複業したい人が増加している背景

ーー昨今は複業がかなり一般的になってきていて、大企業からベンチャーに複業をしに行く「越境学習」といった言葉もよく聞かれます。一方で、制度として複業OKなはずのベンチャーの事例はそれほど多くはない気もしています。

そこで今回は、主にベンチャーやスタートアップで働く方の複業について、お話をうかがいたいと思います。複業支援サービスの「複業クラウド」を展開される中で、複業の実態や変化について、どのようにご覧になっていますか?

大林尚朝氏(以下、大林):複業をしたい人は、コロナをきっかけに非常に増えているなと思っています。僕らのサービスも今、登録者が4万人を超えているんですが、通勤時間が削減されて可処分時間が増え、それを趣味や娯楽に充てるか、自分のスキルアップに充てるかというところで二分化されている印象はあります。

そもそもベンチャーで働く人は、勤務元の制約があまりなくて、複業が解禁されているところが多いので、非常に複業しやすい環境なんですね。

ーー実際に今ご登録いただいてる方は、企業規模別にはどのあたりの方が多いんでしょうか。

大林:本業を持っている人の割合では、肌感ですけどベンチャー企業の方が7割ぐらい。大手企業、一部上場企業みたいなところで言うと、3割ぐらいの印象です。その中でも、リクルートやサイバーエージェントなど、上場しているメガベンチャーといった柔軟な会社の方が多いですね。「THEレガシー企業」は実はまだそれほど多くないので、ここから増えてくるかなとは思います。

ベンチャー企業の方は複業への感度も高くて、僕の周りでも「複業をしたいから大手からベンチャーに行く」という方も増えています。ある複業禁止の会社に勤めていた僕の友人たちは、リクルートやベンチャー企業へと転職して、今はどんどん複業をしていますね。

コロナ禍をきっかけに、複業案件自体の領域が拡大

ーーある意味、複業のために転職するという。では複業の受け皿としては、これからどんな業種・業界が増えていくのでしょうか?

大林:複業案件自体も非常に増えていますね。これもコロナ前までは、オンラインでも発注可能な業務がメインで、それに対応できる人が多かったんです。例えばロゴの制作、Excelのリストの精査、ライティングなどはやっぱり多いです。

でも2020年からコロナ禍になり、受け入れ先も今までオフラインだった業務を発注することが当たり前になっていったんですね。「絶対にオフラインじゃなきゃダメだ」と言われていたものが、「別にオンラインでもいいよね」というかたちでガラッと変わっていったんです。

なので、今非常に増えているのは(従来は)非オンラインだった業務です。具体的には広告運用やマーケティング、あとは新規事業の立ち上げやプロジェクトマネジメントといった案件。デジタルに強い人がアナログなところに入ってデジタル化をしていくDX案件は、自治体の依頼が非常に多いですね。

あとは営業戦略についてオンラインで壁打ちしたいとか、リードの取り方、インサイドセールスやフィールドセールス経験者の話を聞きたいといった、営業職の案件も非常に増えています。

今後も恐らく、大手企業の受け入れはかなり増えていくと思います。終身雇用の時代は終わりつつありますし、今は外部人材を採用するかしないかではなくて、いかに活用していくかという話になってきています。あとは、自治体やスポーツチームなど、今まで複業人材をまったく受け入れてこなかったところも受け入れ先になると思いますね。

複業目的は、「金銭・経験・感情」の3つの報酬

ーーなるほど。ベンチャー企業の方の複業先としても、地方自治体やスポーツチームなどが増えてきていると拝見したんですが、そもそもどういった目的で複業される方が多いんでしょうか?

大林:そうですね。複業の目的は大きく3つあると思います。まず1つ目がマネタイズを目的とした複業で、金銭報酬ですね。2つ目はスキルアップということで、経験報酬といった目的。3つ目が、好きな分野や思い入れがある地元の自治体に関われるという感情報酬。

まずマネタイズを目的とした複業は、自分の過去の経験やスキルや人脈の焼き増しで、得意な領域でやる複業です。ベンチャー企業の方はIT系が相性が良いですね。

2つ目のスキルアップを目的とする複業は、例えば本を読んだりオンラインスクールで学んでも、アウトプットする場所は意外とないので、お金はもらわなくていいから経験やスキルを身につけたいというもの。

受け入れ先も、意外とITベンチャー企業が多いですね。猫の手でも借りたい企業さんがけっこう受け入れたりします。あとは自治体も受け入れとしては非常に多いですね。

ーー自治体は、ITスキルや経験のある即戦力を求めているイメージがありますが、そうでもないんですか?

大林:例えばDX案件はスキルがある人じゃないとできないんですけど、職員さんにSNSの運用やウェビナーのやり方を教えてほしいとか。ふるさと納税を紹介するにも「写真の撮り方がわからない」といった、ちょっとした困りごとなら、スクールで学んだ人でも即戦力になり得ますよね。

最初は無償でやる方も多いので、まずは自治体での複業経験を得て、それをマネタイズ目的のステップにつなげる方もいます。3つ目の感情報酬の面でも、例えば生まれ育った町や好きなスポーツチームに「とにかく関わりたいからやる」という複業は、ベンチャー企業の人には多くて。お金よりも、第2、第3の居場所を見つけたい方も非常に増えている印象ですね。

お金が目的でない複業は、自分に負荷をかけずに始めるほうがいい

ーーある程度スキルやキャリアがあっても、最初はハードルを下げて始める方も多いんでしょうか?

