3児の父、山口周氏が考える日本の教育の課題

山口周氏(以下、山口):問題が世の中にたくさんあって、仕事の意味づけが楽だった時代は、この(スライドの)左側の「オールドタイプ」の考え方でよかったと思うんです。こういう生活の煩わしさとか物質的貧困が事実上解消されてしまった世界においては、やっぱり左側のような昭和の価値観は難しいと思うんですね。

人材の育て方も変わってくると思います。右側のようなことができる人を育てていかないといけないと思うので、これをちょっと順番に話をしていきたいと思います。

1つ目は「正解を探す」っていうのと「問題をつくる」。ある意味で子どもの教育で言うと、ここが一番難しいところかなと思います。というのは、僕も子どもが3人いるんですけれども、学校からとか受験勉強で、正解を探すのをやらされているんですよ。

それで「お前、そんなことやったって意味ないんだ」と言ったら奥さんに「だったらこの子の偏差値どうやって上げるのよ!?」と言われるわけですよね(笑)。だからなかなか難しいんですけれども、社会全体で足並みを揃えて、やっぱり変えていかないといけないと思います。

で、優秀な人とはどういう人ですか、と言うと、だいたい典型的な答えは「東大を出た人」とか「京都大学を出た人」とか。あるいは高校で言うと、関西だったら灘とか東京だったら筑駒とかありますよね。

なんでそういう人たちが優秀だと思うんですか、とさらに踏み込んで聞くと「だってなんか難しい問題解けるんでしょ」「正解を出せるんでしょ」という話です。正解が出せるのは、ものすごく優秀さの根幹を成すコンピテンシー(優秀な成果を出す行動特性)なんですよ。「本当にそんな価値あるの?」という話ですね。

「正解」にこだわったことで、10年で消滅した産業

正解を出すのが得意な人が集まる典型的な、コンサルティング会社に僕は10年ほどいたので、正解を出しまくっていたんですけれども。正解を出してお客さんの産業が消えたことが1回ならず何度かあります。その典型例がこれなんですね。

携帯電話。日本の携帯電話産業はもう消滅しました。2007年の時点ではものすごく元気があったんですね。20社以上あったのが、今、日本で携帯電話を作っている会社は1社だけになってしまったんです。だから10年で産業が消滅したんですよ。5兆円あった産業が10年で消滅。

もう惨敗ですよね。10年で5兆円あった産業が消滅するという、産業市場に類を見ないぐらいのことが起きたんです。なんでそういうことが起きたのかという反省はないままに、今日も同じような惨敗がずっと繰り返されていると思います。

きっかけはもちろん、右端に写っているiPhoneが出てきたからなんですけれども。一方でこの左側に並んでる日本製の携帯電話は、見てわかると思うんですけど、「なんでここまで似てるの?」というぐらい似ているんですよね。当時の携帯電話はほとんど上下二つ折り。で、上側に大きいディスプレイを置いて、下側にテンキーと親指で動かすスクロールボタンを置いて、もうボタンの配置もほとんど一緒です。

なんでこういうことになるかというと、わかりやすい話で、これが「正解」だからです。つまりマーケティングの知識があって、統計の知識があって、調査設計ができる人が集まると、「何作ろうか」「お客さんに聞いてみよう」という話になるんですね。で、市場調査をやって出てきた結果を統計で分析するわけです。

その統計で分析する時も、いかにもイケてる感覚があるんですよ。「これ今回どうするの、クラスターやるの?」「クラスターかけます」「重回帰は?」「重回帰、もちろんやりますよ」「じゃあ因子分析の結果は何々さんに」とか、もうセクシーなんですよ(笑)。「俺たちイケてるな」という感じがあるわけですね。

で、出した結果を使って、クライアントや役員に提案すると、役員もこすっからい人ほど「これクラスターかけるの?」とか言うわけですよ(笑)。いかにも「俺たちイケてるよな」という感じになる。

正解を追い求めることの弊害

当たり前なんですけれども、同じようなサンプル数で統計の分析をやって、顧客の望んでいるものを調査すると、正確にやればやるほど同じものに行き着きます。なぜなら正解は当たり前に人と同じになりますよね。人と違ったら正解と言わないわけです。再現性がある。サイエンスは再現性を求めるわけですね。再現性とは、いつやっても、どこでやっても、誰がやっても同じということです。

