悩める経営者が必要とする「心の救済」

入山章栄氏(以下、入山):僕は、これからの組織はほぼ宗教化すると思っています。ちなみにこれもこの前池上さんに言ったんですけど、今日のテーマである『世界標準の経営理論』の本を出してやったことも、実質宗教活動ですって話をして。

『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)

なぜかというと、(この本の内容は)世界の経営学でふつうに言われていることで、別に僕が考えたことではないんですけど、ただそれをまとめた人がいなかったんで僕がまとめただけなんです。でもそうすると、悩んでいて心の救済が必要だった経営者さんが日本中にいるわけですよね。そういう人たちがこの本を読んで、「入山がなんか言っている、『両利きの経営』とか」と。

今日本中のどこの大手企業の経営会議を聞いても、『両利きの経営』の話をしているらしいんですけど、ああいうのをやはり「心の支え」にしてくれるわけですよね。でもずっと僕が講演していると僕の体が持たなくて大変なので、それである日、聖書を作ろうと思ったんですね。だから『世界標準の経営理論』は、聖書でありコーランなんですよ。

荻野淳也氏(以下、荻野):すごい。

山崎繭加氏(以下、山崎):すごい(笑)。

入山:これがあると僕はしゃべらなくていいじゃないですか。『両利きの経営』という本のほうは簡約ですけど、あっちもあるんで、この2つがありゃまぁいいだろうと。あとはこれで勝手にみんな読んでくれるので。聖書ができたら、次に必要なのはペテロとパウロ(指導者・伝道者)なんですよ。

僕は別に教祖にように偉くなりたい気はぜんぜんないんだけど、こういう考え方を経営に広めるのはすごく大事だと思っているので、もっと広まってほしいなと思っていた時に「ちょっと宗教化しよう」と思って。僕は編集長にこの話をしているんですけど、「ちょっと宗教化しようよ」と。「これ聖書だから」「この聖書を普及するためにペトロとパウロを見つけよう」って言っています。

「心のつながり」に共感できないと、組織に人は集まらない

入山:あとこれも僕は勉強して理解したんですけど、宗教って2つの役割があって、「心の救済」と「行動規範」なんですよね。「よりよく生きるためにはこう生きなきゃいけない」という。これが現代の生き方に合っているとすごく良いので、行動規範がすごい重要です。

3つ目がコミュニティです。人間って絶対につながらないと生きていけない。この前ある研究者が、「人間を死より孤独を恐れる」と言っていました。つながりが欲しいので、心とつながりを大事にして、共感できるコンパッション(思いやり)が持てるところに人は集まっていくんです。

(今は)いろいろ自由に動ける時代なので、もっと人が集まれるし、逆にその中で「この組織はあまり共感しないな」と思ったら、別のところに行くわけです。

そうするとだんだん「じゃあ自分はなにが好きなんだろう」「なにを愛しているんだろう」と内省していくことになるんですよね。だからこれからはもっとコンパッションとマインドフルネスの時代になっていく、というのが僕の理解です。

荻野:繭加さん、大丈夫ですか?(笑)

山崎:いや、もう今日のテーマの完璧なまとめをいただいたなと思って(笑)。

入山:すみません、僕がだらだらしゃべっちゃって、もうちょっと対話形式にしたかったんですけど。

荻野:いやでも、すべてが濃い話だったので、僕も差し込まずに聞いていたところです。

入山:いや、差し込んでください(笑)。

(一同笑)

入山:一方的にしゃべっちゃってすみません。

台頭する「オーセンティックなリーダー」たち

荻野:ちなみにWisdom 2.0のDay2で、まさにセールスフォースのウェルビーイング推進をされている酒寄さんという方と、実際に社内でマインドフルネスのワークをボランタリーに展開されている佐藤むつみさんという方に登壇いただくんですね。

