会計の知識を身につけるために「簿記3級から」は間違い

――ビジネスパーソンには「会計」の知識が必要と言われますが、苦手意識のある方が多いように感じています。川口さまは研修や講演などでさまざまな会社の方とお会いになると思うのですが、傾向としていかがですか?

川口宏之氏(以下、川口):引き続き苦手な方が多いですね。企業研修で、どの階層でも最初に参加者に「どんな印象を持ってますか」「苦手意識はありますか」と聞くんですよ。そうすると大半の方が「ちょっと苦手です」「不安に思ってます」と回答されます。

――「会計」を学ぶにあたって、何がハードルになっているのでしょうか。

川口:おそらく漠然と目的意識もなく、なんとなく「やらなきゃいけない」「知っておかなきゃいけない」という気持ちがあるので、とっつきにくいと感じる方が多いんだと思います。

一般的に会計や経理と聞くと、イコール「簿記」と考える方もけっこう多いんです。「自分は会計知識が乏しいから、簿記3級から始めようかな」というのがよくある話なんですが、それは目的が違っています。

簿記は、言ってみれば経理部門に配属されない限り直接使うことがありません。しかも、けっこう筋トレ的な要素も強く、最初の段階は反復して覚えなきゃいけないことが多い。それで「なんかめんどくさいなぁ」「自分に向いてないな、続かないな」となってしまう方が多い印象です。

決算書から日々の業務につながる情報を「読み解く」力を

――本来は何から学び始めるといいんでしょうか?

川口:完成形から逆算で学んだほうが、リアルのビジネスに直結します。簿記は決算書を「作る」作業のことです。それよりは、すでに出来上がった決算書や財務諸表から、ビジネスの改善すべきポイントや、あるいは営業の方であれば提案のポイントを「読み解く」。日常の業務に直結するかたちで学んだほうが入りやすいかなと思うんですよね。

もう出来上がってる財務諸表が世の中にたくさん出回ってるので、それが「生きた教科書」だと思うんです。世の中のいろんな業種のいろんなビジネスの結果が、財務諸表に詰まってるので。

例えば同業他社と比較して何が優れているのか、劣っているのか。自分たちの会社に何が足りないのか、財務諸表から逆算して推測し、仮説を立てる。それに基づいて何らかのアクションをとって、結果を振り返る。このPDCAサイクルの繰り返しなんじゃないかなと思うんですよね。

法人営業の方であれば、クライアントや提案先の企業の課題を、財務諸表から推測して仮説を立てて、それを改善するようなソリューションを提案すると刺さりやすいよという話をしたりもします。

経営企画や人事なら、自社に無駄がないかとか、どうすればもっと効率的に稼げるようになるのか。事業部間の比較やコスト構造、将来性なども踏まえた上で、限られたリソースをどう最適配分して、企業価値の最大化を目指すべきかという話にも発展しますね。

とりあえず知識だけ詰め込もうと思っても、つまんないと思います。

――決算書を作るスキルではなく、日々の業務につながる情報を読み解けるようになろうということですね。

「なぜ」の繰り返しと深堀りが、ビジネスのヒントを見つける鍵

ーー一般のビジネスパーソンは具体的にどこまで知っておくといいのか、目安のようなものはありますでしょうか?

川口:何をゴールに置くかにもよりますが、一般論で言えば財務三表のそれぞれの大項目です。

BSだったら資産・負債・純資産。PLだったら売上と5段階の利益(売上総利益 ・営業利益・経常利益・税引前当期利益・当期利益)。キャッシュフロー計算書だったら、3つのキャッシュ(営業CF、投資CF、財務CF)。

それぞれの数字の持つ意味と、その組み合わせから計算される分析指標の意味するところが基本なのかなと思います。細かい勘定科目や会計ルールの話はとりあえず置いておいて、とっかかりとしては「全体像を把握する力」なのかなと思います。

――書籍『いちばんやさしい会計の教本』の中でも、財務諸表を読み解くことで「ビジネスモデルの勝ちパターンを見つけることができる」とおっしゃっていました。「読み解く」というのは、財務三表の数字の分析という理解でよろしいですか。