大林:そうですね。やっぱり初めての複業だと、まずちょっとやってみて、アウトプットを見てから自分で単価を提案するケースもわりとあります。意外と自分の単価ってわからないものなので。

もちろん慣れている方や、自分に自信があって「来月までに複業で20万円必要なんだ」といった明確な目的があれば、それは取りに行くべきだとは思うんですけれども。僕は、目的がお金ではないなら、あまり自分に負荷をかけずにスタートするのがお勧めだと思います。

ーー複業の場合は、そういったお試しもできるということですね。

大林:そうです、そこって僕はけっこう大事だなと思いますよ。

複業したい・している方の半数以上が、転職予備軍

ーー実際どんなタイミングで複業を始める方が多いですか?

大林:そうですね。一番多いのはやりたいことが見つかった時で、例えば「転職をしよう」「独立をしよう」という時に、まずは複業期間を設けて滑走路的なかたちで始めるケースですね。

目的がなかったり、転職したばかりで本業の環境に慣れていなかったりする時や、本業が軌道に乗っていない不安定な時は、複業先でも成果が出せず中途半端になったりするので、お勧めしていません。ただ、本業が自分とマッチせずすぐにでも辞めたいような時に、複業先に居場所を見つけて転職したり、複業をしたりすることで自分のメンタルが保たれるのであればやったほうがいいと思います。

ーー実際、複業からの転職や独立の事例も多いんでしょうか?

大林:多いですよ、今トレンドです。企業が正社員採用を前提として、まず複業で登用するかたちですね。僕らのサービスの登録者で見ても、全体の約54パーセントが「複業を通じて転職も考えている」「興味がある」という数字です。

提供:株式会社Another works

ーーなるほど。複業したい・している方の半数以上が、転職予備軍なんですね。

大林:このあたりはけっこうおもしろい事例ですね。受け入れ先の企業も、なかなか正社員採用ができなかったり、そもそも出会いすらないという課題があるんですが、複業はそのハードルが低い。まずは複業で接点を作って、良ければリスクなく複業採用するようになりました。

カルチャーフィットやスキルマッチのリスクを抑えて採用したいという企業側のニーズは強いので、複業からの転職というキャリア構築もこれからの時代にけっこう増えてくるかなとは思います。いろいろな選択肢が増えていくんだろうなと思いますね。

うまくいくのは、自分のスキルを棚卸しして可視化できている人

ーー複業を始める時に、「ここだけは押さえておくべき」というアドバイスはありますか? 案件とマッチングしやすい人の特徴などがあれば教えてください。

大林:自分は何が得意なのか、どういうスキルを持っているのかをちゃんと棚卸しして、可視化できている人はすごくマッチングします。自分にハッシュタグをつけるような感覚で、「自分ってこういう人間です」とわかっている人。それはどんなに細かくてもいいんです。

それを僕らのようなプラットフォームでちゃんと可視化してアピールできている人は、企業や自治体も見つけやすく、案件を受けた後の評判もいいですね。

逆に「営業できます」というだけの人はマッチングしづらいんですが、そういう方が意外と多いんですよ。例えば「僕はこういう商材を扱っていて、経営者向けに営業をしていて、リードタイムを短くする技を知っています」と書いたりするだけで、マッチング精度はけっこう上がると思います。

絶対ニーズはあるので、「こんな自分にニーズがあるのか」とか思わなくていいんです。あとは、圧倒的にレスが早い人。レスが遅い人は人気がないですね。

ーー早いってどれぐらいですか?

大林:これは2つに分かれるんですが、前提として「この時間帯に本業があるので、僕はこの時間ならレスができます」とちゃんと伝えている人。要は、連絡が取れる時間帯をちゃんと複業先に伝えておくことが大事だと思いますね。

スピード感としては、だいたい半日以内では何かしらのレスがある。もしくは、「今ちょっと忙しいので、この時間帯に後ほどレスをします」と一度連絡をする。これは複業うんぬんではなくて、社会人の基本だとは思いますけども。

とは言いながらも、実際は社会人みんなができているわけではないですよね(笑)。ベンチャー企業の方は一般的に「レスが早い」というレッテルがいい意味で貼られているので、そのあたりは求められているところですね。

ベンチャー出身者は時間軸や期待値のすり合わせが重要

ーー他にベンチャーの方の複業の特徴やメリット・デメリットはありますか?

