「2冊目の本へ手を伸ばす」ことがしにくくなったコロナ禍の書店

司会者:尾原さん、柳田さん、どうぞよろしくお願いいたします。

柳田佳孝氏(以下、柳田):よろしくお願いいたします。

尾原和啓氏(以下、尾原):よろしくお願いいたします。

柳田:グロービスの柳田と申します。今日はどうぞよろしくお願いいたします。さっそく中身に入っていきたいんですけれども、まず尾原さん。「ビジネス書グランプリ イノベーション部門賞」の受賞、本当におめでとうございます。

尾原:ありがとうございます。

柳田:ぜひ受賞された感想や所感をおうかがいしたいと思うんですが、いかがでしょうか?

尾原:毎年フライヤーさんとグロービスさんでやられている「読者が選ぶビジネス書グランプリ」に、僕は自分の本に限らず、個人としていつも応募させていただいています。フライヤーさんも日々使わせていただいているので、自分が好きな場所でグランプリに選ばれるのは、本当に光栄なことです。ありがとうございます。これは今年で何年目ですかね?

柳田:今年で7年目ですね。

尾原:もう7年なんですね。

柳田:今年はビジネス書グランプリに関連して全国1,300店くらいの書店さんでフェアをやったり、毎年規模を拡大している感じですね。

尾原:そうですよね。特にここ2年は、コロナで本屋さんがなかなか動きにくくなっていたり、どうしても本屋さんで立ち読みする機会が減ってしまっていたり。本屋さんと話をしていると、「2冊目の本へ手を伸ばす」ということがしにくくなってきているんですよね。

本は新しいところに飛び立つことができるもの

尾原:僕にとって本というのは、自分の関心、自分の知の領域を飛地として新しいところに飛び立つことができるものとして、こんなにコストパフォーマンスがいい(ものは他にない)と思っています。そういう意味でまさにイノベーション部門で賞をいただいたわけですけど。

グロービスさんの前で言うのも恐縮ですが、もともとシュンペーターさんが「イノベーション」という言葉を定義された時は、「新結合」という言い方をされているんですよね。つまりイノベーションはゼロから新しいことを作ることではなくて、まったく新しい組み合わせを作ることです。

自分がふだん接しない、まったく新しいジャンルの知の扉を叩くという習慣作りはすごく大事です。なのでビジネス書のグランプリが設立されることは本当に大事なことだと思っています。

ある種価値観が(変化して)、「今までのゲームルールと、もう起きているゲームルールがどう変わっていくか」ということを描かせていただいた本書『プロセスエコノミー』が選ばれたのは、そういう意味で本当にうれしいですね。

『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』(幻冬舎)

柳田:ありがとうございます。今日はぜひ『プロセスエコノミー』の中身に関してもいろいろお伺いしたいなと思っています。一方で、ビジネス書グランプリの文脈にのって、尾原さんは相当ふだんからいろいろな本も読まれていると思うので、ビジネス書の読み方であったり、あるいは「ビジネス書以外だとこういう本も読んでいる」とか、「みなさんこう読んでいったらいいよ」とか、そんな話も後ほどお伺いしていければと思います。

尾原:ありがとうございます。

アウトプットだけでは差別化できない時代に

柳田:今日は『プロセスエコノミー』に関心を持って参加されている方が非常に多いと思うので、まず『プロセスエコノミー』について、いくつかおうかがいしていきたいと思います。

「もう読みましたよ」という方もけっこういらっしゃるかもしれませんが、「(プロセスエコノミーという)ワードに興味があってどんな内容か知りたくて、でもまだ本は読んでいないんだよね」という方もいらっしゃると思うので、ぜひ尾原さんから『プロセスエコノミー』の簡単な概要をご紹介いただきたいんですけれど、お願いしてよろしいですか?

