育休によって組織が「レジリエンス」を獲得できる3つの理由

熊木勝英氏:ただいま(魚返より)ご紹介に預かりました、電通でソリューションを担当しております、熊木と申します。それではここからCHAPTER3、「育休に強い会社こそ、強い会社になってゆく」というタイトルで、育休はうまく活用すれば会社にとってもプラスになるというお話をさせていただきます。

では、具体的に何が組織にとってのメリットなのかと申しますと、「育児休業によって従業員(個人)の幸福はもちろん、それによって会社(組織)の側も変化の激しい時代に対応できるしなやかさ、言い換えるなら組織としてのレジリエンスを獲得できる」というのが、この章で申し上げたい結論でございます。

なぜ育休によって組織がレジリエンスを獲得できるのかについて、大きく3パートに分けてご説明いたします。まず1つ目が、「エンゲージメントと生産性」についてです。

こちらはすでに当たり前の話ですが、少子高齢化によって日本の人口は2000年代にピークを迎えております。そして、労働力人口に至っては1990年代にピークを迎えて、以降右肩下がりが続いております。それに伴って、労働力不足・働き手不足の観点から、一人ひとりの生産性向上が、もはやあらゆる企業共通の課題・日本全体の課題になっていると言えます。

その生産性向上を考えるにあたって、興味深いデータがあります。「生産性向上には従業員エンゲージメントが重要」と書いておりますが、『エンゲージメントと企業業績』という調査報告からの抜粋です。

左側にエンゲージメントスコアと生産性との相関、右側にエンゲージメントスコアと営業利益率との相関について示されています。こちらをご覧いただくと、従業員エンゲージメントが、左側の個人の満足度だけではなく、個人の生産性の向上につながり、ひいては会社全体の業績向上に寄与していることが浮かび上がってくると思います。

男性新卒社員の育休希望率は8割

そしてそれが「個人と会社が最初に出会うきっかけにも実は影響してくる」というのが、次のデータでございます。

「育休を制する会社は採用を制する」と記載いたしました。左側が新卒学生の子育て意識について聞いた質問です。男性の過半数以上が「育休を取って積極的に子育てをしたい」と回答されています。

また、右側は違うデータソースですが、男性新卒社員の育休希望率が、2013年以降右肩上がりになっていて、今は8割弱まで達しているということです。学生・新卒は(会社の)男性の育休取得状況を見ていると言えるのではないでしょうか。

加えて新卒だけの話ではありません。こちらはミドル社員へのアンケート結果を抜粋しておりますが、35歳以上の男性においても、子どもが生まれたら育休を積極的に取得したい人が41パーセント、できれば取得したい人が45パーセント。合計86パーセントの方が育休取得を希望している現状がございます。

これらのことから考えますと、育児休業は企業にとって、約8割の男性従業員のエンゲージメントを高める機会であると同時に、ひいては戦略的に企業の生産性、さらには業績を高めていくための、まさに今目に見えているチャンスなのではないかと私たちは考えています。

育休の経験が、組織やチームの成長に活かせる

続いて2つ目の「リーダーとチームの成長」という視点についてご説明いたします。

ここでは「子を育てる時、職業人として自分も育っている」と記載しております。左側は『人材開発研究大全』の中から抜粋しております。「育児を1つの共通の目的と置いた時に、家庭はチームと捉えられるのではないか?」ということです。その時に、仕事に通じるさまざまなリーダーシップ行動が育つということが、この本の中でも指摘されております。

また、先ほどご紹介いたしました「パパラボ」が実施した『育休を取得した男性従業員への生声アンケート』においても、「この経験は仕事に活かせそうだ」という意見が多く寄せられております。

そして、それは育休を取った個人だけではなく、組織、すなわちチームが育つことにもつながっています。男性社員の育休という1つのアクションは、多様な人が活躍できる組織風土を育むことにもつながります。

