2,558人の教員不足の要因となる「定額働かせ放題」の仕組み

乙武洋匡氏(以下、乙武):こんにちは。本日モデレーターとして司会進行を務めさせていただきます、乙武洋匡です。どうぞよろしくお願いいたします。

今日は「先生の定額働かせ放題」について、みんなで考えていこうということなんですけれども、この「定額働かせ放題」とはいったい何なのでしょうか。鍵となっているのが「給特法」というものです。

ではこの給特法とはいったい何なのかというと、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」、略して給特法なんですね。どういうものかというと、今から50年以上前の1971年に作られた法律です。

本来給与というのは主に勤務時間に対して払われるものだとした時に、先生は勤務時間が計りづらい特殊な仕事なので、月々の給与を4パーセント上乗せする代わり残業代はなし、という法律なんですね。

これが原因になっているのではないかという声が上がっているということで、今日はそのあたりを、さまざまな専門家の方をお招きして深掘りしていきたいと思っております。

まずは先ほどもお話ししましたように、今、公立の小中学校や高校の先生が足りていないという状況があります。報道にはなんと2,558人の教員不足なんていう数字も出ています。本当に危機的な状況と言えると思うんですが、その大きな要因にもなっていると言われているのが先ほどご紹介した「給特法」です。

この給特法についてなんとかしようという声が上がり、その署名になんとたった1週間で3万5,000筆が集まるという、驚異的なペースで賛同の声が寄せられています。

「平均」の残業時間が過労死ラインを超えている実態

乙武:まずは今回の署名の発起人にもなっている、西村祐二さんからお話をうかがいます。

西村さんはネット上では、筆名・斉藤ひでみさんとして知られています。今回は発起人を本名で務められているということで、この登壇イベントでは西村さんとお呼びしたいと思います。西村さん、まずは自己紹介をしていただきつつ、今回このような署名をすることになったきっかけなど教えていただけますでしょうか。

西村祐二氏(以下、西村):よろしくお願いします。私は岐阜県の公立高校の教員の西村祐二です。これまでTwitterでは斉藤ひでみという名前で発信をしてきました。教壇に立って11年目なんですけど、勤め始めてすぐの頃から、先輩が毎年1人のペースでうつになったり休職に陥ったりするようなことを見てきました。

実際、国の統計で年間5,000人以上、令和2年度だと5,180人の先生が(精神疾患から)休職に陥っているということがわかっています。それで何が負担なのかを考えた時に、まず残業時間が驚愕の数字になっているんですよね。

昨日、僕と内田良先生が文部科学省で記者会見をしたんですけど、昨年の小中学校の残業時間を調べましたところ、小学校だと約95時間。これは1ヶ月の平均残業時間です。中学校だと120時間ぐらい平均で残業しているんですよね。これはもう当然過労死ラインを超えちゃっています。

一番の問題点は「残業=好きで勝手に働いている」という認識

西村:さらにこれだけ残業をしているにもかかわらず、さっき乙武さんが言ってくださった、1971年に出てきた給特法という法律。これは今から51年前にできた法律ですけど。

残業代がどれぐらい払われているのかと言ったら、例えば「私は120時間残業しました、初任です」と言ったら、「はい、残業代1万円ね」と言われるわけです。「え、何ですか、それ?」と言うと、「56年前の残業時間が月8時間だったからね」と言われちゃうんですよね。

これが56年前の調査で月8時間で月換算したら4パーセント分に該当するという、「4パーセント定額働かせ放題」と言われている給特法の問題になっています。

その給特法の問題を訴えるような署名を開始したというのが、今表示しているものになります。先ほど乙武さんに言っていただいたように、あっという間に3万5,000筆を超えて、今日の時点では3万6,000筆なんですよね。

これは単に残業代をくれとか、お金をくれという訴えではないんです。結局なんで残業代が払われないのかと言ったら、これが実は給特法の一番肝というか、えげつない部分なのですが、残業というのは「先生方が好きでやっていることですよね。好きで勝手に、自発的にやっていることです。これは管理職が命令したものではないですよ。だから1時間ごとの残業代というのは払いません」ということになっているんですよね。

結局、この給特法があることで、100時間、120時間働いていたら倒れてしまいます。倒れた時にも「いや、あなたが好きで勝手に働いて倒れたんでしょ」。最悪過労死なんかは現に起きていますが、「あなたは勝手に好きで働いて過労死したんでしょ」という扱いになってしまうと。

署名の集まるスピードでわかる、給特法改正への思いの強さ

西村:だからこの給特法の問題は、確かにお金もそうなんですが、こんな状態だと、もう若者は教師を目指してくれないという実態になっています。残業が理不尽すぎる。そんな問題についてあらためて今後話し合っていくために、署名を開始しました。

ちなみに2016年にも同じような趣旨の署名をやったことがあるんですけど、その時は10ヶ月かけて3万2,000筆でしたから、いかに今のこの思いが社会全体で強いのかがわかります。

その2016年以降、労働問題が話題になってきたわけですけど、国としてはそれを受けて、2019年に給特法の一部改正を行いました。

ただし、これは給特法を部分的に改正しただけで、さっき言ったような大元の問題である「残業は好きで勝手に働いているもの」という根本規定についてはぜんぜん議論されていないんです。それを国が2022年度以降、つまり今年度以降に議論するという約束を2019年に行ったのですが、その国の議論を待たずに、まず僕らのほうからこの署名の呼びかけを始めました。

