「常識の発見」と「爽快な裏切り」

窪田望氏:“恩返し消費”の作り方としては、個人的には「多くの人が考える常識の発見とそこへの爽快な裏切り」が大事だと思います。この組み合わせが恩返し消費につながるんですね。

多くの人の常識の例としては、謎解きってだいたい1人4,000円ぐらいするんですね。3人で行ったら1万2,000円。映画館に行ったら1人1,800円ぐらいだから、1万2,000円はまあまあ高いですよね。でも謎解きって、とんでもない爽快感があるんですよ。「うーわ、おもしろかった! こんな裏切りあんのか。最高だな!」みたいな。どんでん返しもめちゃくちゃあるんです。

普通はおもしろい謎解きは有料で開催されますが、今回設定した「爽快な裏切り」とは、「有料謎解きクラスの予算を使って、それを無料で提供すること」なんですね。だから、「なんか無料の謎解きがあるから、まあ行ってみようかな」というライトな気持ちで来ていただく。でも「何これ? 有料でもおかしくないぐらいおもしろいんですけど」となるように設計していると。これってまさに、爽快な裏切りですよね。

謎解きのヒントは、あらゆる意外な所に仕掛けられています。すると、街のことに敏感になるわけですよ。特に街歩きのイベントなので、いかにも街の中にヒントが転がっていそうじゃないですか。

あと、謎解き好きの人はこの感覚がわかると思いますが、答えを導き出せた人って、仲間内でヒーローになれるんですよね。「これってもしかして、さっきの饅頭がヒントになってるんじゃない?」と思いつくと、周りが「それだ!」「ここ答えられるじゃん!」「お前すげーな!」と言ってくれて。要するに、街のことを考えてひねり出した答えによって、仲間内でヒーローになれる体験を用意しているんですね。そうすると、自然に街のことを考えますよね。

これは不思議なんですよね。例えば、僕が「巣鴨の街講座」とかを開催して、巣鴨がいかにイケているかを話したとしても、「ふむふむ!勉強しよう!」とはなかなか思わなくて。朝礼で校長先生がめちゃめちゃ良いことを言っても、だいたいの生徒は「眠い」とか「疲れた」とか「もう耐えられない」とか言っている。

でも不思議とゲームにすると、めっちゃ楽しくなってくるんですよね。例えば校長先生のつまらない話でも、「校長先生が何回『まあ』って言うかゲーム」として、友だち同士でやり始めるとすごく楽しくなってくる。

「今日は54回だったね」「いやいや55回でしょ」「いやいや、53回だから」みたいな。「じゃあちょっと投票してみよう。53回だと思う人?」みたいにすると、だんだんおもしろくなってきます。

カギは、消費者とコンテンツの「接触タイミング」

このように、ゲームというものは本質的に、あらゆるものをおもしろくする要素があるんですね。「街をゲームのヒントにする」と考えると、巣鴨の街には魅力が詰まっているので、いろんな発見があります。こっちが仕掛けていない発見もたくさんあったりする。それは巣鴨がもともと魅力的な街だからです。

そして、多くの人の常識の3つ目は、「空腹は最大のスパイスだ」ということです。僕も最近、本当によくお腹が空くんですけど、そうするとご飯がおいしいですよね。「あー、お腹空いたなあ。もう今日はクタクタだ。ご飯がうまい!」となります。「スガモ消滅2026」もそうですが、謎解きはだいたいみなさん2時間ぐらい歩かれます。そうすると、何が手に入るかというと「心地良い疲労感」ですね。

マラソンをした後、スポーツをした後の心地良い疲労感です。そんな中で、ふっとおいしそうな香りがしてくる。それはうなぎの蒲焼きかもしれないし、大福かもしれない。もしくは、みんながワイワイ楽しんでいる音が聞こえてくることもある。そういうものは、フワッとやってきます。