そのあたりの話もつながってきているなと思いますし、私も多摩大学のMBAでオーセンティックリーダーシップというクラスを持たせていただいているので、自信が湧きました。やっていてよかったなと。

入山:これからは本当にオーセンティック(正真正銘)なリーダーじゃないとね。僕は今49歳でもうすぐ50歳なんですけど、今いろんな会社と関わっている中で、40代半ば以下の経営者のすごい人たちがいっぱい出てきているんです。みんな相当オーセンティックなんですよね。

荻野:そうですね。

入山クロスフィールズの小沼大地くんなんて、その代表だと思います。昔彼が僕の授業に1回来てくれた時に話していたんですが、一度クロスフィールズが駄目になりかけて、合宿で全員から問い詰められたらしいんですよ。クロスフィールズ解散ぐらいまでいったんだけど、その時に(小沼くんが)初めて号泣したんですね。大号泣して、そこで自分を全部さらけ出して「うわー」って泣いて、そこで急に結束が固まってコロナを乗り切ったという(笑)。

「終わらせる」ための2つの要件

入山:あと僕から山崎さんに聞きたいのは、この前お伺いして生花をさせてもらった(時にお話されていた)、生花の究極は「終わらせる」ということができるということ。生花という作業自体を僕も何度かやらせてもらって本当思うんですけど、「いつ終わらせるか」がすごく難しい。しかも生花の場合は「終わってすぐ枯れる」と(笑)。

「究極のある意味無駄行為ですよ」とおっしゃいて、なるほどと思ったんですが。そういう意味ではマインドフルネスで、僕はすごくいいと思うんですけど、あのあとなにか山崎さんなりに進展とか、「終わらせる」ということに関してなにかありました?

山崎:「終わらせる」には2つあるなと思っています。まずは自分で「これで終わりだ」というのをちゃんと受け止める、感性がすごい大切だなと。それが生花で磨かれるんですね。

あとこれは「もう終わった」と、ある種投げ出す感じの「終わらせる」ではないんですよね。その見極めにおいては、「もう少しいけるよ」と誰かにファシリテートしてもらうことで、さらに先まで行けて、本当の終わりにたどり着けるんです。

私の役割でもあると思うんですけど、自分で持つ「終わり」の感覚も大切なんだけど、そこにとどまらずもう一歩先に行くには、誰かからのフィードバックとか、そこにいる人たちの力が必要で、その力でより深められる。この2つが感じたことです。

組織も「どうやって終わらせるか」という問題

入山:今ふと思ったんですけど、今の日本や世界の会社の仕組みは、株式会社が多いですよね。そうすると「ゴーイングコンサーン」という、永久に終わらせてはいけないという謎ルールがあるんです。本当に謎ルールで、本来会社は役目を果たしたら終わらせていいわけですよね。そういう会社がこれからのWeb3の時代でもっといっぱい出てくると思います。

組織も「どうやって終わらせるか」という問題がこれから絶対に出てくるし、もっと大胆に言うと人生もそうだと思うんですよ。

これは僕の仮説なんですけど、特に日本の会社は定年制があるじゃないですか。定年制ってひどい仕組みで、会社としてはしょうがないのかもしれないけど、勝手に「あなたはここで終わりですよ」って決めるわけですよね。

僕の親父もそうでしたけど、60歳で定年したら、やることがなくて1日中テレビを見ているわけですよ。急にワイドショーにやたら詳しくなって、ちょっと息子は悲しいな、みたいな。でも人生って本当はそんなもんじゃないんですよね。

これからもっと人生が多様化していく時に、僕もまだ40代後半なのでわかんないですけど、「終わり」とは言わないけど、どこかで人生を畳む方向(を考えるタイミング)があるのかもしれないなと思っていて。

僕は芸能人のほうがそういうのができるんじゃないかなと思うんですよね。定年がない仕事だから、終活とかもうまくできるんじゃないのかなと。わからないですよ、このへんは僕も経験していないし、誰もこの話をしないので、答えがないんですけど。

直線的なキリスト教の時間軸と、くるくる回る仏教の時間軸

入山:ただいずれにしても、これからもっと高齢化して、でも働き方が自由で、一方で定年で悩んでいる人がいるならば、生花を通して自分の中に入ることで、「自分自身をどうやって終わらせていいのか」「どう折り合いつけるんだ」ということをたくさん考えるのが大事になっていくんじゃないかなって思います。いかがですか?

