前野隆司氏×宮田裕章氏が語る「ウェルビーイングの未来」

前野隆司氏(以下、前野):(対談相手は)慶應義塾大学医学部の教授の宮田先生です。実は私も慶應義塾大学のウェルビーイングリサーチセンターというところにいて、宮田先生とはそこでご一緒しています。私はSDM(システムデザイン・マネジメント研究科)という組織にいますが、ウェルビーイングリサーチセンターにも所属しているんですよ。

「今度、ウェルビーイング学会を作ろう」という話になっています。宮田先生は慶應義塾大学の医学部教授なのに、今度は岐阜に大学を作ろうとしていて、非常に活躍している。しかもテレビによく出ているので、みなさんもご存知ですよね。

宮田先生と私は、もちろん学内ではよくコミュニケーションしているんですが、外向けに対談するのは初めてなんですよ。ですから、これがどうなっていくのかぜひお楽しみに。しかも、打ち合わせもしていないんです。

宮田先生は「Well-Being」じゃなくて「Co-Being」と言うんですね。「ともにある」の「Co」と、Co-Creationの「Co」。「Co」に「Being」とおっしゃっているので、そのへんから聞いていこうと思っています。宮田先生!

宮田裕章氏(以下、宮田):宮田です。

前野:おはようございます。

宮田:おはようございます。よろしくお願いします。

前野:ありがとうございます。確か、どこかの学会に出る朝なのに登壇していただいたんですよ。

宮田:そうなんですよ。今、ちょうど沖縄におりましてね。波の音が聞こえますか? 聞こえないですかね?(笑)。

前野:残念ながら聞こえないですね。

宮田:聞こえない。了解、すみません(笑)。

前野:Zoomは雑音消去機能がすごいんですよね。そこは波の音がバンバン聞こえているんですか?

宮田:そうです。私の後ろに海が見えますかね?

前野:エメラルドグリーンの海が見えます。

宮田:今日はきれいな海のそばからお話させていただきます。逆光で、私の顔が画面上見えにくいようですが大丈夫ですかね? よろしくお願いします。

前野:顔が暗く見えますけど……。沖縄は学会なんですよね?

宮田:そうです。学会です。

前野:私も先週、沖縄に行ったんですよ。沖縄ウェルビーイング推進協議会というのができて、その発足シンポジウムで行ったんです。今度また一緒にやりましょう。

宮田:ぜひぜひ。

前野:「沖縄からウェルビーイングを発信する」というのをやっているんですよ。

宮田:よろしくお願いします。

メディア出演は「社会とのつながりを作るための1つのアプローチ」

前野:よろしくお願いします。それでは、みなさんはもうご存知だと思いますが、どちらかというと今日は私が司会で、宮田先生が……ここからは「宮田さん」と呼びます。実は慶應では、福沢(諭吉)先生以外は「先生」と呼んじゃいけないことになっているので。

宮田:そうですね(笑)。「先生」は福沢先生のみ。

前野:まずは自己紹介です。みんな知っていると思いますが、今どんなことをしているか、お話ししていただけますか?

宮田:慶応義塾大学医学部の宮田と申します。私は医学部の所属ですが、医師ではありません。ウェルビーイングな社会をつくって貢献できるよう、科学からのアプローチでずっと研究しています。理論だけではなくて実践を踏まえて、いろいろなプロジェクトをさせていただいております。

前野:医学部教授なのに医師じゃないんですね。東京大学の理科三類出身ですよね? だから「医者なんだ」と思っていたんですが、公衆衛生というか、データサイエンスで医学を世の中に広める活動の担当ということですか?

宮田:出身は東京大学の理3ではなく理2ですね。データサイエンスや医学はあくまでも社会を改善するための手段で、目的はウェルビーイングを高めること、多くの人々がその人らしく生きることができる社会に貢献することです。

前野:マスコミによく出ていらっしゃいますが、マスコミに出るのはどんな感じですか?

宮田:メディア出演についてはいろいろと誤解もあるようですが、メディアの視聴者には研究者以外の方も多く、そういった方たちにも私の科学者としての視点をお伝えしようという思いから行っています。まずは、政府とは異なるアプローチで、一貫した科学あるいはデータによって社会がどう見えるのかを示すことが1つあります。

もう1つは、私はもともとNHKの報道番組の『クローズアップ現代』に出演していたんですが、「社会をどういろいろなアプローチから見るのか」というところもすごく重要なので、番組にかかわる中で貢献する。メディア出演は「社会とのつながりを作るための1つのアプローチ」として、研究者としての活動に加えて行っています。

