「他部門のことを考えたくない」問題

斉藤:では、最後の問題「他部門のことを考えたくない」という話をしますね。そうだ、次のスライドを出す前に、八子さんに話してもらおうかな。こういう問題、現実にありますよね。

八子:ありますよ。「他部門のことを考えたくない」というのは、手短に話すと「部分最適」ですよ。これも製造業の話で恐縮なんですが、設計部門の方々がとある技術を使って、業界でナンバーワンのものを作ったんですよ。うまく仕上げて、そのままリリースすればヒットにつながるだろうなと確約できるんですけど、製造部門の人たちがまだ作れないんですよ。

「わかるけど、それをそのままの設計で製造しようとするとめちゃくちゃコストが高くなるし、今の技術ではなかなか量産体制に持っていくことができない」と言うわけです。設計部門は「いやいや、だったら自社の工場でそれを作らなければいい」とか言うわけですよ。

それで製造の部門は「じゃあお前らが勝手にしやがれ」と。お互い相手のことを考えてないんですよね。設計は製造のことを考えてないし、製造はその結果によってその会社がどんと売れるかもしれないのに、「できないできない」と言って終わりなんですよ。

強いものが勝つビジネスで進む「部門最適」

斉藤:その時は何か最適解はあったんですか?

八子:結局、外注に出しました。

斉藤:出したんですか。でも本当は内側で作ることもできたんですかね。

八子:できたと思いますよ。ただ、対話が少なかった。

斉藤:相互理解できないままで、外注することになってしまったということですね。やはりさっきの断片問題になるんですけれども、今までのビジネスのやり方だと、部門間を競争させ、人と人の間を競争させ、強いものが勝つことでよりよくなっていくという考え方をするじゃないですか。

八子:そうですね。

斉藤:そうすると、当然の結果として、コラボレーションをしなくなりますよね。

八子:比較されるんだったら、勝ったほうがいいですものね。より上に行こうとしますよね。

斉藤:そうですよね。マウントを取ったもん勝ちです。すると、当たり前のように「全体最適」にはならずに「部門最適」が進んでいくことになります。ここで考えていきたいのが「組織のパーパス」です。部分最適になる前に、全体としての意味を考えたい。

八子:目指すべきものとかね。

斉藤:そう、目指すべきものがある組織はとても強いかな、と。

「Why」を忘れてしまうと「打ち負かすこと」を目指してしまう

斉藤:こういう時、必ず出てくるのがサイモン・シネックの『Whyからはじめよ』ですね。彼は世界中のリーダーの人たちの行動を調べて、なんで彼らは人を動かせるんだろうということを研究しました。

リーダーは必ずしもトークがうまいわけでもないんですよね。でもなぜか話が下手でも、その人の言葉にぐっと惹かれる。それはなぜかと言うと、「What」じゃなくて「Why」を伝えているんですよね。それがすごく大切で、人と組織も同じなんです。

組織もやっぱりWhyが大切で、最初は心がけているんだけれども、だんだん会社が大きくなると忘れてしまいがちです。INDUSTRIAL-Xも大きくなってどうですか? 今でもWhyは持ち続けてますよね。

八子:もちろん。

斉藤:傑出した組織ですから、そうだと思います。もしWhyを忘れちゃうとどうなるかと言うと、自分自身のパーパスじゃなくて、誰かに勝とうと、日々のレースに参戦することになってしまう。だからもう「打ち負かすこと」だけを目指すことになっちゃうわけですよね。

八子:ここで言うところの「Why」は、北極星のような「何のために」というものですよね。例えば「あんたそれ、なんでやってんの?」という、手段の「なぜ」を問う話じゃないですものね。

斉藤:そうですね。そのチームの社会的な存在意義ですね。

部門をつなぐ架け橋となる「組織のパーパス」

斉藤:そこに社員の意識が向かうと、全体最適が進んでいくんですよね。その上で、部門間をつなぐ架け橋の仕組みを作ってあげることですね。

例えば、今のお話でいうと、競争とか対立関係にある部門間ではコラボする意義が感じにくいんですよね。まずは、その部門長が「組織のパーパス」を組織に浸透させることが重要です。

