ベンチャー企業の“体育会系ノリ”は薄れつつある

ーーこれまではベンチャー企業というと「体育会系」「文化祭ノリ」というイメージを抱かれがちでしたが、現在は以前と比べてかなり働きやすい環境になってきているようです。このあたりの変化について、産業医であり経営者でもある山田さまはどう見ていらっしゃいますか?

山田洋太氏(以下、山田):5年前、10年前のスタートアップって、それこそトップダウンのリーダーシップをよしとするような社長も多かったと思うんです。でも今は、私が経営者仲間を見ていても、そういう人は絶滅したなというぐらい、もういないです。

スタートアップの今の環境を見ていると、めちゃくちゃ優しい人のほうが多い気がします。もしくは、人を大事にしていて仲間意識が高い。個々人を尊重しつつも、事業成長にどうコミットできるかを見ているCEOや経営陣が増えてきたなという気がしますね。

でも、それは当たり前なんです。価値観を強く押し付けるようなトップダウンに共感できる人であれば別にいいんですが、スタートアップの宿命は事業成長していくことだと考えていくと、経営者は採用や離職の観点から、さまざまな人間から共感される必要性があります。

これからの時代、人は価値観の共有やパーパスといったところに共感して、「なぜこの会社で働きたいと思うか」と考えます。つまり、トップダウンだけだと採用力が下がるんです。優秀な人を採用していく、もしくは離職をどう避けていくかの2つの観点から、人材戦略の中でそうせざるを得ないんだと思います。

ベンチャー企業の課題は「長時間労働」と「人間関係」

ーーベンチャー企業のあり方も変わってきているんですね。ただ、規模やスピード感など、一般企業とは異なる部分もある中で、転職後に不調を感じる方もいると聞きます。働き方についてはどんな傾向があるでしょうか?

山田:ベンチャー企業といっても規模が違うので、50人前後の組織を例に考えていきます。基本的には、小規模なベンチャー企業のスタイルは極めて属人的なものもあったりとか、そもそも1人が抱える業務内容が幅広いんですよね。

例えばカスタマーサクセスと言っても、コールセンターみたいな仕事から積極的にオンボーディングもしたりと、かなり業務範囲が広くなっていくので、求められているのはスペシャリストというよりゼネラリストなんです。

かつ、スピード感も非常に大事にされます。これだけではないんですが、ベンチャーという組織の業務を考えていくと、長時間労働は心身の不調の大きな原因になりやすいですね。

企業にもよるんですが、基本的に働き方改革以降、大企業は残業の平均時間が20時間や10数時間とかなり下がってきているんです。スタートアップも改善しつつあるとはいえ、まだ長時間労働が残っていると思います。

あと、やはり人間関係ですよね。人数が少ないぶん、当然社内異動もしにくいので、孤立感が進んでしまうと「会社に居づらい」というのがより顕著になります。大きくは「人間関係」と「長時間労働」が、従業員数50名前後のベンチャーで発生しやすいと思います。

従業員数20〜30人規模のベンチャーには“部活感”がある

山田:20〜30人のベンチャーって、どちらかと言うと“部活感”があるんですよね。若い人のほうが多いですし、さっき言ったように長時間労働に耐え得るというところで、和気あいあいとした部活感が出ます。実際問題、それほど高いスキルやスペシャリストは要らなくて、「同じ船に乗っているぞ」という感覚のほうが重視されます。

また、従業員数が数十名から50名ぐらいだと、女性が活躍しにくい面もあります。例えば20代後半で30名~50名くらいのベンチャーに入社して、「果たして私は子どもを産めるのか?」「この会社で継続的に働けるのかどうか?」という、キャリアの悩みがのしかかってきます。

一方で100名ぐらいになると、よく「100名の壁」と言われているようなかたちで、一般的にはマネージャー層ができるので、情報共有に溝ができて、結果的に会社の方向性がわかりづらくなったり、部長との相性が悪くなったりします。

