2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
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羽生善治氏:みなさん、こんにちは。将棋の棋士の羽生善治です。本日はお招きをいただきまして誠にありがとうございます。私は将棋の棋士ですので、ふだんは黙って考えている時間が非常に長いんですが、今日はこういった機会をいただきましたので、ふだんと少し勝手は違うのですが、自分なりに、一生懸命みなさんの前でお話しをしていきたいと思います。
将棋の世界は、なんとなくニュースとかで聞いたことがあるという方も多いと思います。最初に簡単に、歴史的なことを話をしてみます。もともと今のルールになったのが約400年前ですね。江戸時代が始まった頃に、現在のルールが確立されました。
当初、将棋は家元制度でした。ですから、茶道や華道と同じように、世襲で代々家元が継承していくという世界でした。その家元の称号を「名人」と言ったわけですが、非常に伝統的な世界ですね。
ただ、他の伝統的な茶道、花道などの世界と1つ大きな違いがありました。それは、勝負がはっきりついてしまうということです。そこで近代に入ってから、家元制度が廃止されて、実力制に移行していきました。
例えば、着物を着て対局をするとか、駒の並べ方にも作法があるとか、そういう家元制度の名残のようなものが現在も続いている。非常に歴史もあって、伝統的な世界というところが、1つ大きなポイントとしてあります。
ただ、盤の上の技術的なところは、テクノロジーの世界の進歩とまったく同じで、古いものが新しいものにどんどん移り変わっていくのが、当たり前の世界です。ですので、将棋の世界はずっと和室の中で対局をしているという点では、表面的には400年前も今も大きな違いはないんです。けれども、盤上で起きていることは、何よりも早く変化していきます。その変化に対して、進歩し、対応し、適応していくことが求められます。
私が棋士になったのが、約36年前。まだ昭和の時代だったんですけれども(笑)。この頃の将棋界は、けっこうのんびりしていたところがありました。今と違って、データを使うとか、定跡とか、セオリーを使うとか、そういうことは基本的になかったんですね。
なんでかと言うと、これも伝統的な世界の特徴かもしれませんが、将棋には本当に膨大な数の可能性があります。必ず未知な場面、わからない場面に遭遇する。そのわからない場面に遭遇した時に、正しい選択ができるかどうか、良い戦略が組み立てられるかどうかが、非常に求められているということです。
データに頼るとか、セオリーに頼るのは、未知な場面に対応する自信がないからだ、という風潮がありました。あまりきめ細かくデータを集めて分析するとか、事前にいろいろ研究するということは、やっていなかったんですね。
私自身の感覚としても、デビューしたての頃は、本当に事前に作戦みたいなものを考えていくこともほとんどなくてですね。最初の段階では、なんかこう、「お昼ごはんにカツ丼を食べるかざるそば食べるか、どっちがいいか」と同じぐらいの感じで、手を選んでいたんですね。
これは私個人だけの話ではなく、周りもそういう感じでした。対局は朝の10時から始まって、12時にお昼の休みに入るんですけれども。最初の2時間はけっこうお互いに近況を語り合って雑談をしているような、そういうのんびりした世界でもありました。
基本的には、将棋の世界のプロを目指すには、プロの養成機関、養成学校のようなところに入らないといけません。入る時には必ず、師匠に付いて弟子入りをするのが、決まりとしてあります。
以前は師匠の家に住み込んで、内弟子で学んでいくかたちだったんですが、師匠に付いたからといって、師匠が弟子に指導をしてくれるのか、教えてくれるのかというと、それはほとんどないんですね。
入門する時にどれぐらいの実力があるかというところで一局は指してくれますが、それ以降は実際にプロになるまで、直接教えてくれることは基本的にないんです。だから、師匠の背中を見て学んでいくというか、直接的に言葉で教わることではない、ということでもあります。