「あ! こんな所においしそうなお店があったのか」「なんかカレーのにおいがするなぁ」みたいな感じですね。このように巣鴨という街の中から漂ってくるおいしいものを発見することができるんですね。僕は、そういう時に巣鴨を体験してもらうのがベストだと思うんですよ。

つまり、さっきの「期待値調整に失敗している事例」の逆ですよね。お腹を空かせた状態で、そもそもおいしいものを食べるんですから、自然と「あ、おいしい」と言ってもらえるんです。

歩いた後だし、謎解きの達成感もあって。「やった! 俺たち達成したぜ!」「ゲームクリアしたぜ! 楽しかったな!」「あの時さ、お前のあれ最高だったよ」「いや、お前こそまさか謎2であんな発想の転換ができるなんて、本当にびっくりしたよ」「いやいや、〇〇さんの言葉がヒントになったんだよ」「ああいう展開になるなんて、まったく思いもしなかったよな」みたいに思い出話で盛り上がる。

その中で、おいしそうな蒲焼きの香りがしてきて、「うなぎ屋さんに寄ってみよう」「食べてみようぜ」「これうまいな! 最高だ!」と盛り上がる感じ、なんとなくイメージが湧きますよね。

そうなんです。僕は計画的に、巣鴨の「接触タイミング」をずらしたんですね。だから「そもそも楽しい巣鴨」というコンテンツを、最良のタイミングで楽しんでもらうことができるわけです。

その結果、生まれたのが“恩返し消費”なんですね。「無料とは思えないクオリティだったよな」「めちゃめちゃ予算をつぎ込んでいるんだろう」「じゃあ、お礼に買い物や飲食をさせてもらおう」「巣鴨で一杯やろうか」という気持ちになってもらえたということなんです。

「戦略的」プレスリリース

おかげさまで、たくさんメディア取材もしていただきまして。毎日新聞、日本経済新聞、朝日中高生新聞、大学新聞、全私学新聞、NHK『首都圏ネットワーク』、BSテレ東、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)、としまテレビなどで報道いただきました。

おもしろいことに、謎解き好きは謎解き好きとつながっているんです。クリアした人にだけ、「成功した!」というカードを配ったのですが、「#スガモ消滅2026」でハッシュタグ検索をすると、ブワーッといっぱい出てくるんですね。いろんな人が「成功した!」「成功した!」と言っているんですよ。

そうすると、謎解き好きは謎解き好きとつながっているので、「あの人行ったんだ。ふーん。しかもおもしろかったんだ。確かにこれは良質な謎だな。え、何これ、無料なの? 行ってみようかな」となるわけなんです。それで、次々とTwitterで「俺も行こう」「私も行こう」というムーブメントが起きていったんですね。これも、Twitterの中に公式なコンテンツを事前に用意しておくことで仕掛けていきました。

プレスリリースも戦略的にやりました。「自治体の力を借りたPR活動」ということで、豊島区からイベントの後援を得て、区からもメディアに告知をしていただいています。

また「メディア取材から逆算したイベントを意図的に企画する」ということをやりました。プロジェクト期間中に、「学生が豊島区関係者にイベント価値をプレゼンするピッチ大会をやります」と告知したり、開催前にメディア限定の謎解き体験イベントを行って、ニュースメディアや新聞に取材いただいたりもしました。

そして、3ヶ月のプロジェクト期間中に、アプローチの切り口や、メディア対象を変えました。「コロナ禍における大学生の学び」「産学官連携の地域活性化プロジェクト」「コロナ禍で来場者増を狙った謎解きイベント」といったように、「コロナ禍」「緊急事態明け」などの言葉を使うことで、同じものでもまったく違うコンテンツに見えるんです。実際に、その時だけの鮮度の高いコンテンツも用意しました。

