札幌の高校が実践する、「学習する組織」による学校変革

三原菜央氏(以下、三原):では展さん、よろしくお願いいたします。

赤司展子氏(以下、赤司):みなさん、こんばんは。札幌新陽高校の赤司と申します。「複業する校長」として、いろんな仕事をしています。ふだんは三原さんのことを菜央さんと呼んでいます。なので、今日は名前を呼ぶ機会が何度かあると思うのですが、菜央さんと呼ばせていただけたらと思います。

知っている顔もありますね。実は参加してくれている新陽高校の先生も数名います。お休みの日の夜なのに、ありがとうございます。

最初にいくつかお伝えしておくと、今日は『学習する組織 システム思考で未来を創造する』の話をするのですが、さっき「ベストプラクティス(best practice)」の話がありました。ベストかはわからないのですが、プラクティスの現在進行形のものをお伝えできればなと思っています。

なぜやろうとしたか、どういうことを目指しているかなど、新陽高校としてこの『学習する組織』をどう解釈しているのか。また、実際にどんなことをしているのかを少しご紹介したいと思っています。なので、『学習する組織』をマスターする会ではないことは、ご了解をいただければと思っております。

今日はこのようなお題をいただいています。「『学習する組織』のコンセプトをベースに、新しい学校モデルの確立を目指す札幌新陽高校の学校変革プロジェクト~教育内容・組織・業務の3つの変革に挑戦中!~」ということなのですが、まずは自己紹介です。

教員出身ではない「#複業する校長」

赤司:すでに私のことを知ってくださっている方も多いのですが、赤司展子と申します。「複業する校長」ということで、去年の4月から今の新陽高校の校長を務めています。その3年前に起業した会社を続けながら校長もやっているということで、パラレルワークなので「#複業する校長」です。

私自身は教員の出身ではなく、これまで事業会社や経営コンサルティングファームでのキャリアが多いのですが、職種も業種もかなりバラバラなところを行ったり来たりと越境しています。一番長かったものが事業再生で、病院や企業の再生の仕事をしていました。

そこで働いている時に、東日本大震災後の福島県の教育復興のプロジェクトに関わりました。そのことをきっかけに自分の軸足を教育分野へ移して起業するとともに、「学びの多様化」を自分のライフワークのテーマとしてやっています。

そのほか(スライド上の)「#多彩能」や「#STEAM」「#社会彫刻家」は、これ1つで1つのセミナーができてしまうくらいの話なので今日は端折ります。このハッシュタグは何? と思われているかもしれません。新陽高校は多様性や個性を大事にしようという学校なので、それぞれの先生たちの自己紹介にハッシュタグを使って「自分を表すキーワード」みたいなものを付けています。

学校の中でお互いを知るための先生同士の自己紹介スライドを、年度の頭に作ったのですが、その時にもこのハッシュタグでそれぞれ自己紹介をしてもらい、生徒にも共有したりしています。

「奇跡の学校」と呼ばれた札幌新陽高校

赤司:札幌新陽高校はもともとは女子高で、札幌の南の方にあって今年64周年を迎えるけっこう古い私立の高校です。全日制の普通科で、生徒数は今750名ぐらいです。教職員は非常勤や事務、校務の方も入れて75名ほどです。

今日は学校についても「#自主創造」「#本気で挑戦する人の母校」「#人物多様性」「#学習する学校」「#中つ火を囲む会」といったキーワードをベースに、お話ししていきたいと思います。

さっそく本題ですが、「『学習する組織』のコンセプトをベースとした、新陽高校がつくる新しい学校モデルとは」という話に入る前に、そもそも私が校長になる前の新陽高校はすでに「奇跡の学校」と呼ばれていました。

朝日新聞で取り上げていただいたのですが、荒井優さんという私の前任の校長が約5年間、勤めていました。彼が民間校長として学校に来て、かなりいろんなことを進めています。デジタル化や働き方改革の実行、探究の先駆けということでいろいろな新しい手をたくさん打って変革を進めてきていました。

