みんなの不満を呼ぶ「ボトムアップ・ボトムアップ」のマネジメント

井上和幸氏(以下、井上)トップダウン・トップダウンとボトムアップ・ボトムアップか。おもしろいですよね。

伊庭正康氏(以下、伊庭):私の研修に、たまたま前職の後輩が受講者に混じっていた時があったんですよ。私の元部下で、もう違う会社に転職しているんですけど。

研修中、既に部下ではないので敬語を使いながら「〇〇さんはどういうことを大事にされているんですか?」と聞くと、まさに「みんなの意見を調整しながら、みんなのやりたいことをやろうとしています」と答えるんですよ。それで私が「じゃあ、もし失敗したら誰が責任を取るんですか?」と聞くと「責任ですか?……」となったんですね。

井上:なるほど(笑)。

伊庭:「リーダーが責任を負わないと誰もついてきませんよ」という話をしました。そして、元後輩なので休憩時間に呼んで。

井上:「おいおい」と(笑)。

伊庭:「〇〇君さ、それで人がついてくるのかな? それじゃ『いいお兄ちゃん』になっているよ」「確かにそうですよね!」「それ、あかんで」と。「いいお兄ちゃんとリーダーは違う」という話をしたのを覚えています。

井上:余談ですが、少し昔、身近な先輩にこんな人がいました。その組織には役員の方がいて、部長の方がいて、マネジャーの方がいるというレイヤーがあって。そのマネジャーの方が、まさに「いい兄貴風」だったんですよ。実際すごく現場にも慕われていて。

彼がやっていたのはまさに「ボトムアップ・ボトムアップ」の調整役でした。「おい、〇〇君、これについてどう思う?」と聞いて、常に「そうか。それいいな」という感じで。彼は、実際にはBのほうがいいと思っていたとしても、相手がAと言えば「俺もそう思うよ」と言うんです。

ただ、ある時あまりチームがうまくいかず「どうしたらいいんだろう」という時期がありまして。その時に、この方が「どの意見にもイエスと言っていたこと」がバレてしまったんですよ。それで、「全部にいい顔をしているだけじゃないですか」と、みんなの不満が一気に噴出してしまった。こんなことがわりと身近であったことを思い出しました。

ハッキリ言うのが苦手なリーダーに有効な考え方

伊庭:本当にそこなんですよね。ハッキリ言うのが苦手な方には「1人の人間じゃなくて、『役割として徹する』のもありですよ」という話をしています。

井上:そうですよね。

伊庭:パナソニックさんのコネクティッドソリューションズ社の樋口(泰行)さんという方が書かれた本を読んだり、実際に講演を聞いたりして「役割に徹するってこういうことか。経営者ってすごいな」と思ったことがあります。

ご自身は、1人の人間としては部屋にこもってプラモデルを作っていたほうが気が楽な、どちらかというと理系の職人気質だそうです。でも、どこかで「経営者になるという決断をした」といいます。その時に「1人の人間としてじゃなくて、役割から入る」と。実際はもともと外資にいらしたのでカタカナで「僕はロールから入る」とおっしゃっていましたけど。

じゃあ「経営者の役割とは何か?」。それは、「お客さまの期待を超え続けることである」と。社内のご機嫌を取ることも大事なんだけど、まずはお客さまの期待を超え続けようと。だから、誰よりも「お客さまのことを知るという役割」に徹すると。彼は基本的に「お客さまはこういう期待をしているので、『どうだ? みんな』」というアプローチばかりなんですね。

井上:なるほど、なるほど。

伊庭:わかりやすいんですよ。だから「すごいな」と思いながら聞いておりました。

井上:そうなんですよね。企業人・組織人みたいな立場というのは、「担っている1つのロール 」ですからね。

伊庭:実際にリーダーは、ロールなんでしょうね。

役割に徹しすぎることで生じる問題

井上:だからといって、演じるだけというのも違うのかもしれませんけどね。リンクアンドモチベーションを創業した小笹(芳央)さんは、リクルート時代は僕と同じ部署の上司だったんですね。小笹さんも当時、それに近い話をよくしていました。「今は上司という役割なのか。逆に部下という役割なのか」という。

家に帰っても、例えば結婚していれば「旦那・主人」とか、子どもがいれば「お父さん」とか。彼は「すべては役割なんだ。それを演じるんだ」とおっしゃっていましたね。

伊庭:そうですね。ここでまさに、井上さんがおっしゃったように「役割に徹しすぎると軍曹みたいになってしまう」と。そこで人間味がなくなると、誰もついてこないんですよね。昭和の時代であれば強さだけでいけたと思うんですけど、今はやっぱり「人間性」が大切で。これは「オーセンティック・リーダーシップ」と言われたりしています。

井上:そうですよね。

伊庭:「その人はいったい何を考えているんだ?」と。ここで私はある法則を見つけまして。白いほうの本(『できるリーダーは、「これ」しかやらない』)にも書きました。実は研修でこれを言うと、どハマりしております。

「リーダーには2つの力が必要だ」という話をしているんですね。「方針はトップダウン、方法はボトムアップ」と言っていますが、これをもう少しかいつまんでお話しすると、こういう要素が必要になってくるんですね。

「俺はこれがやりたい。この指、止まってもらっていい?」という時に、「いいっすね、その考え!」と、指に止まる人が何人いるかですよね。つまり、止まる人が多数いるからこそ、方針がトップダウンでも許されるわけですよね。「この方針いいっすね」「この指止まります」「止まります」という声を引き出すと。

