「ストレス」とは、私たちの成長を後押ししてくれる

青砥瑞人氏:基本的に「ストレス」とは、我々をモヤモヤとさせたり、心苦しくなったり、不安を感じたり、そういったものをイメージされると思います。今、新しい科学の文脈では、このストレス状態が我々の成長を後押しさせてくれたり、あるいは思考力や集中力、記憶定着効率を高める作用もあることが知られていたりします。

「感動」というと、ポジティブなイメージがあると思います。感動をもたらすという文脈1つとっても、(例えば)映画を見ていて、最初のほうはごたごたして「あー、もう! ちょっと主人公、ちゃんとしてよ!」みたいな思いは、すごくストレス状態なんですね。うまくストレス状態を作っているからこそ、最後にハッピーエンドが来た時に、脳の中で差分の状態を作り出すことによって感動が生まれる。

最初からハッピーエンドでもなかなか感動しないのは、実はストレスが生み出している心の状態でもあるということが知られていたりします。実はストレスって、必ずしも悪いわけじゃなくて、我々の心の豊かさや成長にも寄与しています。

一般的には「ストレスがないほうが楽だ」と思うし、僕もそう思う時は当然あります。ただ、生物にとってストレス反応はすごく大事で、必要だから備わっている重要なメカニズムとして知られています。

不安の感情ってあるじゃないですか。不安になれば、それに伴ってストレスホルモンが作られていくんですが、不安(の感情)もめちゃくちゃ大事です。恐怖もそうです。(本当は)嫌ですよ、(そんな気持ちに)なりたくないですが。

例えば、駅でいきなりナイフを持った人が現れた時に、ぞくっとして恐怖や不安を感じますよね。それがあるから我々は、「その場から回避させよう」という脳のモードに入っていくことができるんです。不安や恐怖を感じられなくて、(ナイフを持った人に)てくてくと近づいていってしまったら、その人の生存確率は下がってしまうんですよね。

痛みの信号も同様なんです。痛みを感じて、それに伴うストレス反応があるからこそ、「痛みを受けないようにしよう」と思ったり、回避できるようになっていく。

痛みも不安も恐怖も、生きていくためにはマストな感情

実際に、痛みの感覚を受け取れなかったり、それに伴った不快感を内側で作れない人は、自傷行為をすることが多くなります。昔はそれをおもしろがってお金になっちゃうこともよくあって、やりすぎて痛みを感じないから、死んでしまうケースがあったりもしました。痛みの信号、不安の感情、恐怖の感情。どれを取っても、生物として生きていくためには必要な仕組みなんですよね。

そもそもストレスをネガティブなものと捉え、「避けなきゃいけない」と、悪として決めつけていくような状態。そういう(ネガティブな)体験をすることが多いので、そういった反応になってしまうのは致し方ないかなと思いますが、科学的に見たり、今の医学をちゃんと見ていけば、ストレスは必ずしも悪いものではない(と理解できる)。

スタンフォード大学の有名な実験で、「ストレスは悪だ」と思っている人と、「ストレスには実は成長因子があり、我々を成長させてしてくれるんだ」と思っている2つの対照群で実験したところ、血中に現れるストレスホルモンの合成具合から、ストレスからの回復具合がぜんぜん違うことが明らかになったんです。

(「ストレスは私たちを成長をさせるんだ」と)思っただけで、そんなに変わっちゃうんです。だけど、思いが違うということは、それに伴って自分の気分や内側の状態が違うということですから、細胞や分子レベルのミクロな存在で効果があるんです。

すごく抽象的な「思い」というものが、今はすごく科学されています。「ストレスには、成長にとっていい点もあるんだ」と心から思い込むことが、1つ重要になってきます。

「つらかったけど成長できた」という、強い記憶を持つことが重要

ここで1つポイントなのは、具体的な実験設計でいうと、1週間の中で3回、動画と合わせてメールが被験者に届くんですよ。「ストレスにはこういういい点があって、こういうポジティブなところがあるんです」って教えてくれるんですよね。それを認識できているからこそ、ストレスからの回復具合が高まった。

じゃあ、それを現実に落としこんで考えてみた時に、誰がメールで週3回、ストレスのいいところを教えてくれるんですか? ということですね。なかなかないと思います。重要な観点は、「ストレスが自分の成長を後押ししてくれる」という情報を、自分の脳の中にちゃんと持つことなんです。強い記憶の情報として、自分の脳の中にその情報を持つことが最も重要です。

