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「ビジョンとともに働くということ」出版記念イベント(全4記事)

掲げたビジョンを駄目にする会社の口癖は「そうは言っても」 「理念」と「利益」のダブルスタンダードを乗り越える2つの「軸」

中川政七商店主催で行われた、『ビジョンとともに働くということ』出版祈念イベントの模様をお届けします。代表取締役会長の中川淳(中川政七)氏と、社外取締役を務める山口周氏が登壇し、企業の「ビジョン」について語られました。本記事では、ビジョンを駄目にする会社の特徴について語られました。

「ビジョンと不整合なことをする」と駄目なビジョンになる

谷尻:お二人にまた質問です。今のお話で少し見えた部分もありますが、逆にビジョンを策定している時に経営者がしてしまう失敗例も教えていただけたらと思います。周さんが色んな企業にアドバイザーで入られてきたなかで、「ちょっとこの行動はよくなかったな」とか、何か思ったことがあれば教えていただけますか?

山口:結局、駄目なビジョンになるケースのほうがマジョリティだと思うんですけども、そういう意味で言うと2つあります。これは本に書いたかも知れませんが、1つは「ビジョンと不整合なことをする」というというのがあって。

例えばGoogleの事例なんですけども、彼らは「世界中の情報を整理して誰もがアクセスできるようにする」「情報格差のない世界を作る」と掲げています。だから、あの会社は、インターンの学生にもソースコードを開示しちゃうんですね。

僕も聞いた話なのでどこまでやっているかわからないんですが、インターンだからその人がFacebook(Meta)やマイクロソフトのような別会社に行っちゃう可能性あるわけですよね。でも見せているんです。普通は「なんでそんなことをやるの?」と、よくわからないわけですよね。

要するに、会社の中には正社員と派遣社員、正社員とインターン、男性社員と女性社員という格差があるんです。例えば役員じゃない人には最低限のコンプライアンスに関わるような、買収の情報だとかは秘匿されているわけです。

でもGoogleでは「どこまでディスクローズできるか」という、ある種の限界に挑戦しているようなところがあるんです。会社の判断基準が「情報格差のない世界を作る」なので、「そこは管理職しかアクセスできません」「インターンはアクセスできません」というカテゴリー(を作らない)。「インターンにまで開示するんだ」ということが、ものすごいビジョンの浸透効果を持つわけです。

日常のオペレーションの判断に「ビジョンに立ち返る」という(行動がある)。人間には出現頻度効果というのがあるわけですね。ビジョンの概念も同じように、何度も何度もそこに立ち返って判断するというのをやっていると、それが全部の判断基準の礎になってくる。

抽象度の高いビジョンと、現場の具体のレベルが一致しているか

山口:あと僕が日本で「これはすごいな」と思ったのが、所沢にある石坂産業という産業廃棄物の処理業者です。分類でいうと産業廃棄物の処理業者なんだけれども、会社のビジョンとしては「世界からゴミという概念をなくす(Zero Waste Design)」と言っているわけですよね。

そこに運ばれてくるゴミの98パーセントは減量化・再資源化して、ある特殊な建材以外はすべて世の中に送り返すことができるようになっているらしいです。あと原理的にそのシステムを世界中に広げれば、世界からゴミがなくなるわけですよね。

僕が「ああ、なるほどな」と感動したのは、トイレをお借りした時に張り紙がしてあって、「弊社にはゴミ箱がありません」と書かれていたんです。つまり「ゴミはすべて持ち帰ってください」ということだったんです。

例えば食堂の食器とか飲み物の器。そういう扱いも全部含めて「廃棄」という概念が会社の中にないんですね。これは非常に抽象度の高いビジョンと、現場のゴミ箱を置く置かないとか、自販機の中にどういう飲み物を入れるかという具体のレベルがものすごく一致している。

かつ自販機の中に何を置くかというのは、おそらく総務のどこかの担当者がやっているんですけれども、そこまでちゃんと社長が言っていることと一致しているわけです。

ビジョンを駄目にする会社の2つの「口癖」

山口:僕が見てて駄目だなという事例は具体的に言えないんですけれども、そういう駄目な特徴のある会社は口癖があって、「そうは言っても」「然は然りながら」の2つです。「然は然りながら」って、中途半端に優秀な人が一番よく使う言葉だなと思っています。なんとなくバランス感覚が優れた、落としどころの上手な人がよく使うんです。

例えば具体名は言わないですけれども、「全員経営」というのを掲げているとこがあります。全員経営ということは、新入社員から派遣社員から何から、全員が経営者になったつもりで判断してくれということですよね。

経営者として判断しようと思ったら、経営情報にアクセスできないと判断できません。「当然、経営会議の議事録は社内では公開されているんですよね」と聞くと、「山口さん、何言っているんですか。そんなことするわけないでしょ」と。「でも全員経営って言ってるじゃん」「それはそれ。これはこれ」。

要するにダブルスタンダードなんですね。ビジョン浸透の最大の敵はマルチスタンダードなんです。「ビジョンとは別の判断基準が適用される」ということが起こると浸透しません。

あともう1つは人材登用です。新しい会社のビジョンを掲げた時、そのビジョンのことをあからさまに悪く言ったり、あるいはあからさまに言わないまでも、当人の方針は変えようとしない人がいるんですね。だいたいそういう人は実績を上げているし、実際に活躍している人なんですけども、この人を外せるかどうかが重要なんです。みんなその覚悟がないんですよ。