また、組織全体に大きく2つの変化が訪れると考えています。1つが育休・育児による不在がもたらす、後輩・後任者の自立と成長という側面です。

もう1つ、マネジメントの役割の1つに「その人にしかできない仕事を誰でもできるかたちに一般化していく」ことがあります。まさにこの「属人主義」を「ジョブ主義」にしていく効果の側面があると考えております。

この2つの側面が、変化の激しいVUCAと呼ばれる時代においては(重要になります)。例えば急に1ヶ月ぐらいメイン担当者の業務遂行が困難になったり、何が起こるのかわからないような時代です。

そういった時に作業が止まってしまうのではなく、変わらず業務を遂行していくためには、チーム作業を見える化・柔軟化し、再現性を持たせたり、持続可能性を持たせたりする。そこを強化することで、急激な変化にも対応できる強靭な組織へと育つことができるというのが、2つ目に申し上げたいことです。

女性の社会進出を先に進めても、女性の負担が増えるだけ

では3つ目です。「社会的評価」の視点についてもご説明いたします。こちらは言わずもがなですが、近年高まっているESGやSDGsの視点を受けて、顧客や株主も「どんな企業か?」という視点で会社を選ぶ時代になっているのではないでしょうか。

例えば昨年の『東洋経済』の特集でも、育休取得率が重要指標の1つになっていました。そういった観点からも、男性育休の重要度は日増しに高まっていると言えるのではないでしょうか。

そして視点を少し変えると、前の章で説明した「働き手不足を解消するために、あらゆる分野で女性が占める割合の数値目標を設定する」など、今後は女性の社会進出がますます重要になってくると思います。ただ一方で、この女性の社会進出にあたっては、さまざまな壁があるのも現状だと考えています。

左側は『グローバルジェンダーギャップレポート2021』から抜粋しております。日本のジェンダーギャップ指数は156ヶ国中120位ということで、これは経済という働き方の領域だけではなくて、政治、教育、医療など、さまざまな分野で女性に壁が存在していることを表しています。

そのため、こういった状況の中で「女性の社会進出を先に進めることによって、男性の家庭進出も進む」という文脈で考えていること自体に、社会や女性にとっての無理があると考えております。

順序としては、このようなかたちが正しいのではないかなと思います。「女性の社会進出のために、まず男性の家庭進出を進めていく」という順番で考えたいなと。つまり、「共働きが増えたから、男性が家事をするようになった」という順番で考えてしまうと、その変化の過程で生じるさまざまな負担を、ある種女性だけに負わせることになってしまうと考えています。

まずやるべきは「男性の家庭進出」

それを避けるためにも、まず男性に家庭進出を促すことこそが最初に取り組むべき問題だと、パパラボは考えました。

さらに社会的評価という視点で考えますと、すべての企業が炎上の時代を生きていると言えるのではないでしょうか。例えば化学メーカーA社がパタハラ疑惑で炎上したり、スポーツ用品メーカーB社がパタハラの裁判を行ったり、証券会社C社がパタハラの問題で炎上したりといったリスクも存在しております。いずれも男性の育休についての会社の対応が問題視されました。

一方で、きちんと対処すれば育休の推進によって社会的評価を上げることも可能だと考えます。例えば積水ハウスさんは育休の最初の1ヶ月を有給化したり、リクルートさんは特別休暇として最大20日間の男性育休を付与したり、住友化学さんは3歳になるまで取得可能な育休制度を作ったりしました。

いずれも、もともとの国の育休制度に加えて、企業が独自の施策・ルールをプラスしている例です。そして、これらの企業には単に取り組む姿勢を見せるだけではなくて、行動や制度として発信し、実際に動いているのを見せることで、説得力を増しているという共通点があると思います。

「育児休業給付金」は国から支給されるものであり、会社が支払う必要はない

ここまでをまとめます。働き方改革、多様性、女性の活躍推進、そして育休も、「どんな企業か?」で選ばれる時代に、社会的な目標を「掲げる」だけでは、不十分ではないかと考えております。