また、弟子がプロになって、四段になって公式戦で師匠と対局をして勝つことができれば、それが弟子にとっての師匠に対する恩返しだ、と言われています。そういう意味では、基本的に昭和の将棋の世界は、職人さんのような世界です。徒弟制度といいますか、古くからの伝統的な考えが残り、そのようなかたちでずっと進んでいたということです。
それが年号が変わって平成の時代になると、今度はデータベースみたいなものができてくるんですね。今までは例えば、調べるといっても将棋連盟に行って、紙のファイルからコピーをする。そのコピーを家に持って帰って、ファイルをいろいろなかたちというか、戦法別に分類するんですね。
そうやって、データを集めていく感じでしたが、コンピュータ上で使えるデータ、将棋の棋譜のデータベースのようなものができて、けっこう簡単にいろいろなことが調べられるようになりました。どう使われたかと言うと、例えば、今度Aさんと対局するのであれば、Aさんの過去の試合を検索して、調べることもできます。自分が興味、関心を持つ場面とかも、局面として検索することもできるようになったということです。
ですから、今までは紙のデータをファイルするのもけっこう時間がかかっていて、大変だったんですけれども、その手間が一気に省けるようになって、だいぶ楽になったんです。
先ほど、「力と力の勝負が大事だ」という話をしましたが、別にデータの力はそんな瞬間的には効いてこないんですね。例えば1局の試合で、データを持っているか・持っていないかは、あまり大きな影響を与えません。
ただし、これが10局になり、50局になり、100局になり、数が増えてくればくるほど、けっこうボディーブローのようにじわじわ効いてくるところがあって、それで、多くの棋士の人たちがデータベースを使って、分析したり、いろいろ調べたりするのが、当たり前になってきたんです。
もう1つの大きな出来事は、実はインターネットができたことです。インターネットができて、1つのサイトとかで簡単に練習ができるようになったところが、大きな違いを生みました。
インターネットができる前はどうだったかと言うと、基本的に都市部と地方の格差がけっこう大きかったんですね。例えば、東京や大阪に住んでいると、大会もいっぱい開催していますし、良い先生もいたり、道場もたくさんあるなど、いろんな環境が整っています。
地方に住んでいると、あるところまでは強くなるんですけれども、なかなかちょうど良いライバルというか、同じぐらいのレベルの人と対戦をするのが難しくなってしまう。そこから先伸び悩んでしまったり、上達するのが難しくなってしまうことがあります。
インターネットができて何が違ったかと言うと、やる気と情熱さえあれば、いくらでも練習することができるようになったということです。基本的に常時、最低でも3,000〜4,000人が、将棋の対局をネット上でやっているので。自分のレベルに近い人と対戦を繰り返していくことで、非常に上達のペースが上がったのです。
これによって、地方に住んでいて、今までだとなかなか練習の機会に恵まれなかった人たちも、上達することができるようになりました。
もう1つの大きなメリットや変わったところは、それ(ネット対局)によって新たなアイデアがたくさん出てくるようになったんですね。先ほど、「将棋はすごく長い歴史のある世界だ」という話をしました。実は指し方にもそういう考え方が根強く「あった」んですね。過去形ですが、「こういう指し方が正統派で、本筋で、王道だ」というのがありました。
例えば、ネットがなかった時代だと、ちょっと変わったこととか風変わりなことを練習でやろうとすると、「なんでそんな変な手を指すんだ」と師匠から怒られてしまうとか、周りからちょっと冷たい目で見られてしまうとか、そういうことがあるわけです。
それがネット上だと、基本的に匿名でやっていますから、「なんかこれやったらおもしろいんじゃないかな」とか、「こういうのも可能性があるんじゃないかな」とか。そういう実験的なことをけっこう気兼ねなく、簡単にできるようになったんですね。