一時期、小保方(晴子)さんという女性の研究者が大騒動を巻き起こしましたけれども(笑)。あれみなさん、何が騒動の原因だったかご存知ですか? まさに再現性なんですよ。彼女が出した論文は同じ実験プロトコル、つまり同じ手順で同じデータを使ってやっても、同じ結果が出ないんです。だから再現性がないんですね。

再現性がないものというのは何かというと、アートなんですよ。人によって変わる、場所によって変わる、時間によって変わる、これはアートなんです。サイエンスは誰がやっても、どこでやっても、いつやっても同じということで、正しくやればやるほどサイエンスになるわけです。いつやっても、誰がやっても、どこでやっても同じというのは、これは差別化の消失ということを巻き起こしますから、大変困ったことになる。

米国のクイズ番組で視聴者に衝撃を与えた、IBMの人工知能「Watson」

しかも追い打ちをかける事態が起こっていて、ちょっと動画見ていただこうと思います。

【映像再生】

『Watsonとは? 「Final Jeopardy!」とWatsonの未来』

字幕:2011年初め、「Watson」と名づけられたIBMコンピューティング・システムが、クイズ番組『Jeopardy!』のチャンピオンと対戦しました。

男性1:あの朝、研究所に向かいながらこう思っていました。「とうとうこの日がきた」「今日がいよいよ最後のクイズ・ゲームだ」と。

男性2:音楽が始まり、ジョニー・ギルバートのアナウンスで実感がわいてきました。「ニューヨーク州ヨークタウン・ハイツのIBMリサーチから、『Jeopardy!』をお届けします」と彼が言ったとたん、「ふぅ、始まった」と思いました。

男性3:『Jeopardy! The IBM Challenge』へようこそ!

男性4:ついにこの日がきました。これまでやってきたことの集大成です。正直、私は感情的になっていました。多くの優秀な研究者たちに思いを馳せました。彼らはこのために生活も仕事も一変させました。大変な苦労でした。そしてやり遂げたのです。

男性1:ステージにはケンとブラッド、そしてWatsonがいて、Watsonの背後には開発メンバー30名がいて、もちろんほかにも大勢のスタッフが携わってきました。

男性3:始めましょう!

男性4:対戦が始まると緊張しました。

男性3:ブラッド、最初のパネルを選んでください。

男性5:「2つの意味を持つ言葉」の「200ドル」を。

男性3:「見晴らしの利く地点」または「信念」を意味する4文字の語は?

男性5:「VIEW」。

男性3:正解。

男性2:ブラッドが1問目を正解した時、彼が噂通り優秀で恐ろしくなりました。彼の独壇場になるのではないかと不安になりました。

男性5:「2つの意味を持つ言葉」の「400ドル」。

男性3:「馬のひづめに装着する装具」または「カジノでカードを配る時に使われるケース」を意味する4文字の語は? ……Watson。

Watson:「SHOE」。

男性3:正解!

男性1:Watsonがリードしていましたが、不正解も出始めました。

男性3:Watson?

Watson:「LEG」。

男性3:残念! 違います。

Watson:「1920年代」。

男性3:違います。

Watson:「CHIC」。

男性3:残念。ブラッド?

男性5:「CLASS」。

男性3:そのとおり! Watson?

Watson:「サウロン」。

男性3:正解! これでトップのブラッドに並びました。

男性1:Watsonが持ち直して、みんな安心しました。リードしたかったですけどね。

男性4:気が抜けません。

男性3:後半戦は、3位のケンから。

女性1:1ゲーム目の後半は目を見張るものでした。

男性1:Watsonの快進撃です。

男性3:Watson?

Watson:「フランツ・リスト」。

男性3:正解!

Watson:「バイオリン」。

男性3:正解!

Watson:「チャーチ・レディー」。

男性3:そうです。Watson?