尾原:もちろんです。ちなみにどのくらいの方が読んでらっしゃっているのか。まだ読んでいない方もこれをきっかけに興味を持ってくれればとも思うので、チャット(で聞いてみましょう)。今450名近い方が参加してくださっているんですけど、読んだ方は「はい」、まだの方は「これからです」と入れていただければうれしいです。

柳田:どんどん来ましたね。

尾原:けっこう「これから」が多いですね。逆に僕からするとこれはチャンスなので、ぜひアピールさせていただければと思います。

簡単に説明すると、『プロセスエコノミー』はものすごいシンプルなことを言っているし、今すでに起こっている変化に名前をつけたという話です。『プロセスエコノミー』の逆を考えるとわかりやすいんですね。

僕たちは今までアウトプット、要は完成品を買ってもらっていました。完成品の品質に価値を感じていただいてビジネスをすることが、世の中の常識と思われていました。

しかしここ5年くらい、インターネットが情報社会として加速しすぎて、かつメイカームーブメントと呼ばれるように、誰もが高品質なものを作れるようになってしまったので、アウトプットだけでは他のものとの差別化がなかなか難しくなってしまった。

こだわりが滲み出る「プロセス」そのもので儲けられるように

尾原:例えばわかりやすい話でいうと、スマホは以前は新しいものが出てきた時に、アウトプットの「何が変わるんだ」ということでドキドキしましたよね。テレビとか洗濯機とかを買う時に、昔だったら「どことどこの品質がどうなんだろう」みたいに、ものすごく切磋琢磨していたと思うんですけど、今やどこのメーカーのものを買ってもあまり変わらないじゃないですか。

そうすると何が起こるかというと、品質が変わらないと安さ勝負になるので、儲けにくいヘトヘト勝負になっちゃうわけですよね。

今やアウトプットで差がつかないとすると、むしろそのアウトプットに至るための制作過程である「プロセス」。この中に「自分は何にこだわってこれを作っているのか」とか、今はパーパス経営と言われていますけど、「何のためにこの製品を作っているんだ」というこだわりがプロセスの中に滲み出てくる。

このプロセスで、ユーザーの方にファンになっていただいて、買っていただくということ。場合によってはプロセスそのものに課金をして、プロセスそのもので儲けられるということが(起きました)。

大きいメーカーさんだけじゃなくて、小さな個人でも、アウトプットで戦うのではなく、プロセスの中で味方になってもらって一緒に冒険することでビジネスを作っていける。それを『プロセスエコノミー』として、本を書かせていただいたんですよね。

柳田:ありがとうございます。本当におっしゃるとおりで、アウトプットだけで差別化するのは非常に難しくなっていると思いますし、その中でいかに安売り競争するかという話になってくると、どんどん製品の提供者側もしんどくなってくるかなと思います。このような時代に、すごく希望を持てる内容を出版されたんじゃないかなと、私個人は思っています。

尾原氏の役割は、概念を本にする「セカンド著者」

柳田:先ほど「もともとプロセスエコノミーのような概念はあって」というお話しもされていたと思うんですけれども、尾原さんがなぜこのタイミングで『プロセスエコノミー』を書こうと思われたのか、執筆の経緯や背景をおうかがいしたいです。

尾原:2つ話があって、1つがプロセスエコノミーという概念は僕が考えたんじゃないし、プロセスエコノミーということ自体も、他の方がやってらっしゃるものなんですよね。僕の役割としては、自分のことを「セカンド著者」という言い方をしたりするんですけれども。

例えばありがたいことに元経産大臣の世耕さんから、「以前はネットがネットを上書きするGoogleとかFacebookとかが強かったけど、これからのネット社会はリアルをネットが上書きするような時代になる。日本はすごくポテンシャルがあるんだよ」ということで、これが日本のデジタル化の道標であるという『アフターデジタル』という本を書かせていただいたり。

ちょうど4日前に東芝の社長になられた島田太郎さんが、「じゃあ日本のインターネットの勝ち方として、今のDXはみんなが目的を持って作ろうとするんだけれども、何か新しいものが立ち上がるネットワーク構造を作れることのほうが、DXに近いんじゃないか」ということで、『スケールフリー』という本を書かせていただいたり。