これを意識することはなかなかなくて。みなさんも、自分が最も成長できた場面とか、成功できた場面を思い返していただくと、けっこういろんな葛藤があったり、苦しみながら乗り越えた時に大きな成長をしているなって、言われれば感じると思うんですよね。

さっき言ったように、「ストレスが後押ししてくれた」「大きく成長できた」というのが、それぞれの「点」として自分たちの脳には残っているんですが、同時発火でワイヤリングしてない人のほうが多いんじゃないかなと思います。これはもったいないですよね。

ストレス体験が実は(成長を)後押ししてくれたという経験は、誰しもが持ってると思います。同時に、脳の中に表現されない限りワイヤリングは形成しないので、「物理的にめちゃくちゃつらかったけど、それがあって成長できたな」ということを脳の中に刻んでいく。同時発火させていくモーメントを持つこと。「つらかったけど成長できた」という、強い記憶を持つこと(が大切)ですね。

記憶って、簡単に持つことができないんです。英単語を1個覚えるのにも、何回も書いて何回も発音して、初めて記憶になると思うんですよね。なんとなく無意識的に生きているだけで強い記憶が作られるかというと、よっぽど繰り返せばなるんですが、そうじゃない限り作られない。

過剰なストレス状態は、脳の機能を停止させてしまう

なので重要な観点は、「めちゃくちゃ苦しかったけど成長できた」ということを、意識的に脳の中でちゃんと向き合って、自分の情報として脳の中に書き込んでいく作業をすること。それによって、誰かがメールで「ストレスにはいい点があるよ!」と言ってくれなくても、自分の脳がストレスをポジティブに受け入れ、ストレスからの回復具合・成長度合いを高めてくれます。

過剰なストレスというのは、副腎皮質で作られるストレスホルモンの分泌量が多くなる状態。(ストレスホルモンが)脳に戻ってきて、リセプターがそれをいっぱいキャッチしちゃう状態です。その信号を受け取ると、人間の脳はモードががらっと変わっちゃうということが知られています。

「今、体の中には大量にストレスホルモンが作られているぞ!」となるので、それに合わせた脳のモードに切り替わっちゃう。そうすると、どういう変化が起きるかというと、おでこの裏側に「前頭前皮質」という脳の部位があるんですが、この機能がガタンと停止しちゃう状態です。ここ(前頭前皮質)を使っている場合じゃなくて、「戦うか・逃げるか」という脳のモードにがらっと変えていく。

太古の昔から、人間の脳ってそんなに大きく変わっていないですよね。昔は、生死を伴うようなことが多くあったわけです。すぐに逃げるか、あるいは戦っていくか、そういうモードに(脳を)持っていかなければならなかった。

そうなると、「考えている場合じゃないですよ」と、とにかく戦うか・逃げるかの状態(に脳が切り替わってしまう)。現代で生死に(関わるような事態に)なることは少ないけれども、それでも過剰なストレス反応によって前頭前野が停止してしまう。

これが、ビジネスシーンにおける我々のパフォーマンスをがくっと下げちゃう可能性があるので、過剰なストレス状態はケアしていく必要がある。

叱られて、また同じミスをする……悪循環に陥る前に

前頭前野の1つに「dlPFC」という脳の部位があります。意識的な注意であったり、思考を促すための脳の部位なんですが、ここが過剰なストレスによって止まっちゃうんですよ。「上司に怒鳴られた」とか、親に怒鳴られてビクビクしてる子どもが、目線が泳いでいるのを見たことはないですか? あれはまさに、Attentionがとれなくなっちゃっているんです。

ストレス過剰によって、前頭前野の機能が停止しちゃっていますから、意識的に注意を向けることをコントロールできない。怒っている人も怒鳴ってる人も、「相手のため」と思ってやってると思います。だけど、聞いてる側が言われてることにフォーカスできないし、そこに対して思考することもできないので、言われてる内容は右から左になっている状態です。

そうなると何が起こるかというと、叱られている内容と同じようなミスをまた繰り返していくという、バッドスパイラル(に陥ります)。そうするとますます怒られて、ますます(話の内容が)入らない。

こういったケースは、教育現場や人材育成(の現場でも)よく見ているんですが、マネージャー層やリーダー、上に立つ人たちは「伝え方」も大事です。怒ってる側もエネルギーを使って伝えているけど、伝え方によっては相手を思考停止状態、かつ注意もとれないような状態にしちゃうことによって、(伝えたい内容も)伝わらない。

