選挙公約に掲げた「不妊治療の保険適用」

狩野恵里氏(以下、狩野):こちらに、総理大臣時代も含めて菅さんが数多く実行された政策の一覧を、ほんの一部ですが載せています。その中には今のお話にもありました、ふるさと納税制度。そのほかにも不妊治療の保険適用があります。

このイベントの3日目でも「女性活躍の壁を乗り越える」というテーマで多くの女性に登壇していただくのですが、保険が適用されることに、若い方々から非常に絶大な声があったとうかがいました。

菅義偉氏(以下、菅):私自身、総裁選挙に出馬する時に公約に掲げていたんです。おかげさまで総理大臣になりましたので、やろうと。やはり少子化対策は喫緊の課題で、待ったなしなんです。その中で、子どもを産み育てたい人がたくさんいらっしゃると。

しかしあまりにも治療費が高すぎて、共働きでも所得制限があって、なかなか使いにくいなどの声がありました。保険が適用されるようになればそうしたものも解消しますから、そこはぜひやりたいと思って選挙公約にしたんですね。

約50万いいねがつくほどのTwitterでの反響

:今年(2022年)の4月1日からスタートしたんですけど、実は昨年の1月に、私が総理の時に遡って、支援策を倍ぐらいにしたんです(笑)。

狩野:先を見据えてということですよね。

:そうです。そこでいろんな仕組みを作りましたので、4月1日からできるようになったんです。

狩野:私の周りでも不妊治療に悩んでいる友だちがすごく多いので、これはビックニュースだったのですが、そういった声は菅さんにも届いていますか?

:私のTwitterの中で、「良かった」という反応が約50万ついたんです。

狩野:え!? 「いいね」が50万?

:はい。私もびっくりしました(笑)。

狩野:本当ですね。それだけ大勢の方々の悩みだったということですね。

:おそらく潜在的な方もたくさんいらしたのだろうなと思っています。

「国民生活に直接関係のあることを見過ごしてはダメ」

狩野:菅さんは数多くの政策を提言して、それを実行されてきました。例えば携帯電話の料金の引き下げなど、私たちに身近な悩みを解決してくれたという印象が非常に強いんですけれども、それができた背景には何があるのでしょうか。

:私はいわゆる政治というのは外交・安全保障・経済、この大局観はものすごく大事だと思っているんです。それと、やはり国民生活に直接関係のあることを見過ごしてはダメだと思っているんです。

その中で携帯電話という事業は、私が官房長官だった当時はあまりにも「高すぎる」「わかりにくい」と……。

狩野:複雑なんですよね。

:ええ。調べたら、今より4割ぐらい料金を引き下げられると思い、発言をしたんです。大変なバッシングもありましたが(笑)。

狩野:そのあたりをぜひうかがいたいのですが、今までおそらくみんな「高いな」と思っていたけれども、誰もやってこなかったことでした。それは大変だからとか、そもそもどうすればいいかとか、利害関係がたくさんあったからだとと思います。それをどうやって乗り越えていったんでしょう?

:乗り越えるというか、これはある意味で当たり前のことだったんです。私は、国民から見て当たり前のことをきちっとやるのが、政治において信頼を持たれる第一歩だと思っていました。

携帯電話料金引き下げに関する法案改正の背景

:これだけ複雑で高くて不透明な事業はないと思い講演の中で言ったら、株価がストップ安になるぐらい影響がありました。それだけ国民の財産の電波だということですよね。その提供を受けて事業を展開していますから、政府としてこれは国民のみなさんが納得するように努める責任がありますよね。そういうことで法律改正をしたんです。

今までは端末と通信料を一体でやっていたんです。なので端末代は0円でも、あとで通信料からいっぱい上乗せしたり、あるいは4年縛りで4年間は他社への乗り換えがダメだとか、ほかに移るには9,500円の違反金があるとか。「こんな法律よく作っていたな」と思いましたよね。

こういうものを全部撤廃なり縮小させて、ある意味本気を示して競争できる環境を作ったということです。そうしたら、さすがに携帯3社の中で相互的にいろんな競争が始まりましたよね。それと(今まで市場が)3社で固定されていたのですが、楽天も参入していただいて、競争のできる体制が整った。それが良かったと思いますよね。

国民目線を維持できる理由は、市会議員時代の経験

狩野:そうですね。なぜ菅さんは国民目線を維持できていると思いますか?

