期待と実態の「ズレ」があった時にどうするか

ロバート・フリッツ(以下、ロバート)(講演パートで)MMOTの全体像といくつかの原則についてお話ししました。ここで、みなさんからの質問やコメント、感想などを聞きたいと思います。

質問者1:ありがとうございます。ニュアンスの部分だと思うんですけど、まだつかみきれてないところがありまして。ステップ1(「期待と実態にズレがあったことを認める」)と2(「どうして、どのようにこのズレが生じたのかを分析する」)のところなんですけれども。

ロバート:ステップ1は、水曜日の期限だったのに今日はもう木曜日だぞ、というズレがある。もしあなたがその期限に遅れた担当者で、僕がその上司だったとすると、「報告書は水曜日が期限で今日は木曜日だ。もう遅れているぞ」と言う。

(MMOTでは)このように一方的に言うのでなく、「そういうことで合っているかな?」と確認する会話をします。で、「今日は木曜日だね」と。それがステップの1です。

ステップ2は、「水曜が期限のものがまだ出ていなくて、今日が木曜日というのは、いったいこれはどういうことがあったんだろうか。担当マネージャーとして、どういう意思決定をしてこうなったんだろうか」(ということを分析する)。

例えば、担当のあなたがいくつかとりこぼしたデータがあって、「自分にはどうしようもありませんでした」と言うかもしれません。僕が上司だったら、「その遅れがあることに気がついた段階で、『間に合わせる』ことについてどう考えたのかな?」と問い返します。

その時点で、部下のあなたと上司の僕が2人で共同して、状況が変わった時に期限を遅らせるべきだったのか、それともなんとかして期限を守ることができたのかということを、一緒に考えられるようになります。

「ミスのパターン」を改善する、期限や締切への2つのアプローチ

ロバート:そうすると「状況が変わったからしょうがない」と遅れるていることを許さずに、一緒に考えることができます。時には、たった1個のミスで遅れたということもあるかもしれません。でも、それが単発のミスだったら、慢性的に繰り返すパターンではありません。

MMOTでよく扱うのは、単発のミスよりも「ミスのパターン」です。ミスのパターンが習慣的になってい​​る場合、(上司である僕は)部下のあなたのパターンを改善するための手助けをするんです。

今、部下が1人の場合でお話をしていましたが、チームの場合も同じです。チームで知恵を集めて、確かにズレがあった。「では、ここから何を学べるのか?」と一緒に考えることができると、チームとして、「一人ひとりがいかにもっとプロフェッショナルになるか」ということに頭を使うことになります。

期限については2つのアプローチがあります。1つ目は、締め切りが近づくと、だんだんプレッシャーを感じるものです。プレッシャーに反応して、なんとか期限を守ろうとする。締切や期限に対しては、たいていの人がそういう反応を示します。そして、これは期限や締切を扱うのに最も良くないやり方です。

一番良いのは、期限までの途中の段階で、これとこれはいつまでにやる必要があるのか。それによって間に合わせるやり方です。

組織の中の別の部門が同じ資源を取り合っている「組織の構成」の問題

ロバート:これは自分で言うのもなんですが、僕のこれに対する向き合い方は極めて深いものです。というのは、僕が作曲家だからです。Boston Conservatory Music(ボストン音楽院)で6年のトレーニングを受けて、学位を持っています。

作曲のプロは何をしているかというと、出来事を時系列でデザインしていくんです。もしオーボエ奏者が習慣的にテンポを外して速く演奏するようだったら、そのオーボエ奏者はクビです。音楽では主旋律と副旋律があって、物事がきちんと合わさるようになっています。ですから作曲家の習性として、時系列の中に出来事をデザインして、織り込んでいくことをやっています。

作曲することを英語では「compose(構成する)」と言います。組織を作曲する、組織を構成するというやり方で、音楽と同じように企業経営でも組織のマネジメントをしています。

組織があまりうまく作曲されていない、構成されていない時は、組織の中の別の部門の人たちが同じ資源の取り合いをしています。これがマズい構成のわかりやすい兆しです。作業負荷と作業能力、キャパシティのデザインが間違っているんですね。

みなさんも、もし自分がデザインの悪い組織の中にいる一員だったらと想像してみてください。そうすると、お互いにMMOTをやるのが難しくなります。なぜかというと、(期待と実態のずれではなく、)組織のデザインとしてもっと上位の「因果関係」がズレているからです。そうなればMMOTができる次元をエスカレートして、しかるべきところで揃える必要が出てきます。

やりにくいことに向き合うための「緊張構造の原理」

ステップ1とステップ2のニュアンスの違いについてお話ししましたが、いかがでしょうか?

