強みで勝負しようとすると「ドツボ」にはまるワケ

井上和幸氏(以下、井上):今スライドに表示いただいているキャリアの悩みをはっきりさせたと。その上で、どうするんだということですかね。

松本利明氏(以下、松本):「あなたの強みの見つけ方、活かし方」とスライドにあるんですけど、この「強み」という言葉には、実は大きなワナがあります。なぜかと言うと、強みで勝負しようと考えると普通の人はドツボにはまります。「強み」は同じ業界や仕事だとどうなるか、これを例で見てみます。

私が書いたベストセラーの一つ、『「いつでも転職できる」を武器にする(市場価値に左右されない「自分軸」の作り方)』(KADOKAWA)という、本のはじめに書いています。営業職で「よくありますね」と言われるのが、それこそ元リクルートの藤……。

井上:藤原和博さん。

松本:藤原さんは、100人に1人のスキルとか、100人に1番のことを3つ重ねると、100万人に1人のすごく貴重な存在になれますよ、と言うんですが、これって普通の人が考えるのはなかなか難しいんですよね。

井上:そうなんですよ。

松本:解説しましょう。まず営業をやっていますと。井上さんですと、人材業界で、元リク(ルート)みたいなかたちで考えるとわかりやすいですよね。「営業をやっています」「営業をやっていてどんなことを30歳までに積み重ねてきたかな」「営業だけではなくて、マーケティングをやってきましたね」「いいね、営業でマーケティング」「いや、でも30歳までにやっていることは、営業とマーケティングだけです」と。

じゃあ人材業界を掛けてみるとどうなるかと言うと、「あれ、もう普通のリクルートの営業にループしてしまう」。

井上:(笑)。そうですよね。藤原さんは僕の師匠ですけど、あの100万人(分の1)のスキルには実は、掛け算した結果、普通になるという落とし穴があると思っています。

松本:なぜかと言うと、同じ仕事をすると、同じような経験を積んで、同じ強みになってしまうんです。正直言って「被る」んですよね。被るんだったら、本当にものすごい人と勝負したら、普通の人は敵わないんです。だから、強みと思っても客観的にみると強みではなくなっていく。

自分の強みは、周りから見たら「誤差の範囲内」

松本:あともう1つややこしいのが、強みは売りになるものと、実は「売りにならない」ものがあるんですよね。どんな人でも笑顔にできるよと言っても、「じゃあそれっていくらお金になるんですか?」と聞いたら、よっぽどすごいお笑い芸人にならない限り、たぶん良い人で終わってしまうんですよね。

強みになる売りは何だ? と考えていくと、どうしてもまた上に戻って、被ってしまうんです。「営業力があります」とか、「最後まで諦めません」とか、「僕、柔軟な対応が得意です」とか、結局ここは被ってしまう。

強みで考えれば考えるほど、同じところをループしたり、人と被って差別化がはかれなくなってくる。もしくは、本人の経験でここはすごく差別化できると思っても、周りから見たら誤差の範囲内だと。

リクルートの事業の違いを細かく言われても、大きくみると転職エージェントじゃん! という話になってしまいます。お互いに同じ業界にいると違いがわかったりするんですけど、意外とそこって周りはそこまで重要視していなかったりするんですね。

井上:そうですよね。

松本:じゃあどうすればいいかと言うと、強みではなく「持ち味」とか「資質」を活かしましょう。この考え方は、今非常に増えているのではないでしょうか。資質とは、みなさんご存知で釈迦に説法だと思いますが、人間の能力面を氷山で表現したモデルで見てみると、一番の根底にあるものです。

モデルによっていろんな整理の仕方がありますけど、一般的によく言われているのは、動機とか性格とか価値観。これも諸説あるんですが、だいたい生まれ(DNA)で半分、残りの半分は20歳の中旬ぐらいまでに比較的固まりやすい。

例えるなら、短距離走で足が速かった人が、20歳を迎えた瞬間に長距離が速くならないのと一緒。やっぱり短距離が速い人は苦手な長距離より、ずっと短距離で勝負したほうがラクだし、成果が出やすいと考えますよね。

資質はまったく変わらないわけではなく、カウンセリングみたいに時間をかけたり、人生で驚くような大変な経験を積むと変わったりするケースは当然あります。でもどうせ短距離が速いんだったら、短距離で勝負できる仕事をしたほうが、早くスキルアップしやすい。それが資質であり、持ち味です。

井上:なるほど。

キャリアは「アップ」ではなく、「面積」で考える

松本:木を登る仕事に合う時に、リスならスイスイだけど、豚だったら「いよっ!」とおだててもいつ登るかわかりません。自分自身の持ち味を知って、その活かし方がわかったら、強みを活かすよりも早く、楽に活躍できるようになる。これが大きなポイントです。

なので、キャリアは「アップ」ではなくて「面積」で考えていくのが、今の大きなトレンドです。キャリアアップは、同じ業界とか同じ企業を上っていくと、どうしても同じ業界にいる限り、提供価値の幅は大きくは広がっていきません。

逆に上に行けば行くほど三角形が狭くなってくるので、若い時は自分の同期だけがライバルだったものが、だんだん自分の後輩とか部下、場合によっては上司・先輩や、業界の中のエースもライバルになってくる。このように、座れる椅子が少なくなって大変です。

あと、場合によっては、業界が倒れた瞬間に、人生がぜんぶ終わるんですよね。もう50代のアラフィフの方で、研究職で世界的にもものすごく有名な論文を書いているんだけど、テクノロジーで状況が変わってしまって、「これいらなくなってしまったんですけど、私どうしたらいいでしょうか?」みたいな人、井上さんもけっこうお会いすることがありません?