それまで数値目標のために仕事をしていたけど、「いや、ちょっと待てよ。自分たちって何のために仕事をしているのか。この製品はこれだけ大切なものなんだよな」と立ち返りたいですよね。

八子:社会にどんなインパクトが、どんな効果が、どんな好影響を与えるのか。

斉藤:それらが少し共有できると、全員じゃないですけども、2:6:2の最初の2の人が動くじゃないですか。「なるほどね」ってちょっと感じてくれるんですね。

横断型コミュニティを作っても尻すぼみになる理由

斉藤:やはり部門間の人的交流が少ないですよね。人的交流が少ないから、例えばその間で手を挙げてくれたイノベーターみたいな人たちを両部門から集って、知識を共有するコミュニティを作ってあげるとか。

八子:昔はこのことを本来、「プロジェクト」と呼んでいたはずですよね。

斉藤:そうですね。この「希望者」という点がすごく重要だと思うんですね。

八子:勝手に「あなたやりなさい」と言って採用するわけじゃないと。

斉藤:そうですね。人は自己決定しないと動かないので。上司の言い方によりますけど、上司から「このプロジェクトには、君の能力がとてもすごく大切なんだ」と言って、その人がその言葉を聞いて「じゃあやります、やりたいです」ってなればいいんですけど。「誰と誰と誰をアサインしたから」とか、「このコミュニティをやって」と希望していない人を巻き込んでもまず動かないわけですね。

だから、希望者でコミュニティを作る。そこで知識を共有するようなコミュニティを作る。でも、それだけではうまくいかない。往々にしてそういう横断でコミュニティを作っても、なんか活性化しないで尻すぼみになってしまいます。

八子:なりますね。

斉藤:とっても多いです。なぜかと言うと、コミュニティは優先度が低いからです。自分が優先すべき仕事があるので当然なんですけれども、コミュニティは、常にメンバーの内発的動機を刺激しないと継続しないんですよね。

八子:そうですね。「なぜわざわざここに我々が集まっているのか」と。初めは希望者で集まったはずなのに、途中から「なんでだっけ?」となって、見失いがちですよね。

世の中の物事はすべて「境目」にある

斉藤:そういう時に参考にしたほうがいいのは、『だかぼく』でも組織改革の骨組みにした「成功循環のモデル (関係 → 思考 → 行動 → 結果の順に高めていく) 」です。いいコミュニティにしたければ、遠回りのように見えても「信頼関係の構築」から始めるのが大切だよねと。

『だから僕たちは、組織を変えていける ーやる気に満ちた「やさしいチーム」のつくりかた』(クロスメディア・パブリッシング(インプレス) )

僕は「hintゼミ」という社会人向けのオンラインゼミをやってまして、毎期、100人近くの初対面の人たちが集まるから、最初はみなさんけっこう緊張するんですよね。

そんな時に効くメソッドがいくつかあるんですが、例えば、1人ずつライフラインチャートを作って、その人が今までどういう人生を歩んできたかをシェアしたりすると、ずっと心の距離が縮まったりします。人の心は、そういうことで動くんですよね。関係性を高めると、パーパスの共有もしやすくなっていきます。

八子:うんうん、共感しやすいところに。

斉藤:その上で、内発的な動機のサイクルを回していく。

八子:部門間だけではなくて、それこそ競争とか対立とか、組織の壁を越えて希望者を集う。この「希望する」という自発性があるじゃないですか。

今回の私の本では「境目」にこそ課題があって、そこにチャンスがあるとお伝えしています。世の中の物事はすべて境目にある。だから斉藤さんのお話も、例えば部門間という境目をブリッジする必要があるんだと思います。

『DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法 ―― 』(クロスメディア・パブリッシング(インプレス) )

もしくは対立しているところをつないだり、数字とマインドという、ややもすると対立する概念の間をつないで「社会的意義」を作るとか、人的交流が少ないところに対して、コミュニティでつながる仕組みを作るとか。

