イノベーションを起こす上で必要な「失敗のマネジメント」

司会者:この度は、早稲田ビジネススクール准教授の牧兼充さんをお招きしております。牧さんは慶應義塾大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校、早稲田大学で一貫して技術経営やアントレプレナーシップ、科学技術政策の研究に取り組んでこられました。

また、大学を起点としたイノベーション人材の育成やエコシステム創出に携わっていらっしゃいます。本講演では、海外の成功モデルケースの研究を例に挙げながら、企業がイノベーションを起こす上で必要な「失敗のマネジメント」についてお話をいただきます。

最後にQ&Aもご用意してありますので、講演の中で質問がありましたら、ぜひQ&Aより投稿いただけましたらと思います。それでは牧さん、よろしくお願いいたします。

牧兼充氏(以下、牧):ご紹介に預かりました、早稲田大学ビジネススクール准教授の牧と申します。どうぞよろしくお願いします。本日は「日本企業に求められる『失敗のマネジメント』~海外事例・研究から学ぶイノベーションの方程式~」ということで、40分くらいお話をさせていただこうと思っております。

今日は、大きく分けて3つの目的を持ってお話をさせていただこうと思っています。1つ目は、科学技術に関する知識(ナレッジ)が、どのようなかたちで新規事業につながっていくのか。そのメカニズムについてご理解をいただくということです。

2つ目は、今回のタイトルにも入っているとおり「失敗のマネジメント」をお話ししますので、それを通してイノベーションの成功法則を活用できるようになっていただくということ。

そして3つ目に、この「失敗のマネジメント」においては、今日お話しする「科学的思考法」がとても重要になるので、それをビジネスにより良い意思決定のために活用できるようになっていただくというのが、本日の目的です。

なので、今から50分後にはみなさんがこの3つを達成して、このセミナーを終えていただくことを目標にしたいと思っています。

日米でイノベーションを教える、数少ない日本人教諭

:全体としては、最初に自己紹介をしたあとにPart1から4まで4つに分けてお話をしようと思っています。「失敗のマネジメント」の話からスタートして、「科学的思考法の入門」と、「新規事業創出プロセスになぜ失敗が大事なのか」。そして最後に「実験を活用する企業」というお話をさせていただきます。

一見それぞれのトピックがバラバラのように見えるかもしれませんが、実は全部が密接につながっていますので、最後には「これがどうつながっていっているか」というのもご理解いただけるかなと思います。

最初に自己紹介をさせていただきます。私は早稲田大学ビジネススクールの准教授をしておりますが、実は昨日までアメリカのサンディエゴにおりまして、毎年夏はカリフォルニア大学サンディエゴ校でも授業を持っております。

そういう意味で、日米両方でイノベーションなりアントレプレナーシップをビジネススクールで教えている、数少ない日本の教諭の1人だと思っております。日本に戻ってくる前にはUC San Diegoで博士号を取っているんですが、スタンフォードにいて、シリコンバレーのエコシステムやスタートアップの研究などもしておりました。

私の研究分野は、科学の経済学やイノベーションの経済学と言われるもので、「サイエンス」「サイエンティスト」など新規事業を作っている人たちを研究対象として、何が成功要因なのかを探っていくような分野です。

おかげさまで、早稲田大学ビジネススクールでいろんな授業を担当していて、技術やオペレーションのマネジメント、科学技術とアントレプレナーシップ、Lab to Marketがある授業を担当しておりますが、いくつかの授業ではティーチング・アワードなどもいただいております。

「失敗のマネジメント」がイノベーションを生む

:最近いくつか著作を出していて、この3月に出した『イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学』がおかげさまで最近第2刷まで行き、それなりに多くの方にご購入いただいております。

今日はこの本の内容と、ダイアモンドハーバード・ビジネス・レビューの中にある『「失敗のマネジメント」がイノベーションを生む』の2つの内容を組み合わせたかたちで、お話をさせていただこうと思っています。

それから『Forbes Japan』で連載を持たせていただいたり、『東洋経済オンライン』で対談を載せていただいたりもしていますので、今日のお話でご興味を持っていただいた方は、さらにこのあたりの記事を読んでいただくとご理解が深まるかなと思います。

それでは最初に「『失敗のマネジメント』がイノベーションを生む」というお話をさせていただければと思います。私の研究分野の1つが「スターサイエンティスト研究」というものです。スターサイエンティストというのは、研究者の中でも特にパフォーマンスの高い、世界的にレベルの高い業績を出す研究者のことを言います。

