外資系が「ジョブディスクリプション」を詳細に定めていない理由

小杉俊哉氏(以下、小杉):ジョブ型採用の懸念は、いろいろあります。もし本当にアメリカ企業のようにやるとすると、採用だけではなく、マネジメントの仕組みを根底から変えることになるわけですよね。つまり、そのポジションで入ったら、そのポジションが不要になったら辞めなきゃいけないわけですからね。

それから、給料を増やしたければ自分自身でプロモートして、グレードを上げていかざるを得ない。それができないなら給料は変わらないし、そこで使い物にならなかったらもっと低いグレードになって、給料も下がる。ジョブ型は自己責任であり、何の保証もないんですよ。「日本企業は本当にそこを目指すんですか?」と思ってしまいます。

井上和幸氏(以下、井上):そうなんですよね。自分でキャリアを作っていかなきゃいけない。えらそうなことは言えないですが、日本企業の言うジョブ型の話をいろいろ見聞きしますが、なんか変な話が多いなと思っていて(笑)。

小杉:わかります。やたらと「ジョブディスクリプション(JD)」を明確に、細かく定めようとしたり。外資系はごく大雑把にしか定めていないですからね。

井上:外資系はJDを精緻には定めていないですよね。

小杉:そんなことはやってられないですから。どんどん新しいものが生まれて、環境が変わっていけば、誰もその仕事をやらなくなっちゃいますからね。

井上:例えば、「JDに書いてあることをやるのがジョブ型である」と日本人の識者の方が何人かおっしゃっていますが、そんなことしかやっていなかったら、すぐクビ切られますよ。「お前のバリューは何なんだ」と言われて(笑)。

小杉:本当ですよね。それでは会社が回らないですから。だから外資系企業のJDは、昔私が入社した頃もそうでしたが、「〇〇などを含む組織全体のマネジメント業務」みたいに曖昧な書き方をしていますよね。

井上:そうですよね。外資系もそこのところをいい加減にしているわけではなく、その余白部分に、「いかにその方が何かをクリエイトしてくれるか」という期待を込めているわけですよね。

小杉:逆に、そこができる人間が高い評価を受けるんですね。自分でそこを増やしていくというか。すると、上にあがっていきます。そのあたりが日本企業では大丈夫なのかなと、ちょっと心配ですよね。

ジョブ型では難しい、リーダー・経営者人材の育成

井上:また別の話になりますが、一時期、私は「サザエさん現象」ということを言っていたんですよ。バブルが崩壊した後に、新卒採用を止めた大手企業が多くて。 それまではどんどん下から新入社員が入ってきて、自分の役割も押し上げられて変わっていましたよね。それがバブル崩壊後は5年、10年と組織が同じ状態のまま続いていて。サザエさんで言うと、カツオ君はずっと5年生、みたいな。

ジョブ型に関して、運用を間違えると、別の意味でのサザエさん現象になってしまう。10年、20年、30年そのまま続くのならいいんですが、それでは個人もやっていられないし、会社としても良い状態ではないでしょうから、非常に危険ですよね。

小杉:特にリーダー人材、経営者人材の育成って、ジョブ型ではあり得ないじゃないですか。むしろ、「他流試合を経験させて、外に出して、ぜんぜん違う仕事をさせて」と、意識的にいろんなことをやらせますよね。

先ほど井上さんもおっしゃっていましたが、今の経営者の方は本当にいろんなことをやっていますよね。外でいろいろ経験している。例えばソニーの平井(一夫)さん(ソニーグループ・シニアアドバイザー)や、吉田(憲一郎)さん(ソニーグループ・代表執行役会長兼社長CEO)などは典型的だと思います。

当初はまったく主流ではなかった。子会社に入って長年やっていたとか、子会社に出向、転籍してぜんぜん違うビジネスをやっていたり。それが結局本体のトップになって、変革に成功する。日立もそうですが、むしろそれが一般的な流れになっていますよね。同じことしかやってこなかった人、本流のビジネスだけでずっと育って上にいった人は、逆に変革ができないんだと思いますね。