質問者1:ステップ1がとても重要だとおっしゃいましたが、なぜなんですか? ステップ2の分析に必要な情報が正しく手に入る必要があるからだとすれば、やはりステップ1の「認められない」ことがキーポイントじゃないかと思っています。

誰が認められなくて、何を認められなくて、なぜ認めるのが難しいのか? そして、MMOTなら認められるのか?

ロバート:なぜそれがMMOTでできるかというと、ステップ1をできるようにトレーニングするからですね。

みなさんも考えてみてください。自分の生活や人生の中で、なぜ真実を認めて、伝えることが難しいのか。なぜ本当のことを言わないのか。

1つの理由は、本当のことを相手に告げる時に、怖気付いてしまうから。感情的な居心地の悪さを感じるからです。仕事をしているマネージャーの人たちは、たいてい忙しいので、そんな小さな食い違いに時間を奪われたくないと思っているんです。

そしてズレがあった時に、「その話をしよう」と思っても、この(話そうと思う気持ちと怖気付いてしまう気持ちの)葛藤のサイクルが起こっているんですね。そうなると「こんなことで部下と話をするのはもうやめにしよう」と、あきらめてしまう人も出てくるのです。

ちょっとやりにくいことを、きちんと規律をもってやるためには、何が必要となるでしょうか? 本能的には、居心地の悪い、めんどうくさいことはやめたい。そのことについて書いた1つの原則が「緊張構造の原理」です。

上に望んでいる状態があって、下に現在の状態があります。このゴールと今の現実の間にテンション(緊張)が生じるんですよね。これは心理的な緊張のことではありません。行動を動機づける、動力になるものです。矢を弓につがえて、的を狙った時に生じる張力(ちょうりょく)と同じです。

戦略的にこの「できればやりたくないもの」を選択する

ロバート:このゴールや自分が望む状態のことを、僕は「プライマリーチョイス」、「第1の選択」と呼んでいます。これが物事を組織化するための原則になります。この第1の選択をサポートするために、いくつものセカンダリーチョイス、つまり「二次的な選択」が生まれます。

相手の仕事が期待に届いていないという、言いにくいことを言う。できればやりたくないことをやるのが「二次的な選択」で、それによって望む状態に近づこうとしているんですね。

あえて戦略的にこの「できればやりたくないもの」を選択することによって望む状態を実現する。これが成功のカギです。

多くの場合、このセカンダリーチョイスは「もしやらずに済むんだったらやりたくない」というものが多いんです。しかしこれを選択するのはゴールのためです。

例えば、エクササイズをするのが嫌いな人でも、成功のためだったら、セカンダリーな選択として実際にやるかもしれません。会社に行きたくないかもしれないけれども、自分のプロとしてのキャリアのために出勤すると。

プライマリーチョイスとセカンダリーチョイスの関係が明確にわかると、より自分のことがすっきりとわかるようになります。

僕がやっている仕事の多くが、僕が「構造力学」と名付けた領域に存在しています。根底にある構造が、あらゆる振る舞いを決定するんです。(行動の動機となる「緊張」によって振る舞いが決まる構造のことを)「緊張構造」と呼んでいますが、この構造を確立することによって、成功の確率は上がるんですね。

高みを目指すアスリートと、多くの企業の「選択」の差

ロバート:従来のマネジメントのやり方は、典型的に行ったり戻ったりの「揺り戻し」が生じます。これは経営の分野だけではなく、ヘルスケアの分野でも同じです。医者が「ちゃんと健康のためにやらないと、あなたは命を縮めますよ」って言って、患者を脅すんです(笑)。

そんな調子で医者に警告された患者は、一時的には「なるほど」と言って、生活習慣を改善しようとしますが、しばらくうまくいくと、また元に戻ってしまうんですね。これは哲学でも宗教でも心理操作でもありません。これは構造的な原則、構造の力学の話です。