:育ちもあるでしょう。市会議員をやったことが私の中で大きいと思います。やはり直接国民のみなさんと、一対一で向き合った。例えば少子化問題や携帯の話などを直接聞く機会は、やはり市会議員時代が圧倒的に多かったんですよね。

私が市会議員の時は、保育園や幼稚園が足りなくて大変な時だったんですよね。

狩野:そうですよね。

:「待機児童、横浜第一番」とか言われたんです。なので市会議員の時に条例を作って「横浜型保育室」を作ったりしていました。その経験が国会議員になっても活きているのかなと思います。

狩野:地方の力と、国の力と、そのあたりは難しくなかったですか? 地方のことは「もう俺らのものだから」と、それぞれのルールが各自治体にあって……。

:役所の縦割りはものすごいですよね。しかし役所の権限よりも、国民から見て当たり前のことが一番強いんです。そういう「おかしいこと」についてやれば、仕事はできるんだろうと思います。

「前例主義と縦割り」を壊していくのが楽しくなってきた

:それと「前例主義と縦割り」を壊していくのが、だんだん楽しくなってきましたね(笑)。

狩野:(笑)。難しい課題や高い壁であればあるほど燃えるんですか?

:総理大臣をさせていただいた時に、やはりそれまでいろんな議論もしてきていましたから、議論が終わった段階のものについて私は判断をするべきだと思ったんです。「これ以上先送りすべきではない」と。

そういう中でいろんなご批判もありましたけども、福島県の処理水問題とか、あるいは安全保障上の、例えば自衛隊の近くの土地の取引だとか、憲法改正のための国民投票法など。当たり前に議論して判断しなきゃダメなことを、先送りにしたんです。

そういうものについては、全部決着をつけようというかたちでやりました。そうしないと、新しい課題ができなくなってきますよね。そこは覚悟してやりましたね。

狩野:みんなが当たり前に「これは問題だな」「課題だな」と思っていて後回しにしていたことを一手に引き受けた。そこには想像を絶するほどのいろいろな批判もあったと思います。それに耐えられたのはなぜですか?

:考え方が違う人もいっぱいいますから。だけど政治として判断をしないといけない。国民にとって何が当たり前かを見極めるのも大変なので、そこは常日頃は気を付けていることです。

「国としてできることはすべてやる」という思いと決断

:例えば処理水問題でも、政府として「福島の復興なくして日本の再生なし」と私どもは掲げています。ですから、復興のためには廃炉は不可欠だと思い、6~7年間議論していたんです。

ここで決着しないと、またずっと議論が続いていって、結果的には国民のみなさんに大変なご迷惑をおかけする。その中で風評被害というものに対して、きちっと国としてできることはすべてやるという、そういう思いの中で決断をしていました。

狩野:6~7年をかけて……根気強いですね。

:今まで議論をやってきているわけですからね。国際原子力機関の中で「これ(処理水)は原発から流れて放出しているものよりも数値が低い」という結果も出ています。そういう客観的な情勢も含めて、「これ以上やっても結論は変わらない」という中で判断をしたんです。

誰にも相談せずに宣言した、所信表明演説中の「脱炭素社会の実現」

:それと、私はカーボンニュートラル、「脱炭素社会」というのを判断したんです。これも長年にわたって議論してきているわけですが、世界はもう前に行ってしまっています。日本は役所も経済界も、お互いに顔を見合わせていて、踏み込めないでいました。なので、私が誰にも相談しないで踏み込んでやったんです(笑)。

狩野:そうなんですか!