セクショナリズム(従業員が自分のチームや部署の利益や効率を優先し、他の部署に対して非協力的になっている状態)がより進んでいったりと、徐々にスペシャリストが求められていくフェーズに変わっていきます。

ゼネラリストとしては仕事ができたけど、スペシャリストとしての深掘りができなくなってくるという、スキルのミスマッチも当然ながら出てくるのが100名ぐらいの規模感です。

200〜300名になれば、徐々に大企業のほうに寄っていきます。要は、組織が堅くなっていくんですね。1つでも2つでも稟議を上げていくという業務が出てきて、ルールを社内で統制していく必要性が出てくるので、組織の形態としてどんどん堅くなっていくのが一般的だと思います。

小人数のベンチャー企業に向いているのはどんな人?

ーー例えば従業員数50人未満のベンチャーの場合、どういう人が向いているのでしょうか。

山田:50人未満のベンチャー企業って、絶え間ない変化が時間単位で起こったりもします。従業員数が20~30人だと、船の方向性や方角を瞬時にいくらでも変えられるんですよ。みんなも同じ“部活感”なので、「こっちに行くよ」と言ったら、「はい」みたいな感じになるわけじゃないですか。

でも、大企業で育っている方が「こういう方向性で行くって決めたよね」というところにこだわってしまったりすると、「なんで変えるの? やりづらいよ」と感じたり、変化に適応していくのが難しい状況が発生してしまう場面が多いなと思います。

あと、もう1つ。1人あたりが担う業務の範囲は広いんですが、みんなが最初からカバーできるだけのスキルを持っているかというと、大抵はそうじゃないんですよね。「この領域はできる。だけど、ここはできない」ってなると思うんです。

一般的には、Mustがしっかりとあった上でCanをどんどん増やしていくわけです。ただ、それは深くないんですよ。なので、自分がやったことのない新しいことにも挑戦したり、「やってみて失敗してもいいじゃん」という感覚がうまく醸成されている方はベンチャー企業に向いていますね。

「この会社にいる数十名で、どうやったらもっと事業成長していくか」ということを自分ごと化している人、つまり自分の喜びとともに企業の成長があるんだと思えるような人がベンチャーに向いている人だと思います。

大企業からベンチャーに移ることも多いと思うんですが、「自分ががんばった分だけ、会社全体で成長感があるよね」ということを味わいたいから転職していると思うんです。なので、そう考えている方々はベンチャー企業に向いているんじゃないかなと思いますね。

普通は、数十名規模のベンチャーだと自分のスキルを活かし尽くせるまでビジネスモデルが成熟してないので、堅い考え方を持っていたり、「自分の専門性を活かしたいんだけど、どうして活かされないのか」と思ってしまう方は向いていないのかもしれません。

企業やパートナーと別れる理由は「2つ」しかない

ーー会社の成長を自分の成長として捉えられるかというところは、自社へのエンゲージメントの高さなども関係していそうですね。

山田:そうですね。働いている方々は、今の会社とお付き合いするわけです。つまり、結局はパートナーとお付き合いすることとまったく同じことだと思うんですね。

パートナーと別れる理由って、2つしかないじゃないですか。「他の人を好きになる」か「その人が嫌いになるか」なんですよ。会社もまったく同じなんです。

「この会社は別に嫌いじゃないんだけど、あっちの会社のほうがもっと好きになれるかもしれない。自分の価値観に合っている」という時に、人は転職するわけですよね。もしくは、採用の過程において他を選ぶわけです。

あるいは「長時間の残業がすさまじくて、仕事場で事故が起きていたり、誰かが怪我をして入院していたよね」という時の不安感は、会社のことを嫌いになる可能性がどんどん高くなります。パワハラが起こっていたりして、労働環境が改善する見込みがないとなった時、「この会社にいたくない」「嫌い」という感情が生まれます。

