「キャリア自律」に対する問題提起

篠田真貴子氏(以下、篠田):みなさん、おはようございます。エールの篠田です。

では、私のほうからはまず、ミドルシニア社員のキャリア自律というものをどう考えたらいいのか。基本的な考え方の切り口を簡単にお話ししていこうと思います。

このキャリア自律というテーマでは、実は3月にセミナーを行いました。ちょっとその振り返りから始めていこうと思います。

大きく4つのことを申し上げました。まず社員のみなさんは、「キャリア自律をしたい意思はあっても自分が何をしたいのかわからない」という方がとても多いというのが1つ目。そのため「自分のキャリアプランを意識している人は少ない」というのが2番。

3番「ところが、その前提を無視した施策を推し進めている企業が少なくない」のではないか、ということを指摘させていただきました。そして4つ目「だから、キャリア自律に必要なのは、社員一人ひとりの内面を支える仕組み」なんじゃないの、といった問題提起をさせていただいています。

3月のセミナーでは、例えば、「自律的にキャリアを作りたい」という気持ちがあるからといって、本当にそれに必要な自己理解があって、自身でどんなキャリアにしたいかわかっているかというと、けっこう怪しいもんだよねということになりました。

キャリアプランを明確に意識している社員は少ない

篠田:これは、私自身の個人的な経験からも、そのようなことを申し上げました。エールは私にとって6社目の会社ですけれども。じゃあどこまで自分のことをわかっていたかと言うと、本当に(自分のことがわかったのは)40代以降だったなと思います。

やっぱりキャリアプランを明確に意識している社員は少ないので。社員のみなさんから上がってくる声、クライアントとお話ししてうかがう声として、「何をしたいか、と言われても思いつかない」。これはミドルシニアではなく、どちらかというと若手からも聞こえてくるお話です。

年齢が少し上の方からは「若手はキャリア志向が強そうだけど、中堅・シニアはそうでもないんですよね」とか。あと、これは若い方がおっしゃっていた、「自律しなさいと会社から言われて、プレッシャーに感じる」と。

「キャリア志向が強い若手だって話を聞いていると、本当にそう思ってるのかな? と、ちょっと怪しく思うことがあるんですよね」みたいな声が出てきます。

キャリア意識の「ギャップ」が息苦しさの原因に

篠田:企業のキャリア自律を促す仕組みって、例えば、キャリアシートを書くとか、上司と面談をするとか、会社によってはキャリアカウンセラーさんが用意されていたり、手あげ式で人事異動ができたり、などがあるんですけども。

そのすべての前提は「社員が自分のキャリアをどうしたいかわかっている」となってしまっている。だから、自ら手をあげられるし、わかっているからキャリアカウンセラーに「こうしたいんですけど、どうしたらいいですかね」というHowの相談ができるはずだとなっちゃっているのが問題なんじゃないのかと。

そこのギャップがあるから、そのキャリア自律にストレスや息苦しさを感じる人が、この表のように6割もいるという状況を生んでいるんじゃないか。

キャリア自律を目指す仕組みは、外側からのそういったさまざまな制度にとどまっちゃっている。もちろんそれ自体は大事なんですけれども、そこで終わりにせず、一人ひとりの内面の変化を支える仕組みが必要なんだろうということを、お話ししました。

中高年社員の4つの課題

篠田:ここで、ミドルシニアというところにターゲットを絞ると、この話がまたちょっと違った色合いを帯びてきます。

まずこれ(スライド)は、パーソルさんが出された調査結果です。シニア人材の活躍について、この調査にあるように、組織からはさまざまな期待があるんですね。

その中で例えば、蓄積された高い専門性とか人脈の発揮ということに関しては、3割前後の企業が「期待に応えている」と言っています。しかし一方で、新たな仕事へのチャレンジとか、自律的な自身のキャリア構築、部門を超えた社内連携、このあたりになると、2割を切るんですよね。ここにまず会社側から見た課題感の傾向があります。

これを分析されているのが、パーソル総合研究所の小林祐児さんが書かれた『早期退職時代のサバイバル術』という本です。

まず、「中高年」とこの本では表現しているんですが、職場の中高年の方の課題は、「リモートワークが苦手」「残業が多い」などいろいろあります。それを大きく分けると4つの問題に分類できませんか? と。それが「働かない」「帰らない」「話さない」「変われない」の4つです。