:総理大臣になって初めての国会の所信表明演説の中で「やります」と言ったんです。「2050年にカーボンニュートラルを実現します」と。これは事前に相談するとなかなか難しかったと思います。

狩野:そうでしょうね。それぞれの利害関係で「ちょっと待ってくれ」と……。

:しかし、誰一人苦情はなかったです(笑)。

狩野:そうですか! やはり「やるべきことだ」という共通の理念だったんですね?

:たぶんそうだったと思いますよね。

ワクチン接種の中で感じた「日本」という国の強み

狩野:お写真にもありますが、総理大臣時代は未曾有のコロナ禍での登板ということで、今も私たちが戦っている壁と戦ったわけですが、あの1年間を振り返られていかがですか?

:正直に言って、まさに全体像をつかみきれないコロナとの戦いでしたよね。ただ私自身、海外などのいろんな情報も収集していましたし、海外では日本よりはるかに厳しいロックダウン(都市封鎖)をして、移動や外出を禁止して、家から出たら罰金を科すなどしていました。それだけ厳しく対応しても、感染の増加を繰り返しているんですよね。

いろいろ資料を集めて研究すると、ワクチンを2回接種した人が45パーセントぐらいになると減り始めるという例がありましたので、まさに「ワクチン接種が切り札だ」と、これしかないんじゃないかなと思いました。「1人でも多くの人に、1日も早く接種するのが政府の役割だ」と自ら見極めて、「これでいこう。責任は自分でとる」と。

それでワクチン接種にすべてを賭けて、100万回というあえて高い目標を掲げ、去年の今頃は「高齢者65歳以上の人は7月いっぱいで全部終える」と決めて、地方自治体には総務省から、職域には経産省から、大学は文科省から、自衛隊にも協力を求めた。

狩野:縦割りを横断して。

:厚労省だけでなく一挙にやり始めて、7月は接種回数が1日で平均150万回にいったんです。「日本という国は、1つの方向にきちっとまとまって進めばできるんだな」と思いました。

「総理大臣として何をやるべきか」を考える

狩野:相当なワクチン争奪戦の中で日本があれだけの量を確保できたのは、国民にとってもすごく驚きだったと思います。

:あれは非常に良かったのですが、たまたま昨年の4月に、私とバイデン大統領との首脳会談がアメリカであったんです。その時にファイザーから5,000万回分のワクチンの確約を得て、帰ってきてから一挙にスタートするわけです。もうアクセルを踏むだけです。

実は7月中にあまりにも進んでしまいまして、8月が足りなくなったんです。そこでたまたまファイザー社CEOのアルバート・ボーラさんが、オリンピックで来ていたんです。私はいろいろ考えて、その人を日本の迎賓館に招待したんです。民間人として初めてなんですけど(笑)。

朝の食事に招待したら、来ると言うんですよね。これはもしかしたら脈があるんじゃないかなと思って。迎賓館は国家元首を接待する場所です。日本庭園があって、非常にすばらしい所なのですが、そこでちょうど鯉に餌撒きができることがあるんです。

狩野:鯉ですか。トランプ大統領もされていましたね。

:そうなんです。たまたまそのCEOの人が「ここは見たことがある! トランプ大統領がやった所だろう?」と言ってくれたんです。

狩野:盛り上がりますね。

:「しめた」と思ったんですけど(笑)。

狩野:確保したと思ったんですね(笑)。

:ええ。それで池で餌撒きをやってもらって、結果的に700万回分を前倒ししてもらって、それでなんとか9月ぐらいには収まることができたと思っています。

狩野:その時その時で最善の策を講じていたんですね。

:そうですね。「総理大臣として何をやるべきか」と考えていました。

今後は「縦割りや前例至上主義の弊害を取り除く」ことに注力

:当時は河野太郎衆議院議員がワクチン担当大臣でしたので、彼に「招待するからお前も来てくれ」と言ったんですけどね(笑)。

狩野:菅さんと河野さんだったからこそ、あれだけワクチン接種を進められたという話もありますよね。

:みなさん、役所の人も本当にがんばってくれましたよ。いろんな方にやっていただいたから進んだと思っています。

狩野:これだけ臨機応変にその場その場で最善策を、そして実行力を持って、そういった総理大臣を特に若い世代が支持しているという話をよく聞きます。もう1度という声はいかがでしょう?