ですからMMOTを活用して何をやっているかというと、緊張構造を確立して、どんな結果をもたらしたいのかを明らかにしているんです。仕事をしている人に、その組織の中でよりプロフェッショナルとして成長して、何回も上達して、結果を出せるようにしてあげるということなんです。

緊張構造の中では、今の現実の中に「期待」と「実態」のズレがあります。ここでセカンダリーチョイスとしては、扱うとめんどうくさいかもしれない期待と実態のズレを、きちんと扱うか、扱わないかです。

僕の経験と観察では、これを自然となんとなくやっている会社はほとんどありません。しかしアートの分野では違います。企業の世界と違って、芸術の中では必ず規律をもって、日々上達して改善していくことをみながやっています。

プロのスポーツでも同じです。アスリートは自分のプレイをビデオで見て、期待と実態がどうズレているか、しきりに考えています。なぜそれをやるかというと、最高のプレイをしたいからです。

その違いを知ることによって、このセカンダリーチョイスで「どうやって上達するか」という選択ができるようになります。これがビジネス界のたいていの企業で起こっていることと、スポーツ界やアートの世界で起こっていることの非常に大きな違いです。

個人だけでなくチームとしての、組織としての「プロフェッショナリズム」

本物のプロフェッショナリズムを持つことができる「プライド」はすばらしいものです。僕が手助けをした多くの組織で、アマチュアの仕事のレベルから、一流のプロフェッショナルな仕事のレベルに上がるということが起こりました。

アマチュアの仕事というのは、気分が良くて状況が良い時はうまくいくけれども、気分が良くなかったり状況が難しかったりするとうまくいかないのです。それに対して一流のプロの仕事というのは、状況がどんな状態であっても必ず結果を出すということです。

1人の個人がプロフェッショナルとして、そういう規律を身につけるのはすばらしいことです。しかし個人だけじゃなく、チームとしてプロフェッショナリズムを身につけるのはもっとすばらしいことです。さらに個々のチームだけでなく、組織全体がプロフェッショナリズムを身につけると、もっとずっとすばらしいことになります。

そうした変化が起こると、一人ひとりの社員の人たちは、組織に対する誇りや一体感を、これまで経験したことがなかったほど持つようになります。

これはプロパガンダとか、ペップトーク(短い激励のスピーチ)でポジティブな話をすることによって得られるものではありません。お互いを頼ることができて、何か目標を持って、やろうと思ったら成果を上げられるという実績に基づいた自信です。

質問に対して非常に長い答えをしましたが、質問に対する答えだけではなく、みなさんにこの話を聞いてもらいたいと思ってお話ししました。

質問者1:ありがとうございます。早めに認識のズレを直せました。

ロバート:僕のほうこそ、その質問をしてくださって感謝しています。そのご質問のおかげで、重要な洞察や原理を他のみなさんにも聞いてもらうことができました。

「プライマリーチョイス」と「セカンダリーチョイス」の違い

質問者2:プライマリーチョイスに最初から行くのではなくて、セカンダリーチョイスに行くことを推奨しているのでしょうか? どう理解したらよいのか。

ロバート:逆です。まずプライマリーチョイスに行きます。「このゴールや望む状態を実現するためには、何が必要か?」と考えていくのです。プライマリーとは「第一」という意味です。第一の目的を実現するために何が必要か? それが、セカンダリーチョイスです。

セカンダリーチョイスとは、プライマリーチョイスを実現するための戦略的な手段です。ですからプライマリーチョイスは、まず第一に来ないといけない。「プライマリーチョイス=第一の選択」がなければ、残りは関係ないです。

何か自分の望みのために、やりたくないことをやったことはありますか?

質問者2:たくさんあります。

(会場笑)

ロバート:地球へようこそ!