いちばんやさしい会計の教本 人気講師が教える財務3表の読み解き方が全部わかる本 (「いちばんやさしい教本」シリーズ)

川口:基本はそうですね。今申し上げたようなところを同業他社と比較すると、自社の優れているところ・劣っているところが見えてくると思います。

何が優れているのか。例えば粗利率なのか営業利益率なのか。例えば自己資本比率が高いのか低いのかというのは、自社の数字を算出するだけじゃ意味ないんです。業界平均と比べてどうなのか、同業他社と比較して高いか低いかを見ないと意味がない。

あと推移分析ですね。過去5年間でどういうことがトレンドになっているのか。利益率がだんだん高まっているのか、あるいはだんだん下がっているのかとか。

いろんな角度で比較すると、「これはなんでだろう」という疑問が湧いてくるんです。「なんでこのパーセンテージが高まってるんだろう」「今年はなんでここが低いんだろう」とか。その疑問から深掘りして、仮説を立てた上で、要因がどこにあるのか分析してみる。

「なぜ」を繰り返して深堀りすることを、書籍では「読み解く」というニュアンスで書きました。

――数字にヒントが隠されているということですね。

川口:そうですね。数字を漫然と見るだけじゃなくて、疑問点を探し出すんです。

経営層が戦術を決めても、実行に移すのは現場の社員

――例えば、新卒1年目の方が身につけておきたい会計の視点と、マネジメント層の方が身につけておきたい会計の視点は違うのでしょうか。「意思決定に関わるかどうか」に違いがありそうと感じているのですが、いかがですか。

川口:当然、階層ごとで必要な知識は変わってきます。経営層であれば、当然経営レベルの意思決定が必要になってくるので、それに関する知識が不可欠です。事業部門長だったら、自分が担当している部署・部門単位の意思決定の話になります。

もっと下の層。例えば新入社員とか若手の社員の方であれば、そこまではハードルが高いと思うので、おすすめは自分の給与の源泉がどこから来てるのかということです。

売上・コスト・利益の構造を元にして、自分の会社は何で儲けているのか。それを少しでも増やすためには、自分にどんなものが求められてるのかという観点から始めるのがいいかなと思います。

私はよくサッカーを例えに使います。サッカーの試合でも、戦術を決めるのは監督やコーチですが、それを実行に移すのはピッチに立っている選手です。

それと同じように、経営層が経営戦略を練ってデザインをするけれども、実際それを実行に移すのは現場の社員です。いくら現場の人間だからといって、経営層が思い描いている戦略が腹落ちしていないと、間違った行動に出てしまいます。

あるいは全体の意思疎通ができていなくて、ベクトルが違ってしまう。全体を引いて守ってカウンター狙いという戦略なのに、1人だけのこのこ前に出てしまったり。結局、戦略を思い描いたとしてもそのとおりにならないという、ちぐはぐな結果になってしまいます。

現場に立っている人が、自分の頭で逆算して考えられるか

川口:なので新入社員だろうが管理職だろうが、会社がどの方向に向かっているのかという全体のデザインや、どこに課題があって、何が自分の部署や担当者に求められているのかという逆算を、自分の頭で考えるのが重要だと思います。

サッカーでも、選手が監督に「右行け」「左行け」っていちいち指示されて動いていたら、遅いじゃないですか。それと同じで、現場に立ってる人が、上からの戦略をそしゃくして自分で考えて、「だったらこうしよう」という現場レベルの意思決定に落とし込んでいくことが、会社全体の力になるんじゃないかと私は思います。

――そこで会計の知識があると、数字をもとにロジカルに考えられるんですね。

川口:そうですね。結局ビジネスの結果は数字に表れるので、「がんばりました、でも数字は出ませんでした」では、目的の達成になりません。結局それが数字にどう落とし込まれてるのかを踏まえて、次はどうすればいいのかを考えるという、その繰り返しになるかと思います。さっきも言ったとおり、PDCAサイクルは経営層だけがやる話ではなく、現場レベルでもやる話なので。