「四ない問題」を、過度に「個人の問題」に寄せすぎている

篠田:この本の指摘で、私もめちゃくちゃ共感したのが、こうした「四ない問題」が、働くご本人の意識とかモチベーションばかりに着目する発想で、過度に「個人の問題」に寄せすぎちゃっているということです。

本当は仕組み作りとか環境整備が必要なのに、そこが弱いですよねという。この視点でこの「四ない問題」がどういう構造から起きているのか、その構造を乗り越えるのにどういう仕組みを会社として用意してあげられるのか、ということを書かれているんです。

私はこの本を読んで感激して、実は小林さんにご連絡をして、その時にいろいろ教えていただいたりもしました。

その中で、特に「話さない」という問題に関して、何が起きているのか。その仕組み作りとか環境整備がどうあったらいいのかというところについては、この本に書かれていることと、私たちエールの考えていることとかなり符合するので。ここからは、この本から直接ご紹介していこうと思います。

「話さない」問題ですが、他者との交流というのは、加齢とともに質も量も低下していくという傾向があります。これは左が量、右が質のグラフで、どちらも横軸が年齢になっています。

40〜50代の「自己開示の低さ、他者との交流の少なさ」

篠田:まず左の「量」のグラフ。仕事関係以外の、職場での同期であったり、あるいは学生時代の友人、趣味を通じた友人と、半年に1回以上の交友をどれだけしますか? というのは、年齢が上がるにつれて右肩下がりなんですよね。

そして右の「質」のグラフ。交流の質を感受性、つまり「相手が何を感じているのか」というセンサーの高さと、そのセンサーを受けた時に自分の言動を相手に合わせて調整する受容性、この2つに分けて見たものです。男女問わず、右肩下がりになる傾向があり、男性の線はより右肩下がりになる傾向があるということがわかっています。まずこれは一般論ですね。

中でも、特に男性の中高年は、腹を割って自分の本音とか情報を相手に提示するという自己開示をしなくなる傾向があります。これは、小林さんがこの本のために「キャリア相談における自己開示の深さ」というのを、調査をされているものです。

その自己開示の度合いをポイント化して、評価したところ、特に50代が底になっていますよね。40代、50代の方々は、そこが低いということが定量的にわかっています。

この意味合いとして、右に書いてあるように、「自己開示の低さ、他者との交流の少なさは、中高年から仕事についての自己認識を向上させる機会を奪っている」という示唆なんですよ。やはり、他者と交流して話す中で、言葉にすることで自己理解が深まるんだけど、その機会自体がちょっと少ないようであると。

「変化適応力」を高める「対話の経験」

篠田:では、ミドルシニア層が組織の中でパフォーマンスを上げる要素は何か? 

会社の中でパフォーマンスを上げていこうという時、若い頃は今後社内で活躍できそうである、これからより活躍の場が広がりそうである、チャンスが広がりそうだという期待感、これで我々はパフォーマンスを上げていくんですね。しかし当然、年齢が上がっていけば、そこは影響度として下がっていきますよね。

ここしか知らないと、シニアの方は今後、会社で活躍できる見込みが時間的にも、いろんな個人的な要素でない。だからモチベーションが低いし、パフォーマンスも低くなるのはしょうがない、と決めつけてしまいがちです。でもそうではない。もう1個の大事な要素がある。これが「変化適応力」だという指摘なんです。

この変化適応力が高いシニア層は、仮に定年再雇用とかがあって仕事の内容が変わったとしても、満足度が高いまま働き続けられるということがわかった。じゃあこの変化適応力はどうやって養えばいいのか。個人の資質でもう備わっちゃったものなのか、50歳を過ぎても育成できるものなのかというと、育成できますと言うんです。

それは、他者との対話の経験が豊富になっていくと変化適応力が高い、ということがわかってきたという話なんですよ。

「組織の外にいる他者との対話」の効果

篠田:じゃあ、この「対話」って何かと言うと、「組織の外にいる他者との対話」です。この本では、ミドルシニアの変化適応力は「組織の外にいる他者との対話を通じて育むこともできる」としているんですね。