ビジョンを優先するか、経済合理性を優先するか

中川:そうなんですよね。最初のダブルスタンダードが生まれるきっかけとして一番多いのは、ビジョンを優先するか、経済合理性を優先するかというところですよね。ビジョンを掲げると、経済合理性とそぐわない場面がどうしてもあるんですよ。その時にどっちを取るかだと思うんです。

僕も経営者だから、もちろん利益は絶対大切です。利益は作らなきゃいけないけど、ビジョンか利益かと言った時に、51対49でビジョンを優先しなきゃいけないというのが「覚悟」だと思っています。

例えばうちで言うと、「日本の工芸を元気にする」と言ってマルヒロさんのコンサルティングをやりました。でもマルヒロさんは小さな会社で、営業さんもいない中でどうやって売上を上げていくのか。新ブランドはつくったものの、販路がないわけですよね。

販路開拓をどうしようかと思った時に、僕は「中川政七商店の展示会に相乗りさせる」と言い出すんですけど、みんなからめっちゃ反対されるわけです。来るお客さんの量は決まっている。みんなのお財布は決まっている。そこにマルヒロを入れたら、うちの売上が下がります。それは経済合理だと思うんですけど、「そっか、そうだよな」と思って折れちゃったら、たぶんそれでおしまいです。

もちろんその時は「いやいや、もうビジョンを掲げているんだから」とはまだ言ってなくて、「長い時間軸で見れば、今はうちが調子いいからその考え方でいいけど、調子が悪くなる時もある。その時にマルヒロがすごいブランドになっていて、マルヒロがうちにお客さんを呼んでくれるかもしれない。長い目で見たら、これはこれでいいんだよ」という話で通したんです。

今となっては当たり前になっていて誰も文句を言わないですけど、あの時に僕自身が「確かにそうだな」となっていたら、たぶんこうはならなかった。

ビジョンを考える時の「時間軸」と「空間軸」

山口:そのとおりなんです。今の淳さんの話には2つのキーワードがあって、1つは「長い目」という話。時間軸を長く取るということですよね。短期の利益を取るのか、長期の利益を取るのか。

子どもも同じなんです。「幼い人」と言う時、実際の年齢が低い高いじゃなくて、「子どもみたいな大人」を指すこともあるでしょ。すぐに酔っ払って駅員さんを殴るとか、「子どもじゃないんだから」って。

それの何が特徴かというと、子どもは時間軸と空間軸がものすごく小さいんです。だから今ここだけの判断しかできないんですけども、大人は長い時間軸で考えるわけですね。これが1つの「時間軸」です。

もう1つは「空間軸」で、中川政七商店にとっては、単体の企業として見てみるとその中でPLがあるわけですけれども、実際には上流に物を作ってくれる会社とか職人さんがいて、さらにその上流には、原材料を提供してくれる自然というものがあるわけですよね。それでお客さんが物を買ってくれるわけです。

企業という単位で境界線を取ると、それ(相乗り)をすることでもそしかしたらPLに犠牲が出るかもわからない。でもバリューチェーンを長く取って見ると、今ここでやらないと、次世代の職人さんが育ってくれなかったりする可能性があるわけです。

若い人たちが「職人になるとあんなにやりがいのある仕事ができて、しかも経済的にはちゃんとサステナブルなんだ」と思ってくれて、「じゃあ自分も職人の世界に入ろうかな」と入って来ないといけない。

結局50年、100年というロングタームで見た時、あるいは(会社よりも大きな)空間軸で見た時に、今のサステナビリティの議論と同じで、企業が存続しても地球はすってんてん(一文無し)になったら、ぜんぜん意味がないんです。

ビジョンと短期経済利益は一見するとコンフリクトなんだけども、システムの空間の範囲を広く取って、時間軸を長く取った時に、「それは本当に知的な判断なの?」とは思いますよね。

1社でのベストを考えること自体が、もはや部分最適

中川:そうですね。今はポスト資本主義的なことも含めて、部分最適より全体最適が当然いいわけじゃないですか。セクショナリズム的なことは、うちの社内ではすごく嫌がられる。あまりないと思うんですけど。

もっと言うと、1社でのベストを考えること自体が、もはや部分最適だと思っていて。パートナー企業として関わっている人たち全体を僕は見ているつもりなので、向こうの経営者が何と言おうが、「全体で見てこれがいいんだったらこうだよね」と言うんですよね。

山口:実際「そんなにきれいじゃないよ」と言われることもありけれども。でも例えば、トヨタ自動車という日本を代表するエクセレント・カンパニーがありますが、あそこは利益を出すために下請けをめっちゃ叩くとか、そういうことはやらないんです。

工場を見ると昼間でも煌々と明かりがついているんです。某社のように工場は昼間になると明かりを消すとかはしない。すごく骨の太いことをやるんですよね。ふつうの会社は苦しくなればなるほど、骨の細いこと、悲壮なことをやるんです。

空間軸や時間軸もそうだし、本質的な意味で「利益をサステナブルに出していく」というのは、あまりそういうことじゃないんじゃないかなという気がしていますよね。

谷尻:ありがとうございます。

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