その目標を達成するためにすでに動いているという「行動」で示している企業こそが、社会的信頼を勝ち得ることができるのではないかと私たちは考えました。

最後にプラスアルファの要素ではございますが、コストパフォーマンスについての視点も付け加えさせていただきます。コストパフォーマンスというと若干難しいですが、要は「育児休業期間中は会社からの出銭が減るよ」ということです。

まず国の制度としての育児休業は、有給休暇ではなく無給休業です。なので取得者がもらえる「育児休業給付金」は、国から支給されるものであって、会社が支払う必要はないということです。

変な言い方になってしまうのですが、出産に伴って従業員が休む時に、有給休暇で休むと会社は給料を払わないといけません。ですが無給休業、すなわち育休で休んだ場合は給料の支払いが発生しないんです。

会社にとって育休とは、国のお金を使って従業員の育成ができる機会

しかも給料だけではなくて、毎月従業員と会社が折半して国に納めている社会保険料についても支払いが免除されるということです。なので、同じ期間を休むのであれば育休で休むほうが、実は会社から出ていくお金は想像以上に減ると言えるのではないかなと思います。

そのため、その浮いたコストを単純に会社にプール(貯蓄)してもいいと思いますし、空いた穴を埋めるための人件費や賞与、残業代に活用することも可能です。残された社員のエンゲージメントを高めるために使うことができるので、コストパフォーマンスも高くなります。

出ていくお金が減るだけではなくて、実はそれ以上に助成金が支払われることもございます。こちらは厚生労働省の両立支援等助成金という制度です。いくつか条件があるのですが、男性社員が育休を取得した際に、特に中小企業に手厚く支払う制度もあります。

先ほど「育休によって従業員もチームも強くなる」という話をさせていただきましたが、実はそれに掛かる金銭的なコストは少なく、むしろ社員に対しても会社に対しても国から補助金が用意されており、冒頭で魚返も申し上げたように、日本の育休制度は世界でも有数の手厚さとなっています。

この辺りをきちんと理解していただくと、より推進に前向きになるのではないかなと思います。これは言い過ぎかもしれませんが、例えるなら、国のお金を使って従業員の育成をしているようなものと言えるのではないかなと思います。

育休によって得られるレジリエンスに対して、実は金銭的なデメリットは少ないのではないかということを、補足として付け加えさせていただければと思います。

男性社員の「障壁」を、どうやってクリアしていくか

以上で「育児休業は会社にとっても、強靭さの獲得というメリットがある」ということについて、ご説明させていただきました。ここまでのお話で、会社にとっての育休の価値を少しご理解いただけたのではないかなと思います。これこそが会社にとっての育休取得推進の第一歩かなと思います。

とはいえ、取る側の男性社員には、まだまだ壁があるのが現状かと思います。例えば心理的障壁。なんとなく取りにくい雰囲気や、「職場で冷遇されるのではないか?」など。実務的な障壁は、「俺が不在で仕事は回るのだろうか?」「復帰後ちゃんと活躍できるのか?」といったことです。

あとは経済的な障壁です。「給付されるとはいっても、給付金だけで家計は大丈夫なのか?」など、それぞれの会社にとって、それぞれの従業員にとって、固有の多種多様な障壁がまだまだ存在しているのも事実かと思います。

これこそがこのウェビナーで取り上げるべき問題だと思いますが、そういった状況の中で固有の障壁をどのようにクリアして育児休業を推進していけばいいのか? について、お話をさせていただければと思います。

まずは結論から申し上げますと、「組織ごとに、個別最適解しかない」というのが現状です。身も蓋もない言い方になってしまいましたが、「その組織特有の課題をあぶり出し、オーダーメイドの解決策を処方するしかない」というのがパパラボの見解です。

では、どうやってオーダーメイドの解決策を導くのか。そのお手伝いをどうパパラボや電通ができるのか? について、ここからは話者を変えて、同じくソリューションを担当しております服部から説明させていただきます。

続きの記事はこちら