この時に、実は「止まるための要件」があるんですね。「なぜそこまでしてがんばらないといけないのか」ということを明確にするんです。そうじゃないと、指には止まりにくいんですね。

メンバーから「共感」を得られるマネジャーの方針の示し方

伊庭:ここで私は法則を見出しました。「シェアナンバーワンになろうぜ!」とか「よし、今度100億円を目指そうぜ!」といった「我々が幸せになるためにがんばろう」というリーダーではダメなんですね。

それより「まだこういった放っておけない人がお客さまにいらっしゃるじゃないか」「この人のビフォアをアフターにしたいんだよ」「私はこういう人たちに、こうしてあげたい」というリーダーであるべきで。これが「人間性」なんですね。

井上:なるほどな。

伊庭:なので、社内のメンバーのためにがんばるのは、どちらかというと軍曹なんですね。

井上:ああ(笑)。

伊庭:恥ずかしながら私がマネジャーになったばかりの時は「シェアナンバーワンを目指すぞ!」「達成するぞ!」「連続でやるぞ!」と、こんなことばかり言っていたような気がします。軍曹でした。

井上:僕もたぶん(笑)。

伊庭:少人数で、価値観が1つの組織では通用すると思います。私が勤めていた当時は、まだ小さな組織だったので許されていました。でも、部下が150人を超えたタイミングがあって、そこからはさすがに、通用しませんでした。

井上:そうかもしれない。

伊庭:もう、ぜんぜん無理です。派遣の方や、バックボーンの違う方もいっぱい入ってこられるので、「みんなでシェアナンバーワンになるぞ!」「……? はい」っていう感じになります。

井上:「ふうん」みたいな(笑)。

伊庭:「何のためにこれをやるのか」ということを伝えないと、「伊庭さん、いいっすね!」にはぜんぜんならないですね。だんだんとそれが現場でも必要になってきているので、そうした研修もやっています。「誰のために、何のためにそこまでがんばらないといけないのか」を伝えると。

一方で、「オーセンティック・リーダーシップ」と言われるように、やっぱり人柄が問われるんですね。だから、私の研修では「そこを見ておきましょうね」ということもやっています。

若いビジネスパーソンの価値観の変化を示すデータ

井上:「何のために」というと、やっぱり社会的意義というところですよね。

伊庭:おっしゃる通りです。おもしろいデータがあるんですね。みなさんが今日ここで受講いただいているように、私自身も研修や講演会の聞き手になることも多いんですね。日経新聞さんが年に1回開催する、「世界経営者会議」というものがあります。参加されている方もいるかもしれませんが、私もあれが好きなんですね。世界の名だたる経営者の方が、表現が古いですが、ところてん方式で順番に30分単位ぐらいで話していかれる。

そこでKPMG(ジャパン)の代表の方がおっしゃったことが、ものすごくセンセーショナルでした。採用力のある企業を分析したということなんですね。すると、「若者が求めている要素を解析すると『どれだけ世の中に貢献できるか』という軸が急上昇している」と。

私も採用ビジネスに関わってきたので、「まあわかるけどさ」と思いながらデータをバッと見たんです。そうしたら、ディスコさんという企業にはその評価項目があって、急上昇して1位になっていました。実際、急上昇かはわかりませんけどね。ただ、前職では私がやっていましたので、その時は「社会のため、世の中のためになる」という評価項目はありませんでした。「自分の成長のため」とかはあったんですけど。

井上:確かにそうですね。

伊庭:10年前は「自分の成長のため」とか「企業の成長力」などの項目がメインで、「世の中に貢献するため」という軸はなかったんです。ディスコさんとかKPMGさんには、その評価項目があるんだけども、これは言ってもいいんでしょうかね? リクルートさんとかマイナビさんは、その評価項目がありませんでした(笑)。だからちょっと、昔の指標で取っているんでしょうね。

でも世の中は、若手の方を中心に「社会にどれだけ貢献しようとしているか」という軸を見ているんだなと。これは勉強になりました。だからトップダウンする時にも、「軍曹的なものだけでは人はついてこないんだな」とあらためて感じています。

自分軸から「社会軸」への転換

井上:そうですよね。時代というのもあると思います。それと、誰しもやっぱり「自分軸だけではなく、何かに貢献したい」という気持ちがあるから、それがちゃんと仕事の中にも入るんでしょうね。本当は昔からそうなんだとは思うんですけど、それを明示するケースが少なかったのかもしれない。

個別のお客さまへの気持ちは、たぶん昔からありましたよね。それをまとめて「世の中に対して」みたいに広い範囲で考えたり、目指したりというのは少なかったのかな。

伊庭:おっしゃるとおりです。

井上:我々の話になりますが、リクルートの社訓「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」は、非常に有名ですよね。僕は今でもすごく好きで、1つの大事な指針になっています。

でも、これは自分軸なんですよね。「社会軸」じゃないんですよ。僕は昔からそう思っていました(笑)。自分が若くてまい進していた時は「そうだよな。俺たちはやっぱり自分で機会を作り出してがんばろうぜ」と感じていました。それだけでもよかったんですね。

これははすごく重要なことだといまでも思うんだけど、やっぱりこれだけじゃダメなとも思っていて。

伊庭:ダメなんですね。今はその言葉じゃなくて、今は「follow your heart」みたいなことだったと思います。

井上:そうですね。

伊庭:やっぱり、自分軸ではなくて「世の中のためにもっと貢献しましょう」に変えていますよね。

井上:両方セットがいいと思います。

伊庭:両方セットですよね。