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職場における感謝の科学:新しい職場開発のアプローチを探求する(全4記事)

感謝は「される」だけでなく、「する」こともストレス軽減になる 心理学の研究結果から見る、波及する“感情”がもたらす作用

学術研究の世界では、近年「感謝」の重要性が指摘されるようになっています。感謝には多くの効果があることが分かっており、その効果は偶然現れるものではなく、再現しやすいという長所もあります。組織で働くうえでも、またダイバーシティ推進などの職場開発でも重要である可能性が、組織サーベイや介入実験、客観的な行動データの分析で示されています。そこで今回は、ビジネスリサーチラボ 代表取締役の伊達洋駆氏とテクニカルフェローの正木郁太郎氏が感謝をめぐる最新の研究知見について解説します。

「職場における感謝の科学」

伊達洋駆氏(以下、伊達):本日は「職場における感謝の科学」と題して、1時間でお話しできればと思います。まずはイントロダクションとして、私から自己紹介と本日の趣旨を含めてお話しいたします。

最初に自己紹介ですが、あらためまして、ビジネスリサーチラボの代表を務める伊達と申します。もともと神戸大学大学院経営学研究科で経営学の研究をしていたのですが、その途中でビジネスリサーチラボという会社を立ち上げて現在に至っています。

ビジネスリサーチラボは「アカデミックリサーチ」をコンセプトに掲げていまして、組織サーベイや人事データ分析といった、いわゆるデータ分析系のサービスを提供している会社になっています。人事領域でデータ分析を行っています。

今日のセミナーでは、本質的でありつつダイレクトに取り上げられることが少なかった「感謝」をテーマに取り上げます。感謝は実はいろんな角度から研究が行われつつある領域です。本日は、感謝をめぐる研究知見を紹介します。

本日は私だけではなく、正木さんと一緒にお届けしたいなと思っています。正木さんの自己紹介は、ご自身の発表の時にしていただきます。本日のセミナーは、大きく分けると3つのコンテンツパートからなっています。最初に正木さんに講演をしていただき、その後に私が講演を行って、Q&Aタイムになります。

では、私からのイントロダクションは以上で終了としまして、正木さんにバトンタッチします。正木さん、よろしくお願いします。

企業・組織・職場で、「感謝」はどんな効果があるのか

正木郁太郎氏(以下、正木):ご紹介いただきました、正木と申します。どうぞよろしくお願いいたします。あらためて自己紹介を簡単にさせていただければと思います。現在ビジネスリサーチラボでテクニカルフェローというお仕事をさせていただきつつ、本業では東京女子大学で心理学を教える仕事をしています。

社会心理学と言われる、いわゆる集団心理に近いものを扱っているのですが、その中でも特に働く方々の心理・行動やそれを踏まえた上でのさまざまなマネジメントの工夫などを主に研究テーマとしています。

もしかしたら私のお話を何度か聞いていただいた方もいらっしゃるかもしれないのですが、その中でも職場のダイバーシティ・マネジメントとして、平たく言えばお互いに特徴の違う方が交ざっている時にいったい何が起きるのか、どうすればそういったチームをうまく運用できるのかという研究や、そこから派生して働き方やオフィス環境など昨今の課題もあれば、より根本的な組織の文化・規範などがどうやってでき上がるのか、などの幅広いテーマの研究をしています。

もともとはダイバーシティに関する研究をずっとやっていて、その関係でさまざまな論文を書き、学術的な本(『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』)も出版しています。

本日は、テーマの「感謝」に関する、特にマネジメント上の効果や、企業・組織・職場で期待できる効果、あるいはどのように感謝をそれらに使っていけるかというお話や、どういった研究が行われているのかについてお話しさせていただこうと思います。

「感謝」という感情の歴史的な出発点

正木:その中でも、3構成に分けています。まず、社会心理学的な観点から見た感謝の解説です。「感謝は大事だ」というだけでは倫理・道徳の世界になってしまうので、どういったかたちで研究が進んできているかという歴史について、簡単にご紹介します。

そのあとで、感謝に関する効果と理論をざっとご紹介し、最後にマネジメントの文脈への応用のお話をさせていただきたいと思います。

特に、社会心理学という集団心理系の研究をしている身で、かつダイバーシティの研究をしていた人が、なんでいきなり「感謝」という変わったトピックに手を出したのかについても少しずつお話ししていければと思います。

まず、感謝の研究の歴史を簡単にお話しさせていただきます。感謝の話のはじまりに関しては、「らしい」と書かせていただいています。さまざまな論文を読んでいると、感謝に関して体系立って扱われてきたもののスタートは、やはり道徳ないし哲学の話がスタート地点らしいです。