呼びかけ人は僕を含めて6名の方々、教員志望の大学生も勇気を持って実名で連名してくれています。さらに賛同人としてこれだけたくさん多種多様な(立場の)方々が参加してくださっています。今日は呼びかけ人、賛同人のみなさまに、いろいろなお話をしていただきます。ぜひこの問題を一緒に学んでください。よろしくお願いします。

「残業月100時間」は、「平日毎日14時間勤務」に相当

乙武:ありがとうございます。月100時間の残業って、あまりに大きな数字で、もしかしたらピンとこないよという方もいらっしゃるかもしれないので、一緒に分解していきたいなと思うんですけれども。

1ヶ月を4週間と換算すると、月100時間ということは1週間で25時間。土日勤務されている場合もあるかもしれませんが、いったん月曜から金曜までの5日間の勤務と考えると、1日5時間ということですよね。

だから定時が5時までとすると、月曜から金曜まで毎日夜10時まで。しかも先生方、朝早いですから、朝8時にはどんなに遅くても学校に行っている。朝8時から夜10時まで14時間勤務を月~金曜日の毎日という換算で、月100時間ということなので、本当にとんでもないラインだなということをあらためて実感します。

でもこういうお話を聞いていくと、もちろん問題提起をしなければ変わらないんですが、こういう状況が伝われば伝わるほど、「教師になるのはしんどいな」と思ってしまう若者が増えてきてしまうと思うんですよね。このあたり、実際に今回の賛同人からも、若者からも声が上がっています。

「教職の魅力が伝わっていない」と答えた学生は15%以下

乙武:ここで日本若者協議会の室橋祐貴さんに、自己紹介と共に、若者が今この状況、特に教員志望の若い人たちがどのようにとらえているのか。そのあたり、お話をおうかがいしていければと思います。室橋さん、よろしくお願いします。

室橋祐貴氏(以下、室橋):よろしくお願いします。日本若者協議会の室橋です。今回この署名に先立って日本若者協議会でまさに教員志望の学生が今どう思っているのか、実際にアンケートを採りました。

今回211人の学生にアンケートを採らせていただきました。細かい実際の自由回答などは、署名のほうでもリンクを張っていただいているので、そこをまさに当事者がどういう声を上げているのかというのもぜひ見ていただきたいんですけど。

大きなところだけまず触れさせていただくと、よく教員を志望してもらうために、教育委員会とかが「教職の魅力をもっと伝えよう」「教職の魅力が伝わっていないんじゃないか」という話をするんですね。ただ今回教員志望の学生本人に、自分の周りも含めてどうして減っているのかということを聞いたところ、複数回答可で「教員の魅力が伝わっていない」と書いたのは、211人のうち31名だけでした。

ほとんどの人が長時間労働だったり過酷な労働環境だったり、あとは部活顧問だったり本業以外の業務が多いというところで(教員を志望しなくなる)。つまり「長時間労働」というところを根本的に直していかないと、教員志望の学生が増えないというのはあらためて明らかになったのかなというところです。

民間企業は進んでいるのに、教職はほぼ進んでいない「働き方改革」

室橋:細かいところはあとで見ていただきたいんですけど。やっぱりこれはまさに小室(淑恵)さんなんかも進めている「働き方改革」と一緒に考える必要があります。もともと教職の人たちは大変という前提はもちろんあるんですけど、ただここ最近は民間企業の働き方改革はどんどん進んでいて非常に改善している。なのに教職のほうはほとんど進んでいない。

これまでももちろん大変だったんですけれども、相対的な大変さが非常にここ最近浮き彫りになっている。実際に、若いミレニアル世代やZ世代といわれる世代が、就職先を選ぶ基準として、これまでの上の世代に比べて「ワークライフバランス」を非常に重視するようになってきています。その観点から見ると、やっぱり教職というのはまったく魅力的に映っていないんです。それで(教職を)選ばなくなってきている。

やはり働き方改革を推進して抜本的に変えていかないと、本当に現場の人がぜんぜん足りないので、非常にまずいなと思っているというところです。

乙武:ありがとうございます。

働けども働けども報われず悩む職員と、教職を諦める若者

乙武:実は私自身も2007年から2010年まで小学校の教員をやっていまして、まさにここの問題にぶち当たりました。本当に先生方、私も含めて遅くまで仕事してる方が多くて、それでも「子どものためだから当然でしょ」と受け止められてしまっているケースが多いんです。

もちろん感謝をしてほしくて働いているわけでもないですし、もっとお金をくれというわけでもないんですけど。働けども働けども、誰からも感謝もされず給料も増えずという中で、「夜遅くまで何やっているんだろう」と悩みこんでしまう教員が職員室の中でどんどん出てきてしまうという現状があります。

そういう現状が伝われば伝わるほど、今、室橋さんのお話にもあったように。「そんなしんどい思いをしてまで教員を目指さなくていいかな」と思ってしまう若者が増えるのもこれは自然な流れです。こういった観点からも、このあたりの改革が急務であると、あらためて感じさせられました。室橋さん、ありがとうございます。

室橋:ありがとうございました。

乙武:今、西村さんと室橋さんから問題提起をいただきました。この問題をさらに深堀りをしていくために、本日のメインセッションに移らせていただきたいと思います。