荻野:今入山先生の話を聞いていて、生花は生と死の繰り返しなんだなと。始めて終わらせるというところは、生まれると死ぬの繰り返しですね。

入山:そういう意味では仏教的なんですかね? 仏教って輪廻転生なんですよ。すみません、最近宗教の勉強ばっかしていたので、やたら詳しいんですけど。

(一同笑)

「本当にお前は経営学者か?」みたいな(笑)。

池上さんは真面目なので、対談の直前に「あと1冊読んでくれ」って言ってくるんです。がんばって僕も読むんですけど、でもすごい勉強になりますね。

仏教ってキリスト教と時間軸が違うんですよね。輪廻転生なので、くるくる回る感覚なんですよね。僕より藤田一照さんのほうが詳しいと思うんですけど、キリスト教は神が世の中を作ってからビャーッと進むので、直線的なんですよね。

今の社会はどっちかというと西洋の考え方が強かったからキリスト教的で、まっすぐ行っているんですけど、確かにこういう仏教的な考えがあってもいいのかもしれないですね。

仕事がプロジェクトベースになることで「生まれ変わり」ができる企業に

山崎:まだそんなに言語化できていないですけど、でも生花はそんな感じです(笑)。ただ、生花に限らず座禅とかもすべてそうかもしれないですけど、そのくるくる回る生と死のサイクルを実際に取り入れていくことは、「よく生きること」につながる感じはありますね。

とはいえ人はそのサイクルを、今世という1回しか経験できないんですけど、企業にそのサイクルの仕組みが入っていくと(いいかもしれないですね)。

入山:僕はよく言っているんですけど、これから仕事はもっとプロジェクトベースになっていくはずなんです。会社に所属するというよりは、気に入ったプロジェクトに参加するような生き方が絶対に増える。僕はもう実質仕事は8〜9割プロジェクトベースでやっているので、そうなっているんだと思うんですよね。

こういう生き方がもっと増えてくると、1つのことを終わらせて「生まれ変わってみようか」と次に行くいう(笑)。僕の場合は経営学者をやめて宗教学者になろうとしていますけど。

(一同笑)

荻野:そうですね。まだ続きを話したいところですが。

山崎:時間がね(笑)。いや良いお話しでしたね、ありがとうございました。まさかそっちに行こうと意識がいってらっしゃるとは。

世の中は「共感」でできている

入山:そうですね。僕は世の中ほとんど全部「共感」だと思っています。だいたいの人は、理屈は共感の後につけているだけだなと。ほぼそうだと思うんですよ。理屈って後で付けられるじゃないですか。

でも、ほぼみんなコンパッションで生きられる時代になってきたし、僕はもうほぼコンパッションだけで生きているので、もっともっとみんなそうなっていくと思います。たぶん僕はたまたま仕事柄やりやすいだけだと思うんですけど、そういう意味では良い時代だと思っています。

山崎:では最後の締めは淳也さんで。

荻野:はい。マインドフルネスという観点も壮大かなと思ったんですけど、それを凌駕していただいて、このセッションは本当にありがたいです。多くの方に新たなWisdomになっていくようなセッションだったんじゃないかなと思います

まさに働き方と生き方。そこからマインドフルネスとオーセンティシティとか、経営学という視点で、いろんなところで、最終的には宗教までいきましたけども、たくさんの話をお聞かせいただきました。ありがとうございました。

入山:ありがとうございます。

山崎:ありがとうございました。