2024.11.26
セキュリティ担当者への「現状把握」と「積極的諦め」のススメ “サイバーリスク=経営リスク”の時代の処方箋
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山崎繭加氏(以下、山崎):入山先生、今日はよろしくお願いします。
入山章栄氏(以下、入山):よろしくお願いします。
荻野淳也氏(以下、荻野):お願いいたします。今日は「『世界標準の経営理論』とWisdom」ということで、まさにその2つの言葉を体現されている入山先生でいらっしゃいますが。
入山:いえいえ(笑)。
山崎:まず経営学におけるマインドフルネス(についておうかがいしたいです)。以前別の件でも1回申し上げたことがあるんですけど、もともと経営学の中で「マインドフルネス」がすごく扱われるようになってきているとか、経営のビジネススクールでも「マインドフルネス」が導入されているというお話を、2013年頃に入山先生から初めてうかがいました。
入山先生ご自身が経営学を研究されている中でマインドフルネス(をどう捉えているのか)とか、そういった類の東洋的な考え方とか思想が、どんな感じで経営学の中に広がってきているのかとか、どんな使われ方をしているのかとか。そのあたりからお話しいただけたらと思います。
入山:了解です。僕が言う「経営学」というのは、アメリカやヨーロッパを中心とした、最近はもうアジアもすごく入っているんですけど、世界の人たちが参加する基盤となっている経営学だとご理解いただきたいです。
一言で言うと、マインドフルネスとか、人間の内面に入っていくような考え方の重要性が研究者の間でより注目されるようになってきている。この流れは間違いないと思っているんですね。
入山:おそらく僕がアメリカにいた頃、つまり2010年前後ぐらいの頃からもうこの現象があったと思います。シリコンバレーの起業家とか西海岸の経営者が、まさに日本の「禅」の考え方という、非常にマインドフルネス的なものに行き当たって、それこそ今回のWisdomに出られている藤田一照さんがアメリカの会社に行って講演されたりしていたみたいです。
非常に競争が厳しい社会で、非常にタフで(いなければいけない)。一方でやはり「自分はそもそもなんでこういう仕事しているんだ」とか、「なぜこの会社はあるんだ」という、深いところにちゃんと目指していかないと、心も疲れるしやっていけない。逆に(深い部分がない会社には)人も集まらないということになってきた。
スティーブ・ジョブズがよく京都に行っていたというのは有名な話ですけど、そういった自分の内面に入る時の1個の手段として「禅」がいいということで広がったのが......もっと前かな。2005年、2006年頃からだったと思います。
そして山崎さんがよくご存知のように、僕が2014年から4年間、日本の『ハーバード・ビジネス・レビュー』で「世界標準の経営理論」を連載していたんです。その時の僕はあまりそういったものに詳しくなかったんですが、いくつか認知科学系のリーダーシップとか組織学習のような論文を読んでいると、けっこう「マインドフルネス」という単語が出てくるんですよね。「おぉ!? これって、あの?」ってなってくるんですよ。
それで、その論文をたぐってみたわけですね。実はその論文は、まさに同じ『ハーバード・ビジネス・レビュー』で連載中だったんです。
入山:そこで書かれたマインドフルネスって、実は今なんとなく我々が理解しているマインドフルネスとちょっと違うんです。もっと「認知をうまく操作しよう」みたいな、メタ認知に毛が生えたみたいな感じでした。
人の心をどうやってうまく操作して、注意を特定のほうに払わせるかとか、いわゆる東洋的な、オーセンティックに心の中に入ってくるというものではなかったんですね。
ただ僕はその違いがわからなかったので、「なるほど、世界の経営学のマインドフルネスはこんな感じなんだな」と思って、当時の『ハーバード・ビジネス・レビュー』の連載で1回書いたんです。
たぶんその頃に山崎さんにもこのことをお伝えしていて、当時僕の担当編集の肱岡彩さんとも「えっ、マインドフルネスって世界で研究されているんですね」「おぉ、そうなんだよ」という話になりました。
今思うとけっこう見当違いだったなという感じなんですけど、その後『East Meets West』という海外の経営学の論文から、だんだん「あれ、ちょっと違わない?」「もっともっと深くないか?」という話になってきて。
何年か前から、今我々がなんとなく捉えているような、もっと内面に入っていくようなマインドフルネスに関する研究が、例えば世界トップの経営学の学術誌の1つである、アメリカの『Academy of Management Journal』なんかに発表されるようになってきているんですね。これは今我々が理解しているマインドフルネスにだいぶ近いです。
入山:一方で、実際の経営のほうも明らかに時代が変わってきています。お二方には釈迦に説法ですけど、単純にお金をかけて、お金を稼いで上場していけばいいという時代がかなり終わりつつあって、もっと世の中に良いことをして、結果としてなにか価値を生み出すことが大事なんじゃないかと。
