中国の監視社会、当事者である国民はどう思っている?

財前英司氏(以下、財前):確かに「誰が言うか」という点において、信頼は大事ですね。またビジネスの話になりますが、商品やサービスも同じですよね。中国などでも、いわゆる信用クレジットみたいな、いかに信用残高を貯めていくかが大事になってきている。今でいうところのUberなども、評価で個人の信用を貯めていく仕組みになっています。

佐々木俊尚氏(以下、佐々木):社会信用システムですね。

財前:そうですね。だから、個人間でも「信用」や「信頼」みたいなところは、1つのキーワードになりますね。

佐々木:中国の話でおもしろいなと思うのが、すごく監視社会だと言われていて、至るところにカメラがあってネットも監視されていて、変なNGワードを言うとすぐに削除されるということが起きています。

中国に知り合いがいるので、この前も大手テック企業の知人と話をしていて。「ああいう監視社会をどう思うの?」と聞くと、中国人の40代の彼曰く「いや、ぜんぜん気にならない」と言うんです。「なんで?」と聞いたら、「あの監視システムによって、我々は社会の信頼を取り戻したんだ」と言うんです。

なぜかというと、中国は1970年代の文化大革命があって、今日がんばって取引をしても、明日には片方が連行されていかれていなくなるとか、「明日をも知れぬ」という社会になってしまったわけです。

社会から信頼というものがなくなって、「明日はどうなるかわからないから、今すぐ目の前のお金を稼ぐしかない」という考え方になっちゃうんです。そうすると、長期的に経営関係を作り上げるという発想がなくなってしまって、それこそ段ボールで作った偽肉みたいなものが出回ったり。あれはまさにそうですよね。

「今ここで売り払って逃げてしまえば、お金は稼げる。明日以降の取引はどうでもいい」という発想になったんです。だけど、今は社会信用システムがだんだんできてきたので、街の中の横断歩道でおばあちゃんを助けてあげるとカメラで撮影されていて、クレジットが1個追加されたりするんです。そういうのが積み重なっていくと、善行を積もうというインセンティブになる。

人が監視し合うことで、世の中が良くなることもある

佐々木:クレジットが加算されると、例えば役場の窓口で並ぶ順番が前のほうに優先されたり、お金を借りる融資枠が増えたり、空港で出国する時にパスポートコントロールで早く前に行けるなど、実利的なメリットがいっぱいあるんです。それを目指してみんなが良いことをするようになって、その結果として、文革の頃からしたら社会の信頼はだいぶ取り戻してきた。

だから「国が監視をして酷い目に遭わせる」というイメージがあるけど、人と人が監視し合うことによって世の中が良くなることもあり得るんだということを、中国人の彼は言っていました。

確かに、これは日本の隣組制度みたいなものですよね。あれだって、ネガティブなイメージがすごく大きいです。確かに、監視し合っていて気持ち悪い。でも一方で、監視し合っていることによってあまり悪さをしないという、人間の行為を抑制するという効果も確かにあったのかなと思います。

だから良い・悪いと切り取るのではなくて、もう少し「人と人の関係は何なのか?」「どうあるべきなのか?」ということを考える材料として、中国の監視システムはおもしろいなという感じがしました。

「監視」ではなく「社会の公正を保つための装置」という捉え方

財前:なるほど。ありがとうございます。確かに、日本だと監視カメラなどの問題もありますよね。イギリスだと街のいたる所にカメラが付いていますし、日本も犯罪が増えてきたから「監視カメラを付けろ」とかの意見も多い。でも、一方でそれは自由を抑制されるんじゃないかという意見もありますよね。

佐々木:それは、冒頭でお話しした前世紀的紋切り型で、監視と言った瞬間に「けしからん」という話になるんだけど。例えば、最近はみなさんのマイカーにはドライブレコーダーが付いているじゃないですか。あれは人を監視するためじゃなくて、自分が事故に遭った時に「私は間違っていない。ちゃんとルールを守っていた。相手が悪いんだ」ということを証明するためのツールになっているわけです。

