ナチュラル志向なZ世代の「健康」の価値観
成田悠輔氏(以下、成田):伊藤さんは、ここのところWeb3のコミュニティの象徴みたいな存在になられていると思うんですが。
伊藤穰一氏(以下、伊藤):いえ。
成田:Web3というと、よく語られる大きなアプリケーションとして、「お金」「市場」「資本主義」という方向の話が1個。それからもう1個、「選挙」「民主主義」とか、意志決定の仕組みに関するお話がよく語られると思うんですが、心と体の健康とか、もうちょっと個人の内側の話がWeb3的な技術で変わっていく可能性はあるんでしょうか?
伊藤:大きい概念で言うと、最初のインターネットはメールがキラーアプリケーションで、インターネットに広がったと思うんですが、ブロックチェーンは暗号通貨で、お金の決済が今まですごくと違ったので、それがキラーアプリケーションなんです。
でもインターネットはメールで終わらなくて、今だとZoomもできれば、教育も社会サービスも受けられるのと同じで、今後のブロックチェーンはほとんどのインフラにも組み込まれていくと思います。中長期のWeb3は、やはりお金の世界からいろんな人間のコーディネーションとか、そういうところにも全部広がると思うんですよね。
Web3と言うと、リーズのレイヤーもあるんだけれども、今の若者たちが起こそうとしている社会変革があって。その社会変革の中にすごくふさわしいツールがタイミング良く来たので、ヒッピー時代みたいなことが、ちょっと違うレイヤーのGen Z(Z世代)で起きようとしていて。そうすると、Gen Zの人たちの理念って何だろう? と。
これは全員じゃなくて、僕が気に入っている部分なんですけれども、非中央集権型オープンで環境を意識したり、成田さんは僕よりぜんぜん若いからあれなんですが、健康に対する価値観が変わってきたと思うんですよね。
ナチュラルなところもあるし、お酒もそんなに飲まないし、過労死になるほど働くとか、「自分を犠牲にしてまで何かをやらなきゃいけない」という美学は(Z世代には)あまりないような気がしていて。
なぜ今「健康」が重要視されているのか
伊藤:ある意味では、スピリチュアルには健康が良いと思うんですよね。今、Web3で起こそうとしている新しい文化というのは、文化的にも物理的にも健康な方向には向かっている。そして今流行っているSTEPNとかいろんなアプリも、意外に歩きだとか運動だとかを中心としていると思います。
間接的な答えなんだけれども、今までの僕らの年齢に比べて今の若い子たちのほうが、心も物理的にも健康的な方向性で、それをサポートしていくテクノロジーとしてはWeb3はすごく良いかなと思います。
「健康に生きたい」という気持ちはみんな持っていると思うので、それに合ったスマートシティがあれば、そこをイネーブルできる気はするんですよね。
成田:健康な方向に流れがあるのはなんでだと思われますか? 人類が、暴力とか強すぎる刺激をだんだん自分たちからそぎ落としていった、大きな流れの延長線上にあるのか。それとも最近大きな変化があって、特に今のGen Zあたりの体と心に対する考え方に影響を及ぼしたのか。
伊藤:これは僕の希望なんですが、産業革命、大量生産の時って人間を機械のように使う時代だったと思うんですよね。工場だとホワイトカラーで、人間をパーツにしていたと思うんです。
同じようなことをする“使い捨ての人間の世界”だったんですが、その時代から今度は情報化時代になると、みんなが1人ずつが違うことをして、クリエイティビティをアンロックしなきゃいけない。
なので、ただ体をパーツとして使うのではなくて、その部分は機械とかコンピュータを使って、人間は人間らしさを出す。人間が人間らしさを出すのには、スピリチュアルにも物理的にも健康じゃなければいけないし、フリーダムも必要だと思います。
人間が全員がそれをやりたいかというとそうでもないけれども、クリエイティブでフリーで健康な人たちが、今までよりは社会的に必要とされてきているんじゃないかなと思うんですよね。そういう環境に向かっているんじゃないかなというのが、僕の今の変革の希望です。
成田:なるほど。
スマートシティに必要なことと、今後の課題
――柏の葉スマートシティは、データ利活用の街作りに着手し、2020年には個人が許諾することにより、データを流通させることができる柏の葉データプラットフォーム「Dot to Dot」を開発。
そして、このプラットフォームを活用し、住民の方々がさまざまなサービスを利用できるポータルサイト「スマートライフパス柏の葉」の提供を開始。街や個人のデータを有効に利活用し、個のニーズに応じて人々の暮らしがより豊かになる街作りを目指し、日々新たな取り組みを行っています。
成田:伊藤さん、この柏の葉データプラットフォームみたいに、いろんなタイプのモダリティのセンサーデータを集めて、それを使って生活のいろんな局面やさまざまなサービスを最適化していく都市や街がビジョンとして大きくあると思うんですよね。
これはスマートシティなのか、それともサーベイランスシティなのかという話にも関わってくると思うんですが、この流れがどういう方向に進んでいくべきなのか、そこで生まれる課題や特に注意したほうが良いことや、「こういうユースケースやアプリケーションが特に大事」というご意見やビジョンはありますか?