つまりそう考えると、結局「自分はどうやって生きていけばいいんだ」ということになっていくわけですよね。そういうことを言っているだけじゃなくて、ちゃんとビジネスとしても成功する経営者が出てきたというのが、ここ数年のとても大きな流れだと僕は理解しています。その筆頭が、セールスフォースのトップであるマーク・ベニオフだと思います。
そして最近はさらにSDGsとかパーパス経営みたいな言葉が出てきています。その中で、実はたまたまなんですけど、もう1人すごくおもしろい経営者がいて。
実は僕『日経新聞』で書評欄を持っていて、3週間にいっぺん本を選んで書評をしているんですけど、ついこの前の書評欄に紹介したものです。僕は1年間この連載をやっているんですけど、過去一大絶賛した本なんですよ。
入山:『THE HEART OF BUSINESS 』という本で、出版社は英治出版。僕が一昨年に本を出した、とてもすばらしい出版社です。著者はユベール・ジョリーという人です。フランスの方なんですけど、実はお二方もよくご存知の「Best Buy」の経営再建をした人なんですよ。
『THE HEART OF BUSINESS 』(英治出版)
Best Buyはアメリカのヨドバシカメラのような(家電量販店)ですが、ちょっと前まで本当に潰れそうだったんです。それを経営再建して復活させた人なんですが、この人がやったことがまんま「パーパス経営」なんですよね。
「我々はなんのために生きているんだ」「この会社、Best Buyはなんのためにあるんだ」ということをものすごく深く定義しています。彼はいわゆる近代型の株主中心の資本主義にけっこう疑問を持っていて、それで実際に企業再建をして結果を出しているんですね。マーク・ベニオフに近いんです。
ちなみに、この本の巻頭言はソニーの平井一夫さんなんです。彼も実は「自分がソニーでやったことはパーパス系だ」と言っています。シリコンバレーのベンチャーで始まってきていたことが、実際に大企業の企業経営でも今ものすごく重要になってきている。今、明らかにそういう流れがあるんです。
しかもそこに社会環境やSDGsとか、そういう流れがすごくきている。なのでこの中で「マインドフルネス」という、自分の中に深く入っていくような考え方がますます注目されている、というのが僕の理解です。
入山:実際に5〜6年前だと思いますけど、先ほど言った『Academy of Management Journal』を出しているAcademy of Managementという、世界で一番大きな経営学会のセッションに行った時に、まさにマインドフルネスのセッションがあったんですね。おもしろそうだから行ったんですが、満員なんですね。ふつうはそんなに満員にならないんですね。それでも立ち見が出ていて、僕は立って見ていました。
ちなみにその時に誰よりも早く会場に来て話を聞いていたのが。慶應の前野隆司先生でした。
(一同笑)
荻野:前野先生、行ったって言っていましたね、その当時。
入山:そうですか。ただ、その時にどういう話をしているかというと、意外と......「意外と」って別に悪い意味じゃないんですけど、U理論とかなんですよね。オットー・シャーマーとか来ていて。
『U理論』のオットー・シャーマーや、『学習する組織』のピーター・センゲとかって、実はちょっと異端の人なんですよね。僕はメインストリームの、バリバリのサイエンスの経営学の世界にいるつもりなんですけど、彼らはそこの学術誌に論文を書くわけでもないし、一言で言うと傍流なんです。
でも彼らが一番のメインストリームであるAcademy of Managementに来て、セッションを持って、U理論の話をみんながしだしている。「すごい時代が来たな」と思いました。
入山:我々の既存のサイエンスの経営学だと、どうしてもきちんと理論化して、いっぱいデータを取って実証研究をして、法則性を出すというものなんですが、マインドフルネスって全体性(ホールネス、ありのままの自分でいること)じゃないですか。全体性って、世界の経営学のトップジャーナルの研究に載りづらいんですよ。なのでなかなか論文としては目に付いていないんです。
世界中の学者が大事だとわかっているけど、どうやってメインストリームの研究に持っていくかというところで、まだワンステップいるかなと。これは学者の話なので無視していいんですけど、本当に(マインドフルネスについて)真面目に科学しだすと、神経科学のようなことが入ってくる必要があるだろうと思っています。
山崎:私自身、ハーバード・ビジネス・スクールが「knowing(知っている)だけじゃなくて、体を使ったdoing(何をするか)、そしてbeing(どう在るか)だ」って言い出して、はたと「私のbeingってなんだろう」と(考えるようになったんです)。それが直接つながったわけじゃないんですけど、そこでの変化を受けてかなり生き方が変わっていきました。
(マインドフルネスに関しては)いわゆる科学的なリサーチの中には入りきっていないかもしれないけれども、そういう大きな流れを受けて、入山先生はご自身の経営学の捉え方とか、経営学への向き合い方とか、「どういったテーマにこれから向き合っていこうかな」といった生き方とか、そういうものはなにか変化がありましたか?
