海の塩分濃度は濃くなるのか?
ハンク・グリーン氏:「海はなぜ塩からいの?」幼い幼稚園児が聞きそうな質問ですね。同じように人気のある質問に、「なぜお空は青いの?」というものもあります。
実際の答えは、身も蓋もないものです。降雨により浸食された岩から流出した塩が、河川により海に運ばれ溜まったからです。
河川によって海に運ばれる塩は、年間で40億トンになります。しかし、海水が蒸発して雨に戻っても、(その雨に)塩分は含まれません。
ここでいう「塩」とは、ナトリウムと塩素を指します。ナトリウムと塩素の化合物が塩化ナトリウムで、一般的にいう食塩です。
これにはさらに、微量のマグネシウム、硫酸塩、カルシウム、カリウムイオンが含有されます。これらの化学成分は「塩」として分類されます。
現代の海水を1キログラム蒸発させれば、こうした「塩」が35グラム得られるはずです。
さて、こうしたシンプルな疑問と答えは、時に興味深い疑問を提起します。年間でこれほど大量の塩が河川によって海へと流出しているのなら、海の塩分は濃くなるのでしょうか。
過去の科学者たちは、濃くなると考えていた時期がありました。1715年、ハレー彗星で有名なエドモンド・ハレーは、流入する河川と海との塩分濃度の差を利用し、地球の誕生時期を推定しました。
なかなかいい線をついていますね。河川により海の塩が年々増加しているのであれば、海が真水として誕生した時期を逆算できるはずです。試算の結果、「地球の誕生」、より正確には「海の誕生」は、1億5,000万年から2,500万年前とされました。
しかし実はこれは正しくはありません。ハレーは、彗星を発見し名を冠されるような、数々の偉業を成し遂げた天文学者ですが、この数字はまったくの誤りでした。
さまざまな証拠により、地球はこれよりもはるかに昔の約46億年前、海は38億年前に誕生したことがわかっています。また海の塩分濃度は、現在よりもむしろ高かったとも考えられています。
この計算の誤りは、海から失われる塩を念頭に入れなかったことにありました。水中に流入した塩は飽和します。
河川などによって海に流入した塩は、飽和して(溶け切らずに残り)沈殿するなどして水から除かれます。
沈殿した塩は、蒸発岩などを形成します。蒸発岩とは、海の一部が分離して、蒸発後に残った塩が塩類平原となって生成された岩石です。
550万年前、地中海が孤立しほぼ干上がった時には、地球上の海から実に10パーセントもの塩が失われました。地中海は現在外洋とつながっていますが、死海が当時の地中海と似たような環境となっています。
また、熱水噴出孔も影響を及ぼします。マグマと至近距離の岩石を経由して噴出する、熱せられた海水が化学反応を起こして分解され、マグネシウムと硫酸塩が分離されるからです。
とはいえ、海洋全体の塩分はあまりにも膨大で、年間の多少の流入や分離ではほとんど変化なく、現状の濃度が維持されます。そのため、海は河川よりも塩を多く含むのは確かですが、時間の経過とともに濃度が上昇することはありません。
時と場所によって塩分濃度が変わる?
しかし、塩分濃度は時と場所によって変化することがあります。塩分濃度とは「水中に溶け込んだ塩の割合」であり、水量が変化すれば、当然塩分濃度も変化します。
まず、降雨や流入河川により、海へ流れ込む真水の量は増加します。
モンスーンなどによる激しい降雨により特定の海域に大きな変化が起こることもあります。海水の蒸発により、真水が海水から除かれ、特定の海域の塩分濃度が上がることもあります。
また、海水の氷結も塩分濃度の変化の要素です。海水が凍ると、塩分は凍っていない海水の中に排除されます。そのため、海氷が形成されると周囲の海水の塩分濃度は上昇します。
逆に氷が溶解すると、真水が増えることにより塩分濃度は下降します。
これらの現象は海水面付近で起こるため、水深200メートル以内での塩分濃度は変動します。こうした現象を俯瞰することにより、地球全体の海水塩分濃度の変動パターンがわかってきます。
まず、海水温が高く蒸発率の高い赤道付近の海水面では、極域海洋(北極、南極の近くの海)に比較して、塩分濃度は上昇します。しかし赤道直下では降雨量が多く、塩分濃度はやや下がります。
バルト海は流入河川が多いため、塩分濃度は平均以下です。地中海と紅海は海水蒸発率が高く、塩分濃度は高めです。
塩分濃度は海洋全体ではあまり変動しません。しかし、個々の海域での塩分濃度の変動は、地球規模での海と水循環について多くのことを教えてくれます。
気候変動は、すでに海水塩分濃度に多大な影響を及ぼしています。塩分濃度がもともと高い海域はさらに高く、低い海域はますます低くなっていることがわかっています。蒸発量と降雨量が、どちらも増加しつつあるのです。つまり、陸地での干ばつと洪水が激化することにつながります。
さらに、塩分濃度が気候変動に直接影響を与えることもわかっています。塩分濃度と海水温は、ともに海水密度の主要な要素です。高密度の海水は海底に沈降し、地球全体の水循環を促進します。これは、地球全体の熱循環に大きな影響を及ぼします。
このことからわかるように、地球全体の海水塩分濃度パターンと変動の分析はきわめて重要です。2011年、宇宙から地球の海面塩分を測定するNASAの装置を搭載した「アクエリアス」というアルゼンチンの人工衛星が打ち上げられました。
この装置は、地球全体の海の塩分濃度をなんと1週間で測定できます。水循環の変動を追跡し、気候への影響をより正確に予測できるモデルの構築が可能となるのです。
つまり、塩分が増しそうなのに増さない海の不思議を解明することにより、人類は気候変動を解析し調査することができるのです。幼稚園児は時に核心を突く質問をするものですね。