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高橋俊介氏 インタビュー(全2記事)

何十年も働いてきたベテランにとって「リスキリング」は綺麗事 10年先の仕事が見えない時代のキャリア考

デジタル化や自動化の進展にともなう社会環境の激しい変化によって、自身のキャリアに不安を抱えるビジネスパーソンが増えています。予測困難な時代において、納得のいくキャリアを選択するためには、どのように意思決定をしていけばよいのでしょうか。本記事では、キャリアや組織論を専門とし、キャリアに関連した著書を多数出版されている慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任教授の高橋俊介氏に、好きを仕事にしないほうがいい理由や転職時の意思決定の仕方などをお聞きしました。

これまで蓄積された「キャリア理論」が崩れたVUCAの時代

ーーデジタル化や自動化が急速に進み、先行きが見通しづらいVUCAの時代と言われていますが、「キャリア」という観点で見た時、VUCA前と比較をしてどのような変化があるのでしょうか。

高橋俊介氏(以下、高橋):VUCAという言葉は最近出てきた言葉ですが、想定外の変化や変化のスピードの速まりは何十年も前から少しずつ起きています。私がキャリアの研究を始めてから20年以上が経ちますが、問題意識としては21世紀の入り口手前あたりが1つのターニングポイントだったと感じています。

例えば、山一證券が破綻した1997年。年明けには長銀(日本長期信用銀行)も破綻しました。あるいは日本を代表するような大手メーカーが、1万、2万人規模の退職勧奨をしたのもだいたいこの頃です。私はそのあたりで、「21世紀のキャリア形成は相当変わってくる」と感じて、2000年に『キャリアショック』という本を出しました。

「キャリアショック」は私の造語ですが、今まで積み上げてきたキャリアやこの先に予想していたキャリアが、短期間のうちに崩れ去る状況を指します。当時、「えっ」という想定外の変化が21世紀は非常に増えると指摘しました。その想定外の変化が徐々に激しくなってきて、VUCAのような言葉が出てきたのだと思うんですね。

ーー「キャリア」領域における想定外の変化は、1990年代後半から始まっていたということですね。

高橋:キャリア理論は、1960年代から80年代ぐらいにかけてアメリカで蓄積されました。その1つが、どの仕事に就くのかの「マッチング」です。ジョブマッチングによって、本人の満足度や企業側のパフォーマンスが変わると考えられてきましたが、今はそのマッチングの重要性が減ってきていると思います。

マッチングと並んでキャリア理論で重視されたのが、どの仕事に就くのかという「キャリア設計」です。私はこの「マッチング」と「キャリア設計」の2つの考え方が根底から崩れたのが、VUCAの時代だと思っています。

好きを仕事にしないほうがいい理由

高橋:「マッチング」を考える際に、注意しないといけないことがあります。よく「好きを仕事にしろ」と言われますが、私は「好きなことは仕事にせず、趣味にしろ。そして、向いていることを仕事にしろ」と言っています。

就職と結婚は若干似ているところがあって、「好きなタイプ」と「結婚してうまくいくタイプ」は違いますよね。好きなタイプだと思って付き合っても、「だめだ。この人とは一緒には暮らせない」という経験をしたりする。

例えば人生に対する価値観が根本から違っていたら、見た目が好きなタイプでも結婚は無理ですよね。経験でそういうことを学んで、打算とかではなくて、どういう人と結婚をすると本当に幸せになるのかという結婚観を持つようになる。

仕事もそれと同じです。私も人のことは言えず、鉄道好きだったので、最初に国鉄(日本国有鉄道)に就職したんですね。その時に「あ、鉄道が好きなのと、鉄道の仕事が向いているのはぜんぜん違うんだ」と1年で思い知ったわけです。つまり、「自分に向いている仕事が何かは、やってみないとわかりませんよ」ということですね。

また「好きなことは趣味にしろ」というのは、例えば、中学生が大空を自由に飛びたいから「将来パイロットになりたい」と言いますよね。でも、今のパイロットはどう飛ぶかの数値を入力することが仕事であって、飛ばしているのはコンピューターです。ですから、本当に大空を自由に飛びたいなら仕事にしないで、お金持ちになって趣味で自家用飛行機を飛ばしたらいいという意味で言っています。

1つのキャリアで突き進むと「大変なことになる」時代

高橋:「キャリア設計」については、今12歳の小学生に「あなたは社会に出たらどんな仕事をしたいか」と聞くのは愚問だと言う学者さんもいます。10年後には今ある仕事の半分はなくなり、半分は今では想像もできない仕事になっている可能性がある。もっと言えば今自分のいる会社がどうなっているかもわからない。もし潰れなかったとしても、少なくともビジネスポートフォリオは変わる。

例えば今、総合商社では資源関係で30年近くやってきた人たちが50歳になり、何十人もまとめて「小売やサービスにいってくれる?」ということが起きています。彼らはそんなことを考えてもいなかったわけで、やる気をなくしてしまう。

