A4の紙切れ1枚で、タリーズコーヒーとの契約が開始

舘野晴彦氏(以下、舘野):起業に結びつくまでにいっぱい苦労があると思うんですが、最大の挫折というか、失敗は何ですか?

松田公太氏(以下、松田):(日本でスペシャルティコーヒーを広めるべく、有名店に直談判するものの)なかなか誰も会ってくれませんので、とにかくお会いするところから大変でした。実は、タリーズコーヒーとは1年契約だったんです。1年でお店を出してうまくいかなかったら、商標権もなにもかも全部取り返すという内容だったので、A4の紙1枚ぐらいの契約書だったんです。

だって、向こうにはリスクがありますから。タリーズはまだ小っちゃい会社なので、日本でやろうなんて夢にも思ってなかったんです。27、28歳の若いお兄ちゃんが来て、「やりたい」「やりたい」と言ってるからやらせてみようか、ぐらいの感じだと思うんですよね。ですから、契約内容が厳しくなるわけです。

1年でちゃんと売上を確保して利益を出せなかったら、商標権も全部取り上げられちゃうというリスクもありました。不動産を借りる方法もわからなかったので、町の不動産屋さんを何社も回って、「ここらへんは保証金っていくらぐらいなんですか?」とか。

舘野:そこからなんですか。

松田:そこから全部。バカにされながら(笑)。とにかくいろんなところを回っていました。当時はエンジェル(投資家)もなかったですし、ベンチャーキャピタルやベンチャーなんて言葉もなかったので、銀行借入しかなかったんですが、それも相当苦労しました。

手書きのチラシを作り、近所の百貨店などでビラ配り

松田:でも、なんとか7,000万円借金をすることができて、一号店を構えることができました。やっとスタートしたと思ったら自分の目論見が外れて、売上600万円が損益分岐点だったんですが、400万とか450万しかいかないんですね。その時が一番大変でしたね。「あと2~3ヶ月赤字がついたら、もうダメだ」というところまで追い込まれましたから。

舘野:絶望の淵にありながら、打った手は何だったんですか?

松田:いろいろやりました。幸い、銀行で外回りの新規開拓営業をやってましたので、そのノウハウがあったとといいますか、それは大好きだったんですね。

社長兼店長でしたから、ヒマなお店なのでアルバイトの子に「ちょっと(店を)見ていて」と言って、見てもらってる間に周辺の会社をとにかく営業して回ったんですね。「うちに来てください」って(笑)。

舘野:コーヒー屋さんの営業ってことですか?

松田:「ぜひ一度いらしてください」と、営業をして回りました。

舘野:チラシかなにかを作って。

松田:チラシも手書きで作って。銀座が一号店だったんですが、銀座の三越の地下で……これを言っちゃうと𠮟られちゃうかもしれませんが(笑)。もしかしたら、銀座って1年に1回しか来ない人も多いじゃないですか。要はリピーターを押さえなくちゃいけないので、その人にチラシ配ってももったいないなと思ったんですね。

なぜかというと、当時ファミマで(チラシを)コピーしていたんですが、1枚10円なんですよ。でも、コーヒーを1杯売って儲かるのは20~30円なんですね。だから、3枚配ったらその人に戻ってきてもらいたいという意識でやってました。

ある1人の男性との出会いがきっかけで、店は満席続きに

松田:周辺の企業であったり、三越さんや松屋さんの従業員に来てもらいたいので、そういう人たちをターゲットにして、三越の名札付けてる人とかに(チラシを配りました)。

舘野:あえて行って。じゃあ、チラシ作戦が通用したというか。

松田:通用しましたね。一番ラッキーだったのが……これもあんまり言っちゃうと𠮟られちゃうのかもしれませんが(笑)、地下3階で従業員の方にチラシを渡したりしてたんですね。それを、「お前ここで何やってんだ」って𠮟られるんですよ。

舘野:そうですよね(笑)。

松田:普通に𠮟られます。絶対にやっちゃダメですよ(笑)。でも「そうか、やっぱり𠮟られるよな」と思って、ちょっと賢くなって。三越さんにお弁当を買いに行って、紙袋にチラシを1〜2枚隠しておいて、(従業員を)見かけたら「たまたま」という感じで渡してたんですね(笑)。

それをやっていたら、ある恰幅のいい方が出てきて「お前、何やってんだ」と叱られて。「すいません。実はすぐそこでスペシャルティコーヒーショップを始めたので」「何のお店だ」「エスプレッソです」と言ったら、「そうか、俺はエスプレッソをよく知ってる」と。

