アメリカやシンガポールで主流のスキルベースの雇用

後藤宗明氏:続いて、「将来必要となるスキル」についてお話しします。今、日本ではジョブ型雇用が注目されていますが、海外、特にアメリカやシンガポールでは、「Skills-based Hiring」というスキルベースの雇用が主流になってきています。

(スライドの)これは左側からジョブを明記して、そのジョブを分解すると各従業員のロール、役割になります。そして各従業員のロール、役割を分解すると、いわゆるケイパビリティ、能力になり、さらにこれを分解すると一つひとつスキルになります。

スキルはなかなか目に見えにくいもの、見えないものと言われていますが、こういったかたちでスキルに紐づいて雇用することが、今非常に主流になっています。

これは「THE FUTURE OF SKILLS EMPLOYMENT IN 2030」という論文で、2030年に必要となるスキルが出ています。

第1位が「Learning Strategies」、学習戦略です。これは不確実な時代に向けて、自身のキャリアを自分で作っていくという意味で、学習戦略スキルが非常に重要だと出ています。私のポジショントーク的には、自分自身をリスキリングしていくスキルが、これから非常に重要になってくると考えています。

例えば、シンガポールの「Skills Future」という教育省の傘下にある、リスキリングを推進する専門機関では、将来身に着けるべきスキルとして「グリーン・スキル」が大事だと提示しています。デジタルに加えてグリーンが大事だと言っています。

グリーンビジネス、グリーン事業を行う上でのプロセス設計や、カーボンフットプリントを計算するプログラムの作成など、グリーン分野では新しいスキルが生まれていて、こういったスキルを身に着けることも、将来非常に必要になってくると思います。

「スキルギャップ」とは?

「スキル可視化の最新トレンド」ということで、今、スキル開示の義務化が全世界で進んでいます。ご存じの方もたくさんいらっしゃると思いますが、2018年にISO国際標準化機構が、「人的資本の情報開示」というガイドラインを定めました。

アメリカでは米国証券取引委員会が、上場企業の役員に対しては「役員のスキルを開示しなさい」ということが義務化されています。日本でも東証のコーポレートガバナンスコードの改定に伴って、「取締役のスキルマトリックスを提示しなさい」ということが始まっています。

ただ、開示されたスキル選定項目が、企業経営、経理、財務、ガバナンス、環境・社会、組織、人事と非常に少ない。デジタル時代にデジタルのスキルを持っていないチームに対しては、海外から投資が見直されていくのではないかと思います。ですのでスキルの開示は、これからどんどん拡大していくと思います。

スキルの可視化の前提となる考え方が、先ほどお話しした将来必要となるスキル「Future Skills」です。このFuture Skillsから現在の従業員が持つスキルを差し引いた分が「スキルギャップ」と呼ばれるもので、このスキルギャップを解消する取り組みがリスキリングです。

リスキリングを始める前に、組織の新しい事業の方向性と合致させた上で、部署や職種ごとに将来必要なスキルを決め、従業員の現在持つスキルとのスキルギャップをちゃんと定量評価できるようにすることが非常に重要です。私はこれを「学びの定量化」と言っています。

自分のスキルを可視化する方法

スキルの可視化について、それを可能にする「SkyHive」というプラットフォームの画面を使って説明したいと思います。

画面向かって左側が従業員の方のスキルマップです。このスキルマップをどうやって作成したかをお見せします。1つが、英語になりますが職務経歴書をアップロードする方法です。

職務経歴書をSkyHiveにアップロードすると、AIの自然言語処理によってスキルマップが分解されて出てきます。日本では新卒から同じ会社で働いている方も多く、職務経歴書を持っていない方もいらっしゃるので、その場合は画面の左側に、何年何月にどこの部署にいたと記入すると、右側に「あなたはこんなスキルも持っているんじゃないですか」とスキルが提示されます。

提示されたスキルにチェックマークを入れていくと、10分くらいの作業で左側のようなスキルマップが完成します。

例えばこの方が機械学習のエンジニアになる場合のリスキリングの方法が右側に出ます。機械学習のエンジニアのスキルが「Future Skills」で、ここから現在この方が持つスキルを差し引いたスキルギャップ。先ほど「学びの定量化」とお伝えしましたが、この差分が画面の一番上になります。

これをひたすらリスキリングしていくわけですが、方法が2つあります。1つが社内の専門家にメンターシップをもらうやり方。もう1つが外部講座。例えばAIの講座を受けられるといったかたちで、リスキリングをワンストップで行うことができます。

2020年10月に世界経済フォーラムの主導で、このプラットフォームを使った実証実験が行われました。ユニリーバとウォルマートが参加したものですが、コロナで打撃を受けた消費財業界で、人員整理の対象になってしまうような業務に就いている方が「リスキリングで社内での配置転換ができるのか」という実験です。

ユニリーバから12職種、ウォールマートから10職種が参加しました。従業員自身で認知できた平均のスキルが約11個だったのに対して、AIは平均で34個発見することができた。単純に3倍のスキル量を発見できたということで、新たな就業機会も3倍広がると言えます。

テック業界でレイオフが進む米国で「自主退職者」が多い理由

ここからは、「日本におけるリスキリングの課題と対策」についてお話しします。現在海外では「The Great Resignation」、つまり大量退職時代が到来していると言われています。昨年6月のMicrosoftの調査では、41パーセントの従業員が「現在の雇用先を退職しようと考えている」と言っています。

理由の1位は「企業が自分に成長機会を与えていない」。昨年11月には過去最高の453万人が自主退職して、社会問題になっています。現在テック企業で進んでいるレイオフは需給バランスによるものですが、この自主的な退職は現在も進んでいます。

