お金だけではない豊かさ、ウェルビーイングとは何か?

司会者:それでは、ここからメインセッションに移ってまいります。「お金だけではないゆたかさ ウェルビーイングとは何か」と題しまして、予防医学研究者の石川善樹さんをゲストにお招きし、自身も積極的にウェルビーイング期間を設けるレオス・キャピタルワークス代表藤野英人との対談を通して、ウェルビーイングを探っていきたいと思います。

それでは石川さま、藤野さん、よろしくお願いします。

藤野英人氏(以下、藤野):みなさん、こんにちは。石川さん、今日はどうもありがとうございます。

石川善樹氏(以下、石川):こちらこそ、よろしくお願いします。

藤野:お互い、予定の時間よりもやや遅れて来て。先ほど1階で偶然会ったんですが、ちょっと話をしたら、まったく同じトラブルに遭っていて……実は、お互いに財布を忘れていたんですよ。それで、直前まで警察に行っていたんです。

石川:そうですね。なくしちゃって(笑)。

藤野:(笑)。よく財布をなくされるんですか?

石川:よくなくしますね。

藤野:やっぱり、って言っちゃダメか(笑)。「やっぱり」って言い方はひどいですよね。

石川:カツアゲにも遭いますね。

藤野:カツアゲ?

石川:はい、もう昔から。中学時代はほぼ毎日カツアゲに遭ってました。

藤野:どんな中学だったんですか(笑)。

石川:大人になってからも海外へ行くと、ニューヨークとかフランスでよくカツアゲに遭って。基本的に財布はなくすもの、盗られるものというふうに僕は思っています(笑)。

藤野:なるほど(笑)。

藤野氏と石川氏の共通点は「財布をよくなくす」?

藤野:「やっぱり」と言ったのは、私もよく財布をなくすんですが、昨日は富山駅の構内でなくして。ただ、最近はチップみたいなのを入れて(位置情報を)知らせてくれるようになっていて、私みたいな人のためにどんどん便利になっているじゃないですか。

それで(財布を忘れて)置いて出たら、Apple Watchから「お前、忘れてるよ」という通知があって(笑)。新幹線はもう出ているので、すぐに車掌に「たぶんあそこにあるから、すぐに富山駅構内の人に取ってもらってください」と連絡をして、なんとか見つかって(笑)。

それで今日東京駅の遺失物の届け出に行ったら、意外と時間がかかって。50分ぐらいかかりましたね。でも、手続きを終えた後に慌てて来たら、石川さんが「僕も財布をなくした」と言われていたので(笑)。どういうシンクロなんだ? という話をしました。

でも、お金の話とウェルビーイングの話をするのに、このお財布の話はけっこうおもしろいなと思います。石川さん、お財布を忘れるということは(わかっている上で)どういう工夫をされていますか?

石川:必要最低限のものというか、なくしてもいいものしか入れてないですね。

藤野:なるほど。

石川:本当によくなくすんですよ(笑)。財布だけじゃないですね、パソコンもなくすし、いろんなものをなくすので。そうするとだんだん持たない生活が定着してくるというか、どんどん手軽になっていくところはありますね。

藤野:僕なんかは、キャッシュカードは送金して口座に15万円ぐらいしか入ってないようにしているんですよ。いつ落としてもいいように、自分のメインのキャッシュカードは家に置いておくんです。

石川:(笑)。そういう設定でね。

藤野:そういう設定なら、必要な時に送金できるじゃないですか。携帯で送金して、引き落とし用のキャッシュカードに入れるようにして、いつなくしてもいいように準備しているんです。

SDGsは「ネガティブをゼロにする」ための取り組み

藤野:さて、冒頭でお金の話や財布の話をし始めたんですが、まずは石川さんがどういう仕事をされているのか、簡単にご紹介いただきたいです。

石川:もともとは(専門分野が)予防医学なんですが、広島生まれということもあって、石川家としては、やっぱり平和や社会へのご奉仕は基本テーマなんです。原爆を奇跡的に生き抜いて今は生かされているんだ、という感覚なので。

