組織改善を阻む3つの「壁」

篠田真貴子氏(以下、篠田):ここからは、それぞれこの4つの項目(社会における事業観、人間観、組織観、人と組織の関係)で実際に何が起きているのか……ごめんなさい。その前に、「組織の体質改善を阻むものは何?」というのが今日のテーマなので、少し触れます。

1つ目ですが、今申し上げたようなこの構造や全体観は、けっこう意識しづらいんです。なので、意識しないまま体質改善に手をつけてしまうというのが、阻む1つの構造だと思うんです。

2つ目は、実際の打ち手も「組織の7S」というフレームワークがあります。ですが、組織の箱だけいじるとか仕組みだけ作るとか、組織開発だけをするということではなく、全部に手をつけて成功させるように持っていかないと、本当の意味での体質改善にならないんです。ここが阻む壁の2つ目です。

3つ目が、私はこれが大好きなのですが(笑)。先ほど横山さんの本で指摘されていた「小さな幸せグループ」です。これが、体質改善を阻害しがちであるという指摘なんです。(スライドの)左は本から引用しています。小さな幸せグループというのは、「もはや出世に興味はなく、自分のやり方とペースで仕事をこなし、日常生活の中に楽しみを見つけている少人数のグループ」のことです。

これはこれで幸せなのですが、特にこの文脈においては「ちょっとした変更でも、とかく文句や意義を唱えがち。あるいはひそかにサボタージュをする」ということになってしまうんです。なぜなら、これまで後生大事に作り上げてきた「小さな幸せ」が壊されるのが嫌だから。人である以上、こういう方が出てくるのはしょうがないんです。

「2割の反対派」ではなく「6割の中立派」を仲間に付ける

篠田:実際にこれをどう乗り越えるのか? というのは、事例というか私が「なるほどな」と思って心していることが2つあります。1つはあるIT系の企業で実際にうかがったお話なのですが、「変わりたくない。でも辞めさせないでほしい」というものです。

例えば「介護している親がいて辞めるのは本当に困る。給料が下がってもいいからいさせてほしい」という、こういう小さな幸せグループがそれなりの数いらっしゃいます。なので、そういうグループ向けの制度を作りました。その制度によって、せめて体質改善の邪魔はしないでもらうんです。阻む存在ではなくなっていただくという手を打った例です。

2つ目は、別会社の経営者の方から教えていただいたのですが、「変化が必要だ!」と言った時に、概ね賛成・中立・反対が2・6・2になるとどうしても「反対派の2割をなんとか説き伏せたい」と、感情的に意識がいってしまいます。

ですがそうではなくて、賛成が2から3.5に増えれば変革は進むので、この中立の6割のうちから1.5を取り込んで、中立から賛成に転じてもらうのがポイントなんです。そうすると、残りの中立の人たちもどんどんこちらに寄ってきます。「体質改善のフォーカスは中立な人たちである」ということがすごく大事な教えだったなと思っています。

人的資本経営=組織の体質改善という期待

篠田:ここからはさささっといくつか、先ほどの「社会における事業観」「人間観」「組織観」「人と組織の関係性」について、私がすごく参考にしてきた事例をお伝えしようと思います。

まず「社会における事業観」の中でも「人的資本経営」というのが今のキーワードなので、その話をします。なぜ人的資本経営がキーワードとして出てきているのかというと、無形資産というものが企業価値を決めているからです。そして、その無形資産を作るのがほとんど人だからなんです。

これは数字で見ると、トヨタとTeslaで(グラフの)左側の総資産(工場や土地の価値)と、右側の時価総額(社会の期待値)を比べれば一目瞭然で、トヨタは総資産より時価総額のほうが小さいんです。

Teslaは総資産がトヨタの8分の1、9分の1ぐらいしかないのですが、時価総額は3倍あるんです。「今の社会が企業や組織に何を期待しているか」を、ものすごくビビッドに物語っていると思います。

これ(スライドのグラフ)は、実際の企業価値に占める無形資産の割合が諸外国と比べても日本はすごく低いということが数字で出ています。つまり、そこの期待値が低いんです。ここに対して、『人材版伊藤レポート』というのが一昨年の9月にできました。去年6月の、コーポレートガバナンスコードに反映される基になったものです。

この『人材版伊藤レポート』が何を言っているかというと、人的資本経営というテーマで、(スライドの表の)左側の「もともとこうだった」という世界から、右側の赤い字で示した「こっちの世界に行きたい」ということを示しています。その6項目のうちの3項目は、組織の体質改善の話です。