なので企業としては、これからは「好きになってもらうこと」と「嫌われない」という2つのことをより考えていかないといけない時代に突入しているということです。

「好かれるための施策」と「嫌われないための施策」

山田:例えばリクルートさん、サイバーエージェントさん、日本電産さんなど、カルチャー作りに長けている企業は「好きになるための施策」がめちゃくちゃうまいんです。ところが、そういった企業でさえ「嫌われないための施策」をやらざるを得なくなっているんです。

「好かれる」と「嫌われない」のどちらに注力するのかは、経営者の考え方次第だと思っています。嫌われないことをずっとやり続けたけど事業成長しない場合、「果たしてこれでいいんだっけ?」という話にもなるので、結局のところ両輪なんです。どちらのウェイトが高いのかは業界構造にもよるし、経営者のマインドが組み合わさって生まれていくものです。

一般的に製造業は、これまでは「嫌われないための施策」をずっとしてきたんですよね。なんでかと言うと、「嫌われたくない」の代表例が労働災害なんです。

フォークリフトを運転している間に誰かが挟まれて死亡事故が発生した瞬間、すさまじく従業員のモチベーションが下がるんです。なので「労災ゼロ」を掲げるのが当たり前なんだ、という感覚でずっとやってきたわけですね。

リソースは限られているので、「嫌われないための施策」に注力するがゆえに、日本の製造業は「好きになってもらうための施策」が特に弱くなったんです。なのでこれはバランスというか、企業それぞれが十人十色なわけです。

2つの企業の命運を分けたのは「嫌われないための施策」

山田:例えば2013年頃、ファーストリテイリングとワタミの2つが「2大ブラック企業」というかたちで、めちゃくちゃ世間を騒がせました。ただ、この2つはその時に命運を分けたんです。

ワタミの代表は「うちにはブラックな環境はない。みんなわくわくして働いているんだ」ということをメッセージした。一方でファーストリテイリングの代表は「そういった意見もあるかもしれない。我々は、これから環境の改善にもっと取り組まないといけない」と言って、改善に取り組む姿勢を社会に見せたんです。

結果、ワタミは事業売却しなきゃいけないぐらい大損失になりました。あの当時、この2つはまさにカルチャーメイキングの雄ですよ。好きになってもらうための施策はめちゃくちゃうまかったんですが、どちらの企業も嫌われないための施策を怠った。それがメディアに出ていくことによって、2社の命運が分かれたんですね。

結局、ファーストリテイリングは嫌われないための施策もガンガンに攻めていったわけです。今年1月には「世界一安全で健康に働ける会社になる」と宣言しました。

つまり、やろうと思ったら、時代とともに「嫌われない施策」もできるんです。いや、やらないといけないんですよ。それが命運を分けるので、経営陣、そしてカルチャーがついていけるかどうかだと思います。

あまり知られていない「産業看護職」の活用

ーー働く人も企業側も、時代の変化を見極めながら、自らにとってより良い選択をしていく必要がありますね。小規模なベンチャー企業でも、経営者として従業員の心身を守るためのセーフティネットを作りたいと考えている方に、何かアドバイスはありますか?

山田:もし1つだけおすすめするとすれば、実はあまり知られてないことかなと思いますが、産業看護職を活用することです。産業看護職というのは、企業で働く看護師・保健師なんです。

ほかには各地域ごとに、国が医師会と連携している「産保センター(産業保健総合支援センター)」というところにお願いすることもできるんですが、あらゆるところから支援の依頼が集中して、対応しにくいという現状もあります。

また、50名未満の企業やベンチャーだとなかなかお金がないので、産業医と契約するのが難しいのが一般的です。お金がないけど対応もしてほしい、場合によっては働く人のための環境・仕組みを作っていくことも考えると、産業看護師・保健師と契約することはとてもコストパフォーマンスが良いんですよね。

週1日・2時間とかでも産業看護職を活用されると、これからの時代ではとても良いことにつながっていくと思います。ぜひ検討されるといいんじゃないかなと思います。