だからあれは監視しているのではなくて、言い方を変えれば「社会の公正を保つための装置である」という捉え方ができるわけです。そうやって捉えると、監視が持つ意味はぜんぜん変わってきます。ですから紋切型ではなくて、もう少しゼロベースで、「カメラが何のためにあるのか?」ということを考えましょう、という話になるかと思います。

財前:なるほど。音声メディアからすごく話が深まって、聞いて良かったです。では、あと2つぐらい質問があります。本書(『現代病「集中できない」を知力に変える読む力 最新スキル大全集』)にも書かれていますが、アイデアについても佐々木さんが生み出した言葉があります。

アイデアが生まれる際の概念を「小人さん」という言い方をされています。これは潜在意識的なもの、自分の中にあるアイデアの素みたいなものをなんと表現したら良いのかわからないので「小人さん」とされたのか。あるいは別の意図があるのか。「小人さん」が結びついてアイデアが生まれると書かれているんですけど、そのあたりはいかがでしょうか。

スマホのタスクリストを活用し、頭の中は常にクリアな状態に

佐々木:そうですね。この本は実用書なのでそんなことは聞かれないんだけど、だいたいいつも本を書き終えてから、「佐々木さん、今回の本のアイデアはどうやって出てきたんですか?」としょっちゅう聞かれるんですが、自分でもよくわからないんです。「思いついた」としか言いようがないんです。

人間の頭は、自己意識という「自分は自分である」と考えている意識と、無意識の2つの領域があります。たぶん、大抵の概念や世界観が無意識の領域で生み出されているのではないかなと思うんです。

だからそれを「小人さんたち」と呼んだんです。なので、無意識の領域の機能がいかに働くかを大事にしましょう。それを働かせるためには、頭の中をできるだけクリアにする必要があって、クリアにするためには何をするかというと、余計な雑務を頭の中から取り除くんです。

さっき言ったように、本の書名まで全部記憶しておく必要はなくて、1冊の本の概念は32バイトぐらいの本当にちょっとしたデータでいいと思うんです。本のタイトルや文章全体もPCなどはメモアプリに保存しておいて、そっちに追い出してしまうんです。

例えば「明日あの会社に請求書を送らなきゃ」「そうだ。明日ゴミ袋を買っとかなきゃ」というタスクも覚えていると、「明日ゴミ袋、明日ゴミ袋……」って、そればっかり気になるじゃないですか。

それは全部スマホのタスクリストに追い出しておいて、頭の中には残さない。クリアな状態、まるで龍安寺の石庭みたいな状態にしておくんです。そして、そこにぽつんぽつんと概念が存在して、それがどこかでフッと結びつくことが大事なんじゃないかなと思うんです。

パパ活とは「愛人の民主化」

佐々木:例を1つ挙げると、今書いている本ではWeb3とメタバースについて書こうとしています。Web3というのは、ブロックチェーンとかの技術の話です。あれはよく、アンチ中央集権であると言われています。「国家の制約をなくして、もう一回自由なインターネットが生まれるんだ」と言っているんです。でも、自由なインターネットって、それは単なる無政府主義じゃんとか思うのです。

財前:なるほど(笑)。

佐々木:じゃあ、あのブロックチェーンが持つ意味は何なんだろうか? と考えたんです。運営側に参加できるような新しいプラットフォームのかたちになるのかな、という漠然とした概念があって、それをもう少し具体的に「何だろう?」と思っている時に、ふと思い出したことがあります。

半年ぐらい前にある人と雑談していてパパ活の話になり、その人が「佐々木さんさ、あれって愛人の民主化だよね」と、鋭く指摘した(笑)。要するに、1人の金持ちが1人の愛人を囲うのではなくて、5人ぐらいのおじさんが1人5万円ずつ出して25万円になると、1人の女性が囲える。

それをふと思い出して「そうか。パパ活……確かに、みんなでお金を出し合ってクラウドファンディングするとかも、パパ活の民主化みたいなものだな」と(思ったんです)。

でも、クラウドファンディングは1回きりの企画に対してお金を出すだけだけど、あれ(パパ活)を継続的にやるということは、株式会社の仕組みと同じになるんじゃないのか? 株式を一部のエンジェル投資家がこっそり買うのではなくて、みんなで株式を買うという仕組みを作れるのかな? と。

