芋むしがさなぎに、蝶々に姿を変えることへの感動

孫正義氏(以下、孫):みなさん、おはようございます。ソフトバンクの孫でございます。よろしくお願いします。

それではさっそく、話に入りたいと思いますけれども、みなさんは子どもの時に蝶々を捕まえたことがありますか? 僕は蝶々が大好きで、竿がついた網で蝶々を追いかけて、たくさん捕まえて、虫かごに入れて、うれしそうに眺めてたんです。

でも、すぐ死んじゃうんですよね。それがかわいそうになって、その時からは、虫かごに入れて30分ぐらい眺めたら、逃がしてあげるようになりました。

それからしばらくして、ある時、たまたま蝶々の幼虫を見つけました。芋虫ですね。それを家に持って帰って、土の上に置いて大事に育てました。次の日の朝、起きると、木の枝にさなぎの状態になってくっついてました。

それからまたしばらく何日か経ったら、その硬いさなぎがパカーっと割れて、にゅるにゅるっと、くしゃくしゃの羽のアゲハチョウが生まれてきたんですね。

みるみるうちに、くしゃくしゃの羽が、りんと張り詰めた綺麗な羽に変わって、見事に美しいアゲハチョウになりました。感動しました。

まさに、この芋虫からさなぎ、さなぎから蝶々という、姿も形もまったく似ても似つかない、グロテスクなものから美しいものに変身した姿に、感動を覚えました。

「AI化」まで進まなければ、本当の意味での「DX」にならない

さて、今日のテーマは「デジタルトランスフォーメーション(DX)」です。DXとは何かというと、最近はリモートワークだとか、あるいはコロナで、保健所がいまだにファックスで情報を送っていたなんてニュースもありましたね。

「なんだ、これは」と。我が国はそんな状態だったのかと驚きました。「ファックスをEメールに変えた。だからDXだ」とは、私は思わないんですね。

ファックスがEメールに変わったくらいであれば、これは芋虫がさなぎに変わった程度です。さなぎでは意味がないわけです。

本当の意味でのDXは、芋虫からさなぎになって、さなぎからさらに美しい蝶々にまで変わっていかなければならない。私は心からそう思ってるわけです。

ですからDXというのは、単にデジタル化するだけではなくて、AI化まで進んで、本当の意味でデータをフル活用して、未来を予測する。いろんな変革をもたらす。そういうところまでいかなければ、本当の意味での「DX」にならないと私は思います。

競争力が低迷する日本に必要な「AI革命」

さて、そういう状況の中で、日本の現状はどうかということを振り返りたいと思います。この20年間、日本の株式市場の日経平均は2.8倍になりました。一方、アメリカのニューヨークダウ、あるいはナスダックはそれよりもはるかに大きく伸びている状況です。

また最近は円安になりました。136円とか、ついこの間は140円ぐらいまでいきましたね。日本に競争力があった頃は円高で、1ドル80円という時期がありました。

日本の競争力が、世界でも1番2番という時期もありました。Japan as No.1の時期です。しかし日本の競争力は、なんと今や34位まで低迷しています。

このままではいけない。このままではだめだ。何が何でもこれを巻き返さなければいけない。変革しなければいけないということです。そのためには「AI革命」が必要です。

最近、私はことあるごとにAI革命と言っておりますが、このAI革命こそが、DXの行き着く先だと思っております。美しい蝶になろうということです。

先進国の中でことごとく遅れている、日本企業のAI導入率

このAI革命がDXの行く先としてなされると、何がどう良くなるのかというと、社会の原動力になります。未来を予測できる。もしみなさんが水晶玉を持っていて未来を予測できるならば、それだけで他に何もいらないぐらい成功できますね。欲しいものが何でも手に入るようになります。あらゆるものの需要予測をすることによって、さまざまな問題を解決できるようになるわけです。

また、さまざまな分野で、例えばコストを半分ぐらいに削減できたり、発明とか開発とか、イノベーションの創出が40倍ぐらいのスピードでできたり、あるいは新製品の開発のスピードも10倍ぐらい早まるとか、そういうデータも最近の調査の結果で出てきております。そういう未来がやってくるんです。

しかし日本企業のAI導入率は、世界で何位ぐらいかというと、もう数えたくないぐらい遅れています。先進国の中では、もうことごとく遅れている。

また、AI人材が会社にどのくらいいるか。まず経営層がAIに理解がある割合は、アメリカだと75パーセントで、日本は24パーセント。AIのエンジニアが会社にいる割合は、アメリカが62パーセントで、日本は11パーセントです。