(叱った相手が)同じミスをしてるということは、伝える側の問題である場合もあるぞ、ということは認識しなきゃいけない。怒っている人も、心理的安全でないストレス過剰な状態になっているからこそ、そういう伝え方になっているんです。これでは、なかなかお互いにいいパフォーマンスを導きづらいと思いますので、過剰(なストレス)はケアしていく必要があるかなと思います。

人間関係なので、「どっちかがこれだけすればいい」ということはなくて。脳をうまく活用していくという文脈において、どっちもが心理的安全な状態であることが非常に重要です。これだけ今、世の中で言われ始めているので、まずはお互いが認識することが前提になってくるといいなと思ってます。

怒りを抑えて部下に伝えることは、結果的に自分のためになる

その上で、上司側もエネルギーの使い道(が大切)だと思っています。怒りに任せて伝えていては、せっかく伝えようとしていることが伝わらなくなる。また伝える必要が出てくるのは、ますますエネルギーを使っちゃうのでもったいないですよね。

(怒りを)ぶちまけたくなっちゃうかもしれませんが、落ち着かせて伝えていくことは、自分のためでもあるんですよね。それによって聞く側も学習しやすくなるから、再発を防止しやすくなっていきます。それが上司側のメリットなので、その意識を持つことが大事です。

じゃあ、聞いている側はどうか? という話になってくるんですが、万人の上司さんが(相手を)気遣って言えるかというと、それも非現実的だと思うんですよね。

上司さんは上司さんで、いろんなストレスを抱えながらやっている可能性もある。(部下側も)「あいつが悪いんだ!」という身構えだけでは立ち行かないと思うので、そういう状況になった時に、受け手側も自分をどれだけ客観視できるのかは非常に重要ですね。

思考法というと、「こういうふうに物事を考えたらうまくいくんじゃないか?」という状態だと僕は認識しています。それは、意識的な取り組みなんですよね。うまくいっている人や成長しやすい人、成功している方々って、実はそれを意識せずともやっているような状態になっています。「常態化している」というのがすごくキーです。

「思考法」と言ってるだけでは、まだまだ自分の身になっていない状態ですね。脳的に言うと、セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)と呼ばれる、意識的にその状態を自分で作る脳を使っている。(あくまでも)思考法は入り口で、「自分はこういうふうにやろうかな」という最初のきっかけを導入していくのが思考法の重要性です。

それを繰り返し・繰り返しやっていくと、ミクロの単位ですが、使った脳の神経回路がちょっとずつ変化して、筋肉と一緒で太くなっていきます。そうすると、エネルギー的にだいぶ効率が良くなるんですよね。最初は神経細胞に電気信号が流れていくんですが、(神経が)細っちいと電気がどんどん漏洩していって、うまく(情報が)伝わらないんですよね。

だから、大きな意識をして通していかないと、次に伝わっていかない。それを繰り返して太くなっていくと、ちょっとのインプットでも漏洩する確率が低くなっていくので、あんまり意識しなくても情報が通っていく(ようになります)。

思考法を意識するだけでなく、常態化を目指す

自転車でも(同じですが)、最初は意識して「ああかな、こうかな」とやっていたことでも、知らず知らずにできるようになっているのと同じように、あらゆる思考法も「最初に意識的に導入する」というフェーズがない限り、新しいことの習得はできません。

最初のフェーズは持ちつつも、繰り返して強くすることによって、自分の一部にする。それは、細胞分子レベルで自分の脳内に書き込まれていく状態です。

できなかったけどできるようになる、できなかったけどできるようになった……という繰り返しの“同時発火”は、最初は意識しなきゃいけないです。繰り返して強い記憶になって、自然と「あぁ。またうまくいかなかったけど、これは成長の機会だ」という脳の反応に持っていく。

脳の中の「デフォルト・モード・ネットワーク」という部分が起動して、意識しなくても反応できているような状態(に持っていく)。多くの成功されている人たちは、「切り替えが早いな」とよく言われたりすると思うんですが、意識しなくてもその状態なんです。

ただ思考法的に意識してるだけではなくて、常態化して自分の一部になっているところを目指す。「意識だけでいい」と思ってしまったら、そこで終わってしまう可能性が高いので、意識して繰り返していくことが重要になってくると思います。

(「ストレスを武器にする組織の仕組みづくり」について)メンバーに「こういった仕事をお願いします」とお願いする部分もあるけれども、本人がやりたいと思っていることを探究させたり、学ばせる時間は常に持っています。

昔も注目されていたと思いますが、Googleさんでも「10パーセントルール(業務時間の10パーセントを「やりたい仕事」に使うこと)」を導入したり、ドーパミンを促せるような環境にしていくのはすごく重要です。