そういうふうに頭が広がってきて、「なるほど。みんなが参加する資本主義という新しい概念をWeb3は作るのかな」と、ピッとつながったり。

コンテンツ作成者が、運営側に参加できる仕組みを作ることがカギ

佐々木:そうやって、過去に人としゃべったことや、読んだ本の話や記事で見た話などが、頭の中に星雲のようにぐるぐる回っているわけです。それが時々、彗星がぶつかるように一瞬発火してパッと燃えると、「あっ」というのが生み出されてくる。そういう感じで思い出すんです。

財前:ありがとうございます。今のお話は、例えばスパチャとかも同じことですよね。

佐々木:そうですね、そうですね。

財前:誰でもオンラインで投げ銭ができるというのも、民主化という意味ではまさにそうですね。

佐々木:YouTubeの場合は、いくらYouTuberがYouTubeで儲けても、結局は規約が変わったりする時に売上が減ったり、大半の売上はYouTube側が取ってしまっています。なのでYouTube自体が成長しても、YouTuberは儲からないんです。

でも、例えばYouTubeの会社自体が時価総額が1兆円から10兆円に変わったら、YouTubeは儲かる仕組みにしたほうがいいという話なんですよ。だから、コンテンツをやっている人が運営側に参加できる仕組みを作れるかどうかが、おそらく今後の参加型資本主義になるんじゃないかなと思います。パトロンの話から踏み出して、最近はそこまで考えているんです。それを本に書こうとしています。

アイデアを忘れないように、ボイスメモを使って書き留める

財前:次回の著作、参加型資本主義のお話はめちゃめちゃ楽しみですね。ちなみに、そういうアイデアが生み出されるのは、1人になる時間とか、どんなタイミングや場所とかがいいというのはありますか?

佐々木:あらゆる時です。人としゃべっている時もそうですし、もしくは道を歩いている時や寝ている時など。寝入りばなや朝起きた時にぼんやり考えて、「あーっ、そうか!」と。でも、これってだいたいすぐに忘れるんですよ。

これは本には書いてないんだけど、忘れちゃうのでアップルウォッチを使っています。アップルウォッチの機能で、時計の盤面にアプリを置けるんです。1個だけではなくて複数置けるんだけど、1個だけアプリを置いています。

何を置いているかというと、ボイスメモを置いているんです。「あっ」と思ったらボイスメモをワンタップで起動して、もう1回タップすると録音されます。なので、「Web3は総パトロン化社会」みたいなことを言って押しておくと、録音されているんです。一言でいいんですよ。

それが3つ、4つ溜まってきたら、時折Macから再生して「この時にこういうことを言っていたんだな」とメモをするんです。こういうアイデアって、思いつくけどすぐ忘れると思うから、忘れないうちに音声でもなんでもいいのですぐにメモをすることが大事です。

財前:アップルウォッチのアプリは良いですね。

佐々木:アップルウォッチは、アプリが置けてツータップで録音できるのがけっこう大きいですね。

トヨタのライバルは、日産やホンダではなく「Google」

財前:ありがとうございます。では、最後の質問です。本書で「インテグレーション(結合)」について書かれています。さっきの20世紀型の話でいうと、トヨタのライバルがどこかと聞かれると、同じ業界の日産やホンダなどを思いつきますよね。ただ、AIや自動運転になると、もはやライバルはGoogleになってきています。

競合が同じ業界じゃなくなってきたり、いきなり他業界から参入してくる世の中になってきている。つまり、ビジネスも既存の延長線上の考え方やアイデアではなかなか課題の解決ができなくなってきています。そういう意味で、既存の知識をインテグレートして、新たな知識を生み出していったり、ユニークな考え方を生み出していくことが重要になってくるよと。

そして、そもそも我々個人としても、ワークライフバランスという仕事と人生のバランスを取るという話から、それを統合していって「ワークライフインテグレーション」の考え方に移行していくと書かれています。そのあたりの効用や必要性をお話いただけますか。