いまだに「AIは必要なのか」なんていう議論をする有識者や学者など、いろいろな人がいます。そんな議論をしている間に、アメリカなどの世界の先進国各国はどんどんAIを導入、活用しています。AIが人類にとって役に立つのかとか、我々に必要なのかとか、そういう議論をしてる暇はない状況です。

「デジタル」と「アナログ」の違いは「CPU」が入っているかどうか

「DX=AI」なんですけども、そもそもDXとは何か。例えばみなさんの家に温度計があるとしますね。アナログの温度計だとします。赤い棒グラフのようなものが出てくる、子どもの頃によく見たものです。最近でもまだ残ってると思います。

このアナログの温度計は、目で見れば「ああ、○度」とわかります。ですが、目で見て○度とわかるだけです。人間が見て、その後に口で伝えたり、メモに書いて伝えたりしなければいけません。

同じ温度計でもデジタルになると、そこからさらにいろんな命令セットに伝達することができるわけです。そのデータを取ることができる。じゃあ、このデジタルになっているものとアナログのものと何が違うかというと、1つだけ、デジタルのものにはマイクロコンピューターの「CPU」が入っています。

CPUが入ってるものがデジタルで、CPUが入ってないものがアナログです。CPUが入ってると、データを処理できるわけです。処理して、それを命令セットに置き換えていくことができるわけです。

命令セットになると、じゃあ温度を下げようとか上げようとか、あるいはもっとこうしよう、ああしようと、さまざまに連携して伝達できるようになるわけです。

デバイスにCPUが入っていて、二進法のデジタル化ができて、それがデジタルデータになれば、それを大量に集めてディープラーニングができ、AIとしてさまざまな処理ができる。そこにインテリジェンスが生まれます。

そしてまたデバイスのほうにインテリジェンスを返して、デバイスがまたさらに他のデバイスをコントロールしていく。また、デバイスも新たな機能を入れていかなければいけないという進化も生まれてくるわけですね。

デバイスそのものも進化しなければいけません。つまりCPUの演算処理能力、計算能力がどんどん進化しなければいけません。より小さくなって、より高性能になっていく進化が必要です。

日常のあらゆるところにCPUがはびこってる状況がやってくる

この進化は、だいたい1〜2年ごとに倍になるというのが、この50年近くずっと続いてきました。この「ムーアの法則」にそろそろ限界が来てるんじゃないかという人もいますけども、私はそうは思いません。

5ナノ、4ナノ、3ナノ、2ナノ。そしてもうじき1ナノになっていくでしょうけども、その先に行けるのか。水平に微細化が進んでいくだけではなく、最近「チップレット」と言って、チップが上の階層に重なっていくような、つまり3次元化する技術が、どんどん開発されてきております。

いろんな意味でCPUあるいはGPUと組み合わせて、まさにAIに特化した「AIチップ」というものが、これからどんどん生まれてくるだろうと思います。

我々のグループにはArmがあります。CPUの世界最大のデザインの供給者です。

このCPUが世界中に1兆個溢れてるという状況が、もう目の前に来てるわけです。10年経たずして、1兆個のCPUが生まれる。そこから4~5年経つと、今度は2兆個になって、4兆個になって、8兆個になるわけです。今日見ておられる方々の多くが、まだ現役のビジネスパーソンとして活躍しておられる時に、1兆個、2兆個という時代がやってくるんです。

これは人類の数をはるかに超えていますね。世界に住んでる人類は今80億人です。人間がCPUを1個2個使うのではなく、家の中あるいはオフィスで、もう50個も100個も使っている。さらに人間だけではなくて、街に、車の中に、あらゆるところに、このCPUがはびこってる状況が生まれます。

工場そのものがロボットとして働く、テスラの「スマート工場」

そうすると人間と人間がコミュニケーションするだけではなく、人間と物、あるいは物と物がデータのやりとりをするようになります。これらの圧倒的なデータ量がどんどん生まれて、それが自動運転をこなすようなAIの進化になり、工場に働いている人がいない、工場全体がロボットのようなかたちになります。

ちょうど3~4年前にテスラのイーロン・マスクと会って、彼が直接テスラの最新の工場を案内してくれたことがあります。驚きました。自動車の工場というと、いっぱいいろんな人が働いてるというイメージがあったんですが、ほとんど人がいないんです。

完全に工場そのものが自動ロボットのようなかたちで、ロボットとロボットがどんどん連携しながら、テスラの車を組み立てている状態でした。

つまり工場も「スマート工場」になる。工場そのものがロボットとして、どんどんロボットを生み出していくような状況です。これからますますそうなります。

AIを搭載した自動運転の車も、言ってみればロボットなんですね。自動で走行して、自動でさまざまな障害物を判断して、自立して動いていくわけですから、まさに走るロボットです。こういうAIの進化は、データ処理の進化であり、データを学習することの進化であります。