会計知識はどんな会社でも求められるもの

――川口さまが講演やセミナーで会計の知識・会計の感覚を教える時に、参加者の方々に対してどうやって当事者意識を持っていただいているんですか。

川口:極端な話、「このままじゃ、あなたたち使いものになりませんよ」と(笑)。そこまで直接的には言いませんが、今の日本経済全体の状況と、それぞれの会社が置かれている現状。そして働く社員に求められているものを総合的に勘案すると、「現場のことだけ知っていればいい」「ただ目の前のことをやればいい」という浅かな人たちは、当然淘汰されていきます。

年齢関係になく、もっと意欲的でかつ会社全体の目線を持っているような人に追い抜かされて取り残されていってしまうということで、危機感煽る系ですかね(笑)。

違うアプローチだと、むしろそれをポジティブに捉えて、「今がチャンスです」と言います。苦手意識を持っている人がたくさんいる中で、頭1つ抜けるチャンスが今、目の前にありますというので研修を始めますね。

――若手社員向けでも管理職向けでも、同じアプローチですか。

川口:一緒ですね。むしろ、管理職のほうが危機意識を高く持たなければいけません。給与が比較的高い分、リストラのターゲットになりやすい。しかも、今は黒字でもリストラするような会社もありますから。そう考えると、「自分の市場価値はわかってますか。社内人脈だけじゃだめですよね」となるのは当然です。

会計知識は業種を問いません。どんな会社でも求められるものです。仮に会社の業態ががらっと変わったり、あるいはまったくの別業界別業種に転職したり、他の会社に出向した場合に、そこであなたの価値はどうやって出せますか? という話ですよね。

財務諸表の分析は、自分が興味がある会社から始める

――ありがとうございます。とはいえ、ふだん業務の中で財務諸表に触れる機会がない方が会計感覚を身につけるには、自分で意識して企業分析をする必要があると思うんですね。そのコツがあればぜひおうかがいしたいんですけど、何かありますか?

川口:私の本を読んでください(笑)。まあそれは置いといて。全体像を読み解くベースとなる、財務諸表を読み解く基本の知識を把握した上での話になりますけども、その上で私がふだんおすすめしてるのは、自分が興味がある会社の財務諸表を取り寄せて分析してみることです。

好きなブランドの会社とか、よく行くお店の運営会社とか、よくニュースになってるような会社とか。興味がある会社だったら、どんな会社なのか、何を売ってる会社なのかは知っています。何が魅力的な会社なのか知っている状態だと、数字も頭に入りやすい。

「だからこの数字がこうなっているのか」という、数字とビジネスの実態を行ったり来たりができるんです。この往復運動こそが、会計スキルを高める肝の部分です。そこからその会社を同業と比較したり、前年度と比べてみたり。

自分の興味関心があるものが一番頭に入りやすいので、そこから取りかかるというのがおすすめです。

――取材前に川口さまのYouTubeを拝見していたんですが、「K-POP三大事務所の粗利率を見る」という動画がおもしろかったです。今私がちょうどK-POPにハマっていて、確かにどんな仕組みで利益を上げられているのかがわかりやすかったです。

川口:そうそう。海外の財務諸表になっちゃいますけど、K-POPが好きだったらそういうのでもいいですね。まったく知らない、何をやっているのかよくわからない会社の決算書を分析するよりは、はるかにハードルが低いと思います。

――もし自分で決算書を読み解けたら、「自分が好きなグループは、次はこういう戦略をとってくるんじゃないか」という、K-POPをファンとしてではなくビジネスの目線でも見られるかもしれないなと思いました。

川口:そうですね。違う目線が手に入るので、世の中の見方も変わってくると思います。

もう1つの方法は、自分で身銭を切ってどこかの株を買うことですね。この会社の株はどのタイミングでいくら買うといいのか、会社の決算書を分析したり、今後の株価の上下を予想したり、身銭を切って投資をするとなると、真剣度が変わります。もちろん株式投資はリスクが伴いますので、全財産をはたくようなことはせずに、お小遣いの範囲内でやれればいいんじゃないかなと思いますね。

――おっしゃるとおりですね。

会計感覚を社員に浸透させるには

ーーここまでは自分でできることでしたが、経営者やマネージャーがメンバーの方に会計感覚を持ってもらいたいと思った時に、ふだんからできる施策や声がけの方法があれば教えていただきたいです。川口さんもベンチャー企業のCFOのご経験がありますが、その点はいかがですか?