伊藤:このへんの話は、僕もぜひ成田さんに聞きたいです。なんでもWeb3につなげるのは申し訳ないんですが、パーソナライゼーションから受けられるいろんなメリットとプライバシーの問題は、トレードオフしてすごく重要です。
プライバシーの問題でデータがシェアされていない
伊藤:あと、日本は特に縦割りでそもそも情報が標準化されていないから、横の領域がぜんぜんつながらない。プライバシーの問題で医療データもシェアできていないという、いろんな技術的なレイヤーの面があって。
標準化はトップダウンとボトムアップのやり方があって。トップダウンの間で組織でやろうとするのはあるんですが、標準化って意外にみんな下手なんですよね。セマンティックwebとかも、いろんなデータが共有される夢があったんだけれど、結局できなかった。
Web3で何がおもしろいかというと、NFTというのは標準なんですね。標準化されたスマートコントラクトをみんなが使うからすごくバリューが出ていて。ブロックチェーンでみんな気づいてないと思うんだけれども、「標準化のプロセス」と「標準化されて動いているもの」が一番価値があると思うんですよね。
Web3を見ていると、この草の根的に一番役に立つ標準化がコンピート(競合)している構造なので、都市では一般企業もそうだけれども、いろんなデータが出てきて、プライバシーを守る技術もたくさん出てきています。
暗号だとか、今僕らがやっているのはプロパブリスティックコンピューティングというのを使って合成データを使ったりとか、いろんなテクノロジーがあります。
そこのアーキテクチャをちゃんとやって、ベンチャーも含めて新しいイノベーションをしながら、こういうデータのシステムが生まれてくる環境があれば、ものすごくおもしろい実験にはなると思うんですけどね。
情報化時代における「標準化」の重要性
成田:NFTの場合みたいに、草の根の標準化ができる場合は、なんでそういうことが可能になるんですかね? 単純に、いろいろなスマートコントラクトのかたちを試したい人たちが参入できるような、開かれた競争がちゃんと存在しているということに尽きるんでしょうか。それとも、ほかの秘訣が?
伊藤:たぶん、これはやり方と美学だと思うんです。まず、世の中で誰かがやっていないかどうか。オープンソースで誰かがやっているんだったら、そこに参加する。グローバルの視点がすごく必要なのと、あとは自分がやっていることをちゃんと世界にオープンにしていくという、コミュニケーションプロセス。
誰かがすでに自分より良いのをやっているのにもかかわらず、また同じことをするとか、昔の日本の大企業は、車なんかでもそうだと思うんですが、系列によって1個ずつ同じようなものをバラバラにソリューションを作る、というモノ作りの感覚があったんですよね。
でも情報化時代は、みんなでもっともっと標準化をシェアする。これはどちらかと言うと哲学みたいなものですよね。すでに世にあるものは作らない。あと、英語で検索しなきゃいけないんですね。日本は日本人で、案外日本語でしか検索しないから、英語の同じようなプロジェクトを発見しないケースもあります。
だからグローバルのリテラシーと、競争するところと競合するところ。インターネットの一番強いのは、みんなでシェアした、パブリックで誰も牛耳っていないプロトコルが各レイヤーにあって、その間でみんな競争している。この競争と競合のサンドイッチになっているんですが、そういうアーキテクチャが重要です。
だからプラットフォームを作るところでも、「ここはみんなで決めようよ」「もう決まったから、ここは競争しようよ」という設計がすごく重要なんじゃないかなと思うんです。
「データの標準化」は、企業だけの課題ではない
成田:確かにデータの標準化というと、同じような標準化ガイドラインが乱立しているのを至るところで見ますよね。最近の企業側、生活者側だけではなくて、自治体とか行政側でも同じような問題が起きていると思っていて。
最近デジタル庁とかを中心に、自治体が持っているような行政データの標準化をするという話があるんですが、例えば学校から出てくるようなデータの標準化だけをとっても、霞が関の周りで議論されているような標準化の話があって。
それから、それぞれの自治体が個別に提案しているものがあって、さらにその自治体を助けているベンダーやNPOが提案しているものとかが、けっこう乱立していて。
しかも、その間ではあんまり競争もコミュニケーションも起きていなくて。勝手にそれぞれがポツポツとガイドラインを作ったり、あるいはトップダウンで言うほど動いていない感じをすごく受けるんですよ。
伊藤:オープンソースの哲学だと思うんですよね。アメリカもそうなんですが、標準化があってもその情報を隠しているんですよね。国の標準化も実はオープンになっていなかったり、それが自分のcompetitive advantageで。Appleでもしょっちゅう自分たちの規格を作ったりしていて、やはりハードの時代の競争は規格をシェアしない。
情報化時代はみんなシェアしなきゃいけないし、国がお金を出したものは全部オープンにしなきゃいけない。API(Application Programming Interface)とか、データそのものはプライベートにしても良いと思うんだけれど、プロトコルは全部オープンにしなきゃいけないというルールは作ったほうが良いと思うんですよね。
シェアリングエコノミーも5年後には大きく変化する?