どちらかというと僕自身は新しい概念を作るより、誰かが日本にとってプラスになる次の時代のキーワードを概念として挙げた時に、本にするのはけっこう大変なので、その「本にする」ことをお手伝いさせていただく役割をやっています。

コロナ禍で生まれた「プロセスエコノミー」という言葉

尾原:じゃあ『プロセスエコノミー』の場合はなんだったかというと、7年くらい前からキングコングの西野さんがすでにやられていたり、実はAKBがやっていたりとか、本の中にも書いていますけれども、日本の中ではプロセスエコノミー的なやり方をやっている人たちはたくさんいて。

それを去年、けんすうさんが「プロセスエコノミー」という言葉にしたら、すごい反響があったんです。コロナでは特にエンタメ系の方々だったり、リアル店舗の方々がビジネスに苦しんでいる。コロナだとどうしてもリアルのアウトプットで勝負しにくく、リアルにアクセスしにくくなっていますから。

そうするとリアルで勝負する場所のプロセスの中で、クリエイターの方を応援するという流れができれば、こういったコロナの時期でも、クリエイターの方が自分たちの才能を諦めることなく続けることができるんじゃないか。そういったことを含めて、このプロセスエコノミーというものを、みなさんが「こんなキーワードがあるのか。なるほどね、こっちでいけるんだ」と(気づけるようにする)ために、時代の半歩先に、僕が他の人の代わりに置いたということですね。

柳田:本当に「プロセスエコノミー」という言葉の力が強いなと思っています。この本を読んでみると「確かにこれもプロセスエコノミーだな」と思えるものが身の回りにすごく溢れていて、「こうやって自分はこの商品とかブランドを好きになっていたんだな」と、あらためて自分の認識が変わりました

「社会記号化」することで会話が生まれる

柳田:こちらの本は半年前に出版されたかと思うんですが、この半年間でどのような反響があったか、あるいは尾原さんが当初意図された反応や世の中の変化はあったのか、ぜひそのあたりの感触もお聞きしたいです。いかがですか?

尾原:さっき「言葉にすることによって見えることがあるよね」とチャットに書いてくださった方がいますけど、こういうことを「社会記号化」というんですよね。人間は、何か目の前で起きていたとしても、それが言葉にならないと見えにくいというのがあります。

例えばわかりやすい例でいうと、西洋画の中で雨は霧のように書かれていて、ほとんど明確には描かれていなかった。それがジャポニズム、日本の絵画の中ではザーザーと線で描かれていて、あれを西洋が見た時に初めて「雨ってそうだよね」ということになって、西洋の方々も雨を描くようになったという経緯があります。

特に日本はものづくり大国だから、アウトプットエコノミーというやつにこだわりがあるぶん、こっち(アウトプット)に目がいくんですよね。それがプロセスエコノミーでいいんだと社会記号化した時に、会話ができるということが大事です。

大手の会社さんの中でも、「俺たちも実はプロセスエコノミーがけっこうあるんじゃない?」といった議論がたくさん出てきて、そういった会社さまからお声がけいただいて、(みなさんの前で)お話しをさせていただく機会もすごく増えました。

ファンは、クリエイターの「プロセスの開示」を待っている

尾原:もう1つが先ほど言った「アウトプットじゃないと稼げない」と思われていたクリエイターの方々が、プロセスを開示するということが増えました。美学的にアウトプットで勝負したいから、プロセスを開示するのは格好悪いと思う方が多いんですけれども、実はそういう方こそ、裏側でどれだけ苦しんで考えてらっしゃるか、実はファンはプロセスの開示を心待ちにしているところもあるんです。

実際にクリエイターの方々がプロセスエコノミーとしてそれを開示することで、クラウドファンディングだったり、サロン的なものが発生して、それによって自分がより深く次の作品に入っていけるという転換が起き始めたのは、すごく良かったなと思うことです。

