた可能性があることがわかってきたのです。

ジョージアの170万年前のドマニシ遺跡から発掘されたホモエレクトスの頭蓋骨の口には、大きな隙間が空いていました。病気もしくは高齢のため、1本を残してすべての歯を失っていたのです。

現代でも、歯を失うことは長期間にわたる一大事ですが、強力なジューサーやフードプロセッサーがあるため、健康な歯がなくても生き延びるのに十分なカロリーの摂取が可能です。

しかし、ホモエレクトスには現代のようなテクノロジーはないため、この人物が果たしていったい何を食べていたのかは不明です。この集団に食品調理ができたのかはわかりませんが、歯の穴がふさがった骨吸収(古い骨が壊されること)の具合から、この人物が数年は生き延びたことがわかっています。つまり、歯茎だけでも食べられる柔らかな食品を得ていたのでしょう。

当時手に入る柔らかい食物といえば、骨髄や脳みそ、柔らかな野草を、石器を使ってつぶしたり刻んだりしたものであり、いずれも時間や労力がかかります。つまり、この人物には特別食が必要であることがこの集団にはわかっており、こうした食品を物々交換で渡したり、無償であげたりしていたのでしょう。

集団は、年単位でこれを続けました。現代でいえば、高級プロテインを無償で譲り続けるようなものですから、かなりの負担ですよね。食品の提供がどの程度まで行われていたかは知るよしもありませんが、少なくとも助けてくれる仲間がいたことは確かです。

ネアンデルタール人の高いケア能力

病気やケガを負った仲間を支えていたのは、ホモエレクトスだけではありません。現生人類にほど近いネアンデルタール人もまた、仲間をケアしていたことがわかっています。

ネアンデルタール人の化石は、それ以前に生きた人類よりもはるかに多くの怪我を負っていることが多々あります。彼らが過酷な環境下で生き延び、しょっちゅうコブや打ち身ができていたことを物語っています。

イラクのシャニダール洞窟では、大きな苦難を乗り越えてきた人骨が発見されました。この人物は、片目に視力が無い、もしくは弱視であり、片手と上腕がなく、足と脚部に奇形、関節に退行性変形を起こす病気、そして聴覚障害がありました。

ところが、この人物は何らかの理由で、ネアンデルタール人の平均寿命である35歳から50歳くらいまで生き延びました。健康な仲間のような狩猟採集ができなかったのは明らかであり、他者が日々、この人物に食事と介護をすることで、かろうじて生きることが可能であったはずです。

フランスでは、歯を失い、背骨と肩とあごに関節炎があり、肋骨を骨折し、足骨が退行した人骨が発見されました。この人物もまた、標準的な寿命である25歳から40歳まで生き延びています。

これらの人物をこれほど長く生きながらえさせるには、発熱しても看病し、体を清拭し、負傷箇所の関節を補綴するなどの必要があったはずです。また、運動能力は生涯に及んで限られ、長距離移動が発生する際には仲間に運んでもらったことでしょう。

このようにネアンデルタール人は、高いケア能力を持っていたようです。しかし、ネアンデルタール人の成人のうち80〜90パーセントが、後遺症が生涯残るほどの大けがを負っていたので、実は驚くに値しないのかもしれません。

薬草を痛み止めや手当てに使った、高いレベルの知識

ネアンデルタール人が行っていたのは介護だけではありません。薬を使った手当ても行っていたようです。

スペインで見つかったネアンデルタール人の歯石からは、ノコギリソウとカモミールが検出されました。どちらにも強烈な苦みがあり、食用には適さないはずですが薬効があります。味を期待するのであれば他の物の食物の方が数段上で、必ずしもおいしさや日常的な食料としての役割を求められていたわけではなさそうです。

他のネアンデルタール人の歯石からは、ポプラが検出されました。ポプラには、痛み止めのアスピリンの成分であるサリチル酸が豊富に含まれています。つまりこれらの人物は、こうした植物を原始的な痛み止めとして使っていた可能性があるのです。

シャニダール洞窟の他にも、イラクで見つかった古代の墓の跡では、ノコギリソウやヤグルマギク、サワギクやマオウなどの大量の薬草が副葬品として供えられた人骨が発見されています。こうした薬草は、日常で用いられただけではなく、他の副葬品と同等の高い価値を持っていたと考えられています。

とはいえ、この遺跡に関してはまったく別の説も唱えられています。野草類は、ネアンデルタール人が供えた物ではなく、げっ歯類がエサとして蓄えるために持ち込んだと考える学者もいます。

これらの花々が葬送の儀式に用いられた薬草なのか、げっ歯類が集団で集めた貯蔵品なのかは定かではありませんが、ネアンデルタール人には自生する薬草を活用する高いレベルの知識があったことは確かです。

ここで、大きな疑問が頭をもたげてきます。なぜ原始の人類には、病気やけがを負った仲間を生かしておく必要があったのでしょうか。

相互扶助が必須だった時代には、仲間のケアをすることで集団としての生存率が上がったのではないかという考える学者がいます。居住地へと採集されてきた食糧には加工が必要です。怪我を負った仲間はヘラジカ猟には参加できませんが、木の実を日がな一日砕いていたのかもしれません。

相互をいたわりケアする能力と習性のおかげで、ネアンデルタール人は、病気や飢え、負傷や凍死のリスクが高い北方への移住が可能になったのかもしれません。医療ケアを受けられれば、負傷しても生き延びる確率が上がります。

もちろん、ホモエレクトスやネアンデルタール人が友人や家族を愛するがゆえに、大事にケアしていた可能性も否定できません。残念なことに、思いやりや愛情は化石化して残ることはなく、太古に絶滅してしまった彼らの真の動機を、私たちが知るすべは残されていません。

【gazou21 7:29】

いずれにせよ、太古の人類には、他者を思いやる心と互いをケアできる認知機能があったこと、何より現代医療の最大の動機である、他者を思いやり慈しむ力が備わっていたことは明らかです。