成田:一番ありそうなのは、やっぱり予防医学周りとか。スマートウォッチで心臓発作の予兆を嗅ぎ取ったり、それを予防したりする介入に関しては、だいたいスマートデバイスでできてしまう時代にすでに入りつつあるという話を、この間とある心臓外科の先生がしていました。
僕たちが身に着けるようになった、スマホ以降のスマートデバイスを経由したスマートヘルスの一番最初のキラーアプリケーションのいくつかが、生活の中にがっつり入ってくる。これが、向こう5年くらいで一番わかりやすく起きるイメージを持っています。伊藤さんいかがでしょうか?
伊藤:今のトレンドでいくと、シェアリングエコノミーとよく言われている、タクシーやライドシェア、コワーキングスペースだとか、住むところもシェアできたり。このへんは技術的にはだいぶできるようになってきたんだけれども、それが社会的・法的に普通になってくるのは、たぶん5年経ったらだいぶ変わるんじゃないかなと。
あとコロナの影響で、会社もリモートワークとかプロジェクト型のシステムが少しは普及しているのかなと思います。ブロックチェーンも5年くらいすると、だいぶサプライチェーンとつながって、うまくいけば自分が食べているものや買っているものがどこから来たかとか、誰が作ったかとか、本物かどうか調べることもできるかなと。
あと個人的には、(ブロックチェーンと紐付いた)学歴証明書みたいなもの。いろんなプロジェクトをやったり、図書館でやることが確認できると、ちゃんと自分の学歴証明書になる。学校だけじゃないところで、就職活動とかにも役に立つ証明書とかも集めたりするので。
“余白”や“雑音”を取り込める余地が大切
伊藤:教育はまだまだ変わらないと思うんだけれども、教育の外の人間の学びも少しやりやすくなる。特にスマートシティなんかだと、わざわざ証明書は必要ないかもしれないけれども、図書館で何かをやるとか、美術館で何かをやるのも、もう少しネットワーク化されるんじゃないかなという気はします。
成田:今日話してきたように、余白に雑音や汚いものを取り込めるようなスマートシティの先駆例に、柏の葉がなっていただけたらうれしいなと思いました。
1個付け加えると、もともと自分は博士号とPh.D.をMITでとって、ちょうど伊藤さんがいらした時期に僕もMITにいました。だから、何度か伊藤さんがお話されているイベントとかを聞かせていただいたことがあったんですよね。
それから大昔に、伊藤さんが出ているすごく珍しいYouTube動画で、たけのこのあく抜きを解説している動画が大好きだったので、今日初めてお話しできてすごく楽しかったです。ありがとうございました。
伊藤:僕も成田さんと初めて話せて、「周波数が合うかな?」と思ったら意外に合ったので、すごくうれしかったです。成田さんと同じく、やはり人間臭さとか、自然のノイズをちゃんと取り込んだアーキテクチャが一番重要だと思っています。
「街にグリーンがたくさんある」というのもあるんですが、それと同じくらい重要なのがデジタルのアーキテクチャで、双発的に生まれてくるものをちゃんとサポートして、みんなに適切に役に立つようにするアーキテクトも必要だと思います。
物理的なアーキテクトと、デジタルのアーキテクト、両方ともちゃんとプロジェクトに力づけるのがすごく重要じゃないかなと思います。ありがとうございました。
成田:ありがとうございます。