戦後の高度経済成長期は「お金のために」働いていた

入山章栄氏(以下、入山):(前段の話が)長くなってしまいましたが、実はもしかしたら研究でやってみてもいいかなって思っているのがあって。最近僕は(文藝春秋digitalで)、池上彰さんとの対談シリーズをやっているんですよ。つい先日も対談したんですけど、テーマが宗教なんです。「これにしてくれ」と、僕からお願いしたんですけど。

当たり前ですけど、宗教ってものすごく重要なんです。今回のWisdomでも宗教関連の登壇者がいっぱいいらっしゃっていると思うんですけど。

このユベール・ジョリーの本も、おもしろいんですよ。Best Buyを再建したスーパー経営者の本なんですけど、第2章が「なぜ働くのか」って書いてあるんですよ。「えぇ!?」って。世界のスーパー経営者が第2章で「なぜ働くのか」を問いたいわけです。

つまり我々はそのくらい、「そもそもなんで働くのか」ということに対して、かなり行き詰まってるんです。戦後の高度経済成長期は、一言で言うと「お金のために」。お金でより豊かになるから、働けば豊かになりますよという時代があったわけですよね。

だけど実はその前は、働くだけで必ずしも豊かになるとは限らなくて。例えば池上彰さんは宗教に詳しいので、とにかく宗教の話をしたいから「僕に3、4冊本の宿題を出してくれ」と頼んだんです。読むからそれで対談しようと。

それで池上さんが最初に提案してくれたのが、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という有名な本でした。通の人たちはみんなプロ倫って略するらしいんです。めっちゃ難しい本なんですけど、とにかくがんばって読みました。

産業革命当時の人が働く理由は「お金のため」ではなかった

入山:どういう本かというと、1800年代の最後のほうにマックス・ウェーバーが書いた本で、1500年代に宗教改革が起きて、プロテスタントが普及して、特にその中でもカルヴァン派と言われる人たちがいるんですね。

カルヴァン派は世界中で非常に経済が発達していて、働き者が多い。つまり「資本主義の精神が培われている」と言われているところは、実は全部カルヴァン派であると。これはなぜかということを解き明かすのがこの本なんです。

おもしろいのは、カルヴァン派って「お金は欲だから駄目だ」という宗教なんですよね。逆にカトリックは、カトリックの人に怒られますけど、がっつり堕落しているのんで、どちらかというと「お金をバンバン稼いで使いましょう」という考えです。なのでルターはカルヴァンを批判したわけですけど。

カルヴァンはそうじゃなくて「正常に立ち戻れ」と。(カルヴァンが説いたのは)「予定説」といって、我々人類は神様から選ばれているから、天国に行ってから天国に行けるかどうかを神様が決めるんだという、けっこう絶望的な考え方なんです。天国に行けるか行けないかはわからないけど、だからこそ神様のために一生懸命働きなさいというのがカルヴァン派なんです。

ここからは僕の解釈も入りますけど、そうすると産業革命が起きた当時の人たちは、なんで働くのかよくわからないんです。でも、お金のためじゃないんですよね。

神様の予定説があるから、その予定説の中で神に仕えるためには毎日一生懸命働き、禁欲的に、そのお金を派手に使わないんです。なのでそのお金が貯蓄に回って、その貯蓄が投資に回るというメカニズムが出来上がった。それがアメリカ、イギリス、オランダというカルヴァン派の国です。やがてドイツもそうなります。

「なんのために生きるのか」という悩みを支えてきた、宗教の考え方

入山:そう考えていくと......僕は池上さんに対談で言ったんです。プロ倫でマックス・ウェーバーが言っていることは、「カルヴァン派はお金儲けをしないという宗教なのに、結果的に経済的に一番繁栄した国になった」と。これは簡単で、「今のパーパス経営と同じです」という話をしたんですよ。