研究者として成果を出しつつ、常に社会貢献を考える

前野:ありがとうございます。みなさんの誤解を解くために私が知っている情報を言いますと、私はウェルビーイングリサーチセンターで宮田さんと一緒にやっていますが、宮田さんの共同研究はすごいんです。ものすごく多くの研究をしていますよね。

宮田:そうですね。他の学部でも一定の割合で見受けられますが、医学部では「ピアレビュードペーパー」という、専門家の査読を受けた英文による論文を極めて重視します。研究の成果として評価されるのは、英文ピアレビューペーパーだけ。和文の本を書くのも、私がメディアに出ているのも、医学部ではまったく評価されないんです。

そうしたことを踏まえた上で、ベースである医学部の研究者としての部分で一定以上の成果をしっかり出しながら、医学部での研究以外のことも掛け合わせて、科学者として今の社会にどう貢献できるかを考えて活動しているのです。

前野:本当にそうですね。我々研究者は論文を書くのが仕事ですが、医学部は英文のピアレビューの論文にとても厳しくて。

インパクトファクター(学術雑誌の質を計測する指標の1つ)が高い論文誌に、私の所属するシステムデザイン・マネジメント研究科では、日本語の論文も「がんばってるねえ」みたいに評価されますが、英文ピアレビューペーパーで評価される医学部は一番ハードルが高い学部です。医学部で英文ピアレビューペーパーもやりながら、さっき申し上げた企業との共同研究もやって、マスコミにも出る。

僕もそうかもしれないですが、確かにマスコミに出ているところだけを見ていると、「前野さんや宮田さんは、研究以外のことにたくさん時間を割いているんじゃないの?」と思われるかもしれません。ですが、僕も論文をすごく書いているんですよ。

1人だけがご機嫌でも世界は回らない

前野:宮田さんのCo-Beingですが、人々に広める時にはCo-Beingという言葉をすごく使われていますよね。

宮田:そうですね。今、画面の背景にコンセプトビジュアルを少し出させていただきました。「Better Co-Being」ですね。Beingに、いわゆる「ともに生きる」の「Co」を足したということです。もう1つは、それが定常の状態だけではなくて、「Better」というベクトルを1つ加えることで、ウェルビーイングを表現として変えています。

ウェルビーイングを議論する時によく言われるのが、「1人だけご機嫌でも世界は回らないじゃないか」ということです。なのでウェルビーイングについてだけでなく、あわせてサステナビリティについても考えることがすごく大事です。

ただ、SDGsの文脈だけを考えた時に、最低限生きられればいいかというと、もうそれだけではないだろうと。ポストSDGsとしてのウェルビーイングは、予防医学研究者の石川善樹君とも提案していますが、「サステナビリティそのものが持っているパラダイムもしっかり継承しなくてはいけないだろう」ということです。

例えば貧困状態にある場合を考えても、ただ生き延びているだけでは貧困から這い上がれないんですよね。「先に希望があって初めてそこから出ることが可能だ」という科学研究もたくさんあります。生きることの喜び、可能性、しあわせのつながりを考えてウェルビーイングをデザインしていくことが必要なんじゃないかということです。

なので、ウェルビーイングとサステナビリティを掛け合わせた上で、1つの問いとして立てていくことを、とりあえず「Better Co-Being」と呼んでいる状況です。

前野:ありがとうございます。宮田さんとの対談が始まる前に、このシンポジウムの開会挨拶で武蔵野大学学長の西本照真先生とも話していたんですが、ウェルビーイングやしあわせというと、「自分のしあわせのことばっかり考えていて、セルフィッシュじゃないか」と誤解されがちです。

だから、今回のシンポジウムのタイトルは「みんなでしあわせをシェアしよう」にして、「シェアする」「広げていく」というニュアンスを出しています。

「Better Co-Being」という言葉に込められた思い

前野:このシンポジウムの実行委員会では、親しみを込めて西本学長のことを「てるちゃん」と呼んでいるのですが、てるちゃんも「『Peace & Happiness』と訳している」とおっしゃっていましたよね。そこで、「自分勝手じゃなくてつながりが大事なんだ」と言っているのですが、Better Co-Beingも同じようなニュアンスなんですかね? それとも違いがあるんですか?