(会場笑)

質問者2:わかりました。この流れでもう1つ質問があるのですが、いいですか? 特に「上司と部下」という関係性において、「Truth=真実」を見ていくことは、ロバートが言っていたように、リアクティブな反応が多いと思うのですね。例えば、「悲しみ」とか「怒り」とか「自己防御」とか、いろいろと。

ロバート:それはよくあることです。最初は「この上司はいったい何をやってくるんだ」と警戒していたかもしれませんが、その中で、もし上司が本当にあなたを「サポートしよう」「手助けしよう」としていることがわかったら、どうでしょうか。

上司が実際に、あなたのプロとしてのキャリアをサポートしてくれて、プロとしての成長を支えてくれる存在だということがわかったとしたら、どうでしょうか? もう、プロとしてメンターとしてサポートしてもらえるということが、わかるんですね。

根底にある構造がすべての振る舞いを決定する

質問者2:そこがまさに聞きたいところだったのですが。そのリレーションシップがあれば、そこがすごくキーだと思うのですね。

多くの場合、常にリレーションシップは硬直しています。もっと言えば、同じ「Truth」でもAさんから言われたら受け止められるけど、Bさんから言われたらとても受け入れられないとか。そういうリレーションシップが、けっこうキーなのではないかと思うのですが。

ロバート:1,000ドル規模の企業の組織の、上層部の幹部の1人と話をしていました。彼は最初「自分の部下たちには高い給料を払っているのだから、言われたことをやるべきだ」という振る舞い方、態度でした。

僕はそれに(対して)、「もちろん理論的にはそれは正しいが、人間が組織の中で自分の任務を果たそうと考えた時に、その考え方はあまりにも甘い」と言いました。

僕のする深い質問は、「なぜ人が振る舞い方を変えるのか?」です。この問いをする人は、ほとんどいません。

この基本的で根本的で深い問いを立てる代わりに、新しいマネジメントシステムが入って、「こうやれ」「ああやれ」と言われれば、社員の人たちはそれに従うだろうというのは、間違った前提ですね。そんなふうに、うまくいくはずがありません。

なぜ人々は、自分のやることをやるのでしょうか? ここでもっとも重要な、理解しておくべきことは、「根底にある構造がすべての振る舞いを決定する」ということです。

MMOTのテクニックは、期待と実態のズレが起きた時に使うもの

ロバート:例えば、チームがあまりうまくいっていないとします。うまくいっていないチームを2週間、野外の活動に連れて行って、ホワイトウォーターラフティングとかカヌーとか、いろいろな野外活動をさせるんですね。そうすると、2週間の間にお互いのことが本当に好きになって、良い雰囲気のチームになります。本当に力を合わせて、良い人間関係になります。

2週間のアウトドア活動が終わって、また同じ会社の同じ構造の中に戻ってくると、2ヶ月も経つと、そのすばらしいアウトドア活動がまったくなかったかのように、元に戻ってしまいます。

「チームとしての人間関係を知らないんだ」と思って、それを人工的に作り上げていたんですね。そのアウトドア活動の正しい構造の中ではすばらしいチームで、会社に戻って間違った構造の中では、ひどいチームなんです。

このMMOTというテクニックで、組織の中に起こるいろいろな困難や課題を解決するわけではありません。それがこのメソッドの目的ではありません。このテクニックは、ちょっとこういう言い方は語弊があるかもしれませんが、「one-trick pony(ひとつの芸当しかできない仔馬)」というものです。

このテクニックは本当に、この目的だけに絞ったシンプルな1点、期待と実態にズレがあった時にこれを使う。これが起こった時に、もっとも有効なかたちでみんなの役に立つやり方を提案しているんです。

大きな企業組織の中で、それが何千回も繰り返し起こったとします。それが何千回も繰り返して期待と実態のズレがあった時に、「それを見て見ぬふりをする」「それに蓋をする」のではなく、「それを明るみに出して扱うんだ」と定着したと想像してみてください。

ブルーシールドで最初にこのメソッドを開発して導入した時に、最初は期待と実態のズレ、本当のことを言うことに、みんな怖じ気づくんじゃないかなと思ったら、使い始めたら、みんな本当にうれしく喜んで使うようになったのが驚きだったんです。

Cレベルの使えない、仕事ができない人が、Aレベルの仕事ができる人に変わっていく様子を見るのは、本当にすばらしい経験です。出来の悪いチームを出来の良いチームに変えていく、すばらしいことです。それが僕の答えです。ご質問ありがとうございます。

友末:すばらしいご講演、ありがとうございます。

(会場拍手)

『マネジメントの正念場 真実が企業を変える』(Evolving )