私はそれを引き継いだかたちなのですが、なんとなく私の中では学校の変革という場合、「教育」という中身の部分と「組織」「業務」のそれぞれにテーマがあると思っています。どれか1つを集中的にやっているところはやりやすいんですけど、結局は全部をバランスよく、どれも少しずつやっていかないと、組織あるいは人として働いている人たちがうまくバランスを取れないのではないかと思っていました。

「学習する組織」をベースに、「学習する学校」を目指す

赤司:自分が校長になった時に、荒井さんが変革を進めてきた組織を引き継いで、どうしていこうかと考えました。ちょうど今から1年ほど前の去年の1月に、新陽高校の先生たちに校長になりますよと公表しました。

そのタイミングで、「この度、私は高校の校長になることになったんです」とご相談した方が数名だけいました。その中の1人が、この左上の写真の熊平美香さんです。

熊平さんに関しては知っている方も多いと思います。なので、細かいご紹介は省きますが、ビジネスでもプライベートでもすごく尊敬する先輩で、メンター的存在です。

もう1人、この右側にいるのはリクルートにHITOLAB(ヒトラボ)というR&D組織があるのですが、そのチームを立ち上げた福田竹志さんという方です。

3人で「今度校長になるんですけど、こういう学校にしていきたいんですよね」というおしゃべりから始まっていろいろな話をしているうちに、「『学習する組織』のコンセプトをベースとして、学習する学校を目指してみたらどうか?」という話になりました。それはいいねということで、それをやっていこうとなったんです。

もう10分近く私がしゃべっていると思うので、ここでいったんみなさんに質問です。さっきの話だと教育関係じゃない方もいるので「組織」にしましょうか。みなさんは「学習する組織ではない組織」って、どういう組織だと思いますか?

今日は「学習する組織」が1つのテーマなのですが、「学習する組織って何だと思いますか?」と聞くと、このあとに私が話すことがなくなってしまうので(笑)。学習する組織ではない組織ってどんなイメージがありますか? 正解はたぶんないので……。

変化をし続けた学校で目指したのは「しなやかな変化」

赤司:さっそく書いていただいてありがとうございます。「同じ失敗を繰り返す」「状態が硬直した組織」「上意下達」。そうですね。「前例踏襲を大事にする」「新しいことに挑戦しないようにする」。すごくたくさん出てきました。「チャレンジが推奨されない」「失敗を許されない組織」。「失敗」というのがキーワードでありそうですね。ぜひみなさんも書いていただければと思います。

菜央さんも今度の3月の「先生の学校」の『HOPE』の特集で「学習する組織」を取り上げた時にお話されていましたが、変化し続ける社会の中で変化し続ける学校って、もちろん良く変化するとは限りません。ですが、とどまっていてはダメなんだろうなとおそらくみんなが気付いていて、その中でどう変わっていけばいいのかな? というのがあるのかと思っています。

先ほど言ったとおり、新陽高校もこれまでずっと変化をし続けた学校です。先生たちも実は、変化に対する耐性が普通の組織や学校よりも大きいなと思っています。そういう意味では、私が取り組みやすい環境に身を置いていることがあると思います。ですが、ここでまた歩みを止めたら後退してしまう、あるいは硬直してしまいます。

でも、ずんずん進んでいくのは自分自身のキャラではないので、「しなやかに変化し続ける組織だといいなぁ」というのが、今回これをやろうとした背景にあります。

世の中で良いと言われているものは取り入れるマインド

赤司:なので、「学習する組織」をベースにしてみようという話をした時に、熊平さんからは「ビジョンがすごく大事で、その達成に向けて組織が効果的に行動するために、必要な志を育成する力・複雑性を理解する力・共創的に対話する力を磨くことで、みんなの学びと成長を支援する取り組みだよね」とか。

福田さんからは「絶対的なリーダーがいないと、教員からも生徒からも月替わりのヒーローやヒロインが出てくると思う。チームとしていろいろ機能し始めるとプロジェクトが生まれて、自走する動きがどんどん起こる。アメーバのようにオーナーシップを持った動きが拡張していくと、おもしろい学校になっていくのではないか」という話をしていただきました。