Watson:「発作性睡眠」。

男性3:正解です。36,681ドルを獲得しました。それでは「Final Jeopardy!」です……。

【映像終了】

下落する人工知能の価格

山口:なかなかシュールな映像を見ていただきました(笑)。これは、もう10年前の映像なんですね。アメリカのクイズ番組にWatsonというIBMの人工知能が出場して、アメリカのクイズ王を破った時の模様です。

クイズで求められているのはまさに正解を出す能力で、だから東大クイズ王とか、いかにもなじみが良いわけですよね(笑)。受験勉強の中身はクイズとパズルですから、要するに受験で高い偏差値を取るのは、クイズとパズルが得意という定義の仕方をすると、見え方が変わってくると思います。

じゃあクイズはどうなのかというと、実は人工知能がもうチャンピオンになってしまった。パズルはどうかというとチェスも将棋も囲碁も、もう人工知能がチャンピオンになってしまったわけですよね。ですからクイズとパズルに関していうと、もう人間の出る幕はなくなっているのが現在の状況です。

そこまで人工知能が優秀なら、じゃあ人間はなんで正解があるような仕事を未だにやっているのか、という話になるんですけれども。今のところ人間のほうが安いんですよね。人間は汎用コンピューターとしては非常に安価なんです。ただ逆に言うと、給料の高い人はどんどん人工知能に食われていっています。

で、人工知能はコストがどんどん下がっているんですよ。1997年にチェスの世界チャンピオンになったのが、IBMの「ディープ・ブルー」というスーパーコンピューターですが、この時に売りに出されたんです。価格が100万ドル、1億円ですね。

1997年ですから今から25年前のことなんですけれども、この時のディープ・ブルーの性能がどれぐらいかというと、今量販店で売られているパソコンと同じぐらいです。25年前に1億円した人工知能、スーパーコンピューターは、今量販店で売られているんですね。

さて、ということで考えてみると……先ほど見ていただいた『Jeopardy!』の映像は10年前ですから、あと15年すると、あれが30万とか40万とかで店頭で売られるようになるんですよ。で、みなさんのお子さんが就職する頃がまさにその時代なんです。

人工知能と人間を、コストパフォーマンスで考えると……

人間が就職する時に会社がどれぐらいのコストを払うかというと、みなさん、給料は400~500万と思っているでしょう。そうじゃないですよ、4億円の投資をするんです。要するにクビにできないんですから、日本の会社が一生払う金額が4~5億円なんですよ。

ということは、人を1人雇うことはもう4億円の投資をしているのと同じです。しかもその人間を雇うと、朝9時からせいぜい夕方の7時ぐらいまでしか働かないんですね。月曜日から金曜日までで土日は休ませないといけなくて、年に2回は長期休暇を取らせてやらないとすぐ「ブラックだ」とか「もう会社辞めようと思うんですけど」とか言い出すわけですよ(笑)。

片や人工知能はどうかというと、コンセントをバチンと入れておくと1日24時間、1年365日、「もう会社辞めたい」とも言わず文句も言わず、働き続けるんです。その機械が30~40万円で買える。片や人間は4億円かかるとなった時に、どうなるかを考えて、子どもを育てないといけない時代だと思います。

もう現実にどんどんきています。まず金融機関が最初にやられました。東京のゴールドマンサックスのオフィスは、僕が30歳前後の時にトレーダーがたぶん200~300人いたと思います。年収1億円以上取ってた人たちです。今はもう2人しかいませんから。全部人工知能になってしまいました。

一番給料の高い人たちがまずやられたわけですよね。次に今きてるのが弁護士の業界で、弁護士の次にきてるのが弁理士の業界です。これちょっと細かい字で書いてありますけれども、特許書類の作成って弁理士にしかできない資格業務だったんですよ。人工知能がこの書類を作るのは適法なのかということでずっと揉めていて、色々問題があったのでグレーゾーンと言われていたんですけれども。

先日、経済産業省から「最終的に弁理士が確認をすればOKよ」という話になりました。ですからこの特許の作成の仕事は、ここから先もうどんどん人工知能がやることになるんです。これがどれぐらいの生産性かというと、(スライドの)ここ。「2ヶ月以上かかっていた作業が最短1時間でできる」。

わかります? 人間が2ヶ月かけてやっていた仕事ですよ。弁理士の人がやったとするとそれなりの、2ヶ月でどれぐらいの報酬を取っていたかわからないですけども、これが1時間でできるとなると……こういう生産性の向上が起こっているわけですね。

弁護士の仕事もそうですけれども、M&Aの書類のチェックは、だいたい2週間から3週間ぐらいかかるんです。今そのM&Aの書類の確認作業も人工知能がやるようになっていて、これだいたい10分から15分ぐらいです。