じゃあ、何が社会への貢献なのか、平和への貢献なのかというところです。最近やっているのは、国際的にSDGsというものがあるんですが、これは一応2030年までの目標達成を目指しています。

藤野:SDGsは、17分野の社会課題がありますよね。

石川:そうですね。17分野の社会課題があるんですが、SDGsのその次の、2031年から2045年。2045年はちょうど国連生誕100周年なんですが、ポストSDGsのグローバル・アジェンダ・セッティングというものを、国内・海外でやっているわけですね。

藤野:よくメディアや本でもお話をされてますが、実はSDGsってネガティブをゼロにするという話なんですよね。

石川:おっしゃる通りです。

藤野:17分野の社会課題に対して、今はいろいろなマイナスがいっぱいあるよねと。そのマイナスをなくしていこう、SDGsでネガティブをレスネガティブにするっていうのが、実はSDGsの本来の目的なんですよね。

SDGsを最初に提唱したのは、実は日本政府だった

石川:そうですね。ほとんど知られていないんですが、SDGsを最初に提唱して立ち上げていったのは日本政府なんですよ。

藤野:なるほど。

石川:1982年のことなんです。日本政府が起点となり、SDGsはサステナブル・ディベロップメントという素晴らしいものになっていくんですが、一方でそれは当時の社会状況に合っていた概念です。ネガティブを減らしましょう、もうちょっと言うと「環境」と「経済」の両立です。

藤野:不均衡を均衡にしましょう、ということですね。

石川:だから1980年代当初は、日本は世界で最も厳しく車の排ガス規制をしたりとか、環境と経済のことをすごくよく考えていたんですね。

藤野:そうですね。

石川:ただ、ディベロップメントは経済に寄った概念で、例えば今のSDGsは政治的な平和が弱かったりとか、あるいはもっと文化社会的な、「地域の伝統工芸を守ろうよ」みたいな話があまり入ってないんですよ。だから経済にぐっと寄せるというよりも、もっと平和や文化とか、「財布を落としてもちゃんと返ってくる社会」って言うんですか(笑)。

藤野:(笑)。

石川:こういうことも含めた次の概念として、どういうキーワードがいいんだろうか? といった時に、少なくとも「ディベロップメント」ではないよねと。今の時点では、「サステナブル・ウェルビーイング」でやっていこうじゃないか、というふうになっていますね。

「ウェルビーイング」の定義はない

藤野:実は日本人が最初に(SDGsを)提唱したという話を聞いて、すごく腹落ちしたのは、「17個できないことがあるから、お前はそれをなんとかしろ」という、ダメ出しみたいなところがあるのは、なんか日本人っぽいですよね。できないことをできるようにすることを、怒られながらがんばるというのは、日本人の価値観にすごく近い。

今思うと「確かにそうなんだな」と思って。世界の中でも、日本はバッジを付けたりして、SDGsにわりとのめり込んでいる人がいますよね。

石川:のめり込んでいますね。

藤野:でも、これは全般そうなんですが、そこはかとない「暗さ」みたいなのがあって。それをどうやってポジティブなほうにしていくのか、今日はその話をいっぱいしたいなと思います。これは、けっこう大きなテーマになるなと思います。

では日本におけるウェルビーイングの現状をどう見ているのかと、その背景はどういうところにあるのかをお聞きしたいなと思います。

石川:そうですね。まず、ウェルビーイングの定義は「ない」と思ってもらったらいいですね。本人が感じる良さというものが……。

藤野:すごく主観的なものなんですね。

石川:そうですね。だから、何をもって良いとするかは人それぞれなので、まずウェルビーイングの定義はないです。

「ウェルビーイングが高い人」の定義とは?