:いや、それはまったく考えていません。先ほども申し上げたとおり、縦割りの弊害や前例至上主義があり、そういう弊害を取り除いて解決しなきゃダメな問題がたくさんあると思うんです。そうしたことを行っていきたいと思っています。

狩野:今後はどのようにお考えですか?

:例えば、台風が来る前にダムの水を事前放流しますよね。台風が来るのを待つために、ダムに水がいくらでも入るようにしているわけですけど、そういうダムと、電力会社の電気を作るダムと、農業用のダムと、3種類のダムがあるんです。電気や農業のダムは、台風が来る時も事前放流はしないんです。おかしいでしょう?

狩野:そうですね。

:それを国土交通省で、一括で事前放流ができるように仕組みを作ったんです。なのでこれから被害は圧倒的に少なくなると思います。ちょうど去年、92のダムで事前放流したのですが、その半分は今までできなかった電力会社のダムと農業のダムでした。それが治水のために使われたわけですから。

狩野:危機管理能力というのも非常に謳われているわけですね。

失敗しても、またそこから違う道が見えてくる

狩野:今日はたくさんの方々がご覧いただいていまして、菅さんへの質問もお受けしておりますの。いくつかお答えいただいてもよろしいでしょうか? さっそくこちらです。

「『迷った時は前に進む』と菅さんはおっしゃっていましたが、その選択が前に進めると判断するための決め手は何かあるのでしょうか。何かを選択する時にどうしても迷いが生じてしまいがちです」というご質問です。

:私はそういう場合、自分がこれで進むことで納得できるのか、進まないことで納得できるのか。その中の判断で決めます。迷っているのであれば、「進むか進まないか」ということを、もう少し考えてもいいと思います。

狩野:進まないという選択肢もあると。

:最終的に、私は進んできていましたということです。

狩野:結果的にそうなったということですね。ありがとうございます。もう1問いけますか? せっかくですのでこちらのご質問です。

「総理大臣になって、短い期間にたくさんの大きな決断をされてきたと思います。スピード感を持って実行することが苦手な性格です。スピード感を持って自分や周りを突き動かす方法があればおうかがいしたいです」というご質問です。

:自分がやろうとしていることに間違いがなければ、迷うことはまったくないんじゃないですかね。

狩野:信念を持って突き進めということですね。

:はい。失敗してもまたそこから違う道が見えてきますから。

狩野:失敗を恐れずにまずは進んでみて、スピード感を持ってということですね。

:はい、そう思います。

リーダーに必要なスキルは「判断力」と「思いやり」

狩野:もう1問いけますか? 「リーダーとして必要不可欠なスキルは何でしょうか」。

:まず必要なのは「判断力」と、あとは「思いやり」というんですかね。

狩野:「判断力」と「思いやり」。そうですね。菅さんもそれがおありですね。

:持てるように努力しています。

狩野:ありがとうございます。今日は多くの方々、特にビジネスパーソンの方がご覧になっています。カメラに向かってメッセージをお願いできますか?

:みなさん、ご覧いただきまして本当にありがとうございます。私自身ゼロから出発して、なれると思っていないのに横浜市会議員になって、なれると思っていない衆議院議員になって、なれると思っていない総理大臣にまでなりました。

人生はいろんな人に平等にチャンスがあると思っています。ぜひがんばっていただきたいと思います。

狩野:「意志あれば道あり」ですね。ありがとうございました。本日のゲストは、第99代内閣総理大臣の菅義偉さんでした。お忙しい中、ありがとうございました。

:どうもありがとうございます。

(会場拍手)