井上:まあ正直ありますよね。テクノロジーとかもそうですし、専門的な領域でやってこられた部分がいろんな意味でなくなってしまうことが、今すごく起きていますので。

松本:わかりやすく言うと、大相撲のようなものになってくる。だいたい毎回ガチンコで勝負していって、ずっと横綱で居続けるのは厳しいですし。年を重ねてピークを過ぎた時に強い若手が出てきたら自分は引退しないといけなくなったりしますよね。

キャリアを横に広げるメリット

松本:誰もが常に激しい競争の中に置かれていますが、今活躍している人は、涼しい顔をしながら自分自身の持ち味に沿って活躍しちゃう。今のご時世は「無冠の帝王」すらネットで広まり表に出されて、サーッと有名になる人が多いじゃないですか。

これは、キャリアを面積で考えている人が多いからです。一人前以上になった時に、違う企業とか業界とかで新しい価値を出していく。このスライドの図のオレンジの部分ですけど、横に行けば行くほど面積が広がっていくんですね。

例えば、リクルートの卒業生の方には、転職エージェントという業界に入るだけではなくて、新規の領域だったり、違う業界に行ってものすごく活躍する人が多いじゃないですか。

このように、違う業界とか、周りが苦手なんだけど自分が得意なところをぶつけていくと、ライバルがいないので勝ちやすくなってくる。なので、持ち味とかをうまく掛け合わせていって、面積を広げていく。

実は大企業も昔からこれをやっています。定期異動をしていきながら、特に選ばれたリーダー候補の方は、早く出世するだけではなくて、子会社の社長をやってみるとか。この提供価値、面積を広げていくことを会社主導で過去はやってきたんですが、今の時代は会社主導でなくてもそのカラクリがわかっているので、自分でやればいいんですよ。

会社の中で手をあげて異動したり、あとは転職エージェントを使って転職するとか。場合によっては、副業を解禁しているところだったら副業でやってみて、キャリアを面積で考えていくと倒れることはなくなってくる。広がっていく一方になるんですね。

代わりがいないポジションを築いた事例

松本:もう少し言うと、基礎軸、これは持ち味に沿ったスキルは楽に早く成長できるので、縦軸の人軸(資質・スキル・経験)を考えていく。あとは、場所軸(業界/会社/職種/役職・ポジション)とありますけど、これは稼げる業界とか伸びている業界とかを見ながら、あとはライバルが少ないところに移るという観点でいくと、面積が広がりやすくなります。

具体例を出します。1人だと誰なのかわかってしまうので、ある私の友人を2人ぐらい掛け合わせて(笑)。俳優で年収100万円、アルバイトをやっていた方がいました。

彼は役者としてはそこそこまではいったんですけど、とても劇団のトップをはれるところまでいかなかったので、結婚を機会に辞められました。役者とアルバイト経験しかなく、未経験でつきやすいフルコミ(ッション)の営業になりました。

結果、何が良かったかと言うと、元俳優で営業やってる人ってなかなかいないんですよね。そして、飛び込み営業をした時に「私、劇団〇〇〇にいた元俳優なんですよ」と言ったら、社長が「えっ!」って。

井上さんもそういう人が来たら、会ってみたいと思いますよね。「えっ! ○○さんと同じ舞台に立ってたの? じゃあちょっと話聞いてあげようか」じゃないんですけど、相手の考え方が変わったりして、売れっ子営業マンになったんです。

さらに、営業の腕を積み重ねていって、今は大企業相手に、研修講師として大成功し、年収2,000万円以上。元俳優×営業スキルの研修講師は代わりがいないんです。この道何年の大手の研修会社出身の営業講師はたくさんいるんですけど、この経歴で組み合わせられる人はいない。

もう「あなたしかいない」ということで、普通の講師よりも高いフィーを払っていただけるし、自分らしく稼げて楽しいし、となってきます。

得意なところを一人前以上に伸ばし、ライバルがいないところに当てる

松本:このように、自分のまず1つの得意なところを一人前以上に伸ばしたら、ライバルがいない、もしくは自分の持ち味を発揮したら実はライバルがいなかったというところに当てていく。それが2つ、3つ重なっていくと、藤原さんがおっしゃっているような、100万人分の1人になりやすくなっていきます。これが今の時代にあった堅実なキャリア論です。

私の友人で、早川(哲朗)さんという人がいます。彼はDJ Tokyoさんという名前で、DJとして昔有名だったらしいんですね。私はウイスキー仲間で知り合ったので、彼の昔は知らないんですけど。

DJで大活躍をしていたんですが、ダンサーの奥さんと結婚して、子どもが生まれたら奥さんはピラティスとかを教えると。週末、自分が皿回し行くわけにいかなくなってしまって、盛り上げるのがDJとして得意だったので、それを活かし、プロデューサー的な仕事で成功されています。

しかも、スライドに「牡蠣イベント」と書いてあって、コロナで随分回数は減りましたけども、彼のFacebookを見ると週末、牡蠣を使ったバーベキューをよくやっているんです。「良いですね」と言ったら、「これは私のビジネスです」とおっしゃってました。

要は、牡蠣には「シャッカー」という資格があり、それを取得。元DJの人で、盛り上げて楽しくて、みんなで居酒屋で飲むんだったら早川さんと一緒に牡蠣パーティーをやろうと、リピーターがむちゃくちゃ多いんです。しかも、自分の子どもも一緒に面倒をみれるので、楽しいし、お金も儲かる。

「周りを盛り上げるのが得意」という自分の持ち味を活かすと、DJのお仕事だけではなくて、プロデューサーだったり、プライベートの趣味のイベントもぜんぶ収益化できる。自分のネットワークとしてつなげていくことができる。こういう活かし方ができます。