めがねでもコンタクトレンズでもない、老眼用の「目薬」?

ハンク・グリーン氏:年を取ると、近くの物に焦点が合いづらくなります。加齢に伴う遠視、つまり医学用語で「老眼」と呼ばれる自然現象です。

これは、加齢と共に目の水晶体が厚くなるため、近くや遠くを見る際に筋肉の働きで水晶体の厚みを調整することが難しくなるためです。

でも、心配はありません。眼科へ行けば、めがねやコンタクトレンズ、レーザー手術など、対処法が潤沢にあります。そしてこのたび、びっくりするような対処法が新たに加わりました。老眼用の目薬です。では目薬を垂らすだけで、視力はどのように改善するのでしょうか。

これは、シンプルな光学原理が元になっています。例えばめがねは、レンズをもう1枚加えることにより、目の中に入って来る光の屈曲を補正します。

目薬の働きはこれとは異なり「ピンホール効果」という現象を利用します。

実用化には至らなかった「視力を一時的に向上させる医薬品」

「ピンホールカメラ」という装置があります。これは小さな穴を通過した光を画像として記録するもので、日食観測で使ったことがある人もいるかもしれませんね。

原理は、見ている物から反射した光が小さな穴を通って一つの方向に絞られることにより、像を結ぶというものです。穴が大きい場合は光は拡散してしまい、像はぼやけます。

医薬品を使って瞳孔を縮めると視力が一時的に回復することは、昔から知られていました。虹彩が収縮して瞳孔が縮むことで、カメラの絞りと同様の効果が得られるのです。

しかし、遠いものと近いものへの焦点を同時に合わせることができる一方で、穴が小さくて取り入れられる光の量が少ないため、暗い場所の物を見ること、もしくは撮影することが困難です。そのため、瞳孔を絞って視力を一時的に向上させる医薬品は昔からありましたが、実用化には至っていませんでした。

緑内障治療薬の副作用で、近視視力が上昇することが判明

2021年米国では、アメリカ食品医薬品局により、老眼治療に「ピロカルピン」溶剤の使用が認められました。ピロカルピンは、もともとは上昇した眼圧を低減させる緑内障治療薬として使用されていた医薬品で、昔から使われてきた信頼性の高い薬です。

しかし、瞳孔が縮む効果は副作用とみなされていました。ところがこの効能が、「バグ」ではなく「仕様」だと認識されたのです。

ピロカルピンの老眼治療使用の臨床実験は2回実施されました。750人が治験に参加し、一方の群にはピロカルピンの点眼が、もう片方の群には偽薬の点眼が30日間続けられました。すると、点眼後15分で近見視力の上昇が認められ、効果は6時間継続しました。

ピロカルピンの点眼を受けた治療群のうち約30パーセントが、「近距離視力評価チャート(視力検査の表)」の小さな文字を3段階多く認識できました。偽薬の点眼を受けた対照群では、これは約10パーセントでした。

1日1滴の点眼で6時間効果が出るものの、副作用の懸念も

また、遠い物を見る力に低下がないことを確認するために、遠見視力の治験も行われました。

以前から知られるピロカルピンの副作用以外にも、眼球の毛様体筋(もうようたいきん)が水晶体の焦点を調整しづらくなる懸念があったのです。しかし、「遠距離視力評価チャート」の文字を認識する被験者たちの視力は、1段階以上衰えることはありませんでした。

とはいえ、この医薬品には制約があることは確かです。治験で観測された1日1滴の点眼で継続するのは、丸一日ではなく6時間です。

また、頭痛・目の充血などが副作用としてよく見られました。

虹彩が絞られるため、夜間や薄暗がりでは見えづらい可能性があります。

対策としては、片方の目だけに点眼することが考えられます。老眼治療の点眼薬は、まだ開発が始まったばかりです。今回紹介した医薬品以外にも、ピンホール効果を利用した医薬品は複数開発されています。加齢に伴う水晶体の硬化を緩和する点眼薬も研究が進められています。

点眼薬がめがねの代わりになる日はまだ来ませんが、可能性のある医薬品がこうして1つ生まれたことですし、近い将来にはもっと選択肢が増えるかもしれませんね。