巣鴨の希望は、「『おばあちゃんの原宿』からの脱出」だった

窪田望氏:今日は地域活性化についてお話をしたいと思います。みなさんよろしくお願いいたします。

まずは私の自己紹介ですが、19歳の時に会社を作りまして、今年で18年目になります。東京大学大学院のGCIとマサチューセッツ工科大学のビジネススクールでAIに関するプログラムを修了しました。

TikTokも始めまして、「踊らない教育系」というものをやっています。フォロワーが10万人を超えて、「#TikTok教室」では日本一に選出されました。Z世代に対して、AIやマーケティングのおもしろさを発信しています。

また、この縁もあって大正大学で招聘教授に就任し、地域活性化を通じてアントレプレナーシップを教える授業をやっております。

授業の一環として大正大学の学生と一緒に、巣鴨地蔵通り商店街の松宮理事長に「スガモの地域としての痛みは何か?」というお話を聞きに行きました。すると意外なことに、「『おばあちゃんの原宿』からの脱出が切実な課題だ」というお答えをいただいたんですね。

巣鴨というと、「おばあちゃんの原宿」が強みだと思いますよね。でも実は、「60歳の人は70歳を、70歳の人は80歳を、80歳の人は90歳を『おばあちゃん』と呼ぶ」そうなんです。要するに「おばあちゃん」という言葉は、意外と「自分ごと化していない」言葉だということなんですね。

この「自分ごと」という言葉が、実はものすごく大事なんです。僕たちは他人ごとだと、けっこうなあなあになるんですよね。「自分たちの街だ」と思えば「なんとかしないといけない」と思うんですが、他人のことならあまり本気にならない。

つまり、「おばあちゃんの原宿」では、どこまでも「他人ごと」で、「自分ごと」にはならない。これが大きな問題なんです。

巣鴨の「リブランディング」で用意したもの

それを解決するべく、リブランディングのために「謎解きシート」と、コロナ禍でも非接触で楽しめる「ARアプリ」を用意しまして。こんな(スライドにあるような)おもしろい謎解きを用意して、実際にやってもらったんですね。

タイトルは「スガモ消滅2026」なんですが、ちょうど大正大学が2026年に100周年を迎えるんですね。その時に「隕石が降ってくる」という設定で幕を開けるゲームとなっています。

大正大学には2つの考え方があるんですね。1つ目が「すがもオールキャンパス構想」で、「地域に根ざし、地域課題を解決する」というものです。2つ目は「スマートユニバーシティ構想」で、最新テクノロジーを使って、社会課題の解決に取り組むというもの。「スガモ消滅2026」は、このテクノロジーを用いて作りました。

実際の流れとしては、「ARアプリをインストールすると、未来の大正大学の学生から電話がかかってきて、謎を解くとクリアできる」というものです。ここで、実際の予告映像をご紹介します。

(動画再生)

こんなCMを作って実際に告知したんですが、実は出演しているのはすべて大正大学の学生なんですね。本物のアナウンサーみたいな人もいたと思いますが、実は学生なんです。

未来から「助けて」と言っている主人公もそうです。唯一違うのは、巣鴨で赤パンツのマルジというお店が有名なんですが、その店員さんに出演していただきました。僕がかなり、熱っぽくガチな演技指導をしたので、マルジのブログみたいなものに「うちの子は素人なので、そんな厳しく指導しないでください」と書かれてしまいました(笑)。

授業の一環としてこのような活動を行いまして、その様子を動画にまとめましたのでご覧ください。

(動画再生)

USJやディズニーシーを超えた「満足度」

実際にこういう活動を通して「巣鴨を前よりも好きになった」と答えた人が全体の82パーセントもいたんですね。さらに「大正大学を前よりも好きになった」と答えた人が66パーセント、「また巣鴨に行きたい」と答えた人が86パーセントに及びました。

さらに、豊島区の老年(65歳以上)人口比率は19.9パーセントで、比較的高齢化が進んでいるのですが、参加者の97パーセントが10代~50代で、幅広い世代の誘致に成功したんですね。

また参加者の1グループは平均2.4人で、全体の78パーセントが誰かと一緒に参加していました。やっぱり謎解きですから、お一人で参加することはあまりなくて、友だちとワイワイとか、家族で楽しく来てくれる方が多かったですね。「参加しよう」と思った方が、自然に他の人を誘ってくれるので、地域活性化という意味でもお客さまの誘致にとても効果的でした。

巣鴨は域内、つまり巣鴨の近くからいらっしゃる方が非常に多い地域なので、「それでうまくいったんじゃないの?」というツッコミもあるかもしれません。でも実際アンケートを取ってみると、「巣鴨に初めて来た」という方が30.6パーセントで、2位を合わせると50パーセント弱が「この謎解きがきっかけで巣鴨に立ち寄った」ということがわかりました。