よくやる間違いとして、「PR TIMESを送るだけ」というPRの仕方がありますよね。新聞社や番組にアプローチするだけではダメなんです。

テレビだと、番組の最後にプロデューサーの名前が載っていますし、新聞でも、例えば日経新聞などは記名で書いている記者さんもいらっしゃるんですよ。そういったメディアの特性をしっかりリサーチした上で、手紙や直接電話をするなどして、具体的に「来ていただけませんか?」と提案したんですね。

謎解き参加者だけが、お客さまではない

またメディア用に、ビデオや写真素材を用意しまして。これに関して、報道の方に「これだけのコンテンツがあれば、このまま取材しなくても番組作れますよ」というお褒めの言葉をいただきました。

報道陣の方に実際に現地に来ていただいて、取材いただいても、「この素材がちょっと足りないからやっぱり見送りに」みたいなパターンもかなり多いんですよ。でも事前にいっぱいコンテンツを用意しておけば、「これでつなぎ込めます。これなら間に合うな」と判断してくださることがあって。

参加してくれるお客さまだけでなく、報道陣もお客さまなんです。報道陣の方々が僕らのイベントを紹介しやすいようにおもてなしをする。準備をして整えておく。この考え方がめちゃめちゃ大事だと思っています。

「#スガモ消滅2026」では、社会貢献活動も行いました。大正大学の手話サークルに協力してもらって、耳が聞こえにくい小学生たちに手話で謎解きを体験してもらうイベントをやりました。

今、コロナ禍でみんなマスクで暮らしていて、なかなかエンターテインメントが楽しめていない。また、僕らはあまり意識しないですが、耳が聞こえにくい方は口の動きで何を言っているかを推測するから、マスクがあるとよりコミュニケーションが難しくなってしまっているんですよね。「大学生のお兄さんに連れて行ってもらって、『#スガモ消滅2026』をクリアできた」と、とっても喜んでもらって。

実際にいただいた言葉には「聴者のみなさまも対等に『目の人』になることで、本当の歩み寄りができた素敵なイベントでした」「ペアの大学生に助けてもらいながらなんとかクリアできました」「スガモンや赤パンツが画面上に3Dのように飛び出して、それを手で操作できることが画期的でした」というものがありました。

赤パンツというのは、巣鴨にマルジというお店があって、そこの赤パンツを千原ジュニアさんが買っていることで有名なんですね。「赤パンツを履いているんじゃないか!」みたいに話題になったりもしました。

今回のアプリでは、マルジの赤パンツが3Dで出てきて、それをパズルのように組み合わせることでクリアするんですね。それを体験してもらったので、こんなお声をいただきました。作り手である学生たちからは、「謎作りの過程が非常におもしろかった!」という喜びの声がありました。

多くの「地域活性化」担当者の悩み

このように、楽しみながらやった謎解きイベントですが、なんとその経済効果は6,300万円だったようです。これは毎日新聞が試算して、報道してくださいました。

豊島区の議会でも、自民党の池田先生から「こういったおもしろい事例があって、明らかに地域活性化につながっている」という報告をいただきました。一般質問の中で、「こういった活動をしているみたいだが、豊島区の議会としてはどう捉えていますか?」という質問をいただいて、「これは本当にすばらしい地域活性の事例だ」とのリアクションをいただきました。

地域を活性化しようとなった時に、PRのプロ、謎解きのプロ、マーケティングのプロなどが集まって、本気で地域を活性化していくというケースは意外と少ないみたいなんです。どこの地域も、「おもしろいことをやりたいな」と考えている担当者さんはけっこういらっしゃる。でも、具体的な案が出てこなかったりして、悩んでいることが多いようです。なので、僕らは今回みたいな事例をもっと広げていきたいと思っているんです。

岸田首相が推進されている「デジタル田園都市国家構想」というものがあります。これは、「デジタルの力で、農村と都市が融合した田園都市地域をどんどん活性化していく」という考え方なんですね。今回の取り組みは、この考え方とも合致した地域活性化施策として、前例・実績になるんじゃないかと思っています。