というのも、あまりにも感謝が日常的に大事だと言われすぎているせいで、出発点がどこかはなかなかたどりづらいということです。(スライドの)右上に写真を持ってきていますが、さまざまな論文の中で「感謝に関するはじまりの議論の一つ」だとよく言われるものが、アダム・スミスの研究です。

経済学者としてご存じの方も多く、私もそうだと思っていたのですが、それ以外の哲学・倫理学も手掛けている学者です。もう何百年も前の話ですが、その方が感謝・共感の重要性を体系立って言い出しました。

感謝する・されることは、個人のストレス軽減につながる

正木:ただし、それが心理学の中で研究対象となって、具体的に実験や調査のデータを使ってきちんと検証したり、それが心と行動のどういうメカニズムなのかを理論化することが始まったのは2000年代からで、けっこう最近の話です。

さらに言うと、その中で特にマネジメントや組織という文脈において感謝がどう重要なのか、どう使っていけるのかという研究が始まったのは2010年代と、ここ10年くらいで大半の研究がスタートしているのが実態のようです。

感謝に関する過去の研究のさまざまなレビューといいますか、「こういう研究が過去にある」と整理した論文がちょうど今年の初め頃に出ています。その論文によると、組織を扱っている感謝の研究の55パーセントは2017年以降のここ5年くらいで行われているということです。

感謝は当たり前のこと、かつ歴史が長いことだと思いつつ、実際にデータを使って研究されるようになって、さらにそれが組織の問題で扱われるようになったのは本当にごく最近のようです。その中でデータを使う研究がどうやって発展してきたのかを、大まかに3段階に分けて整理しています。

1つ目は、感謝する・されることが個人のストレス軽減になるということです。感謝されることによって、さらに「誰かを助けてあげよう」と思うようになるとか、いわゆる個人レベルの効果が最初に注目されていました。

ただ、これだけの話ではなく、ここから社会心理学っぽさが少しずつ登場してきます。自分にとって良い効果というよりは、集団として良いほうに向かっていくために重要なことがあるんじゃないかという、集団の力学に関する研究が次に進んできています。

ウイルスと同じように、人の感情には「波及効果」がある

正木:具体的に言うと、まずは感謝は対人関係を円滑化するという結果がみられています。また、もしかしたら「情動伝染」という言葉をお聞きになったことがある方もいらっしゃるかもしれません。

ウイルスが伝染していくのと同じようなイメージで、人の感情が周りに波及効果をもたらしていくような、ある種集団の力学みたいなものも研究の対象として進んできています。

ここまでの研究は学生対象や、ある種の基礎研究の域を出ない部分ではありましたが、その後応用的な文脈の研究も増えています。具体的に言うと、このセミナーのテーマである組織など、仕事の現場への応用が進んでいきます。報酬のためにがんばるという合理的な場面でも感謝が有用なのか、あるいはどう効くのかという研究が入ってきました。

大まかに言いますと、最初は「個」に注目していたものが、次に「群れ」に注目し、その群れの中でもより応用的な現場に関する話につながってきた。こんな経緯が過去の研究の流れとしてあります。

その上でパート2になりますが、「感謝が大事」という当たり前の話がどういうふうに理論的に説明されてきたか。あるいはデータで検証されて、どういうやり方で、どんな効果があったのかについてお話しできればと思います。

「感謝」には3つの形態がある

正木:まずは、そもそもの「感謝」という簡単な学術的定義をあらためて明文化して、そのあと具体的な効果について、検証方法も含めてお話ししていきたいと思います。

かなり簡略化していますが、感謝はどういうものを意味しているのかというと、「自分が何らかの恩恵や利益を受けた時に感じるポジティブな感情」です。

人と人、あるいは人と社会、組織でもいいですが、そういったものとの間での利益の授受に伴って、何かをしてもらった時に感じる温かな感情、「ありがたい」と思うものを感謝と呼んでいるようです。

ただし、感謝と呼ばれるものの中には3つの形態があることが研究の中でよく言われています。1つ目はパーソナリティに関することで、そもそも物事に感謝しやすい性格なのかという観点。2つ目は、性格とは関係なく、今感謝を感じているかという観点。3つ目は、それを言葉にして行動に表すかという観点。この3つのポイントで形態が分かれて研究されています。

よく使われるモデルを簡略化して、それぞれの関係を整理してみました。まず、誰かに助けてもらうなど、感謝を喚起するような恩を受けた。それに対して感謝を感じる、ありがたいと思うというつながりが1つです。

