社員の「自発性」を引き出すマネジメントを探る

伊達洋駆氏(以下、伊達):それでは定刻になりましたので、本日の出版記念対談を始めさせていただきます。みなさま、こんにちは。本日は「自発性を引き出すマネジメント」というタイトルで、出版記念対談を行わせていただきます。

最初に、私の自己紹介をさせてください。ビジネスリサーチラボという会社の代表取締役を務めている伊達と申します。もともとは神戸大学大学院経営学研究科で経営学の研究をしていたんですが、その途中でこの会社を立ち上げて現在に至っています。

ビジネスリサーチラボという会社は、アカデミックリサーチをコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析といったサービスを提供しています。いわゆる、研究知見とデータ分析を掛け合わせたサービスを提供している会社です。

本日は1時間で、「社員の自発性を引き出すにはどうすればよいか」をテーマにお話ししていければと思います。ゲストにも来ていただいています。

ご存知の方もたくさんいらっしゃると思いますし、今日参加していただいている方で知らない方はいらっしゃらないと思うんですが、一応私からもご紹介させていただきます。そのあとに、ご本人から簡単に自己紹介していただければと思います。

本日のゲストは、サイバーエージェントの曽山さんです。曽山さんは人事界隈のいろんなところで情報発信をされています。近年はYouTuberとしての顔もお持ちということで、けっこうな登録者数がいるというお話を聞いていますし、私も時々拝聴しております。では曽山さん、簡単に自己紹介をしていただいてもよろしいでしょうか。

対談相手は、Youtubeでも活動するサイバー曽山氏

曽山哲人氏(以下、曽山):まずは伊達さん、今日はよろしくお願いします。

伊達:お願いします。

曽山:みなさん、今日は貴重な時間を割いて参加していただき、ありがとうございます。曽山です。伊達さんにご案内いただいたとおり、ビジネス系のYouTubeをやっており、(チャンネル設立から)1年で1万3,000人くらいの登録者数です。

人事を17年くらいやっていますが、その中でも今日のテーマの「自発性」は非常に難しく、私もずっと苦労しながらやっているので、まだ解があるわけではありません。

今日は試行錯誤のさまを出して、伊達さんの研究や分析をもとに、いろんなよい知見が得られればなと思っています。ぜひみなさんも、チャットでいろいろ絡んでください。よろしくお願いします。

伊達:ありがとうございます。曽山さんにはのちほど登場していただいて、対談できればと思います。ちなみに曽山さんは『若手育成の教科書』という本を昨年出版しています。今日もちょっと触れたいと思いますが、非常におすすめの本ですので、よろしかったら手に取っていただければと思います。

今回は出版記念の対談ということで、私は今年2月に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』と題した本をすばる舎から出させていただきました。この出版を記念して、曽山さんとお話させていただくことが本日の目的になっています。

すでに入手していただいた方もいらっしゃるかもしれませんが、まだの方はぜひ手に取っていただけるとありがたいと思います。

本日は大きく分けて2部構成になっています。最初に私が講演し、そのあとに対談を行います。対談の中でQ&Aもできればと思っています。講演や対談をしている最中でもけっこうですので、素朴な疑問や感想も含めて、もう少し聞きたい点、ふだん悩んでいる点など、Q&Aに遠慮なく書き込んでいただければと思います。

そちらを取り上げながら対談を進めていきたいなと考えていますので、ぜひよろしくお願いいたします。曽山さんは本当になんでも答えてくださるので、ぜひ書いていただけるとうれしいです。

役割外でも主体的に行動する「組織市民行動」とは?

伊達:では、最初のパートの私の講演に入らせていただきます。私の講演は3つのパートから構成されています。まず1つ目のパートは「組織市民行動とその効果」です。今回の本の中から抜粋しながら、自発性というテーマで少しお話します。

研究の世界では、「自発性を引き出すにはどうしたらよいか」をどのように考えているのか。自発性に近い学術的な概念は何だろうかと考える時に、「組織市民行動」という概念があります。こちらの概念について、本日は紹介したいと思います。

のちほど出てきますが、組織市民行動はすごくいいコンセプトなんですね。なのに、なかなか広がっていない。個人的には、訳し方があまりよくないんじゃないかと思います。組織市民行動が何を意味するかと言うと、「自分の役割ではないけれど、会社の役に立つからと、積極的に取る行動のこと」を指します。役割外だけど、会社にとって有益になる自発的な行動のことです。

例えば、負荷が大きい仕事を抱えている人を手伝ったり、求められていなくても新人の適応を手伝ったり、仕事上の問題を抱えている人を進んで助けたりする。このように、役割外だけど会社のためになるような、主体的な行動のことを組織市民行動と呼びます。今回のテーマの「自発性」に少し近い行動です。

組織市民行動には、実は非常に多くの効果があります。例えば離職したい気持ちを下げたり、欠勤率を下げるなど、プラスの側面が明らかになっています。自発的な行動をきちんと取っている方がプラス(の効果がある)ということなんですね。

さらに驚くべきことに、自発的な行動を取っている従業員が多いほど、会社のパフォーマンスが高いことが明らかになっています。経営学の中でも、行動科学の知見で企業レベルに影響を与える行動はあまりないと思うんですね。

その中で組織市民行動は、会社のパフォーマンスにも影響を与えることがあることがわかっています。自発性が会社の命運を握ると言ったら大袈裟かもしれませんが、会社のパフォーマンスに対しても関連があるということなんです。