「いわゆる人的資本経営イコール組織の体質改善である」ということが、もう世の中で好むと好まざるとにかかわらず起きているし、それが私たちの組織の期待値を形作っているんだと思います。

チームをチームと認識する3つの要素

篠田:次が「人間観」のところです。これは私がすごく参考になったなと思っている『THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法』という本です。「チームとはお互いの相互依存関係が日々の活動の中で認識し合える範囲」、つまり人として半ば無意識に「あ、この人たちと共にやっているんだ」という範囲だとして、そこで大事なのはこの3つである(と書いています)。

「安全な環境を作る」「弱さを共有する」「共通の目標を持つ」です。これは言葉として何かを整えるとか、人にわかりやすく報告書を作るというものではありません。「人は半ば無意識のうちに、常にこの3つの大丈夫かな? 大丈夫かな?というシグナルを探して受け取っている」という人間観に基づいて組織の体質改善をしていくということです。

この本でも取り上げられていた研究をイメージが湧くようにご紹介をしようと思います。『GIVE&TAKE 「与える人」こそ成功する時代』などの本を書いたアダム・グラントという方の、出世作となった論文です。アメリカの大学で、卒業生や地域のみなさんに奨学金の基金に寄付をお願いしますと募る、コールセンターがあるんです。

そこのコールセンターで働くみなさんを3つのグループに分けました。今までどおりのグループ1。グループ2は奨学金のおかげで通学できた学生がお手紙を書いて、そのお手紙をマネージャーの方がコールセンターのみなさんに読み聞かせたんです。

3つ目のグループは、実際にその奨学金のおかげで入学して通学できるようになった学生が(コールセンターを)訪問し、5分だけお話をして、みんながいろいろ質問できるというものをやりました。たった5分です。これをやったら、その後1ヶ月でグループ3だけが電話で実際に話している時間が2.4倍、集めた寄付金額が2.7倍に増えたんです。

これぐらい無意識のレベルで私たちは「自分たちは何のためにここにいるのか?」ということを感じ取っていて、それがわかると、これだけパフォーマンスが変わるということなんです。こういう人間観を持つ。

航空自衛隊は「意図を理解する」ところにリソースを割く

篠田前のセミナーで櫻井さんからご紹介したCanの「何ができて、何ができないか?」という機械のような世界観だと、つい私たちはCannotなんてなるべくお見せしないようにして、「いかに自分ができるか」「人間として完璧か」ということを見せたくなってしまうんです。

ですが、今お示しした人間観のもとでは、「できないことがあるのは当然だからそれも明確にするべきだ」、「特に努力してもどうしようもないCannotはみんなあるから、そこはむしろお互いにチャームポイントにして、フォローし合おうよ」という人間観に変わるんです。

次の「組織観」にいきます。一見「え?」と思うかもしれないのですが、組織観においてはこの航空自衛隊の事例がすごく示唆に富むと思っています。詳しくは、こちらの「日経ビジネス」の記事があるので、ぜひ検索して読んでいただきたいと思います。

組織観としては、航空自衛隊はもちろんヒエラルキーがあるし、指示命令系統はもちろんはっきりしているんです。ですが、同時にものすごい速さで戦闘機を飛ばしています。なので、「作戦全体に対する指揮官の意図を、パイロットがよく理解しているのか?」というところ、理解という意味ではフラットである状態を作ることに、ものすごく資源(リソース)を割いています。

これは私たちビジネスパーソンにとっても、すごく示唆があります。その場で決めるものは決めないと乗り遅れてしまう状況に対して、対処できる組織でありたいということなのだと思うんです。これを記事の中でもすごく整理されています。もし良ければぜひ見てみてください。

上司への情報提示に対して部下を萎縮をさせない、ポジティブな声がけ

篠田:もう1つ(この記事から)ご紹介したいのが、危機の状況にあってトップとして判断しなければいけない時に、「日頃からリーダーは聞くこと、示すことが欠かせない」とご指摘なさっています。例えば、何かが起きて「情報をどんどん出してくれ」と言った時に、何人もが同じ情報を持ってきます。

その時に「それはさっき聞いた」と事実だけ伝えると、(その情報を)持ってきた人が次から「これは新情報じゃないかも」と萎縮してしまうんです。ですから、「その情報はほかからもさっき聞いたから、間違いのない情報だね」とポジティブな言葉を付けるんです。これだけで変わります。これも前半でお伝えした人間観と共通するものをお持ちだから、こういう組織運営をされているんだと思います。