なぜかと言うと、三越でミラノに3年ぐらい行ってたからエスプレッソに詳しいぞと。「じゃあ行ってやる」と言われて、その人が翌日に来てくれたんですね。あとからわかったんですが、その方は常務取締役店長だったんですよ。

舘野:すごく偉い人だったってことですか。

松田:はい。実際に飲んでいただいたら、「ミラノのよりおいしい」「じゃあ、俺が言っといてやる」と、その方が言ってくれて。(それ以来)三越の社員の休憩場所みたいな感じになって、だんだんすごく来てくれるようになったんです(笑)。19坪の小っちゃな店だったので、すぐ満席になっちゃうんですよね。

舘野:じゃあ、さっきの損益分岐点を超えるようなぐらい。

松田:はい。そういうことが多々あって、徐々にお客さんが増えました。

リピーターが増えて行列店になり、売上も右肩上がり

松田:飲食はリピーター商売なんです。すべてのビジネスがそうだと思うんですが、eコマースにしてもなんにしても、やっぱりリピーターが来ないと無理じゃないですか。

最初にどんな花火をぶち上げても、どんなに「無料でやりますよ」といって集めても、その人たちがリピーターにならないと無理ですよね。飲食は特にその極みで、リピーターがどんどん増えていかないとダメになっちゃうんですね。

「既存店売上」という指標があるんですが、それがだんだん下がっていっちゃうと、赤字になっちゃうんです。ですから、とにかくリピーターを作ろうということで、いろんなところに声をかけて、店舗に来ていただいて、いつの間にか入っていただけるようになりました。

不思議なんですが、これも日本人の特色かもしれません。人が入って多少混んでるほうが、またつられてお客さんが入ってくるんですよね。

舘野:あぁ。でもそれ、わかる気がします。

松田:例えば舘野さんも、町を歩いていてお腹が空いて「ここのラーメン屋さん入ろうかな」と思った時に、店主が中からにらみ利かせてるような……(笑)、ガラガラで「ヒマだ」というオーラを発してたら、やっぱり行かないじゃないですか。

舘野:(笑)。行きたくないですよね。

松田:横を見てもう1つ中華料理屋さんがあって、そっちが賑わってたらそっちへ入っちゃいますよね。たぶんそんな感じで、うちの店も不思議なぐらい人がどんどん入ってくるようになって、列もできるようになって、行列ができるとまたさらに人が並ぶ……みたいに、いつの間にか行列ができる店になりました。おかげさまで600万、700万、800万と、最後的に1,200万円までいきました。

舘野:うわ、すごい。

起業で大切なのは「目的」と「目標」を明確に持つこと

舘野:あっという間で、そろそろ時間がなくなってきてしまったんですけれども。起業における精神的な構え方、志、モチベーションの保ち方というか、起業におけるメンタルで大事なことは何ですか?

松田:みなさんが言ってることかもしれませんが、やっぱり情熱が非常に重要だと思ってます。あとは「目的」と「目標」を明確に持つことだと思ってます。目的というのは、「目で見定める的」。「あそこに行きたい」というビジョンですよね。

目標は、「目で見る標」です。ビジョン、光、的っていうのはだいたい遠いですから、あっちこっちに行ったりしないように、一つひとつ標を置いていく。それが「5年」なんですよ。実はその中には1年ずつの目標もあるんですが、そうやって徐々に、道から外れないように的に向かっていくのが重要なことかなと思いますね。

舘野:なるほど、ありがとうございます。みなさんからいろいろ質問がきているので、お答えいただきたいです。「松田さんの新人時代など、今だから話せる失敗や、ためになった経験などありますか?」と。これもたくさんありますよね。

松田:たくさんありますね(笑)。新人時代といいますか、銀座が一号店だという話をしましたが、アメリカとの契約も済んでいたので早く店を出したかったんですね。でも、青山や原宿や渋谷とかを2~3ヶ月ずっと歩いて回ってたんですが、なかなか「ここだ」っていうところがなくて。

テナント探し中のある出来事で、祖母が貯めた300万円がパーに

松田:それで、実は広尾で1ヶ所場所を見つけて「もうここでいいかな」と思って、申し込みをしちゃったところがあったんです。お店を借りるにあたって、保証金があるじゃないですか。その保証金の1,200万のうちの300万円を手付金で払っちゃったんですよ。

その翌日に違う不動産会社から連絡があって、さっき言った銀座(一号店のテナント)が「もしかしたら空くかもしれないよ」という話がきたんですね。それを見に行ったら惚れ込んじゃったので、広尾は断ろうと思ったんですよ。