井上:そうなんですよね。だから、下手すると「勘違いジョブ型」が蔓延してしまって。どこかの会社が、今日本で言われているジョブ型みたいなものを、愚直にやってみたらおかしくなっちゃったと。そういう話がよく出てくるんですよね。20年前に「成果主義」がしきりに言われていた時期に似ていると思いました。

小杉:はい。私もまったくそう思います。

井上:あれも3年ぐらいで崩壊しましたよね(笑)。その後、また別物の「チューニングした上での成果主義的なもの」が広がった面もありますけどね。リクルートもそうですが、グレード制を導入して、ぐちゃぐちゃになって止めたりということは大手でもよくありました。

小杉:マネジメント・バイ・オブジェクティブズ=MBO(目標管理制度)、なども一応定着はしていますが、運用的には20年経っても変わっていない気がします。もともとは、それによって「できる人に給料をたくさん払う」という、実力主義・成果主義のようなかたちで始めたんですよね。でも「MBOをうまく回しています」なんて会社は聞いたことないですから。

イベント参加企業の1on1頻度は「月1」が最多

井上:もう1つ、セットアップのような質問をさせてください。ここ3~4年ぐらい「1on1」が注目されています。きちんと運用していけば、良い制度だと思いますが、みなさんの会社では実際やっていますでしょうか? このあたりも事前情報としてお聞きしたいと思います。

ご投票ありがとうございました。

「月1でやっている」方が45パーセント。過半数に近いですね。「実施していない」が35パーセント。これが3分の1だから、3分の2は実施しているということでした。頻度では、「週1」が10パーセント。「隔週」が5パーセント。「数ヶ月に1回」は5パーセントですね。こちらは、例えば四半期に1回ぐらいの会社もあるのかなと思って選択肢に入れてみました。

やっている会社が多いという印象かな。小杉さんはどう見られますか? 

小杉:多いですね。

井上:頻度としては「月1」が多いと。

小杉:「月1」というのはどうなんでしょうね。MBOのフィードバックはおそらく半年に1回、総括として1年に1回振り返って、年2回ぐらいですかね。それよりはずっと1対1で対面で話す頻度は増していますが、「月1で大丈夫ですか?」とも思ってしまいます。

井上:どうでしょう(笑)。あと、小杉さんからの事前質問に「1回あたりどれぐらいの時間を使っているのか?」というのもありましたよね。チャットに回答を書き込んでいただける方はぜひお願いします。だいたい1時間ぐらいが多いのかなという気はしますけども。どうなんでしょうか?

小杉:そんなに長い時間をかけてやっていますかね?

井上:そうか。頻度とのかけ算とすると30分とか……かなり高頻度なら15分とかのショートミーティングかもしれませんね。

小杉:30分というコメントをいただきましたね。

井上:ありがとうございます。30分ですね。

小杉:週1、30分。すごいですね。

井上:だいたいそうかな。メンバー数などを考えても週に30分ぐらいなんですかね。

小杉:1週間に30分は、けっこう時間をかけていますよね。

井上:かけていますね。

デジタルネイティブとのフィードバック頻度

小杉:「リアルタイムフィードバック」という言葉がありますよね。特に40代以下の「ミレニアル世代」や25歳以下の「Z世代」は、広い意味ではどちらもデジタルネイティブですよね。狭義には、物心ついた頃からスマホやパソコンを触っていたZ世代だけかもしれませんが、ミレニアル世代も高校生ぐらいから携帯を使っていた。

そう考えた時、40歳以下だとこれらの世代がおそらく社員の過半数になっていると思うんです。「彼らに月1で大丈夫ですか?」という印象はあります。せめて週1ぐらい必要なのかなと。

というのは、彼らより上の世代、さらに上の我々の世代だと、半年に1回振り返って「過去の君はどうだった」とか「あの時もっとこうしたほうが良かったんじゃない?」と言われても、「ああ、なるほど」と聞くことができます。ただ、今のそういう世代の人たちは「3ヶ月前とか、半年前とか、そんな前の話をしないでくれよ」と思うような気がするんです。 

井上:(笑)。まあTikTok時代にね。

小杉:調べたいことはすぐネットでわかるし、自分がSNSで発信したことはすぐに「いいね」がつく。「既読」がつく。まさにリアルタイムフィードバックを受けてきた世代にとって、月1回でも「既読スルー」と感じるのではないでしょうが。