「人と組織の関係」にいきます。これは富士通さんの例なのですが、まずパーパスを掲げられました。そうしたら、次に全社員の一人ひとりがパーパスを言葉にする「パーパス・カービング」という研修を開発されたんです。

しかも、それをまずトップである社長と役員がこれやって、トップからだんだんと下の階層に広げている最中だとうかがっています。その社内展開によって、各役員がファシリテーター役を担っています。「これぐらい人と組織、それぞれの価値観がある者同士をつなぐんだ」という意思表明を、例えばこういうかたちでやるんだなと非常に参考になりました。

「感情的に伝える」と「感情を伝える」の違い

篠田:事例のところは駆け足になりましたが、このように体質改善は、過去の事業観に合っていた「クセ」を直すことで、直し方が少しでも進んでいる組織から学びながら取り入れてくるものだと思うんです。

こうした事例を見て、私が共通項として引き出したのは「これからの組織の体質改善は、機械のようなイメージの組織から人間らしさを発揮する組織へ」です。人間らしさには「感情」が欠かせないんです。

では組織の中で感情をどう扱うかというと、実は今日もお申し込みくださっていると聞いているのですが、楽天大学(学長)の仲山進也さんが(スライドに映った)こういうチャートを出されていて、本当にそのとおりだなと思いました。

「感情の自己管理というのは、感情について感情的にならずに扱えるようになること」。これを組織の中で醸成することが、鍵ではないかと思います。ここでおっしゃっているのは「感情的に伝える」、例えば「それは間違っている! ふざけるな!」ではなくて、「感情を伝える」。「そういう言われる方をすると、私は悲しくなります」というように、この違いを理解して実践できるようになることが鍵かなと思いました。

組織の体質改善の本質は「EQ」

篠田:それは実際にどうやるの? と考えた時に、実はEQ(こころの知能指数)というフレームワークがズバリそのものだなと思っているんです。EQというのは、1990年代の後半に、基本的には感情を扱うかどうかということ以前に、ビジネスで成功している人が何をやっているのかを研究された心理学者の方々がいたんです。

自分の感情をコントロールができた上で、ほかの人の気持ちに働きかけることができる能力をEQと名付けたんです。大きく3つの知性からなります。身に付けていくステップとしてはまず「自分の感情や本音を認識して」「他者に関わる」。大きくこのステップです。

それぞれが2つのステップに分かれるので全部で4ステップなのですが、まずは「自分の感情を認識すること」。2つ目が「自分の感情をコントロールすること」です。これはコントロールという言葉になっていますが、その内実は先ほどご紹介した「自分の感情を感情的にならずに伝えることができること」です。

これができるようになると、今度は3つ目の社会性です。他者の感情を感知し、他者の視点を理解するということができるようになる。そして人間関係管理ができる。

これを一人ひとりができるようになることが、組織の体質改善の本質ではないかと思います。実はここは、ステップ1では「聴かれる機会」、右のステップ2では「聴く」というスキルが大事になっているんです。

社員が自律的に働く組織は、「人間中心的な組織」である

篠田:ここまで、「社員が自律的に働く組織って何なのか?」というと、「より機械的な組織イメージから人間中心的な組織イメージである」というのが基にあることをお話ししてきました。ここまで聞いてくださって、本当にありがとうございました。

榎本:篠田さんありがとうございます。コメントでもシイノさんから、「EQはトレーニングができる!」と来ています(笑)。いいですね。ありがとうございます。

篠田:そう。これが希望ですよね。

榎本:希望です。

篠田:本当にそう思います。ありがとうございます。

榎本:ありがとうございます。まさに篠田さんの講演の中で「感情が大事」と出たので、みなさんもぜひチャットで今の感情を出す練習をしていただけるとうれしいです(笑)。よろしくお願いします。

篠田:ネガティブなものでもいいんですよ。「なんか疲れた」とか。

榎本:疲れた(笑)。今日はみなさんにじっくり聴いていただいているなという感覚です。ありがとうございます。ぜひぜひ感情をこのチャットに出すことから始めていただければうれしいです。

チャットで随時質問もしていただけると、後半に私が質問を代読しながら篠田さんや櫻井さんに聞いていきますので、本当に些細なことでも入れていただけるとうれしいです。篠田さん、ありがとうございました。

篠田:こちらこそ、ありがとうございます。