「リスキリング」なんて綺麗事の言葉です。何十年もやってきて、ある日突然会社都合でこっちに行ってくれと言われ、そのためのリスキリングを「はい、やってね」と言われてもふざけんじゃないよという感じですよね。

そんなことが、そこら中で起きています。その現状を目の当たりにすると、1つのキャリアでずっと突き進んだり、なおかつそれを計画的に行うということはできないし、それをやっていると「大変なことになる」と今の若い人たちはわかると思うんです。

中長期的なキャリアゴールを持つこと自体が悪いとは言いません。我々の調査でも、5年後10年後の具体的なキャリアゴールを意識してきた人の現時点でのキャリア満足度は、相関係数でいうと一応プラスです。でも0.1とかで、ほとんど有意性がありません。なので、「まずキャリア目標ありき」という考え方をすべて捨て去っていただきたいと思います。

“心の利き手”を活かすと、向いている仕事になる

ーーこれまで長くキャリア理論で重視されてきた「マッチング」と「キャリア設計」の重要性が減ったり、意味をなさなくなった今、私たちはどのようにキャリアを考えていけばいいのでしょうか。

高橋:大きく2つのことをクリアしないとだめだと思っています。1つは今やっている仕事に意味を感じられるかどうか。社会のためになることでも、お客さんのためになることでも、あるいはちゃんと会社の儲けにつながっていることでもいい。やっぱり意味を感じない仕事って嫌じゃないですか。

この時、仕事自体が意味を感じさせてくれる部分ももちろんあると思いますが、自分が仕事に意味を込めることが大事になります。「この仕事をこう行うことで、こういう意味を感じられる」と、仕事を自分の土俵に持っていくということです。

そして、もう1つ。一番大事なのは仕事に自分の内的動機を使っているかどうかです。意味や価値観は環境やライフステージによって変わります。例えば、お金が人生で一番大事だと思っていたのが、ある時からそうじゃないと考えるようになることもありますよね。だけど内的動機は、心理的な傾向や志向性なので、そんなに変わらないんですね。

ユング派の人たちは、よくこれを"心の利き手”と言います。利き手、利き足と同じように、自然に使っている心的機能があるんです。例えば人の話を聞くことだって、利き手の人は誰かが話していることがスーッと入ってくるんですが、利き手じゃない人は「今この人の話を聞かなきゃいけない」と集中し続けないと入ってこないんですよ。

そして、この内的動機が自分の向いていることにつながります。

仕事に自分を合わせるのではなく、仕事を自分のスタイルに引き込む

高橋:例えば達成動機の強い人が営業になったら、「我が営業所で歴代誰も落とせなかった、あの会社の社長を俺が落としてやる」みたいに、自分の中で高い目標を作っちゃえばいいわけですよ。常にエベレストを征服するイメージで営業をやることが、その人にとっては向いた仕事になります。だけど、その人が上司になった時に、部下にそれを押し付けてはいけません。部下の目標はぜんぜん違うかもしれないわけですから。

それからパワー動機というのがあります。これも大企業の変革などを成功させた人によく見られる動機です。要するに、説得してイエスと言わせるドライブがすごく強い人。こういう人は「最後に自分から買わせたい」という気持ちが自然に現れて、クロージングに強い営業になります。

闘争心の強い人もいますね。例えばスポーツでもボクシングのような対戦型だと燃えるとかね。相手に勝ちたいという気持ちが強い人が営業になったら、「同期のあいつには絶対負けない」とか、「コンペであの会社を絶対負かしてやる」とか、常に仮想敵国を意識すると自分らしい営業ができます。

そして、エンパシー(感応性)が強い人。相手の表情や身振り手振りを観察して、この人の気持ちを知りたいというドライブがある。こういう人は、駆け引きとか心理戦を営業で武器にすればいいわけです。

それから感謝欲の強い人もいます。人から感謝されるのが大好き。こういう人は、人に「ありがとう」と言われたいから、見た目がだいたい親切そうなんですよ。そういう人はお客さんにかわいがられる営業になる。

これだけでも5つくらいあるわけです。自分の強い内的動機を使って、仕事を自分のスタイルに引き込むことができれば、それが向いている仕事になります。仕事自体が向いているとかではなく、得意能力を使って仕事をしているかどうかが、向き不向きなんですね。自分のスタイルで何ができるかを試していくと、意外な仕事が自分に向いていることに気づくこともたくさんありますよ。

「キャリア自律」に近づくためのリフレーミング

高橋:「仕事に意味を込める」、そして「内的動機を使う」。その上で、特にVUCAの時代では、仕事の「リフレーミング」が大事になります。例えばインタビューの仕事であれば、与えられたシナリオを順番に聞き出すのが私の仕事と定義するのと、シナリオと関係なく、キャッチボールをしながらその人の持っているおもしろいネタを引き出すのが自分の仕事だと思うのとでは、フレームが違うわけですね。

そういった仕事のフレームを変えることをリフレーミングと言います。リフレーミングのためには、新しいスキルの取得や勉強が必要になりますが、そういった新しい学びをふだんから継続して行うことで、結果として「その人らしいキャリア」になる。基本はそれなんです。