佐々木:そうですね。インテグレーションというのは、要するに全体最適化なんです。最適化には「部分最適化」と「全体最適化」があります。

さっきの自動車産業の話でいうと、プリウスやアクアを売ることが目標になっている場合、自動車って今の概念における部分最適化でしかないわけです。全体って何なのか? 車の目的って何なのか? これがひょっとしたら、変わりつつあるかもしれないんです。

今までトヨタは、「FUN TO DRIVE」という、運転する楽しさを理念にしていました。だけど、EVでなおかつ自動運転になってくると、そもそも運転しなくなっちゃうんです。そうしたら、車の目標は運転することではなくて移動することになってくるんです。

「遊びと仕事は別である」という前提は、部分最適化でしかない

佐々木:じゃあ、移動を目標とした上での全体最適化になると、車自体を売ることにあんまり意味がなくなるんですよね。逆にいうと、すべての車が無人のタクシーになるというイメージです。そうすると、タクシーをうまく運行してお客さんのもとに迅速に届け、お客さんを降ろしたらまた別のお客さんを迅速に走らせるかという、運行システムがすごく重要になってくるんです。

それはもはや製造業の領域ではなくて、アプリケーションやシステムプラットフォームの領域だよね、という話になってきます。全体最適化をすると、自動車産業は違うものになっていくから、それがインテグレーションだという話なんです。

生活も同じで、例えば「仕事がつらい。だから仕事と遊びはちゃんと分けて、遊びの場合には仕事はなるべく入れないようにしよう」という、これはある意味「遊びと仕事は別である」という前提をもとに置いた最適化なんです。

でも僕は、これは部分最適化でしかないと思っています。例えばフリーランスで仕事をしていると、ワークとライフはほとんど分離できないんです。最近はコロナでないですが、コロナになる前は地方移住をしている若者から、「佐々木さん。1回遊びに来てください」と言われて、別に用はないけど遊びに行ったりしていました。

交流をしたり、一緒に酒を飲んだりご飯を食べたり、地元の廃屋で草刈りを手伝っていたんです。それは仕事なのかというと、ギャラは発生しないので仕事じゃないんです。でも遊びなのかというと、交流したことが後々なにかの原稿になったり本の題材になったりしているから、遊びだけとは限らないんです。

だから「どこかの田舎に行って草刈りをした」という出来事自体に、ワークもライフも両方が含まれているわけです。なので最終的には、目標は仕事と遊びを分けて遊びの時間に集中して仕事をなるべく楽にすることではなくて、人生全体を気持ち良くすることではないかと思うんです。

「ワーケーション」という働き方に対する賛否両論

佐々木:「人生全体を気持ち良くする」という最適化を目標として考えれば、どうやって仕事を気持ち良くしていくのか、あるいは遊びの中にも仕事の要素を持ち込んでいくのかという考え方があってもいいのではないかなと思います。

もちろん、これはすべての仕事の人ができるとは限らないです。エッセンシャルワーカーの仕事もあるので、そう簡単ではないんだけど、そういう選び方ができるという選択肢があってもいいんじゃないかなと思っています。

ワーケーションは(ワークライフインテグレーションの)典型ですよね。「リゾート地に行って仕事をする」という概念を聞いて、反応が真っ二つに分かれるんです。「リゾート地にまで行って仕事をするのか」という人と、「リゾート地に行って仕事できるなんて楽しい」と思う人に分かれちゃうわけです(笑)。

リゾート地に行って「仕事が楽しい」と思えたほうが、僕はいいかなと思うんです。リゾート地に行くということは、あくまでライフとワークが分離された中での考え方であって、そこを統合してしまえば、「今日は東京で明日は大阪で、明後日は沖縄で仕事をしていてもいいよね」という考え方になっていく。

もはや、そういう選択肢が取れる時代になってきているわけです。コロナのおかげでリモートワークも定着してきたし、クラウドのサービスが普及したので、デスクワークであればパソコンが1台でどこにいても仕事ができます。

インテグレーションしやすくなっていて、せっかく自分の仕事ができる環境にあるのであれば、どんどんやったほうがいいと思うんです。

財前:インテグレーションについても本書の最後のほうに書かれていますので、みなさんもお読みいただければと思います。ありがとうございました。