もっとうれしいのが、『プロセスエコノミー』はみなさんに届けるための本として書いたんですが、ページの限界があって、『プロセスエコノミー』の書き足りない部分をみなさんが議論してくださったんです。

本が終着点じゃなくて、むしろ本自体が社会記号化することでみんなに見える化して、みんなが議論してくださることで、本が出た後にどんどん本の内容が深まっていく。そういう現象も起きたことが、すごく素敵だなと思いますね。

商品を通して「成りたい自分」を売るのが今のマーケティング

柳田:今のお話しに関連して、特にものづくり大国の日本はついついアウトプットの品質を求めすぎてしまって、「プロセスを公開するなんてもってのほかだ」という価値観を持っている企業も、まだまだ多いんじゃないかなと思うんです。

今日も参加者にも大企業の方が多いと思うので、特に日本の大企業において「プロセスエコノミーをやっていきましょうよ」というムーブメントを起こすためのポイントやコツがもしあれば、ぜひお伺いしたいんですけれども、いかがですか?

尾原:結局プロセス自体のどういうところにみんなが惹きつけられるかが大事です。それは結局「人が商品を提供している」のではなく、商品を通じて「なりたい自分」だったりとか、「どういう自分に向かっていきたいんだ」ということを売っていくのが、今のマーケティングのあり方だと思うんですよね。

これもグロービスさんの前でお話しするのはお恥ずかしい話ですけれども、マーケティングの父と呼ばれるコトラー先生は、マーケティングを4段階(に整理しています)。正確にいうと去年『マーケティング5.0』を出されて、まだ日本語には訳されていないんですけれども。齢86歳にして5年くらいでマーケティングをどんどんバージョンアップされていく恐るべき方です。その方が、少なくとも今は4段階目だと整理されているんですね。

つまりマーケティング1.0の時代は、世の中に機能が足りていない時代だったから、まずは「『役に立つ』ということを埋めよう」ということで「大量生産で足りないものを埋めていきましょう」と。

それをやっていくためには、4Pと呼ばれる「プロダクト・プレイス・プロモーション・プライス」を考えていきましょうと言っていて、ある程度満ちてきたら、今度は「役に立つ」というのが(注目されました)。「『私にとって役に立つ』と、『あなたにとって役に立つ』はちょっと違いますよね」と。

こういうことを「セグメンテーション」という言い方をして、そのセグメントに合ったプロダクトフィットをどうやって考えていくかということを、「役に立つ」の個別化というかたちでやり始めました。

冒険を一緒にしたいという「共犯者」を作ること

尾原:これもだいたい埋まってくると、今度は「どうせ同じ商品を買うんだったら、会社のビジョンに共感できるところがいいよね」というように、共感を大事にする、ビジョンを大事にする「マーケティング3.0」に変わってきます。でも「単に共感するだけだったらつまらないよね」と。

最終的に「役に立つ」が埋まってくると、人間が何を求めるかというと、「自分が自分らしくありたい」ということです。自分らしくあるための冒険が一緒にできるパートナー、自己実現を一緒に同伴していく関係は、存在としての「ブランド」だと変わっていきました。

この「マーケティング4.0」がまさに会社らしさ、プロダクトらしさと自分らしさを一緒に歩んでいくから、プロセスエコノミーとすごく相性がいいわけですね。

そうだとした時に、会社やサービスがユーザーさんと一緒にどんな姿になっていきたいのかという「パーパス」だったりとか、なぜそういう自分になりたいのかという「Why」がすごく大事になってきて。

なぜ我々は自分らしくありたいのかということを研ぎ澄まして、そこに共感する冒険を一緒にしたいという共犯者の方がどのくらいいらっしゃるか。そこを振り返ってみるのがすごく大事だと思うんですよね。

柳田:「共犯者をいかに作っていくか」というのは、すごくわかりやすい表現ですね。