「結果でマネジメント」と「計画でマネジメント」の課題

曽和利光氏:100人前後の会社はStep3あたりでまとまっているところが多いと思いますが、この段階にも問題があります。「部分最適に陥る」ということです。さきほど、チャットで課題として書かれていた方も多かったですよね。

「内部で弱肉強食が起こって、足の引っ張り合いになる」というコメントもありました。「全体のアウトプットを最大化しよう」と考えられずに、「とにかく自分の与えられたゴールを最大化するために、他人を蹴落としてでも」みたいになってくる。経営側としては、そんなのやめてほしいわけですよね。「いやいや、もうちょっと仲良くしようよ」と。

例えば、営業マンが自分の成績を上げるために顧客リストを作ったとします。この時、自分が回りきれないほどのリストができたとしても、他の営業マンにはあげないんですね。競争に負けたくないから、あげるぐらいなら余ったリストも捨ててしまう。もったいないですよね。このように、「全体最適行動」を取らなくなることから、「統制の危機」が起こります。

ということで、次に出てくるのがStep4「計画のマネジメント」です。要は「自由にやってもいいんだけれども、何をやろうとしているのか事前に計画として出してくれ」というマネジメントのあり方です。

事前にやろうとしていることを出してくれたら、経営幹部がそれを見て「ここはそんなにリソースを使わなくてもいいから、リソースが足りないこちらにマンパワーやお金を付け替えてほしい」という、横断的資源管理ができます。

あるいは、「こっちとこっちの方向性が反対に向かっているので、両方の足並みを揃えていこう」のように調整を行うことも可能です。このような「計画のマネジメント」が、「結果のマネジメント」の問題点を是正する、次の解決手段としてあり得るわけです。

ところが、当然「計画のマネジメント」にも問題がありまして。よくある話ですが、「計画が一人歩きする」というやつですね。

例えば、みなさんの会社にも予算があると思います。広告費としての予算がいくらかあるとして、それを使いきらなかったら「少なくてもできるんだ」と次からは予算を減らされてしまう。だから「ムダでも広告費を使っておくか」となってしまうんですよね。

昔のリクルートでは、9月と3月の期末にやたらCMが多かったんです。あれって予算消化だったと思うんですよね(笑)。これに代表されるような「計画の一人歩き」があって、これも問題です。

人数の「壁」を乗り越えるのが難しい理由

最後は「文化でマネジメント」です。よく言われますが、強い文化を作ることによって、「ゆるく縛る」んですね。この5つのステップの中で、スライドの色が青いところは自由な感じです。赤いところだけ、ぐっと絞る。集権していくんですね。

「文化でマネジメント」は赤と青の真ん中ぐらいですね。よく「ゆるく縛る」という言い方をします。ある程度の方向性を作るものの、行動や計画として厳密に「こうしろよ」みたいなことを言うわけじゃない。そして、それぞれが自律性を活かしながら創意工夫していく。これが最強のマネジメントの仕方だと言われています。

だから多くの会社は、「強い文化を作ることによって自発性を維持しながら、会社の大きな方向性としての足並みもそろっている状態」を作り出そうとしているんだと思います。

おそらくStep3以降、Step4~5あたりが「300人の壁」に相当すると思っています。この理論のおもしろさは、Step1の問題を解決するために行うのがStep2であると。でも当然、進めすぎればStep2にも問題があるので、それを解決するためにStep3ができて。Step3の問題を解決するためにStep4ができて。このように、組織が振り子のように揺れていくんです。

簡単に言うと、スライドにも書いてあるように「分権」と「集権」ですね。中にいる社員からすると「どっちやねん」ですけど(笑)。集権したり、分権したり、集権したり、分権したり、マネジメント手法が振り子のように変化するんですね。こういうことろが、社員の迷いになるところだと思います。

経営陣としても、チェンジマネジメントしていくには労力がかかる。それが、なかなかこの壁を乗り越えることができない原因の1つだと思います。

これは1つの理論なので、こんなにきれいにこの順番で進むわけではないと思いますが、こういうフレームと照らし合わせて、みなさんの会社や所属する事業が「どのステージにいるのか?」と考えてみてください。

大きい会社で、いろんな事業部があるからといって、全部の会社がStep1とかStep2ではないと思います。それぞれバラバラだと思うので、ぜひ考えてみてください。

リモートワークの浸透が組織に与える6つの危機

私が見ている限り、日本の多くの会社においてStep2が未熟で、あまりできていないんですね。それでいきなりStep3に行ってしまって、いろんな問題が起こっている。これが100人の壁になっているんだと思います。そして、Step3、Step4でマネジメントの進化を表面的に進めてしまうので問題が起こっているんだと思います。

さらにその問題に追い打ちをかけているのが、このコロナ禍における「マネジメントを取り囲む新しい環境」ですね。つまり「リモートワークが浸透したこと」も現代的な課題になっているんです。