3人で話していてイメージができたので、『学習する組織』『学習する学校 子ども・教員・親・地域で未来の学びを創造する』という本にあるメソッドや、熊平さんの『リフレクション(REFLECTION) 自分とチームの成長を加速させる内省の技術』という本にある、ある意味で汎用的で多くの人に知られて実践されている「型」みたいなものを使って、今目指そうとしているところに向かってみようと思いました。すごくすばらしい本なのでおすすめです。

これは私がコンサル経験を持っているためだと思うのですが、ゼロからやり方まで作るよりは、「世の中で良いと言われているものがあるなら、とりあえずそれは使っちゃおうよ」という感覚があります。なので、良いものを取り入れるということで始めました。

学習する組織の考え方

赤司:これは新陽高校というよりは私自身、あるいは熊平さんと福田さんと私の3人で共有している学習する組織の考え方です。「最良の未来の創造という目的を達成する能力を伸ばし続ける組織」。言い換えると、「変化の激しい環境下でレジリエンスを持つとともに、環境変化に適応し、学習し、自らをデザインして進化し続ける組織」を学習する組織の定義として置いています。

この学習する組織のディシプリン(要素技術)は、メンタルモデル・パーソナルマスタリー・共有ビジョン・チーム学習・システム思考というものが挙げられています。

このディシプリン一つひとつに関しては、今日は数名、お顔が浮かぶレベルで私とはまったくレベルの違う詳しい方がたくさんいます(笑)。なので、そういう方にそこの部分をお譲りしたいのですが、こういったディシプリンを使ってやっていく。

もう1つ、この新陽高校で今の新しいモデルを作る時に参考にしているもので、OECDのEducation2030の中の、「Student Agency」と「Co-Agency(共同エージェンシー)」という考え方があります。Agencyとは目標に向かって自らが行動する力・能力というような意味です。一言でAgencyを訳す日本語がないのですが、これもすごく大事にしているコンセプトです。

このあたりを混ぜ合わせながら、3人で作った図がこれです。まずはビジョンを策定して最上位目標を掲げた上で余白を作り、チームになり、探究し、実践して体得して、常に対話を重ね自律していく。そして、向かう先が「学習する学校」というイメージです。

校長の就任前に、ミッション・ビジョン・バリューを再定義・言語化

赤司:この「学習する学校」をなぜやるのか。先ほど言った「変化する社会の中で変化し続ける学校である」ということをもう少し先生や人に落とし込んで考えてみると、今は教育もどんどん新しくしようとしていますよね。教育現場だけではなく社会が、新しい学び方や生涯どうやって人は学んでいくかに、みんな興味があると思います。

「今まであったカリキュラムや学びではなくて、学び自体をクリエイトしていかなきゃいけない」ということだとすると、創造的なプログラムをどこかから持ってくるのではなく、常に創造的なプログラムを創造し続け、デザインできる教職員が学校には必要だろうというのが考え方の前提としてあります。なので、「学習する学校」は自律的な人材が集まって創造し続ける、自律的な組織というイメージです。

ビジョンのところでいうと、これは私の頭の整理でふだんから使っている図です。Will(こうありたい)軸とMust軸(こうあるべき)という軸があった時に、中心にはその組織、あるいは自分の存在意義(Mission)があるとします。

Will軸にはビジョン(Vision)やバリュー(Value)など、よく「ミッション・ビジョン・バリュー」と言われるものがあって、Must軸にはスローガン(Slogan)とプラン(Plan)があった時に、新陽高校ではこの5年間「本気で挑戦する人の母校」というスローガンを荒井さんが掲げてくれていました。それが本当に浸透していて、先生もですが、とにかく生徒たちがこれを当たり前のように使う学校です。

