CLOSE

Chapter6.夢 株式会社リクルート 人材・組織開発室 室長 堀川拓郎 氏(全2記事)

リクルートでも「Will」が書けずに悩む人もいる 取り組みたいことに縛られる“Willの神格化”からの脱却

人気シリーズ『図解 人材マネジメント入門』『図解 組織開発入門』の著者であり、企業の人材マネジメントを支援する株式会社壺中天の坪谷邦生氏が、MBO(目標管理)をテーマとした新刊の発行にあたり、各界のエキスパートと対談を行います。第6回の前編では、株式会社リクルート 人材・組織開発室室長の堀川拓郎氏と、強みを生かし合う「リクルートのフィードバック文化」について意見を交わしました。

リクルートが目指す人材・組織のありたい姿の変化

堀川拓郎氏(以下、堀川):どうもです、よろしくお願いします。

坪谷邦生氏(以下、坪谷):よろしくお願いします。今回の対談のきっかけは、私がTwitterで発信した『図解 目標管理入門』の図が、リクルートで堀川さんが取り組まれていることに近いと、リツイートいただいたことでした。

※坪谷邦生氏『図解 目標管理入門 マネジメントの原理原則を使いこなしたい人のための「理論と実践」100のツボ』より

堀川:そう。本当にほぼ一緒だなというぐらい、親和性を感じたんですよね。坪谷さんの図にある「個と組織」「主観と客観」、リクルートの人材組織開発の概念図では、「I will」「I can」「We will」「We can」と呼んでいますが、個の「I」と組織の「We」、どちらかというと主観が「will」で客観が「can」と考えると、かなり近い整理だなと思いました。

※リクルートの人材・組織開発の概念図「個と組織の進化スパイラルモデル」

坪谷:対話・FB(フィードバック)が、サイクルの中心にありますね。私も「個の主観」と「組織の主観」をつなげるのは「対話」だと思っていまして、このあたりがお話しできると、おもしろくなりそうです(笑)。

堀川:なるほど。じゃあ、まずはこちらの考え方について、お話ししたいと思います。これは、リクルートが統合した際に、人材・組織のありたい姿について言語化したものです。

※リクルートの人材マネジメントポリシー

2012年10月に分社化して、2021年4月に会社が統合するまでは、9年ぐらい分社した状況だったんです。統合が決まったタイミングで改めて、人材や組織のありたい姿は何かという議論を内部で行いました。

リクルートはこれまでも、創業以来大切にしてきた「個の尊重」という価値観をベースに事業運営を行ってきました。リクルートは今も激しい環境変化に適応しながら、戦略を転換していっています。

常に変化に対応していくには、個の力を伸ばすだけでなく、個の限界をチームでの集合知で超えていくことが大事だと、今回改めて整理し、言語化しました。これまでを振り返ると、一人ひとりの人材開発に関する会議の場では「強みを伸ばす」よりは「課題をどう克服するか」ということに力点が置かれていた側面があったように思います。

できないことの克服よりも、本来の強みの発揮へ

堀川:でも、世の中の変化が激しい中で、マイナスをゼロにしていくだけではなくて、ちゃんと強みを生かしていく、弱みはチームで補完していく人材マネジメントが必要だよねと。例えば、僕が営業をしていた時は、「FORUM」などの全社アワードや表彰では比較的、プレイヤー個人が表出されていましたが、最近はほぼすべてがチームで選出されています。

営業とデータサイエンティストが組んで顧客の課題解決をしたり。研究員と営業がタッグを組んで、地域行政の課題を解決したり。営業やコーポレートスタッフがそれぞれの業務に向き合っていたところから、チームで顧客やカスタマーの課題を解決していくシーンが、ここ数年ですごく増えています。

できないことをできるようにしていくより、その人が持っている本来の強みをより発揮していただく。新生リクルートでは「強みを解放していく」ということを人材開発のど真ん中に置いて、個人の限界をチームの集合知で超えていこうと組織開発の方針を決めました。

新しい人材マネジメントポリシーでは、個人と組織をつなぐ場を「職場」と捉え、個人と会社をつなぐ場、結節点であると捉えています。マネージャーや役職者だけでなく、職場に参加する一人ひとりが対話しながら、職場をより良い場にしていく。お互いの強みを生かし合う関係性を、職場の中で作っていくというものです。