ただし、そこから内心で「ありがたい」と思うだけではなくて、相手に対して「ありがとう」と伝えるかどうかもありますし、何かしてもらったら反射的に「ありがとう」と返すつながりもあります。

さらに言うと、感謝を感じやすい人ほどこういったリンクが太くなってきて、ちょっとしたことでも「ありがとう」と表明することもあります。先ほどの性格の部分と、今どう感じているか・行動しているかがつながっていくという話です。

心理学でよく用いられる「感謝の研究」の結果とは

正木:感謝の研究について、特に心理学の領域によく引用されているわかりやすい実験の例を2つご紹介します。1つ目は、感謝日記やGratitude journalとかいろんな言われ方をする研究方法です。2003年の研究なので、20年ほど前ですね。

こちらの研究で感謝の効果を検討するためにいったい何をやったのかと言いますと、まず大学生を200人くらい集めて、その200人を60人から70人くらいの3分の1ずつのグループに分けて、それぞれ10週間に散発的に違う活動をさせるという実験です。

1つ目のグループは、感謝に関するグループです。この方々には週に一度、「先週あったありがたいと思ったことを5つまで書く」という活動をさせます。2つ目のグループは、ポジティブなことというよりはネガティブなことに注目するグループです。「あなたが感じた煩わしいこと、大変だったことを書く」ことを書いてもらいます。

最後は、ポジティブやネガティブ関係なく、「あなたにとって印象的だったことを5つ書いてください」というものです。そういったかたちで60人から70人ずつにそれぞれ違うことを振り返らせる。その上で日記をつけ終わったあとに心身の調子や人生の満足度を尋ねる質問をした。その結果、この3グループの間でどんな変化が起きたかという実験です。

その結果を、私が論文をもとに簡略化してグラフに落としてみました。心理的な指標なので爆発的な差ではありませんが、よく見てみますと、青の感謝を記録したグループのほうが人生の満足度が少し高まるのと、近い未来に対する希望があり、楽観的になれるという話です。さらに心理的な部分だけではなくて、体の不調に関してもやや低めのスコアとなる。

この時の3グループの違いは、感謝したことについて書いてもらうか、大変だったことを書いてもらうか、一週間の振り返りをしてもらうか。それだけの介入によってこれだけの違いが出たということを、かなり初期の研究で言われていました。どうやら感謝することにはポジティブな効果があるらしいということが、最初の段階で言われていたというお話です。

単なるフィードバックだけでは、パフォーマンスは変化しない

正木:これに加えて、さらに組織の文脈に落とした研究が7年後くらいに行われています。2010年くらいに発表された研究で、働く現場の方々を対象に介入するという、個人的にはやりたくてもなかなかさせてもらえない研究です。

大学の中で、ある種寄付金集めのような仕事をしている方の40人くらいを対象に行われた実験で、これもその方々を半分くらいに分けます。どういう効果の違いが出てくるかという研究なので、感謝に関するグループは上司からわかりやすく感謝の言葉をもらう。もう半分の人たちは業務に対する客観的なフィードバックだけをもらうという区別がなされています。

介入した翌週にアンケート調査で、自己効力感や「自分がどれくらいがんばれていると感じるか」を測るのですが、寄付金集めの活動なので、同時にある種のテレアポをしなきゃいけない。その頻度も一緒に測定しています。

この研究でどんな結果が表れたのかをグラフにしてみると、こんな感じになりました。単にフィードバックをもらうだけの統制群のグループでは、翌週にパフォーマンスが上がるかというとそんなに変わらない。

一方で、上司から明確に感謝を表明されたグループでは、翌週に自発的なパフォーマンスが上がってくる。自己効力感に関してはそこまで明確に差は出ていないのですが、「自分がどれくらい価値ある仕事ができていると思うか」という価値認識に関しては、どうも感謝を受けたグループのほうがフィードバックを受けたグループよりも高くなる。

それを踏まえると、感謝されることによって「自分に価値がある」と認識される。あるいは「自分は価値をもたらせる」と感じる結果、「よりがんばろう」という意欲も起きるらしいことが、これもまた、よく引用されるかなり初期の研究としてなされていました。

このように感謝に関する主な研究方法としては、何かしら介入したグループとそうじゃないグループでどんな差が出てくるかを実験するものもあれば、組織サーベイを使ってどれくらい感謝されているか・感謝しているかの頻度、パフォーマンス、エンゲージメントの相関関係を見るものもある。

また別の観点では、感謝した頻度をアプリケーションや紙で測って、行動や客観的なデータを分析する取り組みも現実的には可能です。

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