パーパス経営も結局、なんのために働くかって「お金のため」じゃないじゃないですか。なんのために働くのかって考えると、最後は結局「なんのために生きるのか」ということになる。これは意外と昔から人類は悩んでいることなんですよね。

長い間それを支えてきたのが宗教の考え方です。マックス・ウェーバーが言っていることが正しいとすると、今よりも当時のほうが圧倒的に宗教の力が強くて、その時はみんな「心の救済」で悩んでいて、その中でたまたま資本主義の仕組みにマッチしたのが、カルヴァン派だった。

それで西洋の国が伸びて、第二次世界大戦が終わって、今度は日本も単純に成長すれば豊かになるという世界になったので、ある意味(経済的に豊かな)西欧の国が「心の支え」だったんだと思うんですよね。

だから実は戦後、日本ではけっこう現世救済の宗教が伸びている。つまり、天国に行くまで救われないという宗教じゃなくて、現世でも救われますよという考えです。

これからの時代に必要なのは「心で頼るもの」

入山:昔はもっと未来が明るいと思っている時代だったんですが、今の時代はけっこう難しくて、日本は残念ながらもう経済は行き詰まっているし、今の若い人たちは残念ながら、昔に比べてみんな希望をあまり持っていないんですよね。格差も増えている。

僕は宗教的な考え方って大事だと思うんですけど、ただ、いろんな科学的な考え方とかも入ってきているんで、アメリカでも宗教に参加する若者が減っているんですね。

一言で言うと、本当はこれからの時代って、宗教じゃないんだけど、人類ってそういうものがないと生きていけないので、なにか「心で頼るもの」が必要だと思うんです。宗教の力が弱まっている中で、そういったものがなくなった一方で、社会不安とか未来への不安は増している時代だと思うんですよね。

一人ひとりが「我々はなぜ生きるのか」「どうやって生きるのか」「なんで社会って格差があるんだろうか」とかということを考えるようになってくる。そうすると当たり前ですけど、マインドフルネスのように「自分に立ち返る」のが一番大事になってくる。

(マインドフルネスに対して)すごく多くの方々が強い関心を持ってきているし、だからこの前も池上さんと話したんですけど、神様を信じるタイプの心の救済と、神さまにあまり頼らないで、どうやって自分の心をより良いほうに持っていくかという、両方になっていくんじゃないかなと。

宗教のほうは、新しい宗教が出てこないと駄目なんじゃないだろうかという話をしていて、その1つの手段といったらアレなんですが、その中でマインドフルネスとかオーセンティックとか、必ずしも神さまに頼らない心の支えみたいなものが注目されてきているのかな、と思っています。

早い話がなにが言いたかったかというと、けっこう宗教に興味があるんです。世界の経営学で、宗教が企業経営に与えている影響を研究している人はほとんどいないんですよ。だから「これはおもしろいな」「ちょっとチャンスだな」と思っています。

山崎繭加氏(以下、山崎):日本人はやりやすいかもしれないですよね。ポジション的に、宗教というものからある意味距離があるというか、中立的な立場にいるので。

入山:そうですね。

日本の大企業創業者も大事にしていた「心」

入山:あとおもしろいのは、日本はご存知のように「八百万の神」なので、ある意味宗教がいっぱいあるんですよね。例えば松下幸之助さんも、トヨタの創業者(の豊田喜一郎)さんも、実はみんな宗教的なものをすごく大事にしていたんですよね。

松下幸之助は天理教とか黒住教とかいろいろつまみ食いしているんですよ。やっぱりみなさん「心」が欲しいんですよ。そういう意味ではいろんなバリエーションがあるので、けっこう(企業経営と宗教は)研究としておもしろいかなと思っています。

山崎:私、一度PHP研究所にお邪魔した時に、「これが松下幸之助、さらに松下電器の一番のコアにあるものです」って、彼いろんな宗教をつまみ食いして作った自分の宗教の社(を見せてもらったんです)。