※リクルートのエンゲージメントサーベイ設計方針

これまでリクルートは、組織開発方針をあまり謳っていなかったんですが、今回は「自律・チーム・進化」のチームと「I will」「I can」「We will」「We can」を提示し、チーム・組織・職場をつなぐ対話を積極的に行おうとしています。

「起点はどこからでもいいよ」というのがポイントで、人によっては「自分はこういうことをやりたい」という「I will」から始まる人もいれば、willはそれほどないけど、「この職場が好きだから、自分の強みで貢献したい」という方もいる。

「I will」「I can」「We will」「We can」のどこでもいいから、それぞれの強みで成果に貢献していく。みんなで対話とフィードバックをしながら、個人の進化と組織の進化を実現していこうよ、ということを整理しました。

肩書きに関係なく、思ったことが言える「フィードバック文化」

坪谷:なるほど。チームを介して、個を生かし合うというのは、確かにリクルートの文脈に合ってる感じがしますね。

堀川:昔のリクルートは「一人ひとりが成長し続けることを期待する」と言ってたんですけど、今は「一人ひとりの自律」と「チームで戦う」ことを通じて、「個人の進化」と「チームの進化」を従業員に期待するという感じですね。

坪谷:リクルートの創業メンバーの1人である大沢武志さんの『心理学的経営』でも、「自律的小集団活動」が日本企業の強みであると書かれていました。大沢さんは、当時の製造業のQCサークルをイメージしてたと思います。そして「強みを生かし合う」ことを、フィードバックの文化として一番大事にされていました。

堀川:そうですね。

坪谷:ここに『RODのキセキ』という小冊子があります。RODとはリクルート・オーガニゼーション・デベロップメント、つまりリクルートの組織開発の歴史がこの冊子には書かれていて、1960年代からずっと組織開発を本気でやってきた会社だということが分かります。

当時の日本企業は、上意下達で閻魔帳管理、評価は給与明細を見て知るのが普通だったのですが、そこに多面観察(360度フィードバック)を持ち込み、その常識を打ち崩しにいったのがリクルートなんですね。「部下が上司を評価する」という仕組みを作って、当時の管理職にとっては、とんでもない衝撃を与えたようです(笑)。

こうして始まった、肩書きに関係なく、思ったことを言えるフィードバック文化が、リクルートの大きな特色の一つではないでしょうか。そういう意味では、大沢さんの目指した世界観は、同時代に「強みを生かし合い、弱みを補い合う」というマネジメントを発明したP.F.ドラッカーともまったく同じだと感じます。

一人ひとりに真剣に向き合う熱量は、数字では測れない

堀川:本当にそう思いますね。フィードバックも結局、人材開発や目標管理の入り口で、「Will-Can-Must」も、自分だけでは気づかない強みを上長と一緒にすり合わせるという面があります。

僕は、リクルートは「Will-Can-Must」という1つのツールだけでMBOを語るのは、けっこう難しいなと思ったんですよ。人材開発委員会などで人を多面的に見て、きちんと本人にフィードバックしていく。新生リクルートになってからは、人材開発会議の中でどんな議論があったのかを、本人にフィードバックをすることを徹底してるんですよね。

やっぱり、MBOや人材育成の根幹にフィードバックがあるのがリクルートなのかなと、改めて感じた次第ですね。

坪谷:堀川さんとMIMIGURIの安斎さんが対談されている記事の中でも、「何をもって人的資本投資をしているのか」というお話がありましたね。堀川さんが「一般的な研修費などで測定すると、リクルートの真の人的投資が見えない」とおっしゃっていたことに感動しました。

一人ひとりと真剣に向き合うとか、その人の強みを人材開発会議で徹底的に語り合うというのは、数字では見えないんですけど、そこの熱量こそリクルートなんだなと私も思ったんです。

堀川:そうなんですよね。だからある種、MBOシートやWill-Can-Mustのシートはきっかけに過ぎないというか。

Will-Can-Mustを設定したあとに、それを日々の1on1の中でも会話しているんですね。中間面談で「ここまでの状況の中でいくと、こういう見立てだよ」と、きちんと本人にフィードバックして、最終考課でもフィードバックする。「Will-Can-Must」シートは、この一連の人材開発のプロセスの最初のツールという感じなんですね。