そういう意味では、例えば2000年代の初頭とかは、実は将棋の世界は非常に大きな変化といいますか、今までになかったような指し方みたいなものがありました。1つ例をあげて言うと、日常的に使う言葉で「高飛車」という言葉がありますね。あれはもちろん将棋からきている言葉です。横柄で、ぞんざいな態度のことを言いますよね。あまり良い意味で使われることはありません。
(将棋では)高い位置、盤上に9マスあって、その5段目ぐらいにあるのを高飛車と言いますが、これは基本的にダメな指し方というか、悪い指し方だ、と言われていたんです。でも、ある時からその高飛車がすごく流行りだしたことがあって。やってみたら、けっこうコロンブスの卵というか、可能性があるということで、多くの人がそれをやるようになった。それによって、戦術的に大きな進歩もあったということになります。
私自身も、昔はけっこうネット上で練習をしていました。ちょっとしたトレーニングとして非常に有効なのでやっていたんですが、ある時、次の日に公式戦の対局があったので、ウォーミングアップや肩慣らしというかたちで、ネット対局をしていたんです。
もちろん匿名でやってますが、対戦しているとなんだか相手の人が、翌日の公式戦の対戦相手ではないかと感じることがあって。明日公式戦をやる人と、前日に対局するのは、あんまりよくないのではないかと思い、それからはやらなくなってしまいました。
名前が伏せてあっても、指し方といいますか、考え方は1手1手に出てくるので。それによって、相手の人がアマチュアなのか、プロなのか、あるいは具体的に誰なのかまでわかる時もけっこうあります。
データを使って調べるとか、ネット上でたくさん練習ができるとか、非常に多くの可能性を広げたところがあります。本当にやる気と情熱さえあれば、けっこう上達していける時代が、将棋の世界にやってきました。一方で、誰でも、どんなところに住んでいてもできるということですから、条件が一緒になるわけです。条件が一緒になって、同じことをやり始めたら、そんなに大きな差はつかないわけですね。
1日は24時間、1年は365日で、みんなに同じ時間があります。当然、眠る時間もあるし、ご飯を食べる時間もある。一生懸命努力に費やす時間はそんなに差が出ないということです。
あるところまでは非常に速いスピードで強くなることができたけど、そこから先は、今度はどうやって他の人と違いを出すか、個性を出すか。そういうことが問われるようになってきています。ですから、そういう個性みたいなものは、ネットができて逆に問われるようになったと言えるのかなと思います。
今は令和の時代ですが、最近の将棋の世界のトレンドは、AI、将棋ソフトを使って考える時代になったことです。これは20年ぐらい前、あるいはもっと前からかもしれませんが、けっこう研究されていた分野でもあるんですね。というのは、ボードゲームの世界は、非常に(AIの)研究をしやすいですし、結果も出しやすいのです。急に世の中に迷惑をかけるということもないですし。
ただ、初期の段階は伸び悩んでいて。伸び悩んだと言っても、アマチュア三段や四段のけっこう強いレベルでしたが、そこからもう1歩ブレークスルーをするのが難しいという時代が、けっこう長く続いていました。
ただ、20年ぐらい前に認知科学の先生と話をしてる時に、「これから先、ソフトの開発はしなくても、ハードウェアの進歩によってやがて棋士も追い抜くことができると思いますよ」と言われたんですね。つまり、ハードウェアは年々、集積回路が小さくなってたくさんの処理ができるようになっていくので、「自然にそこで強くなっていきますよ」と言われたことがありました。
ここ10年ぐらい、(AIが)驚異的なスピードで強くなっているのは、いろいろな側面があると思うんです。人間の将棋のプロが強くなっていく過程では、実はたくさん手を読むことではなく「いかに無駄なことを考えないか」がけっこう大事だったりします。
同じ人間ですから、アマチュアの人でもプロの人でも、何手読むかと言われても、そんなに極端な差はでないんですね。ですから、いかに「この手はダメだ」「この手は可能性としてはない」ということを、瞬間的に見極められるかどうかが大事だったりするんです。
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