このスローガンが浸透していたのが大きいことと、「自主創造、この道は自ら開くべし」という校訓があります。ここをベースにミッション・ビジョン・バリューを再定義・言語化するプロジェクトを、私が校長に就任する前である一昨年の10月から去年の3月までの半年間に内部でやっていました。

「人物多様性」を掲げる

赤司:掲げたスクールミッションがこちらです。「本気で挑戦し、自ら道を拓く人の母校」が「こういう人材を育てたい」という部分なのですが、さらに学校としての存在意義なので、新陽高校自身が常に新たな改革に挑戦し、高校教育を再創造していくんだという覚悟のようなものも、スクールミッションの中に一緒に掲げています。

2030年がちょうどSDGsのゴールでもあります。なので、ビジョンとしては去年掲げたため、約10年間で「人物多様性」という学校や世界を目指そうと掲げています。「サステナブルな社会を目指して、生徒・教職員・社会が協創する」というものです。

人物多様性は、みなさんもご存知の生物多様性という言葉を単にもじっているのですが、「お互いがそれぞれの個性を尊重し合って違いを認め合う」「自分と違う何かを認めるのではなくて、みんなが多様性の一部である」という考え方を浸透させていきたいと思っています。また、生徒にも日々伝えています。

2030年に向けた10コのアクションプラン

赤司:このあたりは本校のWebサイトにも載っているので、もしご興味がある方は読み込んでいただければと思いますが、イメージとしてこの2030年のビジョンを人物多様性に向けた時に、10個のアクションプランを掲げています。

これを実現すると、10年後には人物多様性という世界が見えてきて、その頃にはできるならば、多様性という言葉を使わなくてもいい世界や学校になっているといいなというイメージです。

やっぱり中心にあるのは教育・学習のところです。生徒主体なので、「生徒の数だけ学びがある」という教育の実践や、「生徒の数だけ進路がある」という進路支援・キャリア支援というかたちです。また、新陽高校はとにかく出会いと原体験を大事にしてきているので、それは今後も変わらず、むしろこれをもっともっと突き詰めていこうという教育を軸にした、10個のアクションプランをやろうとしています。

このミッションやビジョンは先ほど言ったように半年ほどかけて作り、いろんな組織のリーダーは職員会議で運営方針や年度方針を伝えると思うのですが、私も昨年4月に校長に着任してそういった話をさせてもらいました。その時に私からもう1つ示したのが、この行動指針です。3つのS、「Share」を常に心に置いてやっていってくださいという話を、先生たちにはしています。

これがShared VisionとShared Leadershipと、Shared Experienceです。このあたりがさっきの学習する組織のビジョンから始まる「対話を大事にしてやっていく」という実践の時に、ここの行動指針に立ち返って、自分はこれをしているか? と思ってほしいなと思って、ビジョンをみんなで共有するとしました。

全員がリーダーで、リーダーシップを発揮する

赤司:リーダーシップのところが肝で、すごいカリスマ的リーダーが牽引するということではなくて、「全員がリーダーで、リーダーシップを発揮する」というものです。先ほど熊平さんのことをリスペクトしているとお伝えしたのですが、もう1人私が尊敬している経営者で、今はアクサ生命保険のアクサ・ホールディングス・ジャパンの社長をやっている安渕聖司さんという方がいます。熊平さんと私の共通の知人です。

安渕さんに教えていただいてすごくしっくりきたので、それ以降は自分の言葉のようにいろんなところで言っているのが、「リーダーシップとは影響力のことである」という言葉です。

要は、リーダーシップを発揮し合っている組織のアウトプット(output)・アウトカム(outcome)と、個人の単純なアウトプット・アウトカムの総和でいえば、組織が出したもののほうが大きくなります。それが、お互いに影響力を及ぼしてリーダーシップを発揮し合っている組織だということです。

新陽高校はこうありたい。しかもその時の組織は教職員だけではなく生徒も含んで、学校という大きな組織でこうありたいなと思って、この3つのShareの話をしてきました。これは浸透しつつあるかなと思っていて、時々この言葉を言ってくれる先生がいる時はやっぱりすごくうれしくなります。