でも、手付金を300万円払ってますよね。ちょうどその時、同時に資金調達もやってるので、祖母からなけなしの300万円を預けていただいたばっかりだったんです。

祖母からもらった300万円をそのまま手付金に回しちゃったこともあって、すぐにオーナーさんに「すみません。やっぱりここでお借りするのをやめたいので、手付金を返していただけませんか?」と、お願いしに行ったんですよ。

舘野:お気持ちはわかります。

松田:そしたら、「何言ってんのアンタ、ふざけないでよ」と言われて。まぁ、そうですよね。手付金っていうのは、こちら都合だったら諦める、オーナーさん都合で契約に至らない場合は倍返しするというルールがあるわけです。ですからその300万円は、その時に失ってしまったんです。

私にとってはものすごく大きなお金でしたし、しかも祖母が田舎で一生懸命貯めた300万円だったものですから、最初の頃の自分には、ものすごくショックなできごととして、未だに残ってますね。

舘野:ありがとうございます。それは身につまされますね。

松田氏が思う、一緒に仕事をしたい人の人物像とは?

舘野:次の質問で、「起業や新しいチャレンジをする時に、松田さんはどんな人と一緒に仕事をしたいですか?」。「フェロー」って呼んでらっしゃいますよね。

松田:これは難しいですね。本当に、人って難しいんですよね。タリーズの頃も何百人と面接をしましたし、今は30数店舗の会社ですが、徐々に店舗数を増やそうと思って、機会があればいろんな方と面接をさせていただいていますが、本当に面接じゃわからないですよね。

ただ、「こういう人と仕事したいな」というのは、やはり目的と目標をしっかり持ってる人。それがなくて(会社に)来てしまうと、例えば上司とウマが合わないとか、同僚とうまくしっくりいってないとか、それが嫌になって「もう辞めちゃおうかな」ってすぐ辞めちゃうんですね。

ですが、「5年間はここでしっかりと学んで、自分も成長して、なにかしら恩返ししよう」という気持ちを持っていただいて、5年間がんばれる人であれば、少なくともその5年間は一緒に同じ方向性に向かってがんばることができると思うんですよ。

ですから、「今のシチュエーションが嫌だから」って簡単に辞めちゃうような方は、ちょっと一緒には仕事をしたくないなと思いますね。

舘野:会社にとっても個人にとっても、時間も無駄だし、そこで教育・投資して労力がかかるものももったいないですもんね。

松田:そうですね。あと私も、若手のベンチャー起業家から「出資してください」という話がたくさんあって。今でもいろんなところに出資をさせていただいてますが、やっぱり気持ちがいい人で、そう簡単に諦めるんじゃなくて、とにかく最後までがんばる人には出資をしたいなと思います。

そういう方であれば、最終的にどうしようもなくなって会社を閉めざるを得ない状況になっても、なんのわだかまりもなく「がんばってね」で終わらせることができるんです。今までも、人によっては何千万、億単位でお金を出してなくなっているものがたくさんあるんですけれども。

でもやっぱり、その人がそういう方だったら、「次がんばろう」って応援できる。未だに仲が良い人が多いですし、逆に簡単に諦めちゃう人だったら、「あぁ、もう」って思いますよね。

舘野:わかりました。ありがとうございます。

自分の「喜怒哀楽」を振り返ると、人生のヒントが見つかる

舘野:最後になりますが、見ている視聴者のみなさんにぜひ一言メッセージを。仕事のことで悩んだり、「これからどうしようか」って考えたり、「現状がうまくいかない」と思ったりとか、みんな当然あると思います。

松田:目的と目標という話をしましたが、「最初から目的なんて持てないですよ」ってよく言われるんですね。私の場合は、たまたま海外で生活をした経験があったので、(目的と目標を)持つことができたかもしれませんが、実は誰しもが持てるものだと思っていて。

自分の人生を振り返ってみて、喜怒哀楽をしっかりと見返していただきたいんです。その中に、絶対にヒントがあるはずだと思います。それでも「ないなぁ」という方々は、今やってる仕事を徹底してがんばってもらいたい。とにかく、今やってる仕事で実績を出す。例えば、会社に利益をしっかりもたらすとか。

そうやってがんばればがんばるほど、いつの間にか「自分はこれをやってる時が一番幸せなんだ」「これをやってる時が一番悲しいと思えるんだ」「これをなんとか変えて世の中を良くしたい」「こういう事業を作ろう」という気持ちを持てるようになるんじゃないかなと思います。

そういう使命感を含めた目的にも、いつかは必ず出会えると思いますので、がんばってお仕事をしていただければと思います。

舘野:すばらしいメッセージ、ありがとうございました。

松田:とんでもないです、ありがとうございます。

舘野:今日は限られた時間でしたが、本当に楽しかったです。ありがとうございました。

松田:こちらこそ、ありがとうございました。