大切なのは、境目を「つなぐ」という意識

八子:コミュニティも継続性があるからこそ非常に有効に作用するんだけれども、やっぱりどこかで活動の境目が生まれる。目的意識を失ってしまうと、そこがひとつの境目になるので、それをどうやってリーダーが境目を越えさせて、次の状態につないであげるのかが大切なんですよね。

斉藤:そうですね。境目をつなぐという意識がすごく大切ですね。僕が最初にお話しした「断片化」はまさにそのことです。

何かと何かを分けちゃっているわけです。全体には部分と部分の総和よりも大きいものがあるんですね。断片化することによって、例えば組織のパーパスや人のつながりが、ばさっと切られちゃうんですよ。

それはそのほうが機能的には使いやすいし、数値化もしやすいからなんですね。

八子:「達成しやすい単位に分解しなさい」とか言いますものね。

斉藤:そうですね。特にデジタル思考が強いとそうなるので、境目で分けて途切れたままなんですよね。それを復活させてあげるという話な気がするな。

八子:例えば個々のキャリアもなかなか理解されなかったところが、先ほどのhintゼミのような仕組みで経験を共有することで、まったく別の人生や別のキャリアだったかもしれない方々の間に関係性ができて、つながっていく。それによって共感が生まれ、理解が生まれ、支え合う仕組みができるという。

斉藤:やっぱり『星の王子さま』ですね。見えないものにこそ価値がある。大切ですね。

八子:大切ですね。

斉藤:意外と二人とも、50代と60代でロマンチストなんですよ。

八子:お茶の間のみなさん、ここ、笑っていただくところですからね。

斉藤:ですよね(笑)。

「関係の質」から始める成功循環モデル

斉藤:では、最後に1個。「シェアド・リーダー」という考え方も重要です。まず「パーパス」を共有することが大切なんですが、共有した上でシェアド・リーダーで運用するといい。リーダーを1人に固定しないという考え方です。

八子:全員がちょっとずつリーダーの役割を担って、順繰りに順繰りに回すと。

斉藤:リーダーをやると、リーダーの気持ちがわかってくるんです。いいフォロワーになるんですよね。その上で、さきほどもちらっとお話しした成功循環モデルを回していくことです。

成功循環モデルは「関係の質」から入る考え方です。関係の質から入ると、思考が前向きになりやすくて、行動が、コラボレーションが生まれやすくて、結果が良くなる。そうすると、また関係が良くなる。結束感が深まる。

失敗循環モデルは、この循環は同じなんだけれども、結果の質から高めようとするんです。数字を高めようとすると、関係が悪くなって、思考が悪くなって、行動が悪くなるんですね。

だからコミュニティを作った時も、成功循環モデルを意識することが大切です。まず関係性から入る。

チームでは、思考の前に「関係性」がある

斉藤:なかなかビジネスでは関係から入るという発想にならないですよね。

八子:なかなかそうですね。

斉藤:目の前のことでいっぱいいっぱいで、そんなことをやっている時間はないと思うんだけども。

八子:「いつまでに何をやるか」ということが一番ですからね。

斉藤:そうなんです。でも実は関係をつくることが一番の「急がば回れ」なんですよね。

八子:よく偉い人が言っている話だと、「考えが変われば行動が変わり、行動が変われば人生が変わる」とありますが、そういう意味も含まれているんですか?

斉藤:基本的には同じですよね。

八子:「考えが変わり」の前の段階のひとつ、ちょうど境目があって分断されているところに「関係」というピースをぽんと置くことによって、くるくる回るようになるんですね。

斉藤:そうですね。偉人が言われている個人の成長の原則ですが、この場合はチームの話だから、思考の前に、まず関係性があるんですよね。まずは分断されたものをつなぐことですよね。