宮田:基本的には同じことですね。例えば、食べること1つとっても、美味しく食べることに喜びを感じたり、栄養をしっかり補給して体に必要な栄養分を充足する。ただ、それが過剰になると今度は病気になります。その食べ物がどこから来ているのか。安い価格でたくさんの食糧の供給を途上国の生産者に強いることは搾取にもつながり、食べれば食べるほど途上国の生産者が苦しむケースもあるわけですよね。

あるいは、地元で生産された食べ物を地元民が食べるという地産地消を通じて、農家の人たちと良いつながりが生まれることもあります。また、食べ物の供給過剰の場合はフードロスが生じ、環境破壊の原因となってしまいます。

「食べる」という中でウェルビーイングを軸にすると、いろいろな世界とのつながりがある。この中で、より良い世界を作っていこうというのが、1つのBetter Co-Beingです。

もう1つは、サステナビリティの観点からどんな未来を作るのかがとても大切になってきています。例えば、「カーボンニュートラルだけやれば、サステナビリティを実現できる」と思っている企業の担当者の方もいます。

カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること、つまり二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量をできるだけ削減した上で、削減しきれなかった分を植林・森林管理などで二酸化炭素を吸収し、差し引きトータルでゼロにするという考え方で、プロセス目標として大事なものです。

1つのエビデンスによって、世の中の“当たり前”がひっくり返る

宮田:しかし、先日ユーグレナの取締役代表執行役員 CEOの永田暁彦さんともお話ししたんですが、例えば科学者が「二酸化炭素を排出することは良いことだ」というエビデンスを出したら、カーボンニュートラルはたちまちひっくり返るんですよね。

しばらくは考えにくいですが、少しさかのぼると「木材を破壊するな。プラスチックを使いなさい」という時代があったわけです。それが今は逆転して、むしろ「木を使いましょう」「木こそが環境に優しい」となっています。ところが今後、費用対効果の高い再生プラスチックが世の中に出てきたら、それがまたひっくり返る可能性があるわけです。

プロセス目標としてのサステナビリティはあくまでも手段なので、基本的にはどういうウェルビーイングを目指すかですよね。いわゆる持続可能な社会の中で、人々がより豊かに生きる未来を創造することがすごく大事になる。

あえて避けずにお話しすると、つい最近まで欧州では経済成長を達成しながら、持続可能で環境にやさしい経済である「グリーンエコノミー」を進めていこうと言われていたんですが、先ほども出ていたウクライナやロシアの件によって、ロシアとのエネルギー供給のバランスで一時的にそれが吹き飛んでいます。

サステナブルなグリーンエネルギーは長期的には世界にとって大事です。今、我々が選択しなくてはいけないことは、武力を背景に人権を踏みにじることを是認することではありません。また、核兵器が使われうるような選択肢の中で対話することでもないのです。

サステナビリティやグリーンエコノミーも大事ですが、その時のプライオリティを明確にしながら、ウェルビーイングな世界をどう目指していくのかという対話が必要ですもちろんグリーンエコノミー・ウェルビーイングそれぞれにいろいろなジャスティスがあるので、そのあたりをどう対話していくかもすごく大事だと思います。

部分最適ではなく全体最適で世の中を変える

前野:なるほど。Co-Being、Better Co-Beingは、かなり広い意味を含んでいるんですね。うちの大学院はシステムデザイン・マネジメント研究科といって、物事をシステムとみなして、あらゆる人と人、物と物、政策と政策の関係を考慮して、部分最適ではなく全体最適を目指し、それを学問にしましょうというところなんですが、言っていることはほぼ一緒です。

グリーンエコノミーや戦争のことだけを考えるんじゃなくて、「より良い人類、Better Co-Beingを作るにはどうすればいいかを、トータルで考える世の中にしていきましょう」という意味なんですね。

宮田:そのとおりです。

前野:僕らもそうです。僕はもともとロボットの研究者で、「もっと広いことを考えましょう」と言ってウェルビーイングにきたんですが、宮田さんの研究は医学のデータサイエンスのところから広がっているんですか? それとも、戦争とグリーンエコノミーをぜんぶ一緒にする政策決定はどうすればいいかという研究の中で広がっているんですか?

宮田:そうです。そういう意味では、私自身はもともとBetter Co-Beingの研究者なんですね。なぜ医学を軸にしたのかというと、20年前に研究者のキャリアを始めた頃は、お金より大事なもの、お金の先にある価値で共鳴する社会をずっと考えていました。その当時は「何を言っているんだ。お金以外信じられるわけないだろう」と言われるわけです(笑)。

前野:そういう時代でしたね。

宮田:医学領域では、その当時から「クオリティ・オブ・ライフ」というウェルビーイング的な概念がありました。

もちろん今もありますが、お金より優先されるものとして「命を救う」ということが絶対的にある中で、クオリティ・オブ・ライフやさまざまな文脈で、いったい何がしあわせなのか? というウェルビーイングにアプローチするものがあったんです。なので、この価値をしっかり捉えた上で社会をどう作るかが私の専門ですね。