なぜかと言うと、組織の中の人同士の対話に比べて、外の対話は「語りの質」に変化をもたらすものだからです。これはイメージ図で示しているんですけど、個人による組織についての、しかも、他者に対してのオープンな語りになると、いろんな比較対象がしゃべるご本人からフラットにイメージされるんですよね。

「うちの会社はそうだけど」、あるいは「自分の部署はそうだけど、同期の何々くんの部署はこういう感じらしい」とか。「家族といる時の自分はこうだけど、会社にいるとこうである」というようなことが話しやすい。組織の中だと、その同じ組織を共有しているという前提のもとでしゃべってしまうので、こういう話題に広がらないんですね。

結果として、自分の組織についての意義づけとか文脈づけが起こりやすくなる。とすると、組織的な処方箋としては、こういった語りの質の変化をもたらせるような仕掛け。その中で、個人が腹を割って話ができるような状況を作ってあげることではないでしょうか、というのがこの本の指摘です。

ミドルシニア層のキャリア自律のトリガー

まとめると結局、ミドルシニア層のキャリア自律のトリガーというのは、組織外の人と対話の機会を作るという組織的な仕掛けである、ということです。

これは大きい会社であれば、違う部門とかも組織の外というカウントにはなるんですが、組織の外にいる他者との腹を割った対話をすることで、自己理解が深まる。そうすると、変化適応力が育まれて、満足度が高いまま働き続けられる、ということをこの本は整理してくれています。

これがこの後、櫻井さんがお話をする、エールが経験的にプロジェクトを通して見てきたことと、ものすごく符合するので。この5段階の流れをちょっと頭に置いていただきながら、この後の櫻井さんのパートを聞いていただければと思います。

私のお話はここまでです。ありがとうございました。

榎本佳代氏(以下、榎本):篠田さん、ありがとうございます。では、今回のお話を受けて、ここまでで思ったことだったり、考えたこと、感じたところをこちらでのチャットでみなさんから感想をいただけると非常にありがたいです。

篠田:「変化適応力がポイント」、そうなんですよね。私も本を読んでそれを(感じました)。しかも、変化適応力が対話で育まれるというのが本当に、希望がすごく持てますよね。

「自部門だけで話しがち」問題

篠田:「男性はただでさえコミュニケーション不足になりがち」。これはなんなんですかね(笑)。まったく別の本で、それはどちらかと言うと人生全体を良く生きるというテーマの中での話なんですけど。やっぱり日本に限らず世界的な傾向として、中高年男性ってわりとコミュニケーション量が減ってしまって、孤独になりがちであると。

処方箋として、その本では「犬を飼うといい」というのがあったんですよ(笑)。犬を飼うと散歩するでしょ。そうすると、必然的にご近所の犬の散歩をしている方と会うじゃないですか。すると、犬の飼い主同士として、犬に話しかける体で「かわいいワンちゃんですね」とか、「吠えちゃダメだよ」とか言って、発話するから。そこから新しい人間関係が生まれるんだというのを読んだことがあります。

櫻井将氏(以下、櫻井):なるほどなあ(笑)。

篠田:「趣味は学生時代の延長」、そうそう。先ほどのグラフで、学生時代の友人との交流が、55歳くらいでそこだけちょっと上がるんですよ。ちょっとそういう感じなんでしょうね。

「自部門だけで話しがち」。これは下手すると、特にリアルで出勤されていると、ランチとかもひたすら自分の島の人とだけ行くというのが、妙に習慣づけされていて。「今日は友人と食べに行きます」と言うと、一瞬みんなが「えっ!?」みたいになるという。そういう職場もありますよね。

組織外がいいんですよね。それで対話の質が変わるというのは、本当におもしろいですよね。私がさっきご紹介したのは、かなりポイントを絞って、いくつか拾っただけなので。ご興味を持っていただいたら、実際にあの本をお読みいただけると、よりみなさんの実態に即したニュアンスが読み取れるので。今日のテーマに関しては、私の中で今最もホットな本です。

榎本:ありがとうございます。今篠田さんがおっしゃった、「ランチを友人と食べます」「えっ!?」みたいなこととか、本当に目からうろこだったなと思っているんですけども。

外部とのつながりを見出すことが大事だったり、なんでも話せることが大事という中で、じゃあそれをどういうふうに組織の仕組みとして、アプローチとしてやっていくのかというところのヒントを、櫻井さんからお話しいただければと思います。