石川:ただ、ウェルビーイングの測定に関しては、実は標準化されているんですね。「10点満点で自分の生活を評価してください」と聞いて、10点があなたが考える理想の生活で、0点が最悪の生活ですね。何をもって10点、0点とするかはその人次第で、いずれにせよ10点満点で自分の生活を評価してくださいと。

どう測定するかというと、2問聞くんですよ。1問目が「今、何点ですか?」。だいたい日本人は6点~7点の人が多いですが、北欧とかだと8点とか9点の人が多いです。2問目が「5年後は何点だと思いますか?」。

10点満点で「今」と「5年後」を評価するんですが、今の生活が7点以上、かつ5年後の生活が8点以上の人を、ウェルビーイングが高いと僕らは定義するんですね。平たく言うと、現状にもある程度満足していて、将来に対しても希望がある人たち。そのたった2問で測定するということを、2006年から世界150ヶ国以上で毎年調査がされています。

これで見えてきたのは、そもそも日本人って(点数を)低く付けがちなので、北欧に比べて日本が低いだとか高いだとかっていうのは、正直各国間の比較をしてもあまり意味がないんですよ。

藤野:ネガ評価なんですよね。

石川:そうそう。なので、点数が高い・低いをもって各国間の比較をすることはあまり意味がないです。

ここ数年、日本人のウェルビーイング度が向上

石川:重要なのは、時系列の変化なんですよ。2006年から日本人のウェルビーイング度がどう変化しているのかということなんですが、実はこの数年を見ると良いんです。

藤野:そうなんですね。

石川:伸びてます。

藤野:何が原因ですかね? 意外にコロナ?

石川:意外にコロナっていうのはあるかもしれないですね。実は、2006年、2007年、2008年でダダダッと(ウェルビーイング度が)下がったんです。2008年にリーマン・ショックがあったわけですが、失業率がすごく上がって、自殺率も上がった。

藤野:そうですね。

石川:それは2008年なんですが、その前から下がっていたんですよ。

藤野:なるほど、それはおもしろいですね。いろんな学びどころというか、研究しがいがありますよね。

石川:そうですね。だから経済とウェルビーイングと言うと、ウェルビーイングのほうが先に動くんですよね。

藤野:おもしろい。

石川:その後に経済が良くなったり、悪くなったりするっていう。2008年に(ウェルビーイング度が)ダダダッと落ちるんですが、そこから2021年ぐらいまでは下がったまんまで、ずっと変わらなかったんです。リーマン・ショックの前の水準には戻らなかったんですが、この2年でぐっと戻りましたね。

藤野:なるほど。

石川:オリンピックがあったり、コロナを通して、なんとなくみなさんが自分の生活のペースをつかみ始めているのかもしれないですね。

藤野:おもしろいですね。リーマン・ショックでそこまで下がったのはわかるけれども、それからずっと上がらなかったのはなんなんでしょうね。

ウェルビーイングの要因は「選択肢」と「自己決定」

石川:いろんな仮説があると思うんですが、どんなふうに思っていらっしゃいますか?

石川:ウェルビーイングにどういう要因が影響するのかというのがあるんですが、もちろん国によって、文化によって違うんですね。

藤野:そうですね。

石川:あるいは、世代によって違うかもしれないです。若い頃は恋人ができるか・できないかが一大問題だったりもするし。

藤野:確かに。

石川:(世代や文化によっても)違うんですが、僕ら研究者は細かい違いを見にいくというよりも、なるべく共通の要因を見つけたいという欲望があるんですね。

藤野:世代も問わず。

石川:世代や文化や時代を問わず、何が共通しているのかでいくと、決定的なウェルビーイングの要因が1個あって。それが「選択肢」と「自己決定」なんですね。つまり、生活する、生きる上で適切な数の選択肢が目の前にあって、その中から自己決定をしている感覚があるか。

何個ぐらいあるのが適切かっていうのは、かなり文化差があるんですが、アメリカ人だったら「多ければ多いほど適切だ」と言うし、サブウェイというサンドイッチ屋さんへ行くと、めちゃくちゃメニューを選びますよね(笑)。

いずれにせよ、選択肢があって自己決定できるか。ここがたぶん、この10数年はあんまり感じられてないんだと思うんですよね。だから、ウェルビーイングが悪化したまんまだった。

だけどコロナを通して、いろんな働き方、生き方、学び方も含めて、「実はいろんな選択肢があるじゃないか」と気づいた人が増えたから、伸びているのはあるかもしれないですね。