NPS(ネットプロモータースコア)としては、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン、東京ディズニーランド・ディズニーシーを超えて、「スガモ消滅2026」の満足度が一番高かったということもわかっています。

実際お客さまはとてもよろこんでくださいました。その時にいただいた言葉を紹介しますね。「無料とは思えない構成、緻密さのある内容だった」「私はとても良い所に引っ越してきたんだな」「より一層、巣鴨の街が好きになりました」「若い世代でも楽しめる街」「商店街にこれだけ多くの店があって、栄えていることを初めて知りました」。

「謎解きも楽しかった」「謎の内容、ARを含めたアプリの出来ばえ、地元ネタ、どれもとても良くできている」「商店街の方々が温かい」「非常におもしろい取り組みだ」「有料の謎解きゲームより素晴らしい出来ばえだった」。

「想像より数倍凝った作りだった」「とても懐かしい感じがする良い街」「今までで一番楽しい謎解き」「人情あふれる、とてもすてきな街だと気づき、印象がガラッと変わりました」。

そして、「無料とは思えないクオリティだったので、お礼にお買い物や飲食をさせてもらいました」というお声があったんですね。これが、このイベントを象徴する口コミなのかなと思いました。実は「恩返し消費」が始まっている、と僕たちは分析しています。

絶景スポットや絶品グルメ写真「ドーン!」は避ける

よくある「地域活性化」、もしくは「観光の広告」を考えてみてください。「この地域のおいしいものはこれです!」「この地域のきれいな景色はこれなんです!」とドーン! とやりますよね。

でもそれって、自らハードルを上げているんです。芸人さんに例えてみると、なんとなくわかると思いますが、「今から僕、めちゃめちゃおもしろいことを言います」と言う芸人さんってほぼいないですよね。それはとても難しいんです。

だから普通は、期待値を調整して「なんか普通だな」「真面目そうだな」と思わせておいて、めちゃめちゃおもしろいことを言うんですよね。

でも、不思議と地域の観光となると、自分たちの地域の、例えば「最高の夕日をぜひ見てもらいたい」とすると、最高のカメラマンに撮影してもらったりしませんか? それだと、カメラマンが撮影した景色のほうが実物より良かったりするんですよ。

また、ものすごくおいしい料理を最高の状態で撮影してもらったりしますよね。例えば、湯気を出すのにドライアイスを使ったり、湯気をふわっと見せるために黒い背景にしたり。そうやって、最高においしそうな写真が撮れたとして、それって実はハードルが高い状態で消費をしていただいていることになりますよね。

そうすると、実際来てみて「あれ? なんか写真で見た時はめっちゃおいしそうだなって思ったんだけど、案外普通だな」みたいに感じてしまう。「あの夕日最高だな」と思って来てみたら「あれ? なんか思ってたのと違う」となりそうですよね。観光って、そういう“事故”が多発していると思うんですよ。

じゃあ、それを逆にすることはできないか。そう考えてみると、「謎解き型の恩返し消費」の本質が見えてくるんです。

地域活性化のマーケティングのポイント

さっき予告編の映像を観ていただきましたが、あれは単なるゲームですよね。「隕石が降ってくる」というめちゃくちゃな設定で、それを「救ってくれ」「助けてくれ」という状態です。『ドラクエ』とかも、いきなり「竜を倒してくれ」という状態から始まりますよね。竜とか言ったら怒られるのかな(笑)。

実際プレイをしてみると、2~3時間歩いてクタクタになってしまう。そこで、恩返しで消費する体験が生まれてきます。

僕たちはよくマーケティングを仕掛けますが、このように「体験のピークを広告接触タイミングにしないこと」は、意外と重要なんですね。例えば、映画のプロモーションで考えてみます。映画の最高におもしろい素材はクライマックスのどんでん返しだったりしますよね。でも、それを予告編で出してしまったら映画体験としては台無しになる。

それにも関わらず、観光では「一番おいしいところ」「最高の映像」を最初に提供しているんですね。それは、見直したほうがいいのかもしれません。個人的には、映画から学んで観光に持っていくのがいいのではないかと。

実際、謎解きのチェックポイントとなった和菓子店の岡埜栄泉さんでは、「巣鴨まんじゅう」の売上が2倍になりました。

なので、地域活性化のためには「最初は地域の魅力で勝負をしない」ことが意外と大事だと思っています。地域活性化というと、ついつい「最初に地域の魅力をみなさんにお伝えして、それで集客をしよう」と考えてしまいがちですが、僕は逆だと思うんですね。

むしろゲームで集客をして、楽しんでもらった後で、「こんな所に良いものがあったんだ」と期待値調整をする。そのほうが「もう一度あそこに行こう」と思ってもらえると思うんです。