自発性を高める「仕事の与え方」

伊達:では、そのように重要な組織市民行動をどのように促せばいいのか。1つは、従業員同士の仕事が重なっていたり、仕事上のやりとりが多かったりすると促されることが明らかになっています。お互いのコミュニケーションが必要な仕事ということです。

ですので、自発性を高めていくためには、複数の人に対して1つのプロジェクトのようなものをアサインして、協力しながら進めてもらう。このような仕事の与え方、アサインの仕方をすると、組織市民行動が増える可能性があるということです。これが1つです。他にも、仕事の権限が移譲されていて、いわゆる裁量が大きいほど、組織市民行動は多くなることがわかっています。

のちほど対談の中でも出てくると思いますが、自発性を促す時は基本的に「任せる」ことが前提になります。マイクロマネジメントはやめて、思い切って任せないと、自発性を発揮する余地がないんじゃないのかということです。なので、任せることも1つの要因になっています。

今はテレワークが導入されてきているので減っているかもしれませんが、職場を歩き回って部下の行動を監視するような上司がいますよね。そういう上司のもとにいる部下は、組織市民行動が発揮されにくいことが検証されています。ずっと見られていると、自発的に行動するのはなかなか難しくなってしまいますよね。

上司関連では他にも、好き嫌いで賞罰を与える上司のもとにいると、部下の組織市民行動が促されないことがわかっています。

好き嫌いで褒めたり・叱ったりしていると、何をしたら褒められるのか、何をしたら叱られるのかがよくわかりませんよね。そういうリスクのある中では、部下は自発的な行動を取ろうとしません。

「自発性」にも副作用がある

伊達:こういったことを踏まえると、自発性を促すにはマネジメントの方針をきちんと定めることが大事だとわかります。例えば、ここではいったい何がよいとされるのか。あるいは何がダメなのかをきちんと定める。かつ、マネジメントの方針を部下にきちんと共有していけば、組織市民行動が起こりやすくなるかもしれないということです。

これらを整理すると、組織市民行動、すなわち自発性を引き出していくためには、まず上司がマネジメントの方針を明確化すること。そして、ふだんからその方針を部下に伝えていくことが有効です。

さらにはチームや集団に対して、お互いにやりとりが必要になるような仕事を与えていく。まとまった仕事で、ちょっと難しい仕事のほうがいいですよね。あとは思い切って任せる。マイクロマネジメントはせずに、任せてしまうことが自発性を引き出していくために必要です。これが研究知見から導き出される自発性の引き出し方です。 

本日は「自発性」というテーマでお話ししていますが、物事には光があれば影もあります。薬でも主作用があれば副作用もありますよね。主作用は望んでいる効果のことを指しますが、副作用で思わぬ悪影響もあるわけです。

例えば、熱を下げる薬は熱を下げることが主作用ですが、胃が痛くなる副作用があったりします。主体性にも副作用があるんじゃないかというのが、最後に触れたい点になります。

主体性の副作用とは、いったいなんだろうか。例えば、こんな状況を考えていただきたいです。会社の美化のためにゴミを拾っている従業員がいたとします。果たして、この人は自発性を発揮しているのでしょうか。

どう思いますか? みなさんの会社でゴミを拾っている人がいた時に、この人は自発性を発揮しているのか。実は発揮している場合もあれば、そうじゃない場合もあります。発揮の仕方が微妙に異なっているんですね。

「無言の圧力」で動かされると、社員のストレスも高まる

伊達:例えば、自発性は「自発的であらねばならない」という無言の圧力が加わっている状態にもなりかねないわけです。そういう会社ってないでしょうか?

先ほどのようにゴミを拾っている人がいたとしても、「拾わなきゃならない」という無言の圧力がある状況で拾っている場合と、自ら進んで拾っている場合とでは意味合いがぜんぜん違ってきます。「拾わなければならない」といった無言の圧力のことを、「社会的圧力」と呼びます。社会的圧力が発生している状況で組織市民行動を取るのは、実はあまりよろしくありません。

社会的圧力がある状況で組織市民行動を取ると、ワークライフコンフリクトと言って、仕事と家庭の葛藤が大きくなったり、仕事へのストレスや離職したい気持ちが高まることがわかっています。無言の圧力がある環境はよくないわけです。

自発性を発揮してほしい気持ちはありつつも、圧力をかけるようになってしまうとむしろ悪影響が出るのは、ある意味で北風と太陽の寓話を思い出させるなと思います。つまり、自発性を発揮する時に、北風のように圧力をかけていくと逆効果なんですね。それよりも、太陽のように自ずと自発性が発揮されやすい環境をいかにデザインしていくかが大事になります。

先ほど挙げた自発性を促すための対策は、マネジメント方針の明確化とその伝達でした。それから、チームにやりとりが必要な仕事を与えて任せることですが、これは環境を提供しているだけなんですよね。

「あとは自由に振る舞ってください」と、間接的に自発性を促していかないと、なかなかうまくいかない。「自発的であれ」と命令したり、暗黙的な圧力を与えても意味がないというか、むしろ逆効果になってしまいます。

さらに、組織市民行動を取るほど、仕事の負荷が高くなってしまうという副作用も知られています。忙しくて過重労働になってしまうので、このあたりはちょっと注意が必要です。

ということで、私からは組織市民行動の研究知見を参考にしながら、自発性を促すにはどうしたらよいかを説明しました。書籍にも「従業員の自発性を高めたい」という項目があります。私の講演の内容が文章で書かれていますので、チェックしていただけるとありがたいです。私の講演は以上で終了です。