大林:ベンチャーは働き方もけっこう柔軟なので、お互いにスピーディーに、クイックに意思決定ができる点がメリットかなと思います。大企業だと本業側に確認をしなきゃいけないとか、ちょっと時間がかかって断られたりするケースも実際にあります。

一方で、ベンチャーと自治体や大手企業は時間軸がちょっと違うので、事前にすり合わせをしておかないとやりづらいと思います。例えば、ベンチャー企業の方の中には、「ミーティングは土日でいいですか?」とか「19時からミーティングさせてください」と普通に言う方もいるので。

あと、これはベンチャー企業の人には特に当てはまると思うんですけど、複業とはいえ「何をもって評価するか」という期待値がちょっとずれているとうまくいかないケースは多いです。やってほしい業務内容やミッションは、絶対に最初に明確化したほうがいいですね。とりあえず複業で入ってはみたものの、詳しい内容や誰がマネジメントするかが決まっていないままスタートするケースもけっこうあるので。

「何をやるか」と「何をやったら、この人を複業で採用して成功だったと言えるか」の定義は、採用面談でお互いにしっかり握っておいたほうがいいと思います。業務内容の明確化と、コミュニケーションを取れる時間の定義ですね。あとは、どういうチャットツールを使うかといったこともちゃんと明確にするのが重要だと思います。

受け入れ企業側も、優秀な複業人材に選ばれる工夫が必要

大林:受け入れ企業側については、正社員も複業人材もちゃんと同じメンバーとして扱うことが大事です。複業だからうまく使ってやろうとか、安く買いたたこうという感覚を持ってしまうと、絶対うまくいかなくなるので。

あとは複業人材が困った時に相談できる、受け入れ側をちゃんと決めたほうがいいと思います。管理部の人でもいいですし、担当部署のリーダーやマネージャーでもいいですし、「何かあったらこの人に連絡してね」という人とつないでからがスタートですね。

ーー確かに、窓口が1つしかないと孤立しやすくなりますよね。受け入れ先の企業さんの仕組みやルール作りで、お手本になりそうな事例はありますか?

大林:複業人材が出張や本業で急に忙しくなった時に、事前に通知をしてもらうという、ユニークなルールを決めている会社がありますね。「×2の事前通知ルール」というんですが(笑)。例えば「明日半日休みます」という時は、0.5日稼働できないことになるので、2倍掛けて1日前には連絡してもらうと。

あとは先ほどお話ししたように、複業人材も正社員と同じ扱いをされている企業さん。複業人材も手厚くオンボーディングすると明確に決めていらっしゃいますね。複業人材も分け隔てなくという企業さんは、まだそんなに多くはないので、僕らも増やしていきたいと思っています。

その会社では毎週1on1をしたり、タスクの進捗状況をお互い共有をしあって、「外部人材/正社員」という変な壁を作らずにやっていますね。1on1をすることで、本来100のアウトプットを出せる人が120出せたり、企業側が長くいてほしい人材が会社を気に入って長くいてくれる効果もあると思います。

人気がある方は、1社だけではなく複数社で複業をされているんですが、本業の兼ね合いなどで1社に絞らないといけないという時に、複業はお互いに契約を終わらせやすいんですよ。そういった時に、いかに自社を選んでもらえるかはけっこう大事だと思います。

複業先とのトラブルになりやすいパターン

――逆にうまくいかないケースはどんなものがありますか?

大林:明確に言えるのは、嘘をついてるケースです。できないのに「できる」と言ってしまうパターンがトラブルになることが多いです。あとは能力はあるけれども、本業が忙しかったり複業先を多く抱え過ぎていて、結局納期が遅れてしまったりする場合。それで飛んでしまうという。

もちろん、飛んでしまった場合も含めて契約書をちゃんと結んでいれば、その通りに扱うというふうにはなるんですが、そこはリスクですよね。これは複業だけでなく、正社員でもある話ですが。

そういったケースを防ぐためにも双方が面談でしっかりと確認すべきですし、時間管理・メンタル管理・体調管理の3つができていないとうまくいかないですよね。

自分がタスクをどこまで受けられるのかという限界値、キャパシティをちゃんと把握しておくことは社会人の基本的なスキルだと思うんですけど、複業をやるのであれば、そこがやっぱり一番重要かなと思います。

――迷惑をかける先が増えてしまうことにもなりかねないと。いろいろとクリアすべきことが個人にも企業にもあると思いますが、本業だけでは得られないお金や経験、やりがいが得られるんですね。最後に、複業をするメリットについてお聞かせください。

複業は「本当はやりたかったこと」に挑戦するチャンス

大林:一番のメリットは、複業であれば本来挑戦したかったことのハードルを低くできることだと思ってるんですよ。例えば、ずっと営業をやっている人がエンジニアになりたいとか、本当は教育やスポーツに関わりたいという時に、複業しながら経験を積める。

キャリア構築で言うと、自分の市場価値を高めるために本業以外の経験を積んだり、本業のスキルをもっと強化するために、ベンチャー企業の方が大企業の新規事業部で立ち上げを支援したり。転職や独立をする前に、複業でいったん腕試しをして「自分はやれる」という自信をつけて、起業される方も多いですね。

本当に複業はキャリアを豊かにする。もっと言うと、人生を豊かにするものだと僕は思っているので、「挑戦するすべての人の機会を最大化する」というビジョンを掲げています。

ーーお話ありがとうございました。

大林:ありがとうございました。