2022年以降、人事に求められる「新たな役割」の具体例
斉藤知明氏(以下、斉藤):ではQ&Aに移ります。まず1つ目のご質問です。「(先ほど投影されたスライドの)『新たな役割』について、具体的なイメージを持ちたいので、ご解説いただきたいと思います」とのことです。
小野隆氏(以下、小野):実は、これはグローバルのデロイトで検討したり、定義をしたりしているものもあるんです。なので、全部が全部「今ある役割」というわけではないんですね。グローバル企業でも、これから取り組むものだという前提で少しお話しさせていただきます。
例えば「ワークフォース・エクスペリエンス・アーキテクト」というのは、従業員の方々がどんな体験を自社の中でしていくのか? ということです。これは「エンプロイーエクスペリエンス」みたいな言葉でよく語られます。自著でも書いていますが、マーケティング用語でいうと「ジャーニー」ですね。自社の中で、どんなジャーニーを過ごすと、よりやりがいが出てくるのか? ということです。
あるいは、ワークフォースを組む時、要員を構成する時に、自社の方だけではなく、外部からギグワーカー、アライアンスパートナーと連携していく。このように、どう連携していくと仕事が達成できるか? といったところをデザインする人が、この「ワークフォース・エクスペリエンス・アーキテクト」だと思っています。
それから「ソリューション アーキテクト」はどちらかというと課題解決ですね。どちらかというと、テクノロジー寄りのイメージです。例えばタレントマネジメントのシステムだったり、あるいはUniposさんのような、それ以外のものも含め、ソリューションをどう構成していくと、自分たちがやりたい人材マネジメントができるか。新しいものを取り入れられるか。こうしたところを構想する人のイメージです。
変わりゆく「人事」のスタンス、予想される2パターン
小野:それから「プロダクト マネージャー」や「スプリント リード」というものは、アジャイルスクラムの概念が入っていると思います。「スプリント リード」は、いわゆるスクラムマスターのイメージです。プロジェクトを組成した時に、プロジェクトマネージャーよりもメンバーの主体となって、みんなをサポートしながら前に進めていくのが「スプリント リード」です。
あと「Digital HR Integrator」や「Augmented HR Specialist」というものは、まだ定義としてもふわっとしているので、説明は差し控えたいと思います。
斉藤:それぞれの用語が、プロダクト開発チームや、事業開発チームで聞くワードですよね。どんどん事業成果を出すため、あるいはそういうプロジェクトを完遂するための役割が求められる。かつ、オペレーショナル型のところからどんどん課題解決できる人材になっていかないといけない。
こういった能力が必要になってくるんだなと、メタ的に理解しました。ありがとうございます。
では、続いての質問です。そもそも人事という組織があることと、各部門に人事機能を取り込んでいくことの、両方のケースがあると思います。それこそ、とある自動車メーカーの会社さんも、全社人事がある中で、カンパニー人事や部門人事があって、連携をされていると思うんですね。
「部門ごとに人事機能を獲得していくことと、全社でこういったファシリテーションをすること。どちらが効率的だと思われますか?」とのご質問です。
小野:そうですね、ここは悩ましいんです。「そもそも人事いらないんじゃない?」という議論があるのは認識しています。私もビジネス側の人間なので、ある意味、自分が人事をやるという気持ち・覚悟でいるので(笑)、「人事いらないんじゃない?」って思ったりはしますが。
とはいえ、例えば労務関係のスペシャリストのように、サポートを期待するところはありますね。全社としての統合的な、自分の部門では手が及ばないようなテーマがあると思うんですよね。先ほどのワークスタイルやカルチャーを変えていくことなど、そういったところではやっぱり助けてもらいたいと思います。
組織の中に「HRの機能」をどう配置するか
小野:でも、それは「人事じゃなくて、経営企画が担えば良いんじゃない?」という話も、もちろんあると思います。先ほどから、私は説明の中でも「人事部」ではなく「HR」という言葉を使っていたと思います。私は常々言っているのですが、会社を運営していく中で、何らかのかたちで「HRの機能」というものが必要だと思うんですよ。
機能をどう配置していくのか? という議論はいろいろあると思います。だから例えば「うちでは人事部は設置していないけど、それを経営企画と現場と、オペレーションの給与計算はBPOで任せています」といったものも、形式としてはあり得ると思います。でも、HRの機能そのものも高度化して、どんどん拡張していく必要があると思いますね。
斉藤:そうですよね。おそらく現場に(HR機能を)入れたほうが、特定の現場のことを理解しやすくなるんですよね。でもそれだと、全体感のことはわかりづらくなる。
でも「現場のオペレーションコストを最小化させたい」「生産効率を上げたい」といった課題に対しては、全体感はあまり必要ない。その場合、各部門にHR機能を内蔵させたほうが良いという意見になるでしょうね。
そうではなくて「部門間連携も含めて、全体感を通して生産性を向上させる」という課題があるのならば、3つの部署を横断してHR機能をプロジェクトとして組成すべきだという話になります。
何も中央集権でHR組織をドカンと作らないといけないという話ではなくて、HRの機能を経営の課題に合わせて、プロジェクトとして組成する必要があるんじゃないかという意見ですよね。確かに「HRいらない」となると、結局は「一人ひとりでがんばってください」になってしまいますもんね。
小野:このご質問も、HRの機能は必要だが、組織論(としてどのように配置するかという)話だと思います。そこは、今お話ししたように、正直いろいろあり得ると思います。
長年従事する人事のマインドセットはどう変える?