八子:まず全体ありき、まずみんなありき、1人だけじゃなくてね。

斉藤:まさにそうですね。

思いやる気持ちを作る「シェアド・リーダー」のススメ

斉藤:そのために「シェアド・リーダー」はなかなか効きます。適材適所、意図的にリーダーを循環させることです。

八子:手段としてこうやれば、一人ひとりがリーダーの気持ちがわかる。もしくはメンバーの「リーダーに伝えたいのになかなか伝わらない」というところもわかる。

斉藤:そうですね。

八子:そうすると、どうやってリーダーとメンバーの間の関係に、より「思いやる気持ち」を作っていくことができるのかということですよね。

斉藤:指示待ちの人もなくなってくる。

八子:これだとサボれませんものね。

斉藤:そうですね。そして1度2度リーダーの役割をすると、積極的になっていきます。

八子:組織で実際に変革をしていこうとした場合には、期間の概念でこのリーダーを回すのか、もしくは領域別に「今日はこの目的で、このプロジェクトはあなたがリーダー。来週はこのプロジェクトをこのリーダーで、こういうふうにやる」というかたちで、少しずつ回していく。そうすることで、会社全体がそれぞれのリーダーの立場を理解して改革を進めていけるということですよね。

斉藤:その時にあまりやらされ感がないようにするためのバランスは大切ですよね。特定の1人だけに集中するのは良くない。だからみんなで、誰が何回やったかをシェアしながら自己決定していく。その時に、その話題に関して適材適所の人、それこそ専門家の人がリーダーになってもいいわけですよね。

「自己決定する」というプロセスも思いやり

八子:その「自己決定する」というプロセスも思いやりで、なおかつリーダーの立場も思いやりで、参加されているどの人に対しても思いやりを持って......これって「愛」ですよね。

斉藤:けっこう強引にまとめてきましたね(笑)。

八子:いえいえ。やっぱり愛ですよね。

斉藤:それで今日はああいうタイトル(「愛のある組織変革」は実現可能か? )だったんですね。そこまで読み切っていたとはさすがです。

八子:いやいや、これ(スライド)が出てきたからですよ。初めて気が付きました。

司会者:すみません、音声が聞こえてません……。

斉藤:え? 音声が聞こえてないですか? 本当?

八子:今一番いいところだったんですけど(笑)。

斉藤:今すごい名言が出たので、もう一度言いますか? 最後にもう一度八子さんのありがたい言葉をいただいて......八子さん、お願いします。

八子:困っちゃうな(笑)。斉藤さんの、シェアド・リーダーで組織を変革してより良くしていこうという話でひとつ気付いたことがあって、参加されているメンバーの自発的な自己の意思決定が重要だという話でした。

自分で決めたことに対するメンバーの思いやりが重要だったり、「リーダーって本当に大変なことをやってくれているな」というリーダーに対する思いやりが重要だったり。

メンバーとリーダーとの関係性がより深みを増して境目がなくなると同時に、メンバーの一人ひとりが組織の全体について、将来はどうありたいのかとか、どうなければならないのかという意義を考えて、お互いがお互いに対して思いやりを持っていくことが重要だったりするんです。

斉藤さん、こういうのを何と言うんでしょうね?

斉藤:これはね、たぶんね、愛じゃない?

八子:リアルで参加されている方はさんざん聞いたと思いますが、「愛」ですね。

デジタルな変革にこそ「愛」が必要

斉藤:だから、DXという「デジタル」がテーマだからこそ、その「愛」から離れちゃうんじゃないですかね。むしろデジタルだから大切なんですよ。だから意識をしないといけないね。

八子:心に愛を。

斉藤:心に愛を持ちながらやることが大切だというのが、今日の結論です。

八子:不思議ですね。組織変革の話があり、デジタルで変革していくという話があり。でも2人に共通しているのは、どういう姿になりたいのかという意義を重要に捉えた上で、でも手段として実際に現場レベルで進めていこうとした時には、思いやり、すなわち愛が極めて重要な意味を持つと。こういうことでしょうか、斉藤先生。

斉藤:そうですね。具体と抽象もよく分けたほうがいいかもしれないですね。抽象化には論理的なデジタルな思考とかが大事だけども、具体の時には人への愛が大切。

八子:あたかも愛のほうが抽象度が高いように見えていて、具体が意義のあることに見えているけれども、それが逆転しているんですね。深いな。