仕事も学びも受け身ではなく、主体的に行うことがまず必要です。仕事の主体性が学びの主体性につながる。その連鎖の中で次の景色が見えてくるというのが、キャリア自律のコアパートになります。仕事自体がどんどん変化していくVUCAの時代は、それが特に大事になります。

ーーこれからのキャリア形成においては、「主体性」が重要になるということですが、主体的なキャリア形成には転職なども含まれると思います。転職のようなキャリアの岐路で、納得のいく意思決定をするためには日頃から何を意識すればいいのでしょうか。

高橋:意思決定は重要です。例えば会社で、「君、こういう話があるけどやってみたい?」と言われた時に、「ぜひやらせてください!」と言うのか、「いや勘弁してください」と言うのか。あるいは、今はいろんな会社に社内公募の制度もありますから、どこかに手を挙げるのか挙げないのかとか。

最近は転勤も一方的ではなく、「こういうチャンスがあるんだけど、転勤が必要になる。君はどう?」と聞かれることもあるでしょう。そのように意思決定の場面は必ずあります。その時にどうしたらいいか。基本的に、意思決定というものは合理的には決められません。

転職の意思決定は、合理的に行ってはいけない

高橋:1999年に心理学者でスタンフォード大学教授のジョン・クランボルツ教授が、「キャリアは思ったとおりにはデザインできない」という論文をアメリカのカウンセリング学会誌に発表しました。「計画的偶発性理論」と言いますが、日本に比べて自分の意思で転職が可能なアメリカで500人の面接調査をした結果、個人のキャリアの過半数は「偶然のできごとに左右されている」というものです。

いい偶然に恵まれて、より満足度の高いキャリアになる人と、いい偶然に恵まれない人がいる。クランボルツ理論では、その違いはふだんの行いの違いだと指摘しています。自分にとっていい偶然が起こる確率が上がるような行いをふだんからしている人としていない人がいると。

そして、していない人の典型が「すべてを合理的に意思決定できると思っている人」なんです。例えば、自分が次にやりたいことのために便宜を図ってもらおうと、人事権を持つ人には親切にするけど、そうではない人のことは「関係ないからほっとけ」と考える人とか。短期的な損得でものを考えている人は、中長期的には損をする人が多いんですね。ふだんの行いが大切だと。

では、合理的に意思決定をすると何が起きるか。将来の自分のキャリアのために上を目指すとして、こっちの道はとりあえず上がっていくけど、こっちの道は横に行くと。じゃあ登っていく道のほうがいいんじゃないのと言ったって、その先で下っているかもしれない。そして、実際に下ってしまったりするんですよ。

例えば100の要素がある中で、そのうちのせいぜい30ぐらいしか見えていないわけです。その30もいいほうと悪いほうが均等に見えていたらまだいいんですけど、だいたいどっちかの道はいいほうばかりが見えて悪いほうは見えない。逆にこっちは悪い面だけが見える。意思決定の時は非常に偏った情報だけが見えるんですよ。そういう状態で、合理的に意思決定をしようとすると、裏目に出ることが多いということですね。

意思決定に役立つ「直感脳」の鍛え方

高橋:では、合理的ではなく、どう意思決定すればいいのか。2001年にそのクランボルツ教授と同じスタンフォード大学のハリィ・ジェラット博士を日本に呼んでシンポジウムをやりましたが、そのジェラット博士は「直感」と言っています。さらに、「人間は直感的能力を鍛えられる」と。

ユングの心理学では、脳の機能はシンキング(thinking)とイントゥイション(intuition)の両方があると言っています。シンキングが論理的思考で、イントゥイションはクリエイティブな直感ですね。

ところが、会社や業種にもよりますけど、ビジネスの世界で論理脳ばかりを使っていると直感脳が弱ってくるんです。そうすると、いざという時に直感脳が働かず、論理に走ってどつぼにはまってしまうと。

昔、大前研一さんが『右脳革命』という本を書いていますが、大前さんいわくじゃないですけど、若い頃は直感力を鍛えるようなことを自然とやっています。その典型が妄想で、例えば今日が初めての彼女とのデートで、もうすぐ彼女と会うと。まずは映画かな。あの映画だったら、どんな雰囲気になるかな。その後どこにお茶しに行って、彼女はどんな反応をするかなとか。

これを脳科学の世界では「感情予測機能」と言って、この機能が強いほうが直感が当たる確率は高まるそうです。

例えばどこかの会社に面接に行って、なんとなく雰囲気を見ますよね。もちろん面接で具体的な話も聞くけれども、それ以外の面接官の話の感じとか、社内の人たちや職場の雰囲気を見る。違う会社の面接でも同様に見る。

そして、どちらに転職しようかと考える時に感情予測機能を使うんです。その会社で日々働いている自分の将来を妄想するわけです。その時に、自分の感情がどうなっているか。暗そうとか、生き生きとしていそうとか。そういう習慣を持つことが直感力の向上につながり、意思決定を必要とする場面で役立つと思います。

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