斉藤:ありがとうございます。次も難しい質問ですね。「長年、オペレーション人事に精勤してきた人事の方のマインドセットを変えることはなかなか悩ましいと思います。みんなで共感して『やっていこうぜ』と巻き込んでいくためには、どうしたら良いのでしょうか?」という質問ですが、まったく同感です。こちら、どうでしょうか?
小野:現実的に動こうとすると、こういう課題が出てきますよね。悩ましいなと思っています。考え方として、長年オペレーションでやってきた方が、例えば戦略的なことに移るとした時、その方にとってそれがハッピーなのか? という観点もあると思うんですね。「オペレーションを追求したい」といった方向感も、当然あるだろうと。
だから、今いらっしゃる人事の方だけでなく、ビジネス部門から人を引っ張ってきたりして人事組織を組むこともできると思います。そこのプールは少し広く考えている会社もあります。
でもそれを前提として、今いる方をどう変革していくのかという話ですよね。やはりどうしても「高度化」の前には「効率化」が進みます。その部分で、自分の仕事がなくなる危機感から、「あまり協力したくない」という話はよく聞くんですよね。
なので、会社・組織としての期待で「こういう高度なこともチームとしてやって欲しい」あるいは「先端的なことをやっている」といったことを伝えながら、まずは効率化に取り組んでいただく。
このご質問のように、マインドセットがなかなか高度化へと変えられない場合は、やっぱりロールモデルを作ることです。すでに移行して活躍している方の姿を見て「自分もできそうだな」と思ってもらうんですね。本の中でも「与党・野党・無党派層」みたいな話をさせていただいているのですが、これは少し難しいかもしれませんね。
あるいは、やっぱりプロジェクトの中に入っていただく。そして、そのロールモデルの方なり外部のコンサルなりが、丁寧にやり方を指導していく。だいたいはマインドセットだけではなく、スキルも十分に備わっていないんですね。リスキルをしながら仕事に慣れていただいて、徐々に移行していく。これは、実際の策として効果的だと思います。
「人事」も「現場」も理解した人材を生み出すために
斉藤:「HRの機能」についてのスライドにも、「HR Ops」としてオペレーション処理や改善も今までどおり含まれていますよね。ここを主対象化していくというDXもあり得るでしょう。一方で、新しい役割が必要になった時、HRの機能の中へ、事業部の人に異動してきてもらうことはよくあるんですか?
小野:その会社のHRのローテーションの考え方によると思います。多くの会社で、だいたい2種類に大別されますね。「人事人材になったら、ずっと」という会社もありますし、事業部、ビジネス側とローテーションしていくケースもあります。
なので、どちらかというと「人事は人事」というキャリアパスを上がっていくような会社さんの場合は、もう少し意図的なローテーションも必要かなと思います。
先ほど斉藤さんがおっしゃられたとおり、ビジネス側とのローテーションなどですね。つまり「人事もわかるけど、現場もわかる」「現場もわかるけど、人事もわかる」といった人を作ろうとすると、やはり体験したりアウトプットしたりすることが必要だと思うんです。
斉藤:なるほど、やっぱり両方とも必要なんですね。全体感も必要だし、現場の課題感を解像度高く理解していることも重要。だからこそ先ほどの、人を入れ替えちゃうことも含めて検討していくべきですよね。
「オペレーションすることが得意だし、好きです」という人に、いきなり「戦略的なことを全部やってくれ」と育成していくよりも、実はそっちのほうがコストが低いかもしれない。こういう考え方もあると、聞いていて思いました。
組織のパーパスと個人のパーパス、100%マッチはしない
斉藤:では、続いての問いです。「ヒューマンエクスペリエンスや個人の自立のところで、個人のやりたいことをデザインして、それと会社の仕事が連携できないと、会社の存続に影響があるという点に課題感を持っています」というものです。
個人のやりたいことや楽しさは多様化している。会社としてもそれに向き合わないミッションは難しい。とはいえ、(会社としても)確固たるものがあります。
ここ(会社のミッションと自分の楽しさ)を接合できない人たちは「去るもやむなし」なんでしょうか。それとも、うまく折り合いをつけるために、どこまで労力を払っていくべきなんでしょうか? という、けっこう答えが出にくい問いだと思いますが(笑)。いかがでしょうか?