簡単に言うと、リアルに会わずに仕事をすることで、オンラインコミュニケーションが中心になったり、冗長性が減少したりしています。先ほども「雑談がなくなった」という話が出ましたよね。

「冗長性」というと悪いことのように聞こえますけど、ここでは細かくは言いませんが本当はいろんな機能があるわけです。表面的にはムダに見えることが、どんどんなくなっていて、効率性だけを重視するようになっています。

また、「情報収集がやりにくくなった」「アウトプットは出るんだけど、プロセスがわからない」「情報は伝わるけど感情が伝わらない」とか、いろんなことが起こってくる。もちろん「人とのつながり」も減少していく。

これの何が危機なのか。いろんな危機があると思いますが、まず「盗んで学ぶ」が通用しなくなる「人材育成に対する危機」があります。それから「効率性の危機」。全部言語化して伝えないといけないのは、きっちりしていていいんですけれど、「あうんの呼吸」とか「ああ、こういうことね」と打てば響くようなことがなくなっていく。これが逆に、効率性を妨げることになるかもしれません。

あとは「創造性の危機」。偶発的な新しいつながりが起こらなくなることによって、創造性に問題が発生する。人事評価もそうですよね。

あと「メンタルヘルスの危機」です。スライドに「ストレス・孤独・接点減少」とありますけど、僕もそうですが寂しがりやの人って多いですよね。そういう人は、寂し死にしちゃうというか、寂しくてたまらないんです。家でリモートワークをしているのは、引きこもっているようなものですからね。

そういうことに耐えられなかったり、それによって組織コミットメントが減ると退職につながってしまうと。だから「リテンションに対しての危機」もあると思います。このように「リモートワーク」や「働き方改革」は、いいことももちろん多いんですけど、それによって「会えない・見えない」で認知限界をさらに超えるという問題もあるんですね。

リモート下のマネジメントで大切になるもの

もともとの、オフラインだった時は「人数だけの問題」だったのかもしれません。実際に顔を合わせてやっていても、10人以上になると隣にいるようでいて見えていないこともありました。それがリモートワークになると、本当に物理的に見えないんですよね。

実は、これまではオフラインでいろいろ見えていたからこそ「行動でマネジメント」をおろそかにしていました。だから、「それをもう1回やり直そう」と思うわけなんです。この「Step2が足りていないからやり直そう」ということこそが、よく言われる「ジョブ型マネジメントを志向しよう」ということの本質だと思うんですね。ところが、ジョブ型とはそんなに簡単に実現できるものではありません。

というのも、今までは一人ひとりが相互に依存し合い、助け合いながら境界性を曖昧にしてきたんですね。「誰がどの仕事をやるか」ということを曖昧にしながら、みんなで玉を拾いながらやってきました。これをいきなり、もう一度仕事の棚卸しをして「ここまではあなた。ここまではあなた」と決めるのは膨大な作業になります。

もちろんそれを行ってもいいんですが、なかなかすぐにできるようなものでもありません。となると、今まさに最初に手をつけられるものとしては、マネジメントの進化は推進しながらも、「個のレベルでの強化やケアをやっていくこと」だと思います。これが重要で、かつ一番簡単にできることかもしれないですね。

メンバーの「個」を強化するポイント

1つは「自律性の向上」だと思います。適時に具体的な指示がなくても、「自分がやるべきことを理解して実行する力」をつけていただく。あと「ストレスマネジメントの強化」ですね。

先ほどの寂し死にじゃないですけど、リモートワークにはいろんなストレスが出てきます。それに対して「適切に対処できる力をつけるべきだ」ということ。これはすべて「自己効力感」がベースになると思っています。これがキーワードですね。

自己効力感は何十年も前からある概念ですが、最近人事の世界でちょくちょく語られますね。これは「Self-efficacy」という心理学用語の訳で「何かができそうな気がする」ということです。よく「I think I can」と言いますが、これが自己効力感だと言われています。「なんかできそうな気がする」ということで、「楽観性」とか「ポジティブシンキング」にも似ていますね。

また「人は信じるに足るもの」とか「努力は報われる」とか、「根拠のない自信」と言ったりもします。「なんかできそうな気がする」の「なんか」がポイントなんですね。根拠があって「できそうな気がする」という予測ではなくて、「なんか」というのが楽観的に近いのかもしれません。

ちなみに「自尊心が高い」ということではありません。「自己肯定感」「I am OK」でもないですね。バカボンのパパみたいに「これでいいのだ」でもありません。

自己効力感が高まると、いろいろなパフォーマンスが上がることがわかっています。また、「チャレンジしてみよう」「自分で一歩を踏み出してみよう」という自律性も高まるんですね。そして、自己効力感が高まって「なんかできそうな気がする」となると、仕事に対してストレスを感じることも減ります。このように、「自己効力感」は1つのベースになるし、すぐ手をつけられるところだと思います。

自己効力感を高める4つの方法

というのも、自己効力感は「向上させる方法」がわかっているんですね。自己効力感の提唱者であるアルバート・バンデューラは、アメリカの心理学会の会長をやっているような大心理学者です。彼は、もう何十年も前から「自己効力感を高める方法が4つある」と言っています。

