リーダーの役割の「一丁目一番地」

矢野陽一朗氏(以下、矢野):ユベールさん、平井さん、本日はよろしくお願いいたします。

平井一夫氏(以下、平井):よろしくお願いします。

矢野:はじめに自己紹介していただければと思います。お二人のリーダーシップの旅について、どのようなマイルストーンを経て、今に至られたのかをお聞かせ願えますでしょうか。まずはユベールさん、お願いいたします。

ユベール・ジョリー氏(以下、ユベール):私はマッキンゼーのコンサルタントとしての道を歩み、問題を解決し、成功し、その場にいる誰よりも一番賢い人間であろうと考えていました。

でもジャーニーを経て、リーダーとはその場で一番賢い人ではなく、その人の魔法を解放するような人間になることだという考えに変わりました。つまり一人ひとりにとっての「最高の自分」を引き出せるような人材になるということでした。

なので、頭だけではなくて、私の心、魂、胆力、耳、目、そういったところをフル活用して、みなさんの素晴らしいところを引き出そうと今でも努力してやっているところです。

矢野:ありがとうございます。平井さん、お願いいたします。

平井:みなさん、こんばんは。ユベールさん、矢野さん、ご一緒させていただき、大変うれしく思っています。今、ユベールさんの発言がありましたけれども、私も実は非常に似た考えです。

いろんな会社のリーダーとしてやってきた中で思うことは、IQが高く戦略立案能力があったり、問題解決をしたりするのも大事ですが、それ以上にまずはリーダーとして、人間としてリスペクトされるかどうかということを、考えなければいけない。つまり、どんなにIQが高くてもリスペクトされない人間には、社員は付いてきません。

そのためにIQを高めるのは当然ですが、ある意味でもっと大事なのはEQ。心の知能指数をいかに上げるかがリーダーには非常に重要だと思っています。

機会があるごとに私が言っていることがあります。それは、新しいリーダーに「お願いですから肩書きで仕事をするのではなくて、ぜひ人格で仕事をして、人格でリーダーシップを発揮してください」ということです。そういった観点ではユベールさんと同じような考え方ですが、それがリーダーとしてのある意味では一丁目一番地ではないかと、私は考えております。

矢野:ありがとうございます。

ユベール氏と平井氏のパートナーシップ

矢野:今日はこんな素敵なお二人とご一緒できて、非常に光栄です。お二人がどのようにお知り合いになったのかというお二人の関係について、まずユベールさんからご紹介いただけますか。

ユベール:ビジネスで最初に学ぶのは、1人では成功できないということです。パートナーと一緒にやらなくては成功しません。パートナーシップというのはゼロサムゲームではありません。

ベスト・バイが成功したのはベンダーを絞ったからではありません。私たちは自分たちのチームとしてがんばっていますが、平井さんともチームとして一緒に活動し、両方の会社にとっての機会を設けてきました。

ソニーの強みというのは、人々の感情に訴えかけるような素晴らしいものを作ることです。ベスト・バイはそういった素晴らしい製品を、売っていきます。ですが、それぞれが独立してやっていたのであれば、成功はできません。私たちは、素晴らしいソニーの製品をアメリカのベスト・バイの店舗で売っていくということをやりました。

それを波のように売っていたことが、両社にとってチャンスを生んだと思います。そういった意味で平井さんは素晴らしいリーダーで、パートナーとして素晴らしい人でした。チームも素晴らしいと思いますが、平井さん個人を知るということができたのは、非常によかったと思っています。ビジネスというのは、パーソナルなものであって、個人的に信頼できて、そして好きな人とはうまくやっていけると思います。

矢野:ありがとうございます。平井さんからもお願いいたします。

平井:アメリカでエレクトロニクスのビジネスを展開する中で、特にテレビがそうですが、いかにソニーが誇る画質、それから音をお客さまに体験してもらうかというのは、非常に大きいポイントで、逆にチャレンジでもあるわけですね。特にアメリカは国土が広いですから。

オンラインのリテーラーさんはけっこうありますが、なかなかそこでは実際に映像とか音質を楽しんでいただくことはできない。ベスト・バイさんは全米にかなりの店舗数があったので、がっちりパートナーシップを組んで、どのようにしてソニーの商品をお客さまに店頭で楽しんでいただくかについて、ユベールさんといろいろ議論しました。

その中でユベールさんから、「ショップ・イン・ショップをやりませんか?」という素晴らしいご提案をいただいた。決して投資としては安いものではなかったんですが、ユベールさんとの信頼関係に基づき、ユベールさんがコミットしてくれるということは、ソニーとしても必ずWin-Winに持っていけるんじゃないかと思いました。

信頼関係を測る際の重要なポイント

平井:社内でもいろいろ議論はありましたが、最終的には投資をして、ベスト・バイさんの店舗の中にショップ・イン・ショップを作らせていただいた。これが好評を博して、アメリカでのテレビの売上に大変大きく貢献してくれたと思います。ここで、非常に大事になってくるのが、ユベールさんも言っていましたけれども、いかにお互いの信頼関係に基づいてできるかということ。

「いいものはいい」とちゃんと説明しますし、駄目なものはなぜ駄目かをちゃんと説明して、「だからこれはNOですよ」とお互いに腹を割って話すことができるのが、一番重要なポイントだと私は思います。

矢野:まさにそういったお話ができる相手として、非常にお互いに信頼関係にあったということですね。

平井:そうですね。実際に、フェイス・トゥ・フェイスで会うのはなかなかできなかったんですけれども、年に1回ラスベガスで開催されていたCESで、必ずソニーのトップマネジメントチームと、ユベールさんのトップマネジメントチームで、私たちも含めて必ずディナーをして。