少し上下するものの、毎月400万人以上の方が自主的に退職して、成長産業に就くべくリスキリングを行っています。顕著なのがZ世代。若い方々で91パーセントが現在の雇用先を退職するというデータも出ています。画面右側の「私はこれで会社を辞めました」という動画「I Quit」をYouTubeにアップロードするのがムーブメントになったりしています。

今まで日本企業が進めてきた「キャリア自律」や「キャリアオーナーシップ」とリスキリングの方向性を一致させる必要がありますので、丁寧に1on1を行って、将来どんな方向にリスキリングしていくのかを決めていく必要があります。

ビズリーチさんが行ったアンケートによると、「リスキリングに取り組んでいますか?」という問いで、「取り組んでいる」が54.8パーセント。「取り組んでいない」が45.2パーセント。また、取り組んでいる人の中で「個人で取り組んでいる」が40パーセント。「勤め先を通じて取り組んでいる」が9.4パーセント。

「あなたの会社では、現在リスキリングに取り組んでいますか?」という質問では、「取り組んでいる」が19.2パーセント。「今後取り組む予定」が38パーセント。「現在取り組んでいない。また取り組む予定もない」が42パーセントでした。

やはり、リスキリングの機会を組織が提供しないと、今後は意識の高い優秀な従業員から社外に成長機会を求めて行ってしまう可能性が高いのではないかと思います。

リスキリングは「就業時間内」に行うべきもの

(スライドの)「『働き方』に関する課題」は、自主的な個人の「学び直し」とリスキリングが混同されていることです。

リスキリングは本来就業時間内に行うべきものですが、現実的には業務時間外の帰宅後とか週末に、従業員個人が自発的にやることに依存しているのではないでしょうか。リスキリングはあくまでも業務時間内に行う必要があります。

また、デジタル化の推進によって、非効率業務を削減して「学習時間の捻出」をする必要があります。業務時間内での学習を実現するために、海外では労働組合が経営陣と契約をしてリスキリングを進めるということも、1つの成功モデルになっています。

次は(スライドの)「『お金』に関する課題」。

リカレント教育は個人が負担していますが、リスキリングは会社の組織変革に求めるニーズになりますので、組織が負担をすべきものではないかと考えます。

中小企業の場合は、単独のリソースでなかなかリスキリングを行うのが難しいので、リスキリングに関する助成金が必要ではないかと思います。

リスキリングを行うための学習支援の費用も大事ですが、1人欠けるとオペレーションが止まってしまうような体制の中小企業の方々も非常に多いと思います。その場合は、例えばその方の仕事を50パーセント減らし、その50パーセントを引き受けてくれる新しい従業員を雇う。このための雇用支援が必要ではないかと思います。

引き継ぐ相手ができたことで、仕事を50パーセント減らして、残りの50パーセントをリスキリングに充てることができるようになります。

リスキリング人材を昇給昇格させる仕組み

(スライドの)「『学び』に関する課題」は、よく「日本人は学ばない」というデータが出たりしますが、私は怠惰で学ばないわけではないと思っています。

新しいことを学ぶことで昇給、昇格につながるような体系的な習慣ができていないことだったり、現在の仕事量が減らず、プラスアルファで帰宅後や週末にリスキリングをするようでは、継続的に結果を出すのは非常に難しい、あるいは負荷が掛かっているために難しいのではないかと思います。

また、学びに対する成功体験が高い方が、「学ばないのはけしからん」という論調で書かれていたりしますが、小学校の時を考えてみれば、運動が得意な子や音楽が得意な子などさまざまなタイプの子どもがいたと思います。

これは大人になっても同じだと思っていまして、学びの成功体験を多く持つ人と、学ぶのが苦手な人がいらっしゃいます。ですので学ぶのが苦手な方をちゃんと支援する体制も非常に重要です。

また、再三申し上げていますが、学んだらきちんと昇給昇格に結び付ける。これが非常に重要です。組織はDXなどの組織変革ニーズに基づいて、「業務」としてリスキリングを進めて行く必要があるのと同時に、個人が描く将来のキャリアパスに必要なスキルを身につけるための最大限の支援を行う。大変難しいことですが、これを丁寧に行わないと優秀な方から社外に出て行ってしまいます。

私はリスキリングに関する最新情報の発信をしています。Linkedinでニュースレターを発信していたり、リスキリングに関するニュースを日経のCOMEMOというブログで書かせていただいていたり、あとは自社のホームページからも発信をしています。

講演会や勉強会のご依頼もホームページ経由でお受けしていますので、ご連絡いただけましたら幸いです。

リスキリングを成功に導く5つのポイント

本日のまとめになります。「リスキリングを成功に導く5つのポイント」。1つ目。リスキリングは経営者、および役員がちゃんとコミットすること。全社プロジェクトです。2つ目。DX推進等を担う部署と人事部が連携をすること。また、事業部ごとに人事部と連携をすることが非常に重要です。

3つ目。将来自社が向かう事業の方向性と将来必要となるスキル(Future Skills)を会社が明示する。4つ目。AIを活用してスキルを可視化することで、自社の保有スキルを棚卸しする。まずこれがスタート地点です。5つ目。学習支援と1on1などによって、従業員の個人の「キャリア自律」と合致したかたちで、リスキリングの支援を行う必要があります。

デジタル化によって労働の自動化が加速する中で、技術的失業が進む前に、従業員をリスキリングすることでDXを成功に導く。企業と従業員の共倒れを防ぐ「攻め」と「守り」のリスキリングを実施することが非常に重要です。

リスキリングは終わらない旅です。デジタルスキルを身につけたら、今度はもしかしたらグリーン・スキルを身につけないといけない。グリーン・スキルを身につけたら、宇宙に関するスキルを身につけないといけないといったことも、これから考えられるのではないでしょうか。

ご清聴いただきまして誠にありがとうございました。