そのうちの1人で、山形県鶴岡市にある慶応大学の研究所所長の冨田勝さんという方がいるんですが、彼をフォーカスしながらケース教材を作ったり、彼がイノベーションをどのように生み出すかをずっと追いかけてきたんですね。

その中でケースを書いたり、国のお金をもらってスターサイエンティスト研究などをして、日経の1面に取り上げていただいたこともありました。

「正解のあるイノベーション」と「正解のないイノベーション」

:そこからわかってきたのは、イノベーションを生み出すには2つの手法があるということです。これを仮に「正解のあるイノベーション」と「正解のないイノベーション」と考えた時に、この2つがどのように違うか。これをご理解いただくことが、今日の一番最初の大事なポイントの1つになります。

「予測アプローチ」とも言うんですが、プロジェクトを開始してからいろいろ分析をして、その分析の結果やるかどうかの意思決定をして、意思決定をしたあとは成功を繰り返して目標を達成していくものです。

一方で「行動による創造アプローチ」は、英語では「Creation in Action」と言いますが、これはスタートしたらまず仮説を立ててみて、そして仮説を立てたらそんなに分析はしないで小さく試してみる。そうすると、そのほとんどは失敗なんですね。

その中で失敗を繰り返していくうちに、たまたまそのうちの1つが成功したら、これが成功にあたるんだというアプローチのことを言います。

行動による創造アプローチは、ここで失敗と成功を切り分けないといけないわけですよね。これは行動しながら仮説検証をしていくプロセスなので、あとでまた説明するような「科学的思考法」という能力がとても重要になります。

2つにはとても違うところがあって、予測アプローチは成功を前提に組み立てているので、「失敗」はそれで終わりなんです。失敗は間違いであって、学習がない。行動による創造アプローチは、失敗は立てた仮説が棄却されただけなので、失敗の1個1個のプロセスに学習があるんだということなんです。

「行動による創造アプローチ」は失敗の繰り返しが必要

:別の言い方にすると、「予測アプローチ」は分析をたくさんすることで、不確実性を下げるプロセスのことを言います。これは、実際に小さく行動して失敗を繰り返していくことによって不確実性を下げるためのプロセスです。

予測アプローチはどちらかというと官僚主義的組織に向いていて、日本企業ではこのアプローチを取っているケースがほとんどだと思います。一方で、イノベーションを生み出すような企業はかなり多くの確率で行動による創造アプローチを取っている。

なんでこの話を思いつくようになったかというと、優れたサイエンティストはまさに「行動による創造アプローチ」で研究をしているんですね。だから、他の人と違うようなイノベーションをたくさん生み出せるということなんです。

なので今日まず持ち帰っていただきたいのは、「行動による創造アプローチ」を生み出すためには、失敗を繰り返さないといけないんだということです。失敗というのは、仮説を棄却しただけであって、学び用のプロセスのことを失敗と呼んでいるんです。

さて、ここで出てくる「科学的思考法」なんですが、サイエンティストを見ていると、失敗を繰り返すことで成功を導くプロセスのことを「サイエンス」と呼ぶんですよね。最初から成功しているサイエンスなんて存在しないわけです。

「失敗」と「間違い」の違い

:もうちょっと言うと、仮説を立てた「実験」と呼ばれるものです。またあとで詳しく説明しますが、これはバイアスを取り除く研究手法で、仮説を立てて因果関係の推論を行っていくことを科学的思考法と言います。そして、「因果関係」と「相関関係」を明確に区別して学習することです。

なので、ここにあるような仮説を立てて、実験をデザインして実験を実施して、分析をして、評価をして、また仮説を見直す。この繰り返しをしていくことが「科学的思考法」なんです。

さて、もう1回だけ確認をしておくと、「失敗」と「間違い」は違うんだということです。これをご理解いただくことが、今日の最も重要なポイントだと思います。失敗というのは、仮説を立ててプロトタイプを検証した結果、仮説が棄却されることを言います。

間違いというのは、仮説もなしに実行し、つくり上げられたものが受け入れられなかったことを呼びます。失敗は学習プロセスで、間違いは何も学びがありません。

失敗を繰り返すことで、イノベーションを生み出す確率は上がりますが、間違いをいくら繰り返してもイノベーションが生まれることはありません。そして科学的思考法の能力がないと、「失敗」と「間違い」を区別することができません。

なので、失敗と科学的思考法は重要なんだということで、2つ目のトピック「科学的思考法入門」へ移ります。『イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学』第2章にも書いています。