入山:そういう意味ではたまたまなんですけど、僕は最近、学者として(経営学とマインドフルネスを)分けているところがあるんですね。いろんなメディアも出させてもらったりしているんですけど、そういうところでやっている経営学的な考え方は、あまり研究対象にしようとは思っていないんです。
なんでかというと、僕がアメリカで10年トレーニングを受けてきた経営学ってバリバリのサイエンスで、デカルトやヘーゲル的なサイエンスなわけです。そうなってくると、全体性よりも部分にいくんですね。
入山:これをちょっと先に説明すると……。すみません、関連的な話で申し訳ないんですけど、現在の科学は、要素還元主義というやり方を取っているんですよ。これは僕のやっている経営学だけじゃなくてすべての学問、科学がそうなんです。
要素還元主義はリダクショニズムと言って、簡単に言うと「世の中のいろんなものは、分解していけばいくほどメカニズムがわかるはずだ」という発想なんですよね。例えば車をバラバラにしていけばどういう仕組みかわかるから、それを組み立て直せば車は動くだろうという考え方なわけです。
ところが一方で、最近人類が突き当たっている問題は、要素を還元してバラバラにして仕組みがわかっても、その全体をつなげてうまくいくかというと、そうはいかないんですよね。一番典型的なのが物理学です。僕の理解では、物理学も要するに「素粒子論」が一番細かい単位でやっているわけですよね。だけど、仮に素粒子論がわかっても宇宙の法則はわからないらしい。
だから今世界中の物理学者が統一理論を作ろうとしているわけですけど、そのぐらい超ミクロなことをやっても、実はマクロはわからないんですよね。これは我々人間もそうだし、実は人間社会そのものもぜんぜんわかんない。
そうすると、少なくとも既存の経営学の分野においては、良い学術誌に載る時は要素還元主義を取るので、全体主義のことをやってもなんかふわふわしているし、パキッといかないんですよ。パキッといかないから、研究しても業績が上がらないんですよ。
入山:なので今世界のトップ研究者の中でも、マインドフルネスとかデザインシンキングとかが大事だって、みんなわかってきているんだけど、トップジャーナルの学術誌にはなかなか載らないんですね。
ただ「プロシーディング」と言われるんですけど、学会に応募されて、学会の場で「まぁまぁいいよね」(と評価を受けて、会議論文の冊子にまとめられる)ものには、実はこういう論文がいっぱい選ばれます。(プロシーディングは学術雑誌に掲載されるより)一段ハードルが低いんですよ。そこではみんなやりたいと思っているんですが、その後の論文にまではいかないというのが、少なくとも僕の理解している範囲での今の世界の現状です。
僕は実際にいろんな企業と交流したりお話ししたりするので、そちらでは「全体性」がすごく大事だと思っているんです。会社は全体で経営するものだし、社会も全体でいろいろなものがつながっているわけですから。学術的な研究とは別に、いち経営学者として世の中になにか伝える時には、こっち(マインドフルネス)が大事だと思うので話しています。
ただ研究の時にはマインドフルネスに関する研究はあまりやりませんと話をするスタンスです。
ちなみに余談ですけど、お二人が関心あるオーセンティシティ(信憑性)について。たぶん今一番注目されているリーダーシップのあり方は「オーセンティックリーダーシップ(倫理観をもちながらも、自分自身の考えや価値観をもとにリーダーシップを発揮すること)」なんですね。リーダーシップ研究のような個人に焦点を当てるものだと、研究がだいぶ出てきているかなと思います。
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