そこでビジネスの話もすれば世間話もしますし、お互いの近況報告をし合ったりして、関係をさらに築いてきましたし、スタッフ同士もソニー、ベスト・バイ間の信頼関係をもっともっと築いていくということをやりました。

先ほど申し上げたように、すべてがスムーズに行くわけではなく、当然議論もありますし、それをすることで、お互いの信頼関係がさらに強いものになっていくことを感じました。年1回のユベールさんとのディナーは、ディナー自体も楽しいし、そこでユベールさんと直接会っていろんなことを議論することが、非常に楽しみなひとときだったというのを、今でも鮮明に覚えています。

矢野:どうもありがとうございます。

人を中心に置くビジネスのハンドブック

矢野:今回の本の日本語版序文は平井さんに書いていただいております。こういったエピソードも交えながら、また平井さんご自身、『ソニー再生』という本を出版されていますが、そこと共通する経営哲学みたいなものについても、お書きいただいていますので、ぜひ楽しみにしていただければと思います。

平井:ありがとうございます。

矢野:こちらが『THE HEART OF BUSINESS』のアメリカで出版されました原書になりますが、さっそくユベールさんになぜこの本をお書きになったかをおうかがいしたいと思います。

ユベール:キャリアを振り返ってみますと、いろんなことを学びました。その中で、あまり利益にフォーカスし過ぎるのはよくないということを学びました。いわゆるビジネスや資本主義の見直しですよね。ノーブル・パーパスを持って、人を中心に置き、ステークホルダー、ベンダーやパートナーを大切にする。どうやってこれを実現するかを、キャリアを通してやってきました。

この本はCEOだけではなく、すべてのリーダーのみなさんのために書かれたものです。これまでと違うかたちのリーダーシップを発揮したい、パーパスに基づいて人を中心に置き、良いことのためにビジネスをやりたい方のために、いかにそれをよりうまくやるかをマニュアル的に書いた本です。

いわゆる実践的なツールやアイデアで、各章の最後にはみなさんへの問いかけもあります。私や平井さんのように、ジャーニーを経てきた人間の1つのハンドブックとして共有したいと思います。できるだけ多くのリーダーにとってこれが役に立つといいなと思っています。

欧米における「企業経営の考え方」の変化

矢野:それでは、私からこの本の日本語版を出すに至った経緯について、少しご紹介します。私はブランディングの仕事をしており、簡単にご説明しますと、ブランディングとは企業のアイデンティティを明確にして、それをよりよく伝えることをお助けをする仕事です。

企業のアイデンティティを考える時、その根底にある経営理念やパーパスが非常に重要になりますが、この考え方が2010年くらいから少しずつ変わってきたように思います。欧米では、特にリーマン・ショックのあと、企業経営の考え方が、「株主重視で企業価値を最大化する」というものから、「持続可能性を重視する」という考え方に変わってきました。

そして自分たちの事業を通じて、地球環境の問題や社会課題を解決するという姿勢を示すために、パーパスを掲げて実践する会社が増えてきたように思います。

グラムコでは、2016年ぐらいからクライアントのみなさんにご紹介をしながら、実践してきたわけですが、なかなか日本では広まらない。最近では新聞等でもパーパスがよく使われますが、どうしてもまだ経営者の方の理解は、深くはないのではないかと思っていました。

こうした中、2020年6月、マッキンゼーからユベールさんのインタビュー記事が発表されました。

その中で「パーパスによって人を導く」というお考えが示されており、私はこれに強く共感をいたしました。その約1年後に先ほどの原書が発売されまして、これは素晴らしいということで、私のほうから英治出版さんに企画を提案して、翻訳に至ったという経緯です。

全社員が同じ方向を向き、前進するために必要なこと

矢野:平井さんには素晴らしい序文を書いていただいたんですが、平井さんにぜひ本書をお読みになった感想を、お聞かせいただければと思います。

平井:ありがとうございます。今、矢野さんからもお話がありましたが、パーパスが、よく言えば見直されてきたというか、いかに大事かが新たに議論され始めました。でもまだバズワードみたいにパーパスを語っているところがあって、少し表面的な部分があるのではないかと思っています。

パーパス、もしくは「ミッション、ビジョン、バリュー」がいかに重要か。日本の多くの会社で、経営層のみなさんがその重要性を認識されているかと言うと、されている会社もあれば、されていない会社もけっこうあるのではないか。これについて、私は非常に大きな問題意識を持っています。

その中でユベールさんの本を読んであらためて思ったのは、いかにパーパスが大事かということ。それからパーパスをいかに社員に腹落ちしてもらうか。腹落ちした上でその社員の個人のパーパスと、会社のパーパスをどう結びつけていくか。その接点をどう考えるかということ。

それから先ほど申し上げましたが、会社の戦略や戦術を実際に動かすのは、CEO1人ではありません。全社員が同じ方向を向いて同じパーパスに向かって力を合わせることによって、組織というのは最も輝きますし、前に進むことができるんですね。

それがパーパスとして腹落ちしていないと、右を向いたり左を向いたり、あるいは上を向いたり下を向く社員が現れ、なかなか会社が前に進むことは難しくなります。いかにそれを1つの方向に向けるかについて、ユベールさんはかなり細かくこの本で書かれています。

日本のリーダーシップの本も、かなり拝読しましたが、ここまで会社や社員個人のパーパスについて、もしくは個人のモチベーションをどう上げるかを深く掘り下げて、議論したリーダーシップの本を、私は正直見たことがない。非常に勉強になりましたし、みなさんも読んでいただくと、「なるほど」と思うところが、多々あるんじゃないかと思っています。