成功と失敗を「成長」につなげるための取り組み

うちの会社でも、プロジェクトにもならないし試作にもならない、実際に何の利益もあげないけれども、本人のやりたさで探究する時間をちゃんと確保させてます。

あとは、Slackを使いながらコミュニケーションすることが多いんですが、チームごとに「Everyday Growth」というチャンネルがあって。何をやってるかというと、1日の仕事の終わりに、チームごとにその日の成長を書き出すのがルールになっています。これが、思いのほか良くて。

多くの場合は、成長に注意を向けるのがすごくポイントです。理論でもわかってたんですが、今までは、成功か・失敗かという結果にとらわれる人がすごく多かったんですよね。成功や失敗に囚われるのは、脳的にいうと簡単なんです。なんでかと言うと、感情が揺れ動くところなので、注意を向けやすいんですよね。

ポイントは、「やったー」とか「がくーっ」ではなくて、成功と失敗をどういう学びにしていくのかが、本質的な成長には重要になってきます。

今言ったような、短期的な感情の揺れ動きだけに反応している状態は、「やったー」とか「がくー」という反応だけですが、これをいかに学びにしていくのかが、我々(の会社の中)でいうEveryday Growthです。失敗だろうと成功だろうと、そこから学べたことが常にやることとして決まるので、いちいち成功や失敗に囚われなくなります。

僕も今まで、メンバーの失敗を批判したり怒ったことは一度もなかったんです。ただそれよりも、仕組みを作った中でEveryday Growthをやると、失敗でも「成長」として一人ひとりがラベリングすると、僕や上の人たちは評価するという仕組みになっています。成功・失敗に囚われなくなって成長にフォーカスしていくので、仕組みとして取り入れてすごく良かったなと、個人的には思っている部分です。

根拠のない「なんとかなる」精神も、成長につながる

本日は、小難しい脳の話も含めてご視聴いただき、誠にありがとうございます。最後にみなさんにメッセージということなんですが、ストレスとは切っても切れない「希望」ですね。希望って「希(まれ)な望み」と書きますが、これは脳的には「根拠なしの自信」とよく言っていて、不確かさドリブンの探索機能の脳機能として定義されてます。

みなさんの周りにも、どうなるかよくわかんないのに、「なんとかなるんじゃない?」と言いながら、前のめりに行動していく人を見たことがあると思います。根拠なくいけるというのは、脳にとっては実は高等な脳反応です。我々は根拠のないことをやろうとする時、どうしても大きなストレスになっていって、ブレーキをかけてしまうんですね。

そうすると、可能性や新しいことがありそうだと思っても、やらないで終わってしまうことが多い。新しい発見、学び、自分をリッチにしていくという文脈では、どうしても新しいフィールドに挑戦していくことは必要になってくるかなと思います。新しいことって、最初から100パーセントうまくいくことはなかなか少ないと思います。

失敗してもやり続けていく中で、初めて自分の思い描いたところにたどり着くことができる。実際に心理学でも「ダニング=クルーガー効果(正しく自己評価ができず、過大評価してしまうこと)」が知られています。人間の能力は、自分の見積もりが不正確であるという言われ方をすることが多いです。

「優劣の錯覚」と言われていますが、自分の見積もりをちょっとよく見積もっちゃうことがあります。テストとかで「よしよし、70点はいけた」(と思っても)、開けてみたら50点しか取れてないとか、自分のことをすごくできた感じだと思っちゃうんです。

ポジティブに、自分を(高く)見積もっちゃう優劣の錯覚は、あんまりよくないこととしてとらわれることが多いんですが、統計的にそういった反応性が出るのは逆に意味がある、と最近は捉えられています。自分を高く見積もって、「なんとかなるんじゃないのか」と思わせるからこそ、新しい1歩を踏み出せる。

1歩を踏み出して、実際に現場に行ったり現実と向き合っていくと、自分のできなさや周りの批判に包まれやすくなるんですよね。そうすると、最初に持っていた希望がどんどんかき消されていって、継続することができなくなってしまう。なので、一番最初に芽生えた、希望を持ち続けることで、本質的な価値や、自分の思い描いたところにたどり着けるのかなと思います。

「根拠がなくても、根拠は作っていくものだ」と思いますので、自分の内側で湧いたちっちゃい希望を大切にしながら、前に進んでいただけるといいんじゃないかなと思います。詳しくはこれ(『HAPPY STRESS』)に書いてありますので読んでいただけたらなと思います。本日は、ご清聴どうもありがとうございました。