“Willの神格化”からの脱却

坪谷:「Will-Can-Must」は、統合の概念ですので、それぞれをバラバラに置くと機能しないのですが、Willの部分がまったく書けない人もけっこういるんですよ。気づくと「Can-Mustシート」になっている。

そもそもWillをどうやって置くのか、そこからどうフィードバックして、対話の渦を起こしていくきっかけにするのか、お聞きできたらうれしいです。

堀川:実はこの「Will-Can-Mustシート」、少し前までは、本人が記載する欄と上長が記載する欄があったんです。だけど、上長がメンバーに「こうあってほしい」というWillをお願いするのはちょっとおかしい。上司がなってほしい姿に合わせることにもなりかねないので、本人がどう思うのかをフラットに書いてもらおうよ、というふうに一部微修正が入っています。

※リクルートの「Will-Can-Must(WCM)シート」と運用方法

分社化時代には、各社がWillについていろんな捉え方をしていて。「Willがないとダメ」という話がまことしやかに言われたり、「別に俺はWillなんかない」という組織長や役員の人たちがたまにいたり。あたかも“Willの神格化”というか(笑)、「ちゃんとしたWillを書かなきゃいけない」と受け取られることがあったんですよね。

「短期で自分自身が取り組みたいこと」でもいいし、「将来チャレンジをしたいこと」でもいい。例えば「社長になりたい」でもいいし、その先にある「こういうことを大事にした生き方がしたい」という、Beingみたいな話でもいい。

Wilは自分が設定したいものを随時書けばいい。そして、書いたら終わりではなく、期中でもいいから、日々変化があったらどんどんWillを書き直していこうよと。ある種、日々アップデートして育んでいくものなんだとアナウンスをし直しました。心理的安全性が高い場でちゃんとWillを語れるように、軌道修正をかけている真っ最中ですね。

「すべての起点は好奇心から」

坪谷:めちゃくちゃいいですね。「きっかけとしてのWill-Can-Mustシート」くらいのおおらかさというか、幅を持った捉え方をした上でWillを育んでいくものだというのは大賛成です。

堀川:リクルートが掲げるバリューズの1つの「個の尊重」にも、「すべての起点は好奇心から」という一文があるんですね。だから、最初は大層なWillじゃなくて好奇心からスタートしてもいい。小さな好奇心や情熱を育んでいくことが、結果的にWillにつながっていくような感覚です。

自分は「何に向かってがんばっていきたいと思っているのか」を、ちゃんと棚卸しして、それを業務や上長やいろんな人との対応を通じて育んでいくと捉えている感じですね。

坪谷:「すべての起点は好奇心から」というのは、とても大事なことだと感じました。経営学者の野中郁次郎さんは「相互主観性」という言い方をされていますね。現象学、つまり「主観からしか始まらない」という考えなのだと思います。

例えば、ホンダの「ワイガヤ」は「俺はこう思う」「いや、でも俺はこう思う」という、それぞれ主観がその場に出て議論していく中で磨かれる。一人称としての「俺はこうだ」と、二人称としての「貴様はそうか」が場に出て初めて、三人称の世の中に伝わるイノベーションになっていくと、野中さんはおっしゃっていました。

堀川:へぇー、おもしろい。

坪谷:スタートが一人称の主観であることは大きなヒントだと思います。「好奇心から始まる」そして、その主観を対話やフィードバックの中で育んでいくのは、野中さんの相互主観性にもすごく近い気がします。

続きを読むには会員登録
(無料)が必要です。

会員登録していただくと、すべての記事が制限なく閲覧でき、
著者フォローや記事の保存機能など、便利な機能がご利用いただけます。

無料会員登録

会員の方はこちら

関連タグ:

この記事のスピーカー

同じログの記事

コミュニティ情報

Brand Topics

Brand Topics

  • リッツ・カールトンで学んだ一流の経営者の視点 成績最下位からトップ営業になった『記憶に残る人になる』著者の人生遍歴

人気の記事

新着イベント

ログミーBusinessに
記事掲載しませんか?

イベント・インタビュー・対談 etc.

“編集しない編集”で、
スピーカーの「意図をそのまま」お届け!