まず1つ目は「成功体験」ですね。当たり前なんですけど、成功体験があれば自己効力感は高まります。ですが、それを作るために大切なことがあるんです。よく「ロー・ハンギング・フルーツ」と言いますが、「手を伸ばせば届く低いところに果物を、つまり成果物を設定してあげる」ということですね。

マネジメントとしてメンバーの仕事をアサインする時には、達成可能な目標設定やジョブアサインを行うことがすごく大事です。これはすぐできますよね。

2つ目は「代理経験」です。誰かがやっているのを見て、その人ができていたら「俺もできるかもしれない」と感じられると。それは、自分が尊敬する人だったり、ライバル視している同期だったり、いろいろあると思います。

またメンター制度を取り入れたらロールモデルが見つかるし、同期を同じところに集中配属すれば「あいつができるんだったら、俺もできるかもしれない」となりますよね。こういうやり方も、すぐできると思います。

3つ目は「社会的説得」です。これは松岡修造さんですね。「君ならできる」と言ってもらうと、なんかできるようになる。これはおもしろいんですけど、本当にこういう研究があるんですよ。「できる」って言われるとできるようになるみたいなんですね。

だから、上司から期待をかけてあげる。あと、フィードバックもすごく大事。「あなただったらきっとできると思うよ」と言ってあげるんです。理由はなくてもいいらしいです。こういったやり方も、すぐ取り入れられると思います。

最後は「生理的・情緒的高揚」です。日本語に起こすと妙ですが、要は「テンションが高まる何かをしてあげる」ということですね。例えば、イベントでキックオフをやってみたり、すごく成果を出した人に対して表彰を行ったり。「がんばった。感動した」みたいな雰囲気を作ってあげることです。

また「認知」というのは、「この人はこんなにいい仕事をやっていますよ」と周囲に認知してもらうことです。そうすると、本人はテンションが上がりますよね。こういうことによって、自己効力感を高めるんですね。このように、今すぐにでも着手できる方法がいっぱいあるんです。

「みなまで言わず」の日本人に合うフィードバックの仕方

私はこの中で一番大事で、かつ日本人が一番苦手なのが「フィードバック」だと思うんですね。フィードバックはよく「好意の返報性」と言われますが、何か好意を投げかけてあげると、相手からも好意を受けますよね。それによって、組織の人間関係がよくなって、いろいろな問題が解決することがあると思います。

あと「ピグマリオン効果」という「信じたら信じた通りになる」という効果があります。だから、「信じてあげる」ことがすごく大事かもしれません。

このように、フィードバックを適切にしてあげることによって、おそらく心理的安全性の効果も出てきます。それによって、挑戦心や創造性も高まり、いろんなことができるようになる。でも、日本人はフィードバックが苦手なんですね。

エリン・メイヤーさんの『異文化理解力』という本をご覧になった方も多いと思います。10年ぐらい前に出版された、異文化を比較した本です。

そこで見ると、日本はやっぱり変わった国ですね。まずハイコンテクスト・ローコンテクストという観点で見ると、ものすごく共通の文化基盤が多いので「みなまで言わず」に「あうんの呼吸」で言葉にしないんですね。それでフィードバックが苦手だと。

また「間接的なネガティブフィードバックを望む」という軸では世界一ですね。イスラエルやロシアは「直接言ってくれよ」みたいな国らしいですが、日本はあいまいに言ってほしいと。「直接言われるのは嫌だ」ということなので、これをちゃんとクリアしていかないと難しいと思います。

なので、「上手なネガティブフィードバック」のためには、「具体的に言う」とか「誠心誠意期待を込めて話す」。単にいじめるようなネガティブさで「お前なんかダメだ」と言うのではなく、期待を込めて話すんです。また一方的に伝えるだけじゃなくて、「あなたはどう思う?」と問いかけながら、相手にも消化する時間を作っていただくんですね。

あと、「タイムリーさ」もすごく大事だと思います。みなさんは通常人事評価をやられると思いますが、9月に半年前のことについて「そういえばお前、4月にこういうことをやっていたよね。あれはあかん」と言われてもね(笑)。「やってましたっけ?」みたいになると思うので、起こった時すぐに、その場で言うことも大事です。

日本のマネジメントには、こういった「ネガティブフィードバックを含めたフィードバック」をつけ加えていくことが必要です。それによって、自己効力感が高まる。そうすると、リモートワークや働き方改革での残課題による、いろんなマネジメントの危機を解決するサポートになると思います。

ということで、駆け足になりましたが、以上となります。「100人の壁・300人の壁」とはそもそも何で、どういうメカニズムによって成り立っているのか。じゃあ、それに対して何をしたらいいのか。こういうお話を、かなりいろんなことを盛り込んで話しましたので拡散的になってしまったかもしれませんが、これで終わりとなります。ご清聴ありがとうございました。