AIが本当に現実のものとして使える時代に

そのためにはさまざまな、圧倒的な量のデータがやりとりされる必要があります。まさにインターネット革命が始まってから、このデータが、人々が、そして物が、もうインターネット上で、ありとあらゆるデータを流して処理していく「革命」が、1994年から始まったわけです。

また、それを処理するデータセンターも、圧倒的な量のデータを処理しなければいけない。CPU、GPUががんばってデータの処理を行っています。また、このデータの提供者と利用者の間の「データの取引所」のようなものも、これから加速して進化していくと思います。

もちろんこのデータは、プライバシーやセキュリティを尊重しながらやっていかないと、社会にとってよくないことが起きたりしますから、扱い方には注意をしなければいけません。一定のルール、一定のエチケット。社会を守るための仕組みのもとに、データの利用・活用がどんどん進んでいくと思います。

もう何回か第1次・第2次・第3次というように、AI革命のブームがありました。その度に「AIも大したことないな」と言われ続けてきたんですが、ついにAIが本当に現実のものとして使える時代が来ます。

AIはもう人間を超えている

これはAIが人間の英知を、さまざまなサブジェクト、さまざまなテーマで超え始めてきているということです。みなさんも毎日のように天気予報を見ますね。天気予報は言ってみれば、AIです。

ありとあらゆる気象の情報データを集めて処理して、それを学習しながら、1週間後の何時に、何パーセントの確率で、雨が何ミリ降って、何メートルの風がどちらの方向から吹くでしょうということを予測する。しかもそれがリアルタイムで、刻々と予想値が変わっていくわけです。

昔の漁師さんが、風を読んだり、潮に聞いてみたり。「俺の背中が泣いているから明日はしけが来る」というようなセリフは、もうAIを活用した天気予報にはかなわなくなってきてるわけです。

ディープラーニングで、人間の目よりも識別率が強くなってきてますし、人間の耳よりも聞く力が(優れている)。AIはもう人間を超えてきています。

我々もいろんな自動運転の会社に投資していますけれども、平均的な人間の運転手よりも、AIのほうが事故を起こさずに走れるようになってきました。なのでカリフォルニアやテキサスなど、いろんなところで自動運転のテスト走行の許可が政府から下りる状況にまでなってきました。

最近も高齢者の方々が、運転中にブレーキとアクセルを踏み間違えて事故を起こしたという、悲惨なニュースが流れたりしますけれども、本当に悲しいですね。でも、村にバスがあまり来ない。タクシーもなかなか来なければ、80歳でも、運転の免許証を取りあげると孤立した家庭になってしまうわけですね。

そういう高齢者の方々の足として、買い物に行く、病院に行く、薬局に行くというような時に、自動運転が目の前で使える。そういう日々が来れば、人間よりもはるかに、特に高齢者の方々よりもはるかに安全に運転ができます。

一般の人でも、いずれは普通の通勤だとか、普通の買い物には、もう自動運転を使うという時代がやってくるでしょう。

いまだにアナログな部分が残っている状況は話にならない

ディープラーニングは、いちいち人間がプログラムしなくてもどんどん自ら学習して、自ら進化していく世界でもあります。最近は「ノーコード」って、いちいちプログラミングしなくても、どんどんAIがプログラミングを自動生成するような時代にもなってきはじめているわけです。

親しい友人であるジェンスン率いるNVIDIAが、GPUの世界ナンバーワン企業です。この処理能力は5年で13倍という状況です。また、学習時間が5年で900分の1になったり、あるいは推論のコストが2年で33万分の1になったり。100万円かかっていた推論のコストが3円なんていうことが起きてるわけですね。

100万円かかると、いろんなものを推論するのにAIが高すぎて使えないことになりますが、3円だったら、社員にやらせるよりも安いわけです。ですからAIを活用できる会社と活用できない会社では、もう競争力がまったく違う。そういう時代がやってくるわけです。

ディープラーニングの進化として、3Dのモデルの生成速度も最大1,000倍程度になった。自動でプログラミングする能力もついに人間と互角になった。600を超えるタスクを実行できる汎用AIモデルも出てきた。

AIの進化は、本当に信じられないぐらい、毎日目の前で起きている状況です。ですから、もしみなさんの会社、みなさんの仕事、みなさんの日常に、いまだにアナログな部分が残っているとすれば、もうそれは話にならないということです。

すべての処理をデジタル化しなければいけない。まずデジタル化をすべての処理に施して、その上でデジタル化されたデータをどんどんディープラーニング、マシンラーニングさせて、それをAI革命として、みなさんの仕事そのものを進化させねばならない。