入山:そうそう、そうみたいですね。本に書いてありましたね。

山崎:すごいところを見てしまったなと(笑)。ご自身の中にもそういうものを持っていたんですね。

入山:僕は本で読んで、見てみたいなと思っていました。特定の宗教というより、いろんな宗教を重ね合わせて、自分なりに、マインドフルネス的に自分の中に入っていったんだと思うんですよね。

DIAMOND社の『ハーバード・ビジネス・レビュー』で、山崎さんが動画連載を持っているんですけど、あそこで松下幸之助さんの『道をひらく』の解説をしたんです。『世界標準の経営理論』を使って『道をひらく』を考えていくという。

荻野淳也氏(以下、荻野):すごい(笑)。

入山:それで本を読んだんですけど、あれは実質、宗教書ですよね。

山崎:なるほど。この数百年という人類の歴史という壮大なストーリーの中で、マインドフルネスが位置付けられた感じがありましたね。

自分に立ち返る「マインドフルネス」が今の時代に求められる背景

入山:人類は絶対に「心」がある以上、現世で見えるもの以外のなにかを頼らないと生きていけないというか、わかんないんですよ。生きている支えがなくなっちゃって、わからなくなってしまうんです。

だから、昔のアニミズムの時代は自然が怖いわけじゃないですか。急に地震がくるし、夜は真っ暗になるし。今の東京は明るいですけど、軽井沢は夜真っ暗じゃないですか。真っ暗になると当然ものすごい恐怖だから、そうするとなにかその裏にあるものを信じないと、絶対に生きていけないわけですよね。

それがだんだん人間が定住するようになって、格差が出てきて、急に貧しい人と富める人が出てきて、社会が固定化されているわけですよ。そうすると貧しい人は「なんで自分はこんな境遇で生まれてきたのか」という理由がないと生きていけないわけですよね。

だから心の救済がものすごく重要で、それは今でも僕は変わらないと思います。日本人もなんだかんだ言って多神教なので、僕も神社に行ったらこう(手を合わせるし)、お寺に行ってもやっていますけど(笑)。

でもやっぱり、なにかがあるわけです。なにかがなかったらやらないですから。人類が生まれた時、なにかスーパーナチュラルなものを信じだした時から常にそれはあって、ただ今の我々のこの時代で、宗教的な神を信じながらやる力が弱まってきている時だから、「マインドフルネス」がすごく大事になってきているんだろうなと思っています。

いい意味で「宗教的な組織」でないと、人が集まらなくなる時代に

山崎:入山先生は、その宗教と経営学の探究は、全体的な感じでやるのか、ちゃんとプロの研究者としてサイエンスとしてやっていくのか......。

入山:僕はもともと、サイエンス的にやるつもりはなかったんですけど、宗教についてはできるので、ちょっとやってもいいかなと。なんなら宗教学者に転向しようかなと最近思い出したので(笑)。

(一同笑)

荻野:今、すごい発言が出ましたね。

入山:でも意外とね、いないんですよ。

山崎:いや、いないですよね。そりゃいないと思いますけど(笑)。

入山:もちろん日本にもすばらしい宗教社会学者の方はいっぱいいらっしゃるんですけど、海外でも実は、アメリカを中心にいろんな教団のデータとかを取って云々かんぬんみたいな研究があるんです。

でもいうほど盛り上がっていないし、ワシントン大の有名な先生がいるんですけど、それでも意外とやる余地はあるかなと。

僕はこれからの経営は宗教化していくと思っています。これからもっと社会が不安定になって、先が見えなくなって、一方で雇用の流動化がめちゃめちゃ進んで、人がデジタルで圧倒的に世界中でつながっていく。こういう時代には、もう本当に、いい意味で宗教的な組織でないと人は集まりません。

そうするとみんな「自分はなにをして、この会社はなにをして世の中に貢献して、我々はどうやったらここの会社で幸せになるのか」と考えるようになってくるのは間違いない。だからこそ今、(ウェルネス&マインドフルネスを提唱している)セールスフォースが注目されているんです。

『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)