「相関関係」だけを見ると、間違った結論を招くことも

:「相関関係」と「因果関係」という言葉があって、この2つの違いをどれだけ厳密に説明できるか。この能力のことを「科学的思考法」と呼んでもいいと思います。もしくは、「バイアス」という言葉をきちんと使えるようになるかどうか。ある事象から因果関係を見抜く力が科学的思考法の本質です。

授業では、この2つの違いを学生の方にいろいろ答えていただくんですが、まず因果関係というのは、必ず原因があって結果があるんです。必ずその片方が原因で、もう片方が結果でないといけない。これを因果関係と言います。

相関関係というのは、例えばAという変数が増えると、Bという変数も増える。片方が増えると片方が増えることを相関関係と言います。でも、その時の相関関係は、Aが原因でBが結果かわからない。そういう、どちらが原因かわからないけど両方とも一緒に増えているものが、相関関係です。

いくつか事例を紹介します。ある研修者が、ファミリーレストランでいろいろなお客さんを観察していました。その結果、どうもわりと太ったお客さんはダイエット・コーラを飲んでいる傾向にあると。そこでこの研究者は、「ダイエット・コーラは人を太らせる原因なんだ」と結論付けたとします。

やはり何かおかしいですよね。太っているからダイエット・コーラを飲んでいるのであって、ダイエット・コーラは人を太らせるわけではないはずです。でも、相関関係だけを見るとこういう間違いをしてしまうんです。

この事例はあまりにも的はずれなので、みなさんだいたい笑うんです。でも、世の中のビジネスの中で言われている言説のほとんどは、これと同じレベルなのにもかかわらず、そのまま信じている人が多いんです。それをご理解いただくことが重要です。

「真の因果関係」を知るためには、科学的思考法が重要

:こちらはアイスクリームの生産量と溺死者数の関係です。x軸がアイスクリームの生産量で、対数を取っていますが、右に行くと多くなるんですね。y軸は溺死者数です。上に行くほど溺死で亡くなる方が増えてくる。そうすると、見事に2つの相関関係がありますよね。

アイスクリームの生産量が増えると、溺死者数が増える。そんな因果関係があるのかというと、やっぱりこれは怪しいですよね。これは実は月なんですよね。右上が、7月、6月、8月。下は12月、11月、1月。

要は、アイスクリームが溺死者を増やすのではなくて、気温が上がるとアイスクリームの人気が上がり、そして泳ぐ人も増えるため、溺れる人も増える。こういうのを「第3の変数」と言いますが、真の原因は季節、気温なんです。

同じように、これは点1個が街だと思ってください。x軸が1人あたりの警察の数で、y軸が1人あたりの犯罪の数ですね。これをよく見ると、けっこう相関関係がありますよね。警察が増えると犯罪者が増えるのか。これも因果関係としてとてもおかしいですよね。

その街においては、1つは犯罪が多いから警察官を増やすんですよね。だから、逆の因果関係があると言えるんですね。科学的思考法が得意な人は、こういう図を見た時にパッと「これは相関関係だ。因果関係じゃない」とわかって、真の因果関係の仮説を思いつくようになるんです。

他社の事例を導入しても、自社でうまくいかない理由

:いろいろな第3の変数バイアスやエラーがあるんです。したがって、こういう図を見ただけで、パッとこれがエビデンスとして弱い理由を思いつけるかどうか。この能力があるかどうかで、「失敗」と「間違い」を区別することが可能になっていくわけです。

もう1個の事例なんですが、例えばみなさまがお医者さんのところに行ったとします。すると、いきなりお医者さんから「今からあなたに盲腸の手術をします」と言われたとしますよね。

「なんでですか?」と聞いたら、「前の患者さんに盲腸の手術をしたらうまくいったから」と言われたら、そのお医者さんのところには二度と行きたくなくなるじゃないですか。でも、これが経営の世界ではかなりよく起きている。

つまり、他の会社でうまくいった事例があると、「うちの会社でも導入してみよう」とよく言う。そうすると、なんとなく会社で導入したらうまくいきそうな気になって、実際に導入をして失敗するということがめちゃくちゃ多いわけです。

その背景には、「前の患者で盲腸の手術してうまくいったから、あなたでもうまく行くでしょう」というのと同じ次元でしか語っていないから、そういう問題が起きるわけです。したがって経営も医療と同じように、もう少しエビデンスベースで語っていくのがとても重要になっているわけです。