井上:日常のコミュニケーションや会議体の頻度による気もしますね。

小杉:そうですね。短い時間でも、ネット越しでも、どれだけ「触れ合えるか」「様子がわかるか」ですよね。もともと1on1とは、リアルタイムフィードバックとして、「非常に高い頻度かつ短い時間でやる」というものだと思います。

そこを日本的にアレンジしていますよね。しっかりアジェンダなども固めた上で、月に1回、あらかじめ日程を決めて「ミーティングをやりましょう」という。これは、本来の1on1とはかなり違っていると思います。

1on1の目的

井上:当社は1on1という形式ではやっていなくて、どちらかというと、MBOとOKR(目標と成果指標)を組み合わせたものをやっていますね。正式には、それに関する中間・最終・ラップアップミーティングがあります。これらを四半期に1回、全員がマネジャー陣と行う感じです。

それ以外は、日常的な合間とか会議体の中で、小刻みのものもかなりあります。組織兼務の多い会社なので、そちらでも接触頻度が高い感じですね。小杉さんのお話で気づいたのですが、いわゆる考課面談に近いかたちでセッティングされている会社が多い印象ですね。きちんとセットアップされて、かちっとした頻度でスケジュールが組まれている。

小杉:そうですね。井上さんの会社のように、会議などで頻繁にコミュニケーションを取っている場合はそれで代替していると思うんです。でも今おっしゃったようにきっちり固めてやると、仕事をマネジメントするミーティングになってしまいますよね。

1on1というものは本来、「最近どんな感じかな?」とか「ちょっと行き詰っていないかな?」「様子を見てみよう」といった軽い感じで行われるものなんです。しかも「メンバーの話を聞く」ということがメインですよね。それに加えて必要があればサポートする。それが本来あるべき1on1であって、決して指示命令するものでも、管理するためのものでもなくて。

井上:そうなんですよ。もちろん「1on1をどういう目的で行うか」ということは、会社さまごとに設定にバリエーションがあってもいいと思うんですね。ただ、形式や頻度を考課面談とは別物にしていかないと、メンバーは週1回気が重くなってしまうという(笑)。

小杉:そうですね。週1回、月1回がたまらなく苦痛になるのなら、やらないほうがいいですね。

1on1を管理のためのミーティングにしないポイント

井上:私たちは聞く立場になるので、そういうことも意識していかないといけない。それについて記事に書いて、小杉さんにも見ていただきましたが。

小杉:私が関わっている会社でも「周りが1on1をやっているから、とにかくやるんです」と言っていますが、ちょっと待って。「どうやるの?」そして「何のためにやるの?」と。そして考課者にきちんとトレーニングをしないと逆効果でしかないですよね。それもやらずにいきなり考課者に任せてしまうから、それこそ「管理のため」「指示命令のため」「評価のため」の1on1になってしまうんですよね。

井上:あらためていろんな方々の状況をお聞きすると、本当に難しいなと思いますね。上司・部下の関係だと通常のマネジメントになったり、下手すると、本来そういう場じゃないのに評価面談になってしまったり。

井上:逆に、話を聞かれるメンバー側、若手側からすると「話を聞いてもらって何になるんだろう。何か教えてくれるわけでもないし、1時間がもったいないな」と思うそうなんです(笑)。この話を何ヶ所かで聞いて、ある意味すごく新鮮で、私は納得してしまいました。

小杉:定期的にカチッと日程を決めて「さあ聞くぞ」とやっても構えてしまうし、「別に困ってないし」となるので、それはやり方としても良くないと思いますね。

井上:そうですよね。

小杉:「時間が食われる」感覚なんでしょうね。

井上:「忙しいのに井上さんと30分も何か話さないといけないのか」みたいな(笑)。

小杉:付き合わなきゃいけないという(笑)。

井上:それも本末転倒だと思いました。

小杉:だからやっぱり、上司側のスキルが必要なんですよね。あるいは目的をきちんと理解することが重要になります。

井上:興味深いですね。みなさん、お声も寄せてくださり、ありがとうございました。

小杉:ありがとうございます。