小野:これは実は、私自身も悩んでいます(笑)。
斉藤:(笑)。
小野:個人のパーパスと、会社のパーパスがマッチしないのであれば……難しいですね。結局、100パーセントかぶっている必要はないかなとも思っていまして。組織のパーパスと個人のパーパスが、どれだけ重複する部分があるのかということだと思うんですよね。
100パーセントかぶることは、たぶんないですよね。後5~10年も経てば、個人としてやりたいことがある場合「この組織ではこれを実現する、この組織ではこれを実現する」といったかたちになるかもしれないですね。
なので、ちょっと概念的な話で恐縮ですし、私の中で、まだ解があるわけではないのですが。パーパスがかぶるところが多少なりともあるなら、そこをお客さまや仲間と一緒に実現できるような取り組みをしたい思ってもらう。(では)どうやって、そう思ってもらうか。それを対話を通じて、どうやって考えていくのかというところが、すごく大事だと思います。
あとは組織のパーパス自体も、魅力的なものを打ち出せているか。ちゃんとコミュニケーションできているのか。私もそうですが、ここは考えなきゃいけないポイントだと思いますね。
会社とパーパスが不一致な場合、退職するしか道はないのか?
斉藤:おもしろいコメントを書いてくださっていますね(笑)。「(パーパスが)マッチするほど明確さがある方は、起業するんじゃないか」って。
小野:そうですね。そう思います(笑)。
斉藤:たぶん「完全合致」はないんです。でもきっと「完全不一致」もないんですよね。まったく重なりがゼロっていうことはなくて。そうなった時に、共感できる人や「うちでやっていること、ちょっと誇らしいな」と思っている人のほうがパワー出るじゃん、っていうシンプルな話だと思っています。
だから、それを擦り合わせるというか、お互いを理解する活動はきちんとやりましょう。でも、まったく逆となると、もちろん去るのもやむなしかもしれないですけど。ちょっとでも重なるんだったら、漠然と仕事をしているよりも、明日からは「うちの会社のやりたいことは、こういうことだったんだ」と仕事に向き合ったほうがパワーが出ますよね、というシンプルな問いなのかなと思いましたね。
小野:そうですね。いろんな問題を考える時に、どうしても私も自分に引き付けて考えてしまいますね。どうしても「辞めさせたくない」と、こちらが思っていても、やっぱり辞める時は辞めてしまうので、どうしようもないと思いますね。そういう気持ちの申告が出る前に、なんとか手を打てないかという話(もありますが)。
あと最近思っているのは、一度辞めた方も、けっこう出戻りしてくれるんですね。なので、何らかのかたちでコンタクトを取っておいて、1回外を見てきた方に、また戻ってきていただく。
あらためて、自分のパーパスなりを「(やっぱり)こことフィットするな」と思ってもらえるケースも増えてくるかもしれないですね。全部が全部じゃないですけど、そういう割り切り方も(笑)ありかなと思います。
斉藤:確かに。また戻ってきてくれるとうれしいですね。
「最強の組織をつくる人事の未来」エンディングトーク
斉藤:ではここまでとさせていただきます。小野さん、今日はありがとうございました。この広いテーマがどう収束するのかなと、ドキドキしながらご一緒させていただきました(笑)。今日のテーマ「最強の組織をつくる人事の未来とは」についての概観を、みんなで思いを馳せましょうということだったのかなと思います。
今、どんな課題感が世の中に出てきているのか。会社がずっと能動的に「こういうふうになっていくんだ」だけではなくて、環境が変わったら、テーマは勝手に変わっていくんですよね。それに(合わせて)組織は変わっていってしまうんです。HRの機能として「それに対してスピーディに対応していくこと」「その中で強い組織をつくっていくこと」を考えることが必要なんじゃないか。これがキーワードだと思います。
これを機能させるためには、現場の理解も必要だし、全部が全部1人で解決できるものではないですよね。HR機能のスペシャリティへの掘り下げに関しても、2022年を皮切りに、どんどん起こっていくだろうな、ということを感じた1時間ちょっとでございました。小野さん、まとめの一言、いただけますでしょうか。
小野:今回、みなさんの期待どおりディスカッションできたか、問いにお答えできたか、若干自信がないところもありますが(笑)。
これからの話ですし、それこそアジャイルにこういうディスカッションを積みながら、より方向感が見えてくる(ものだと思います)。それが世の中の大きなマスの話だけではなくて、やっぱり自社としてどう考えていくのかという話につながっていくと思います。何らかのかたちで、今日のディスカッションが参考になれば幸いです。どうもありがとうございました。
斉藤:ありがとうございました。