川口:経営層・マネージャー層であれば、当然本人がある程度の知識を持っていることが前提になります。それをいかに社員に浸透させるかというと、ふだんの社員との会話や社内会議の時に、会計用語や経営指標について話題に出すのが一番のポイントだと思います。

例えば最近「ROIC(ロイック:企業が事業活動のための投下した資本から、どれくらいの利益を生み出したかを測る指標)」が経営指標としての流行りでもあります。

対外的に「うちはROIC経営を取り入れました」というアピールをする会社が多いんですけど、結果、絵に描いた餅になってしまって、あまり功を奏していないパターンもよくあるんですね。

なぜかというと、対外的には「これからうちの会社はROICでいく、ROICを重要な経営指標で掲げて、このパーセンテージを上げていくんだ」と言っていながら、例えば社内会議の月次報告の時に、売上とか利益しか見ていない。

現場に対しても、売上や利益の要因しか聞いてこない感じだと「なんだ、社長はROICだと言っているけど、結局は売上しか見てないんだな」となってしまい、要は社員もROICを重視しなくなっちゃうんです。

経営者の仕事は「何を評価軸にするのか」の見定め

川口:だから最初に重要なのが、何を評価軸にするのか。会社の企業価値を上げるファクターになってるのはどの経営指標なのかを見定めて、それを高めるためには何が必要なのかを、社員に考えさせる。それを人事評価に紐づける。

例えば査定にも響くとか、極端な話、賞与の金額も変わるとか。自分ごととして落とし込めるような社内業績評価指標で管理することで、モチベーションにもつながります。社内の不公平感をなくして、「こういうことをやったら出世するんだ」「上から評価されるんだ」と理解させることが、経営陣とかマネージャー層に求められていると思います。

特にベンチャー・スタートアップ企業だと、多くがVCから資金調達したり、銀行借り入れに頼るかたちだと思います。そうなると当然、経営層はVCや投資家に「今社内ではこうなっています」と説明するわけですよね。その意識を従業員の人にも浸透させないと、結果につながりにくいんです。

何がうちの会社のバリューなのか。どの数字を意識すべきなのか。売上を追い求める時期なのか、あるいは効率性なのか、収益性なのか。それを見定めるのは経営者の仕事です。それを基に、社員にどう意識づけするのかという話ですね。

――自分ごと化してもらうために、一番活用しやすいのが「評価」ということですね。

川口:そうですね。ベンチャー企業のマネージャーって、もう実質経営者と一体じゃないとだめだと思うんです。「自分の役割だけが果たせればいい」という感覚のベンチャーのマネージャーは失格だと思います。

――プレイングマネージャーでありつつ、経営視点も常に持ち合わせていることが大事なんですね。ありがとうございます。

会計の知識を学ぶのは「最初」が肝心

ーー最後に、川口さまはたくさん書籍を出されていますが、これから会計を学びたいという人におすすめの本はどれになりますか?

川口:『いちばんやさしい会計の教本』を読んだ後に、『経営や会計のことはよくわかりませんが、儲かっている会社を教えてください!』を読むと、順番的にはいいと思います。

どちらもいろんな会社の事例が載っています。『経営や会計のことはよくわかりませんが、儲かっている会社を教えてください!』はいろんな経営指標を使いながら、ひたすら2社比較する本で、わりと売れています。

あとは『カンタン図解で圧倒的によくわかる!【決定版】決算書を読む技術』。これは初心者向けです。すべてに図解が入っているので、字を読むのが苦手な人でも、図だけでもある程度の基本が頭に入ります。

『経営や会計のことはよくわかりませんが、 儲かっている会社を教えてください! 』(ダイヤモンド社)

『カンタン図解で圧倒的によくわかる! 【決定版】決算書を読む技術』(かんき出版)

――メンバーの方に会計感覚を持ってもらおうと思った時に、こちらの本をプレゼントするといいかもしれないですね。

川口:そうですね。難しい本を渡しちゃったら、「もうだめだ」「私には向いてない」「私にはそんなセンスない」となってしまうので、最初が重要です。

――私も今回この企画を通して、はじめの一歩が踏み出せたのでよかったです。改めてありがとうございました。